カウンセリングコースでの学生生活

濱野裕貴子さん 大学(若年者キャリア形成支援業務) 第22期生 修士(カウンセリング)

私は現在、大学で若年者のキャリア形成支援に携わっています。キャリアカウンセラーおよび産業カウンセラーの継続学習の一環として、心理学やカウンセリングを学び続けてはいたものの、「もっと主体的に、自分の問題意識と徹底的に向き合いたい」という思いから、大学院進学を決意しました。

仕事をしながら大学院で研究を進めることは非常にハードでしたが、その分、何物にも代えがたい貴重な経験をすることができました。研究の楽しさと苦しさ(私は『痛気持ちよさ』と呼んでいました)を同時に味わいながら、ハイテンション、フルパワーで駆け抜けた2年間だったと思います。中でも、苦楽を共にし、切磋琢磨しあった「同朋」、そして、心から尊敬できる「師」との出会いが、私の人生を豊かなものにしてくれたと実感しています。

1年次9月の「修論構想発表会」は、忘れられない思い出です。入学前から温め続け、先行研究を一生懸命調べて、何とか形にした修士論文のテーマ。先生や同期を前にその内容を説明したところ、ある先生が「あなたの扱おうとしている概念は既に研究されつくされていて、もうペンペン草も生えないような状態だよ。既に明らかにされているようなことを研究したって面白くないし、そもそも世の中の役にも立たないでしょう?」と。…頑張って形にしただけに、非常にショックでした。しかし、「確かにそうだ」とも思いました。以前、別のある先生に伺った、「研究は、単なる興味で行うべきものではない。いかに世の中に還元できるか、意義のあるものであるかが重要である」という言葉を、改めて思い出したのです。ここから、私の奮起が始まりました。そして、この愛にあふれた戒めの言葉(「ペンペン草」)は、私が修士論文を書き上げるまで、私を鼓舞し続けてくれました。

「オリジナリティがあって、世の中に対して貢献度の高い研究をするためには…?」を考え続ける中で力になってくれたのが、同期の仲間でした。中でも、有志で週に一度実施してきた「自主勉強会」は、非常に大きな助けになりました。仲間と議論をするうちに少しずつ微かな光が見えてきて、思わず嬉し泣きをしたこともありました。多様なバックボーンを持つ社会人が、(何の利害関係もなく)純粋に学問によって結ばれて、自分の仕事に直結した関心事についてあれこれ語り合う…。これは、社会人学生でなければ味わえない知的な楽しみ、そして喜びではないかと思います。

もうひとつ、私の学生生活において決して忘れられない出来事として、1年次の3月に発生した東日本大震災があります。2月末にゼミ(指導教員)が決まり、いよいよ本格的に研究にとりかかろうとする矢先の出来事でした。余震が続きライフラインも不安定な状況のなか、「果たして私は修論を書きあげられるのだろうか…」と不安に思ったことを、今でも思い出します。

このように、私たちの代(22期)は研究が本格化する時期に震災の影響を受けてしまいましたが、私個人としてはこの体験がむしろプラスになっているような気がします。カウンセリングコースにおいては、震災後まもなく現地に入り、精力的に被災者の方々への支援や様々な調査活動などにあたられた先生方がいらっしゃいました(もちろん、猛烈にお忙しい中、貴重な時間を最大限やりくりして学生の指導にもあたってくださいました)。私が「心理学やカウンセリングは『生きた学問』である」と実感できたのは、震災後に、被災地・被災者のために奔走する先生方の後ろ姿を拝見したからだと言っても過言ではありません。1年次にある講義の中で伺った、「調査・研究の技術を持っているからこそ、心理学の知見を用いた社会貢献が可能になる」という言葉。この具現化を目の当たりにした思いでした。研究に行き詰まったときは「私は自分なりのテーマで、心理学の知見を用いた社会貢献ができるようになりたい。そのためにまず、修士論文を書き上げるんだ」と自分に言い聞かせたものです。

大学時代には心理学に触れたことがなく、統計学などにはむしろ苦手意識のあったこの私が、自分のテーマにこだわって何とか研究を形にできたのは、助け合い励ましあった仲間と、親身になってご指導くださった先生方(ゼミの先生はもとより、全員の先生が本当に熱心にご指導くださいました)のおかげだと思っています。恵まれた環境ですばらしい方々に囲まれて過ごした2年間は、私の人生の宝物です。