自分の仕事を,心理学という側面から

平野智子さん 訪問看護師 第27期生 修士(カウンセリング)

 
 「自分の看護を心理学という視点から理論的に整理してみたい」という思いからカウンセリングコースを目指しました。私は、訪問看護ステーションで勤務しています。訪問看護とは、「病気や障がいを抱えながらも自宅で生活をしている方々に対して、安心した生活またはその人らしい人生の旅立ち」をお手伝いするが主な仕事です。
 しかし、以前勤務していた救命が最優先される急性期病棟での経験と、地域で療養する人々が抱える思い、そこで、求められる看護の在り様の違いに、とても戸惑いました。特に、私が勤務する地域は、豊かな日本の中でも、貧困と言われる地域です。中には人との繋がりが途絶え「生きる希望」をも見失っている人にも出会います。
 特に、現代医療では治療法があるにも関わらず、医療を拒み続ける利用者との関わりでは、幾度となく葛藤を繰り返しました。さらに、様々な死に際に関わらせていただきながらも、利用者さんの死を充分に悼む余裕すらなく慌しく時が流れ、「自分の支援はこれで良いのか」という不全感を抱くようになりました。
 そのような折、このコースの説明会に参加しました。「自分の仕事を心理学の側面から、かつ理論的に整理できること」や、私は管理的な立場でもあったため、「組織心理学やキャリア発達について学べること」を知り、早速、受験準備に取り掛かり、奇跡的に合格することができました。

 そして、カウンセリングコースで過ごした2年間は私の人生にとってかけがえのない、大切な時間となりました。仕事を続けながらの学業は大変です。しかし、今振り返ってみれば、遥かに上回る充実感がありました。
 まず、同級生や先生方との「出会い」がありました。同級生、さらに先生方は、年代・職種・社会的立場も様々です。しかし、ここでは誰をも「ユーモアと温かさでつつみ込む雰囲気・居場所がありました。職種は異なりますが、「現場の問い・課題を解決するための研究」への志は共通です。ラウンジや帰路で、お互いの研究動機を語りあう時間がとても刺激的で楽しく、看護の道だけを歩んできた私にとって視野が広がる機会になりました。そしてその仲間に幾度となく助けられました。1年目にはプレゼンテーション・社会調査などの協働での学びの機会があります。私にとっては苦手な分野でしが、初歩的なパソコン操作から温かく教えて頂いたことや、ディスカッションしながら自分たちの意見を形にしていく手法についても、皆、素晴らしいスキルがあり多くの学びを得ました。ここで出会った仲間は一生の宝です。

 さらに「学ぶことの喜び」を実感させていただきました。研究については、1年目に3回の構想発表会があります。毎回、先生方のご指導は厳しいものでしたが、「社会に還元できる研究ではなくてはならない」「研究協力者の声を無駄にしてはいけない」という研究に対する先生方の真摯な姿勢に感銘を受け、研究の意義や素晴らしさ教えていただきました。
 そして、1年生の終わりからゼミが始まります。当初、訪問看護の大変さばかりに着目し方向性が定まらない私に対して、指導教員が、「それでもなぜ、訪問看護を続けて来られたのですか」という問いを投げかけてくださった時に、研究で形にしたいことが見えてきました。研究を進める中で、研究協力者が集まらずに苦労したことや、時に「現場の想いを反映できているのか」という不安に陥ることもありました。その都度、指導教員が、その不安一つ一つに向き合い、温かく導いてくださいました。そして、研究で伝えたいことが少しずつ形になっていく過程が、何事にも変えがたい「喜び」に繋がりました。
 修士論文の大詰めに差し掛かった1月21日に、長く関わっていた単身の利用者さんが他界されました。その方との様々な思い出が考察と結びつき、研究として形にすることは私にとっては、「癒し」や「グリーフワーク」に繋がることにも気づきました。(修士論文提出前日がその方の葬儀でしたが、参加できるように配慮してくださった指導教員には心から感謝しています。)

 急速な高齢化社会に、在宅医療の現場は激動し、訪問看護師の方々が疲弊している現状があります。しかし、人の生き様に関わるこの仕事は、多くの学びを頂けます。少しでも現場で働く看護師の方々を勇気づけ、そして地域で療養する人々が、「それぞれの幸せ・価値観の尺度の中でより良い選択ができる社会」に結びつけられるような、現場に還元できる研究を微力ながらも続けていきたいと願っています。
 このような目標を持てたこともカウンセリングコースでの学び・そしてその日々を支えてくださった指導教員をはじめ、同級生・先生方・家族そして研究協力者の方々のおかげです。この場を借りて改めて感謝を申し上げます。