Courage to be !

一色 翼さん  第29期生 修士(カウンセリング)

教育を科学する

「教育を科学したい」―これが,私が大学院を志した動機です。

小学校教師として実践を重ねる中で,心の琴線に触れるような幸せな時間を子どもたちと共有できることもあれば,反対に気持ちがすれ違うこともありました。保護者の皆さんとの関係性においても,子どもの成長を願うチームとして協働できることもあれば,連携の難しさを感じてしまうこともありました。同じように実践しているつもりなのに,この違いは一体どこから生じるのか…。長い間,漠然と,しかし確実に自分に湧いてくる疑問でした。もちろん,子どもも保護者も教師も人間ですから,個人特性や相性といった要因は確実に存在するのだと思います。しかしそれだけでなく,自分の教育活動が勘や経験のみに頼ったものであり,理論に裏付けられたものとはいえないということも,大きな要因の一つであると感じてきました。そのような折,幸運なことに一年間学校現場を離れ,大学で学ぶ機会を得ました。大学での講義だけでなく,日本全国を訪問して参加した学会や授業研究会等を通して,人間味あふれるすばらしい方々と出会いました。その方々に共通していたのは,自分を深く見つめ,主体的に学びの機会を求めているということでした。その姿は,教育を科学しようとしているように私には映りました。そういった方々と出会う度に,私も教育を科学できるようになれば,自身の課題意識の正体を明らかにすることができるかもしれない…,そんな気持ちに駆られるようになりました。特に,本コースを修了している方々からは大きな影響を受け,いつしかこれだけの人材を輩出した筑波に対して憧れの気持ちを抱くようになりました。

学校現場に復帰してからも,教育を科学することを求める心や,筑波への憧れの気持ちが消えることはありませんでした。それどころか,その気持ちは増す一方…。とはいえ,学級担任を務めながら大学院に通学することなど本当に可能なのだろうか…。そんな不安や迷いがあり,受験に踏み出すまでには数年がかかりました。そんな葛藤を振り払ってくれたのは,私が出会った子どもたちでした。迷い,悩み,小さな体を震わせながらも,「今,ここ」を全力で生きる子どもたち。そんな素晴らしい子どもたちと日々を共にする中で,教師である私自身も自分の心に正直に,「今,ここ」を生きたいと願うようになりました。

実践の知を研究の知へ

久しぶりの受験勉強を経て,運よく大学院に入学することができましたが,いきなり大きな壁にぶつかりました。入学式から数日経った,初めての講義の日のことでした。午前中は学級担任として一年間担任する子どもたちと出会い,午後は保護者として自分の娘の入学式に参加し,夜は学生として大学院での初めての講義を受ける…。もちろん,入学前に覚悟を決めたつもりでした。しかし,実際に一日で教師・父・学生の3役を務めたことで,現実の厳しさを突き付けられました。こんな調子で,果たして2年間ももつのだろうか…,不安で仕方がなく,一睡もできなかったことを覚えています。私が幸運だったのは,その翌日の講義がメンタルヘルスに関する内容だったことでした。「2年間,社会人大学院生として仕事と学生を両立することは,フィジカル的には厳しいものの,心の拠り所が増えるためにメンタル的には安定をもたらす」という言葉を伺えたおかげで,「昨日は自分の3つの夢が叶った,幸せな一日だった」と認知を修正することができました。

そこからのM1生活は,大変充実したものでした。第一線で活躍されている先生ばかりなので,講義は最高におもしろい!特に,私の目的であった統計は,基礎から解析手法まで丁寧に教えてもらうことができたため,書籍に目を通すだけでは不十分であった部分まで理解することができました(できたつもり?です)。さらに,講義後には先生方を囲んでお酒を飲み交わしたり,同期の仲間と大学院以外でもイベントを企画したりと,贅沢な学生生活を謳歌することができました。

いよいよM2,修士論文を作成する年です。まず,私が学校現場で感じている漠然とした課題意識を,アカデミックな視点から概念化し,仮説モデルを創り上げることから始まりました。この一連の作業には, 先行研究の十分な読み込みが欠かせません。アカデミックの世界の大きな流れの中で,自身の課題意識のどこまでが明らかになっており,今後どこを明らかにしなければならないのかを明確にするためです。そして何より,先生方のご指導が不可欠でした。仮説モデルの構築には,アカデミックな専門的知識と経験が必要となるからです。統計を学ぶことを第一の目的としていた私ですが,振り返ってみればこの点にこそ大学院に入学した本当の意義があったと断言することができます。先生方のご指導に導かれ,よりシンプルに,よりロジカルに頭の中が整理されていった時のあの快感は,忘れることができません。

仮説モデルが出来上がったら,いよいよ調査です。私の場合,関東圏内の20校以上の小学校に協力を依頼し,自分の足で質問紙を配付・回収しました(郵送による配付やweb調査を活用している人もいたので,調査手法については様々です)。各校を訪れ,校長先生からお話を伺う度に,「この研究を自分がやらなくて,一体誰がやる!」といった使命感のようなものすら感じたものでした。調査用紙を回収し終えたら,統計ソフトを使ってのデータ解析です。t検定,因子分析,重回帰分析…ゾッとするワードばかりかもしれませんが,M1の時点で学んでいるので大丈夫です(おそらく…)。最後に修士論文としてまとめる作業に入ります。

出来上がった修士論文を眺めると,感情や主観が可能な限り排除され,客観的データに基づいた結果のみが取り上げられた無機質な文字が並んでいます。しかしながら,その裏には確かな想いが感じられます。その想いとは,自分の想いだけでなく,指導してくださった先生方の想い,そして調査に協力してくれた学校現場の教師たちの想い,その全てです。私にとって,学校現場で感じていた実践の知が,アカデミックな視点から研究の知へと昇華された至福の瞬間でした。このような想いを味わわせてくださった先生方,同期の仲間,先輩・後輩の皆様,そして子どもたちと保護者の皆様にこの場をお借りしてお礼申し上げます。心より,ありがとうございました。

吾行く道を 吾は行くなり

筑波での2年間を終え,今感じているのは,ようやくスタートラインに立てたということです。「教育を科学する」ための最低限のスキルを身に付け,自分の課題意識を修士論文として形に残すことができたものの,このままでは自分の研究は関係者の目に触れるだけで終わってしまいます。論文として広く発表すること,さらに学校現場にまで届けることができてこそ,協力してくださった皆様への恩返しとなり,この研究のゴールが見えてくるのだと感じています。
筑波で学んだことをもとに,これからも「吾行く道」を進んでいきたいと思います。