筑波大学社会人大学院での2年間

桐井久美子さん  第18期生 修士(カウンセリング)

 早いものでもう卒業して2ヶ月がすぎました。仕事しながら通った2年は時間に追われる日々でしたが、私にとって充実したものでした。受験しようと思った頃は大きなプロジェクトのメンバーの一員で、週に2日はタクシー帰り、月に1回は朝の5:00帰宅というような日々でしたから、当然大学院に通うなんて想像もできませんでした。ですが、このまま仕事に流されていけない、生活を変えよう、それに加えこれからの自分を考えなくてはと、駄目もとで大学院を受験しました。ずっとカウンセリングを学んでいたこともあったのでしょうか、運良く合格となり、神様からもらったような2年間でした。こんな2年間を仕事と学ぶことの両立について感じたこと、授業について、論文作成の3点から振り返ってみたいと思います。

<仕事と学ぶことの両立についてこと>

 最初は仕事と学生生活の生活について触れてみたいと思います。仕事と学校の両立は最初から大変なことはわかっていたので、合格がわかるとすぐに受験したことと合格したこと、そして同時に「このままでは大学院に通えないので、異動をさせてほしい」と上司に報告を兼ねて依頼しに行きました。上司はよくやったと言ってくれましたが、当然ながら入学した4月には異動できず、半年間は大学に通う日以外はタクシー帰りと土・日曜日の出勤でカバーしました。週に 4日は授業なので、のんびりする時間はほとんどなく、5月はなれない生活でとても疲れたのを覚えています。確かにこの時期は仕事と大学院という両立という点では大変でしたが、とても良い経験で2つほど感じたことがありました。まず育児短縮の使う女性の気持ちが少しわかったことです。早く帰らなくてはいけないため、昼間の集中力がかなり高いのです。男性と同様に働き続けた私にとって女性が働くことについて深く考えたことがなかったのですが、育児短縮を使っている先輩や後輩が色々と言っていた「時間内で効率的に仕事をこなすこと」の意味や時間制限がある場合の就業者の気持ちがよくわかり、現在人事・教育関連の仕事をしている私にはとても役立ちました。当然仕事は、従来と同様というレベルまではいかなかったと思いますが、メンバーの助けをもらいながら自分のやるべきことはこなしましたと思います。そしてもう一つ感じたことは、大学院に通い始めてからは会社から出ると仕事のことを考える余裕はなく、逆に気分が変わり身体は疲れても精神的にはメリハリがあって良いということでした。通学するまでは夜中まで仕事をしてそのまま家に帰り、朝すぐ出勤。土日も仕事が離れず考え込んでいたりしたものです。ですが気持ちが切り替わり、翌日は新たな気持ちで仕事に向かうことができましたし、加えてクラスメートがカウンセリングを学ぶ人ということもあり、仕事で色々なことがあっても学校に行くと、私のモヤモヤをクラスメートが聞いてくれて気分すっきり、ということが何度もありました。ある意味私にとって癒しの場にもなっていました。そのためどんなに仕事が大変でも、遅れても頑張って授業に向かったものです。

 その後10月から運良く希望していた子会社への出向となりました。出向先は人事・教育コンサルティングの会社だったので、学ぶことを推奨おり、半年間は実働からはずしてもらい時間を自由に使えるように配慮してくれました。おかげで大学院もソワソワ会社を出なくてもよい環境で恵まれた半年でした。もちろん実働に入ってからは忙しくなり修士論文と重なって最後は色々と大変になってきましたが、周囲の配慮のおかげと、仕事がある程度自分でコントロールできましたので、自分の強い意志でこなそうと思えばこなせることを実感しました。

<授業について>

 仕事と大学との生活を思い出しながら書いてきましたが学校生活について触れていきたいと思います。

 筑波大学院は先生との距離も近く、先生と生徒、また生徒同士で学びあう、そんな印象を持っています。(とはいっても先生方からはほとんどお教えいただくことが多いのですが。)生徒同士もそれなりに年齢を重ねたメンバーですから、こうだ、ああだ、と実体験や各々の最新の環境について話し合い、相互に学びあうことも多かったように思います。

 先生との距離が近く、学びあうという印象を持ったのは入学式の当日からでした。入学式の後には先生方主催の懇親会がありました。先生方に歓迎されるというのは初めての経験でしたので少し驚きました。しかも先生たちはざっくばらんに色々なお話をしてくださるんですよね。その他クラスメートとも初日から話す機会ともなりました。クラスメートは小学校から高校までの先生や医療関係といういままで私の周りにはいなかった職業の方々でした。私はこの大学院に学びに来たという感覚が強かったので、当初はクラスメートの方と親しくなりたいとは思っていなかったのですが、癒しの仲間となっていくのですから本当に筑波のカウンセリングという場所は不思議だと思います。また入学後の翌月曜日には先輩たちがオリエンテーションを実施してくれるとの突然の連絡がありました。事前に連絡があればと思いつつ、どうにか調整をとって遅刻して教室に入ると17期の先輩たちが前に座られていて裏シラバスを配布してくださいました。これは筑波の伝統のようで先生にはお見せしない「生徒が作る生徒用シラバス」です。そこには夕方駆け込む私たちのためにお弁当購入場所、飲み会によいレストラン、もちろん先生の紹介や授業内容、期末テスト、レポートの有無など助かる情報がたくさん入っておりました。その後、教室案内や集合写真の撮影、懇親会もありました。本当にアットホームなところです。入学式から既にクラスを形成していき、授業でこれをさらに強化していくことで、個人が成長することを支援する体制が作られていくのだと今更ながら改めて感じます。大学院では個人で学ぶという意識が強かったのですが、仲間と共に学ぶ場であり、そのための学ぶための体制づくり、雰囲気づくりがあるのは筑波のカウンセリングの特徴ではないかと思います。

 さて、授業はというと、「とても楽しい」という一言です。先生の講義をじっと聞くというのは少なく、テーマを元にみんなで話し合う、議論する、そんな場でした。ここはカウンセリングを学ぶ、といっても研究する場なので、カウンセリングスキルを学ぶわけではありません。ただ、実際のカウンセリングルームで学ぶ機会はありますし(業務時間との関係上、私はほとんど参加できませんでした)、授業のひとつにカウンセリング演習がありました。1学期の授業は心理学の基礎的なことが多く、同時にクラスとしてのグループ作りとなっています。カウンセリングにエンカウンターというものがありますが、まさに構成的エンカウンターをしながら学ぶ授業もありました。2学期にはいると修士論文に向けて実践に近い授業や論文の構想発表会など少しずつ研究という実感がしてきます。チームで模擬研究として実際にテーマを持ってデータ分析をする授業、また各自が実際に職場で実施している心理アセスメントを研究し発表する授業、研究のための実験法や事例研究法、などです。印象に残っているのは各人がテーマについて研究し発表する授業です。それぞれが色々な経験を持っているので、クラスのメンバーの発表も本当に参考になり面白ものでした。発表の後はみんなで色々な議論になりその一つ一つがとても勉強になりました。私は本当に遅刻の常習犯でしたが、授業が楽しくレポートが大変と思いつつも、ほとんどの授業を履修しました。3学期に入ると専門的な分野の授業となってきますし、またゼミが決まる時期となり、自分の研究テーマの方向性を決めていきます。私は大学卒業の際は論文を書いておりませんでしたし、心理学専攻でもなかったので不安半分と、でも自分で本を書くようなものだと楽しみ半分だったように思います。そして2年生からは論文に集中していくという2年間の構成になっていました。

<論文作成について>

 さて、論文について触れていきたいと思います。筑波では論文の提出までに3回、構想発表会、中間発表会、2月に口述試験という形で、全ての先生と 1年生の皆様の前で自分の論文について話す機会があります。1年生のときには良くわからなかった先輩の発表が2年生になると先輩が作られたものがとても参考になりました。2年生で自分が実際に発表する立場になると、多くの人の前で自分の論文について、短時間で話さなくてはいけません。そのため緊張もしますし、先生からの厳しいコメントをいただくということでとてもピリピリします。ですが、先生方は私たちの論文がより良いものとなるようにアドバイスをくださるので、仕事のプレゼンの嫌な雰囲気はなく暖かいものだと感じました。

 ゼミの進め方にあたっては、私のゼミでは先生とゼミ生2人の3人で進めていきました。ペースは月に2回から後半は週に一回、最後の頃は3日おきくらいに先生にアドバイスを求めたりしました。私の先生は始めてゼミ生を受け持つということもあり、模索しながらだったと思いますが、本当に一生懸命に指導してくだいました。ゼミの進み方、方法は指導の先生によって異なりますので、他のゼミの進捗状況ややり方なども聞きながら進めていきました。遅れていると感じると焦ることがありましたが、早い遅いにとらわれず、一つ一つ着実に進めるのがよいのではなかったかと思います。というもの、私の場合は提出の2日前にデータの誤りを発見し、徹夜で仕上げましたので一つ一つ着実にすることの大切さを痛感しました。

 論文作成においては私の場合は4つの山場があったように思います。最初はテーマ選定。次は調査開始まで。3つ目の山場は論文の着手と考察の展開。最後に仕上げの時期です。最初の山場であるテーマ選定では、なぜそのテーマをする意味があるのか、論理的に先行研究とあわせて論理的に展開できているのか、かなり紆余曲折しました。ゼミで色々と議論していくうちに少しずつ整理されて、やりたかったことが何かというところが最後のポイントだったように思います。時間的に見るとこの時期が長かったかもしれません。次に来た山場は調査開始まで。私は統計により分析をすることにしましたので、尺度項目の作成、 Web調査のプロバイダー探し、協力者を集うなど次から次へと手間取りました。尺度項目についてはどうしても既存尺度ではでは足りず、自分で作らざるを得ず苦労しました。その後も自分で作った尺度項目の分析はかなり苦労しましたから、既存尺度を使えれば楽なのだろうと思います。でもせっかく学ぶのであれば自分で作ることも良い経験だったように思います。Web調査のプロバイダーも安くてデータの保証されるところと随分探しました。結局のところお金に糸目と付けずと言いつつ、ほどほどの価格のところに決めました。そしてやっと調査開始。最初の1週間で100近く回答をもらえたものの、対象外の方がお答えになっていたり、日に日に回答率は下がったり、何度も調査協力者の幅を広げました。知り合いの方々には大変迷惑をおかけしたように思います。この後プレ分析をして本格的なSPSSによる分析となります。多くの方はデータ分析の経験が少ないのでご苦労なさっているようでしたが、私は仕事上エクセルやアクセスをかなり使いこなしていましたので、SPSSのみ最初だけ苦労しましたが、結構楽しく分析はできました。そして来たのが3つ目の山場。データは出たもののなぜこのような結果がでたのか、論理的に文章に落とすことに悩みました。また論文の全体像も作成するとなると思うように文章にならず、何度も手がとまり進まない日々が多かったです。あまりに進まずベッドでついゴロゴロと時間を費やしてしまったり、気持ちだけが焦っていました。この時期は自分との戦いです。やる気になったとき一機に進める、お正月には書き上げるぞ、と自分に言い聞かせてやりました。そして書き上げた後に何度も内容と誤字脱字を見直す。これが最後の山場です。もう見たくなくなるのです。でも何度見ても表現を変えたくなったり誤字脱字が発見されたりで、確かに着実に文章は洗練されていったと思いますが、もう嫌だという気持ちで何度も投げ出したくなりました。事件が起きたのは論文提出の2日前でした。少しでもデータをわかりやすくしたいということから逆転項目の尺度得点を元に戻そうとしたところ、数値が変なことに気が付きました。よく見てみると数値の変換を誤っていたのです。プレ分析から2ヶ月やってきたデータがすべて間違っていたことになります。見なかったことにしたい、もう卒業をあきらめようと思いました。意を決して先生に連絡したとこと、「やるだけやってみろ、それでも駄目なら考えよう。まずやってみて何かあったら何時でも連絡してこい」と言われ、徹夜してこの2ヶ月間かけたデータ分析をすべてやり直しました。助かったことにデータの分析結果が大きく変わっていなかったため、提出に間に合いましたが、かなり乱れた文章になっていたようです。卒業できたのも先生のこのときの言葉のおかげでした。このように最後の最後まで本当にバタバタとて出来上がった論文でしたが、口述試験で「よくまとまっている」という副査の先生の言葉をいただき本当にホッとしました。論文は一人で戦うところも大きいですが、仲間や先生のアドバイスで始めてできるもののだと思いました。

<最後に>

 今まで仕事中心だった私は「キャリア」という仕事に関することのみ考えていましたが、授業を通して生涯発達という観点で考えるようになり、考える幅、人間としての幅が広がったと思います。また縁のなかったアカデミックの世界に触れて、読む気にもならなかった論文が面白くなり、学術的な文章が身近になったことも自分で驚きの一つです。実践的にはデータの分析方法も学び、研究への興味が広がり(論文の苦労はもう一回と言われると考えてしまいますが)、やってみたい研究が出てきたことも事実です。今後はこのような自分の中の変化や経験、そして学んだことをどう生かしていくのかが私の課題で、無駄にはしたくないと思っています。

 蛇足ですが、学位授与式の前に右足を骨折して当日は松葉杖での参加となりました。本当に最後の最後まで思い出だらけの駆け抜けた2年間でした。今は仕事と大学院という両立の忙しい時間から離れ、仕事に追われる生活に戻りつつありますが、なんらかの形で今後も筑波との関りと持っていたいと思っています。最後に先生方、クラスメートに深く感謝の言葉を贈りたいと思います。