私が体験した2度の四季

カウンセリングコース 20 期修了生 小倉泰憲 さん

2008 年4 月から社会人大学院生の生活が始まり、2 度の四季を体験した。仕事をしながらなんて、さぞかし大変だっただろうにと多くの人に言われた。でも、はっきり言って通うことが楽しかった。先生方が素晴らしいし、学生仲間との交流も充実していた。苦労もしたが、それを上回る達成感・充実感を得た2年間だった。それはいったいどういう体験だったのか、私の個人的な体験を書かせていただきたいと思う。実際の学生生活がどのようなものなのかをイメージする一つの材料になれば幸いである。

春 ~授業開始~

1学期は、カウンセリング心理学、面接実習、統計、グループアプローチの4つの授業があった。このコースはカウンセリングコースなので、何と言ってもカウンセリング関連の授業に特徴がある。中でも「カウンセリング心理学」は必修科目であり、重要である。私はキャリア発達(開発)とキャリア・カウンセリングを学ぶために、この大学院を選んだが、授業を通じてカウンセリングに対する理解を深めることができたことは大きな収穫だった。

学生はみな熱心だ。授業が眠くないどころか、ワクワクしながら参加した。どうしてこうも集中できるのだろうかと考えてみたが、目的意識を持っているというのが大きい要因だろう。みんな、これまでの経験の中で何らかの問題意識を持ち、それを改善、解決するためにこの大学院に来たのだ。社会人が学ぶ意義はこういう所にあると言えよう。授業の内容を、自分の具体的な経験と関連させてとらえるので眠くなる暇がない。

夏 ~夏休みと修学旅行~

夏休みは7 月から8 月末までの2 ヶ月間だ。幾つかの集中講義があったが、他大学の先生の授業もあり、興味を持って参加した。

私は、8 月23 日(土曜)と24 日(日曜)の2 日間、同期の学生に声をかけ、希望者9 名で伊豆に行った。1日目は、仲間との楽しい時間を過ごした。宿で温泉に入り、美味しい料理を食べた。夜には花火をし、寝る前は会話に夢中になった。まるで修学旅行だと思った。

2 日目は、午後3 時に宿を出て伊豆急行線に乗った。しかし、集中豪雨で電車が止まり、途中で何時間も足止めを食った。いわゆるゲリラ豪雨だ。何とか帰宅したのは深夜2 時を過ぎていた。疲れたけど、印象が強かった分、思い出深い夏休みになった。

秋・冬 ~授業/先生方との交流~

筑波大学の2 学期と3 学期は9 月から翌年の2 月までで、一気にこなすという印象だった。2 学期と3学期は、心理・教育アセスメントやキャリア、健康心理学、学校心理学、社会調査法、社会心理学などを学んだ。また、研究方法に関する講義もあった。

このうち、私はキャリア理論を学びたかったので、キャリアに関する授業は特に興味を持って受講した。一般に、キャリアに関する学問は、心理と経営の二つの分野で扱われている。そのような中、キャリアに「人生」という意味が含まれていることをふまえ、私は心理面に重点を置いてキャリアを学びたいと思っていた。筑波大学のカウンセリングコースは、平成元年の設立当初から産業分野の学生も募集し、キャリア発達を扱ってきた老舗ということもあり、このコースで学ぶことができ、つくづく良かったと思った。

授業以外に、先生方と学生との交流は懇親会や懇談会など、様々な形で行われた。たとえば、構想発表会などのイベントがあるたびに懇親会(飲み会?)があった。また、2010 年2 月には学生と先生との懇談会が開催された。そこでは、学生生活上で困っていることや授業に対する要望が話された。カウンセリングコースということもあってか、先生方は本音を言いやすい雰囲気を作ってくれ、授業をさらに良いものにするための率直なやりとりがなされた。

2 度目の春 ~ゼミと構想発表会~

「ゼミ」は修士論文作成のための指導のことで、実際の進め方は先生によってかなり違う。3~5 名で実施するゼミもあれば、先生と二人だけで実施するゼミもある。開催頻度も、週に1回とか、10 日に1 回、あるいは不定期という具合である。

私の場合は2009 年3 月にゼミがスタートした。博士課程の二人も含めて5 人で毎週開催された。1 回の時間は2 時間から3 時間。自分が指導してもらうことも大事だが、博士課程の方の指導を聞かせてもらう経験は大変貴重だった。

修士2 年になると、構想発表会、中間発表会、最終口頭試問の3つの大きなイベントがある。ゼミが始まって間もない頃の5 月に構想発表会が開催される。これは最初の関門であり、学生全員が緊張した。一方、2年になると授業が減るので、同期生と会える機会が少なくなる。そこで、構想発表会は久しぶりにみんなに会える場でもあった。発表会の後の打ち上げ宴会は、何とか最初の壁をクリアしたという安堵感もあってか、みんなで大いに盛り上がった。

2 度目の夏 ~自主ゼミ~

2009 年7 月、社会人大学院生になって2 度目の夏休みを迎えた。私のゼミでは夏休みの2ヶ月間は、1 泊2 日の夏合宿を実施する以外は休みだった。この間、指導教官とはほとんどやりとりせず、ゼミ仲間同士で自主ゼミを行い、予備調査や文献調査を進めた。一度、ゼミ仲間で筑波キャンパスの図書館に行き、論文調査をした。調査が終わると近くに住む同期生宅を訪れた。美味しい料理と飲み物を振舞ってもらい、夏の夕方のひと時をすごした。

2 度目の秋 ~400 人の応援~

夏休みが終わり、2009 年9 月から質問紙調査の準備に入った。心理尺度を利用した質問紙を作成したが、実際にやってみると大変難しいものだった。指導教官に助けていただき、ようやく完成したのは、10月末のことだった。

その後、700 人近い人に質問紙を発送した。しばらくして、調査に協力してくれた人から回答が郵送されてきた。時々、質問紙の余白に「がんばってください」とか「応援しています」などと書かれていることがあった。それを見つけるたびに、思わずじーんとしてしまった。こうして、最終的に400 を超える回答が得られた。今回の研究は400 人の応援で支えられていると実感し、感謝の気持でいっぱいになった。

2 度目の冬 ~論文作成と最終試験~

2009 年12 月になり、調査結果の集計を始めた。全部で413 名分の回答が得られ、この統計解析を行った。解析は思いのほか手間取り、どうにかまとまったのは年明け早々のことだった。それから修士論文を書き始めた。会社の仕事に関しては、たまたま「リフレッシュ休暇」という勤続20 年でもらえる長期休暇を取得できたので、1 月7 日から26 日まで3 週間近く休んで論文を作成した。論文提出期限が1 月26 日だったからである。

しかし、朝から晩まで論文に専念しようとすると、意外と集中できない。朝起きると、たっぷりと時間があると思い、のんびりと過ごしてしまう。そして気がつくと夕方になっている。実際に文章を書き出すのは夜になってからということがたびたびあった。こうして1週間が過ぎ、あせりが出てきた。結局、午前中はテニスをしたり、外に買い物にでかけたりして体を動かすことにした。その方が結果的に気分転換になり、はかどった。こうして、なんとか論文が完成した。

最終試験は2 月に行われた。全員の前で発表し質疑応答を行うというものである。それは緊張の雰囲気の中、始まった。みんなの発表が終わったのは18 時過ぎだった。その後、先生方が別の部屋に行き、合否判定の審査会議が開催された。我々、学生は、ようやく終わったという安堵感と疲労、合否に対する不安などが入り混じりながら、試験会場をあとにした。そして近くの居酒屋に行き、打ち上げが始まった。

最初は「終わった」という実感が持てなかったが、みんなと話しているうちに徐々に実感してきた。修士2年になってからは全員が集まることは滅多になかった。その間のお互いの苦労を時間をかけて確認しあったのだ。こうして長い長い1 日が終わった。

修了式と謝恩会

2010 年3 月最後の土曜日、晴れていたが、ひんやりした1日だった。2 年間通った東京キャンパスのすぐ近くにある筑波大学附属小学校で15 時から社会人大学院の修了式があった。この場所は2 年前の入学式と同じ場所だったが、今は知っている人がたくさんいる。みな、緊張感というよりも喜びが顔にあふれ出るという感じだった。

修士課程と博士課程それぞれの学位記が授与され、学長の祝辞、学生代表の答辞などがあり、予定通り17 時に終わった。その後、各専攻、各コースに分かれ、謝恩会が開催された。カウンセリングコースの謝恩会は、18 時30 分から東京ドームホテルで開催された。

謝恩会は、企画から実行までほとんど学生の手作りだった。美味しい飲み物・食べ物と、2年間の思い出に、先生も学生も話がはずんだ。途中で山田学長と鈴木副学長がいらして、挨拶をしていただいた。実は、学長が社会人大学院の謝恩会に参加されたのは始めてのことだそうである。そうとは知らず、皆で記念写真大会になってしまい、学長を取り囲んで何枚も撮影した。これまでほとんど接する機会がなかった学長がとても身近に感じられた。

私は、入学当初からアルバム係をしていた。そこで、集まった写真の中から、先生方との思い出になるものをピックアップし、6分間のビデオを作製しておいた。会が始まって1時間ほど経過した頃、そのビデオを上映した。みんなで見たが、懐かしさに歓声を上げたり、お世話になった担任の先生が出ると拍手をしたり、全員が一つになった瞬間だった。こうして印象深い謝恩会も終わった。

新たな段階

この2年間で得られたことはなんだろうか?様々な知識や体験、スキル、それに研究の方法、論文の書き方などを学んだ。これらの学びを通じて先生方との絆が得られた。オープンハウスなどのいくつかのイベントでは先輩と知り合うこともできた。そして何よりも、苦労を共にした仲間とのつながりを得たことは一生の宝物であることは間違いない。

自分自身のことを考えてみると、価値観の見直しに挑戦した2年間でもあった。大学院で医療や教育分野の仲間と共に学び、会話し、研究するということは、会社と別の世界で活動することでもあった。結果として、会社で働くことの意義を、少し離れて見つめなおす機会になった。根本的なところの価値観を揺さぶられるような2年間だったようにも思う。これは、自分を見失うような怖さを伴うものであった。一種の精神的な危機の段階だったかもしれない。でも、こうして学生が自分のことを見つめなおすことに対して、カウンセリングコースの先生方は安全な場を提供してくれた。こういう場があったからこそ、今までと違う、一歩踏み込んだ自己理解ができたようにも思う。

4月になって新入生・新入社員が街にあふれ出し、活気付いてきた。新たな段階が始まったのである。今、私自身、2 度の四季を経て、これからどんなことが待ち受けているのか、大いにワクワクしている。