カウンセリングコースでの学生生活

高谷みゆきさん  第18期生 修士(カウンセリング)

<入学まで>

 ここで学ぶことは、私の夢でした。

 私にとって、カウンセリングコースでの学生生活は、夢を実現させた2年間です。国内初の社会人大学院にカウンセリング専攻があると知ったのは、國分先生の著書、カウンセリングの原理(1996)でした。東京キャンパスの学生の様子が書かれてあるのを興味深く読んだものです。

 これだ! ここしかない!と私が決意したのには、ふたつの理由がありました。それは 1)社会への適応や問題解決志向の心理学に重点をおいていること 2)高度な専門的職業人の育成・再教育を目指した修士レベルでの習得(HPより)だからです。

 それまで私は、保育園で乳幼児期の母子対応(子育て支援)業務、および中学校と短大で相談室を担当していました。年数をかさね、仕事は安定していたものの、その一方で、ひとつの疑問がふくらんでいました。それは、いったい何をもって支援なのか、何が対人援助といえるのかという疑問です。もっとカウンセリングについて、学ぶ必要があると痛感しました。

 こんなときにめぐりあったカウンセリング専攻でしたから、絶対に入りたかったし、合格通知を手にしたときは本当にうれしかった。構想から2度目の受験で合格するまで、足かけ5年?の道のりでした。

 けれども私には、ハンディがあったのです。

 北海道、なのです。居住地が。

 それからというものが一大決心で、まずは職場です。固い意思を上司に伝え、いったん仕事を離れ、家族と離れ、大学近くに住居を構えての東京生活が始まりました。今 思えば、よくあれだけのエネルギーがあったものだと思います。ただただそのときは、「自分に、今 必要なこと」だったのです。

<学生生活>

 なにもかも新しく慣れない環境でしたが、それでも学ぶことは楽しく充実していました。学問は、先述どおりの問題解決・目標達成に役立つ知識、そして自己資源の活用・主体的な生き方といった社会への適応に主眼がおかれ、これまでの仕事に直結する展開がつぎつぎと示されました。新しい知識が得られると同時に、私がやってきたことへの自信にもつながりました。

 2年目の修論作成では、先生方が、ひとりひとりの研究テーマをとことんつきつめ、共に考え、やりたい事を尊重してくれました。そのことが、研究への意欲につながったのは言うまでもありません。論文が進まず途方にくれる中、すれちがい際、廊下でのひとこと(叱咤激励?)にどれほど支えられたことでしょう。

 同期の学生は、年齢も職域も肩書きもキャリアもいろいろです。多様な価値観を聞いて触発され、なにより各々がその道のエキスパートであるにもかかわらず、より学ぼうとする姿勢に、社会人大学院のスゴさを感じました。

 こうした同期の支えや先生方の指導をうけて、やっとたどり着いた修論達成への道。忘れもしない最終締めきりの1月24日、午後7時。提出の後は、成就感と感動に、全身ふるえが止まらなかったことを覚えています。大きな事をやりとげたという思いは、これからも永遠に、私の心の中にかがやき続けるのだと思います。

<みなさまへ>

 社会人歴20年、というと一般的には中堅・ベテランといわれます。私もそうでした。けれども、日常において、ふと疑問がうかぶこと――これは誰にもあるはずだと思うのです。そんなときに、学ぶ環境があるというのは、なんと贅沢なことでしょう。人生の、どの段階においても、いつでも学べることのすばらしさを、今、しみじみと感じています。

 カウンセリングコースでの経験は、どの職場においても成果の還元が大きいものでしょうけれど、なにより私の場合は、自分自身のこれまでをふりかえりながら、じっくりと考えることが許された、豊かな時間だったと確信しています。

 最後となりましたが、2年間の学生生活をふりかえってみると

「つらい」けれども続けたい。
「たいへん」だけれども深めたい。
「むずかしい」けれどもおもしろい。

と、こんなことばがうかんできました。