受験をお考えの方へ

吉田加奈子さん 第28期生 修士(カウンセリング)

以下に、カウンセリングコースに入学する前までと在学中の2年間を時系列で振り返ります。
私は入学前、背中を押してくれるような話だけでなく、悩みや葛藤など、受験を検討する者に不都合なことであっても知りたいと思っていました。そのため、私の「修了生のことば」では、あまり前向きではないことも含まれますことをご容赦ください。

入学まで

私の場合は、大学院進学を思い立ってから、実際に入学するまでに長い年月を要しました。20代の頃、いわゆる「自分探しの旅」をしていた私は、カウンセリングかリハビリテーションの勉強をしようと模索している折、カウンセリングコースの存在を知りました。しかし、「カウンセリングを勉強する前に、社会人経験を積んで、人として成熟したほうがいい」という人からの助言を受けて、結局別の道を選択しました。たった一人の助言で退散する程度の弱い意思だったというわけです。
その後、カウンセリングを勉強するのに十分すぎる歳になった頃、大学院進学への希望が再燃しました。その頃には、カウンセリングの勉強をしたいだけでなく、仕事で文献を読んだりすることがあるため、自分もなにか研究がしてみたいという研究マインドも高まっていました。しかしまたそこから、3年間で4回オープンキャンパスに参加するほど迷いました。オープンキャンパスでは、授業後に職場に戻っていたという、私たちの先輩であり、先生である方の体験談を伺い、会社員である自分の少し先の姿と重ねたり、職場には内緒で通学されている方など、自分と共通点のある人たちの話を食い入るように聞きました。2回目のオープンキャンパス参加後、心理学初学者の私は、まずは予備校に入りました。しかし、夜遅くまで働くことが日常である職場で、早めに退社することも、事情を話すこともできず、週1~2回予備校に行くことすら困難でした。入学したら、平日週に3、4回18時20分までに大学に行かなくてはならないのに。業務量の多さ、体力のなさ、そして、そもそも大学院に行かなくてならない理由がなく、受験しないことへの言い訳はいくつでも見つかりました。そうこうしているうちに、3回目、4回目のオープンキャンパスに参加しました。この「修了生のことば」にもひとつひとつに目を通しました。しかし、どんなに人の体験談を見聞きしたところで、自分の状況が変わるわけではありません。最後は、「修了できないとしても、チャレンジしてみることに意義がある」と割り切り、願書を提出しました。あのときの自分に「今から3年後には、この『修了生のことば』の原稿を書いている」と教えてあげたいです。

1年目 春夏

やっとのことで入学した大学院でしたが、1年目の前半は、場違いなところにいるという違和感が抜けませんでした。オープンキャンパスで「普通の会社員でも入学していいのですか」と質問したところ、「いいですよ。会社員の方もいらっしゃいますよ」と言われてほっとしていたのに、いざ入学してみると、同期たちは、それぞれの分野の専門家で、なんだか場違いなところへ来た気がしました。また、誰もがキャリアアップしようという気迫に溢れていて、気圧されもしました。しかし、年齢もバックグラウンドも違う多彩な同期とともに学び、仲間たちの意見や研究を見聞きするうちに、これまで知らなかった世界に目を向けるようになっていったことは、社会人大学院ならではの大きな利点でした。
長い時を経て、満を持して入学したので、授業はどれも受講したくて目移りし、他のコースの授業も受講しました。授業では、心理学が専門ではない私にとって、初めて聞いたり、初めて深く考えてみることも多く、そのたびに心が揺さぶられたり、未消化の感情の蓋が開くような経験が多くありました。クラスの中でも、授業中にひそかに涙したり、考え込む姿が見受けられ、おそらく私と同じような思いだったのではないかと思います。

1年目 秋

入学以来感じていた違和感はまだありましたが、学生生活や授業での発表、レポート作成にも慣れてきて、徐々に違和感と共存できるようになっていました。また、私は職場には内緒で通学していたため、週に何度も早く退社するのが難しく、秋からは授業を取るのは最小限にし、仕事とのバランスも調整していました。
研究については、各自のテーマを発表する構想発表会が年3回ありました。同期たちの多くも同じだったようですが、この発表会の雰囲気にだけは最後まで慣れることができませんでした。しかし、1年目はゼミに所属していないため、発表会は、先生方からご意見を伺い、研究計画を軌道修正するうえで、非常に貴重な機会でした。私は、1回目の構想発表後、先生方のアドバイスを参考に、新規性があり、社会的に意義があり、実施可能で、関心を持って取り組めるテーマという観点からテーマを再検討し、受験時に提出していた研究計画を白紙に戻しました。結局、11月の3回目の構想発表が終わっても、納得のいくテーマは見つかっておらず、焦りを感じていました。

1年目 冬

3回目の構想発表終了後に、所属ゼミを決める面談があり、年明けに所属ゼミが決まりました。このときは、皆、いい大人なのに、小学生がクラス替えの発表を見たときのような、ちょっとした騒ぎでした。私は、せっかく大学院に来たのに、こんな納得のいかないテーマで研究をすることになるなんて残念だと、どんよりとした気持ちで1回目のゼミに出席しました。そこで、自分の計画もしっくりこないが、先行研究を読んでいても、つまらないと感じることがしばしばあることなど、ずっと引っかかっていたものの、口にするのが憚られていたことを、恐る恐る、しかし正直に話しました。すると、指導教員の先生から「そもそも何を知りたくてこのテーマを選んだのか」や「つまらない研究にしないためにはどうすればよいと思うか」を尋ねられました。それらの質問に答えていくうちに、研究テーマに関する問題はおのずと解決できました。振り返りみると、1年間悶々としていたことが1日で、時間にして30分くらいの間で、すっきり解決したこの日がターニングポイントだったように思います。

2年目 春夏

2年目になると本格的に研究がスタートし、翌年1月の修士論文提出日までノンストップの怒涛の日々を過ごしました。次から次へとやることがでてきて、そのわりには、先が見えず。暑さと疲労でダウンし、寝込んでいたところ、それをどこかで見ていたかのように、ゼミの先輩方が相次いで、協力者紹介の連絡をくれました。私の研究は、協力者に到達し難く、協力者集めに困難を極めていましたので、本当にありがたいことでした。しかし、この頃は、なぜこんなことをしているのだろう、私がこれをすることに何の意味があるのだろう、と繰り返し考えていました。上記のように、協力してくださる方々がいた一方で、お断りやスルーされることはその何十倍も多く、これほど人から嫌がられるようなことをしてまで得たいものって何なのだろうと思っていました。

2年目 秋冬

10月の中間発表会が終わると、ラストスパート期です。この頃、研究協力者のおひとりから「私の悩みに目を向けてくれて嬉しいです」と言われました。上述のような私の疑問に答えを与えてもらったように感じたとともに、そのように感じてくださっていることを知り、身の引き締まる思いがしました。
12月にようやくすべての調査が終了。データの分析から論文作成まで滞っている作業を年末年始休暇中に一気に進め、年明けには温泉に行って、一度疲れを癒してからラストスパートをかけるという甘い計画は打ち砕かれ、温泉宿をキャンセルして、元日から論文に向かいました。仲間たちと何度か学校で夜を明かし、最後はみんなに助けてもらいながら、修士論文を提出しました。提出後に、皆と久しぶりに飲んだお酒はこの上なく美味しかったです。

修了後の今思うこと

この2年間で得られたものは、書ききれないほどありますが、私にとって最大の収穫物は、研究の面白さを知ったこと、そして、なによりその収穫物を得る過程での、支えてくれた周囲の人たちとの出会いです。
修士論文の提出をゴールに2年間走ってきたわけですが、修了後の今は、修士論文は通過点のひとつにすぎなかったとも思います。昨年から感じている「なぜこんなことをしているのだろう」や「ここまでして得たいものは何か」などの疑問は今もあり、おそらくこの先も持ち続けることと思います。今は、そのような疑問と引き続き向き合いながら、協力者の方々の「悩みに目を向けた」結果を、外部に向けて発信するため、準備をしているところです。
このように、自分の興味・関心よりも、他者の視点で多角的に物事を見たり、社会的な意味を考えるようになったことは、若い頃と中年期の現在との最大の違いです。カウンセリングコースに入ったのが、「私が」大学院に行きたい、「私が」カウンセリングを勉強したい、と自分のことばかりを考えていた若かりし頃でなく、今でよかったと思う点のひとつでもあります。
そして、このような収穫物や気づきを得られたのは、先生方、同期、先輩、後輩の皆さんがカウンセリングマインド溢れる方ばかりで、いつも支えていてくださったおかげです。上述のように、スムーズにいかないことや、否定的な感情に飲み込まれそうなることも多かったのですが、窮地に陥ったときはいつも誰かが助けてくださいました。私がカウンセリングを学んだのは、授業からだけでなく、周囲の皆さんの姿勢や考え方によるところも大きかったです。大人になってから、そのような人たちに囲まれながら、学生生活を送ることができたのは幸せなことであったと今しみじみと思います。
この場をお借りして、改めてすべての出会いに心より感謝申し上げます。本当にありがとうございました。