吉田武男(よしだたけお)
     のホームページに
   よ・う・こ・そーーー!!


             
Willkommen!!


 
                        

 

あなたは 番目の訪問者です。

2009年6月16日より再出発
<2011年2月24日現在、8428回>
(2010年10月4日、アクセス数7,000回突破)

(過去延べ45,654回の歴史のうえに)



臨時の臨時更新日2018年7月2日
サッカーの予想がはずれたので8日後の(笑)

(およそ400日ぶりの更新のあとはおよそ220日ぶりの更新です)










(次回更新予定2018年のいつか)
まったく、信用できませんが・・・・・・





  




ドイツのケルンにある大聖堂」
もちろん。ユネスコの世界遺産です。
そこに、虹がかかりました!!
神々しい一時でした。






ようこそ!!
Willkommen!!!

奈良県出身(高知県経由)<大和発、土佐および常陸の国、そしてドイツ・ニュルンベルク経由、再び常陸の国へ>

吉田武男の
ホームページ
Homepage von Takeo Yoshida



「自己実現願望」「新個人主義」
「心理(こころ)主義」を超えるために
(40才以後の道楽・趣味:少林寺拳法准拳士初段<いわゆる黒帯をはじめて着けた程度>、太極拳日中友好協会認定1級<24式ができる程度>、日本サッカー協会公認審判員3級<県大会主審、関東大会副審が許されている程度)
これらの運動系のものは、今は、 すべて休止中です。シュタイナーの発達段階説に基づくと、7年周期の8回、56歳を過ぎ、いよいよ9回目のステージに入ったので、新しいことを始めることにします。およそ、何を新しく始めるかは決めましたが、いまは内密にしておきます。「学ぶことを止めた人間は、教える資格はない」をモットーにしている私は、何かしなければならないのです。1年後くらいにお知らせします。



カウンセリング・ハラスメント(2003.11.6命名)の被害を現実に防ぐためにも!!






「なんでも相談室」の開設!!
<人間学系棟5F A508>
ついに、決断し、立ち上がりました!!!!


もう、こころイジリの心理主義の風潮をこのまま見過ごすことはできません。行動を起こします。「なんでも相談室」、別名、「大学かけ込み寺」を開設します。

現実の問題に対し、
「大丈夫ですよ」的なメンタル・ケアでは、せいぜい、一時しのぎにしかなりません。根本的な解決にはまったくなりません。喩えて言えば、昼間の職場でいろいろあって、夜になって気晴らしにスナックに行ったら、そこママが話を聞いてくれて、「大丈夫ですよ」「さあ、今晩は昼間のことは忘れて飲みましょう」と、言って虚構の一時を送るようなもので、昼間の問題はまったく解決されていません。つまり、現実の問題<昼間の問題>がこころの問題<夜の問題>にすり替えられるだけです。もちろん、一時的な癒しも(解決ではなく、解消も)意味がないわけではありません。有効な場合があります。これも喩えて言えば、疲れたときには、イライラしたときには、温泉につかってホッとして英気を養うことも意味のあることです。しかし、たまには「大丈夫ですよ」的なものもよいでしょうが、温泉への入浴だって、昼間の仕事を忘れ、こちらのほうが気持ちがいいと思って温泉の頻度が増し習慣化し、さらに外に出るのがいやになって依存気味になると、ここが居心地がよいとして、ズッーと暖まっていたいと思い、温泉に入り続けることが現実の本務になったらどうなるのでしょうか。皮膚がブヨブヨになり、体もおかしくなります。温泉なら、まだ周囲に及ぼす被害は少ないでしょうが、それがスナック通いが習慣化したらどうでしょうか。本人のお金はなくなるし、またアルコールへの依存にもなるし、周囲を困らせます。第一、本人の一生が台無しです。「大丈夫ですよ」的なメンタル・ケアは、たまには効果があるでしょうが、頻度が増すと、依存症になってしまいます。節度を越えるとたいへんです。節制が大切です。そして、時間が来ると、温泉からあがるという、つまり温泉療法は終わりという、けじめが必要です。

無料で、時間のある限り、そして本務に支障のない限り、学生さんの相談・助言をいたします。
内容は、勉学・研究から日常生活までなんでもOKです。できる限りのアドバイスとサポートを研究室でいたします(あんなゴミ屋敷に、人が入れるのか、という声が聞こえてきますが、無視をしましょう)。なにしろ、ここ数年、自死する学生が目立ちすぎるからです。なにか、うわさによると、また学生が自死したようなので。もう、非常事態と思うからです!心理主義に依拠しているような「心の専門家」と自称している、おぼっちゃま、おじょうさま風の人たちに任せておけません。緊急事態です。

ただし、申し訳ありませんが、誰でもというわけにはいきません。私の本務に支障をきたしますし、それではおかしな宗教的な勧誘(宗教だけではありません。私の著作をお読みの方は、何を言いたいか、わかっているはずです)と、かわらなくなります。
そこで、条件をつけます。

これまでに私の授業を受講し、1単位以上、AまたはBの評価を与えた現役学生に限ります。

つまり、これまでにご縁のあったというか、私のつまらない授業に耐えて受講していただいた学生さんに、アフターケアーや追指導という意味で(私の心の中では感謝への気持ちと罪滅ぼしの意味で)、無料で相談・アドバイス・サポートなどを行おうという試みです。条件をつけた理由は、何事も節度と節制が大切で、終わりが必要だからです(そこに、おかしな宗教的な行為と明確に区別したいと思います)。それと同時に、そろそろ
「めんどうみたあいてには、いつまでも責任があるんだ。まもらなけりゃならないんだよ」(『星の王子さま』より)を、私なりに部分的にでも形にしたいと思うのです。


探して来られた方
   わざわざありがとうございました
       
感謝感激です。「おおきに」!!!!!
  何となく来てしまった方 よかったら見て行って下さい  
 
間違って来られた方 何かの縁があるかもしれません   
           お急ぎでないなら見て行って下さい

  
常連の方      いつもありがとうございます。たくさん
             のホームページの中からここを選んでい         ただき、大々感謝。言葉が見つからないぐらい、感謝です
!!!


「たがいに知りあうということは、たがいにすべてを知っているということではなくて、たがいに愛と信頼をもって、たがいに信じあうということでなければなりません。人は他人の本質のなかにおしいっていこうとしてはなりません。他人を分析することは─精神錯乱者をふたたび正常にもどすためでなければ─下品なしわざです。ただ肉体的な辱しさばかりでなく精神的な辱しさがありますので、私たちはそれを尊重しなければなりません。魂はとりのけることのできないおおいをもっているのです。私たちはこんなに親しいあいだであるから、私は君のあらゆる思いを知る権利があるということはだれ一人許されません。母親でさえわが子にこういう態度にでることは許されないのです。すべてこの種の要求は愚かなことで有害であります。」(波木居斉二訳『私の幼少年時代』新教出版社)
 シュヴァイツアーの自叙伝より
(学生からの評判がよいため、長くなるがあえて掲載)


「確かに、あんたが道を踏み外したのは、あんただけのせいやないと思う。親も周囲も悪かったやろう。でもな、いつまでも立ち直ろうとしないのは、あんたのせいやで、甘えるな!」(大平光代『だから、あなたも生きぬいて』より)

私自身の将来は今この瞬間にある
今ここで頑張らずにいつ頑張る
(大平光代『だから、あなたも生きぬいて』より)

「めんどうみたあいてには、いつまでも責任があるんだ。まもらなけりゃならないんだよ」(『星の王子さま』より)

「人生は思い通りにならないからこそ価値がある」(飯田史彦氏のことばをいただきました)

「自分には、
なまけるな
おこるな
いばるな
くさるな
おごるな、
自戒自守」
(元東大寺管長の清水公照さんのことばを拝借<一部修正>)。


「己れこそ己れの寄るべ、己れを措きて誰によるべぞ、良く整えし己れこそ、まこと得がたき寄るべなり。自らが悪をなさば自ら汚れ、自ら悪をなさざれば自らが浄し、浄きも浄からざるも自らのことなり、他者に依りて浄むることを得ず。」
(少林寺拳法 聖句)

「人間は道徳によって人間となる」
(シュタイナーのことばをもとに、よしだが創作)



講演について

「高知大学時代からシュタイナー教育の講演(ただし、シュタイナー教育の信奉者のような、ただただシュタイナー教育を称賛し、その学校の建設運動に加担するものではありません。しかし、場合によっては、協力は惜しみません。私は、人智学協会会員ではありません)は、原則的に交通費の実費をいただくだけで、全国無料で講演しています。せめてもの社会への恩返しです。」それに加えて、カウンセリング偏重を批判し、もっと健全な教育を語る講演も、お引き受けすることにしました。あくまでも、これらの講演は本務に支障のない限りにおいて行うものですから、いつでもというわけにはいかないことをご了承ください。お問い合わせは、メールでお願いします。

               

                                joschida@human.tsukuba.ac.jp



<近況報告>


2018年7月2日

 予想をはずした私の次のコメントを待っておられる方がおられるようなので、サッカーのコメントをしておきます。
 
 ポーランド戦のあの15分をプロとして当然だと言っている選手がいるようですが、その通りだと思います。それだけのことでしょう。しかし、日本の潔い文化には泥をぬったことは確かです。どちらが日本国としてよかったのか、それぞれの価値観で考えてください。私は、とうぜん明確な価値観をもって一方を支持しますが、人に価値観を押し付ける気持ちはないです。ご想像にお任せします。

 以前にも書きましたが、マスコミや選手をはじめ、「運が良かった」「ラッキーだ」「出来事への感謝」という謙虚な気持ちのなさにはあきれますね。運をつかんで日本はよくがんばったと思いますよ。セネガルの引き分けにそれが出ていますよ。謙虚さをはじめ、卑怯や自信過剰という言葉はもう消えたんですね。このまま勝ち進んでも、マスコミや政治利用されるのが落ちではないでしょうか。はやく、桜のように潔く散ってもらうことを願うだけです。間違っても、コロンビア線のような退場やPK戦の幸運は、ベルギー戦の日本代表には必要ないと思います。

筑波大学の宣揚歌「桐の葉」の最後のフレーズを日本代表に贈ります。

「いざ涸れよ、濁さんよりは!」







2018年6月30日   臨時更新

ご存じのように、日本のサッカーは、私の300%不可能の予想を裏切り、決勝トーナメントに進出しました。
予想は外れるものであるとしても、私の予想は全く外れてしまいました。失礼しました。深くお詫び申し上げます。

しかし、そのきっかけというか、日本の快進撃のきっかけになったのは、最初のコロンビア戦で、まさか開始3分でPKをもらい、相手の退場で、ほとんど90分を11対10で試合ができるという幸運な出来事でしょう。こんなことは、相手チームもそうでしょうが、想定外のでした。そんなことがあって勝つことはあっても、次の試合は負けると思っていたところ、引き分けでした。これも、私の想定外でした。第三試合も、予想通り負けましたが、まさか最後になって、日本はわかりますが、ぽ^ランドが後半の終わりになって、点数を取りに行かないで戦意をなくし、日本に花道を作ってくれる行為が展開されるなんて、想定外でした。

日本にとって喜ばしいでしょうが、私の目には、これで日本のサッカーの発展は、10〜20年遅れることになると思います。だって、実力も不足しているのに、いろいろなことが起きてうまくいった経験は、本当の意味で真剣に反省もしないで結果オーライとなることを知ってしまったのですから、大きな改善は期待できないからです。日本は、しばらくは「ロシアの奇跡」で、いつでもなんとかなると思い続けるのですから。あーあ。おめでたい国民性ですから。そんな楽観的な国民性も、ある面ではよいこともあるでしょう。前向きでよいでしょう。それが良さなら、何事でもそうであってほしいと思います。とりわけ、「下向き、後ろ向き、内向き」になる心の悩みに執着しないで、、前向きにすすんでもらいたいものだと、サッカーの事件が起きて、へそ曲がりの私は、そんなこと、つまり心理主義の時流批判を思い始めてしまいました。サッカーは、アジアで韓国に負け、中国にも負けてワールドカップに出場できなくなってはじめて、自分たちのレベルの低さを知り、これではだめだと思って、大改革が始まるでしょう。

今回の快進撃で、マスコミのコメンテーターで、「最初の試合は幸運だった」、「「第3試合では、セネガルに決勝トーナメントに行かせるくらいなら、日本に行ってもらおうと思いやってくれたポーランドに感謝する」(それだけ、日本国が好かれているわけですから)という、謙虚な目線をいつから日本人は忘れてしまったのだろうか、

いろいろと思いやると、ため息が出てきたので、これで更新をしばらくお休みします。
皆様、次の更新までお元気で。






2018年6月24日   臨時更新

 日本がラッキーで勝ってしまったので、言い訳の更新です。

 日本は、主審のラッキーな判定で勝って運がよかっただけなのに、何を騒いでいるのだろうと思うっている今日この頃です。
 主審の誤審ではないですが、運がよかっただけで、日本が強くなったわけではないです。だって、開始3分で、PKをもらい、相手のレッドカードで、11対10の戦いに90分間なってくれたおかげで、勝てただけですから。あの主審は、ヨーロッパでも最高級の審判ですから、自信をもって判定をしてくれたわけですから。少し自信のない審判なら、PKはジャッジできても、開始3分で退場者を出す判定をすれば、その試合がこの時点でゲームを決定づけてしまうのですから、とてもあのような状況でレッドはだせないと思うからです。実際に退場と判定されたとき、日本選手も驚いていたではないですか!!
 したがって、これからの試合も、テレビ解説者の誰もが、「日本選手が一生懸命やれば、またラッキーなことが起こるかもしれないので、応援しましょう」、というようなコメントを言わないで、実力で勝てるような言っているのは、テレビに出演して視聴者に受けたい虚言です。日本国民も、個々の選手の脚力の違いを見れば、普通に戦えば大きなアクシデントがない限り、勝てないことぐらいはわかるでしょう。それゆえ、3連敗の予想ははずれましたが、予選敗退の予想は撤回しないつもりです。スポーツだから、何が起こるかわからいところがあって面白いのですが、試合前に、客観的に見れば、勝てないという予想は予想としては当然だと思います。物事を見るときには、感性や夢や希望の誘惑に負けず、学者のはしくれとして、理性的に判断したいですね。
 


2018年6月16日

お元気ですか。
私のほうは、あいかわらず、元気にやっております。ときどき、不調のときに、血圧が180まで到達してしまうことが、唯一の悩みです。

最近は、いつもの辛口のサッカーコメントを求める要望が出てきましたので、そんなものを期待する声があるのならば、更新するきっかけになりました。

ワールドカップの予想は、300%の確率で、日本は予選敗退です。しかも、99%は3連敗でしょう。監督を変えなければ、90%だったかもしれません。昨年度は、前回の更新で記しましたように、日本サッカー協会の会長の田嶋さんより日本サッカー協会グッズのネクタイをプレゼントでいただいただけに、情の厚い私としましてはつらいのですが、圧力や卑怯者の脅しに屈しないところが特徴なだけに、本当のことを言わずにおられないのです。テレビインタビューで田嶋さんは、少しでも可能性を上げるために交代させた旨の発言は明らかに間違いです(ウソだとは、30年前にドイツでお会いしてからのお付き合いですから言えません。私の想像は。スポンサー企業からの圧力だと思っています)。もし、交代していなければ、岡崎選手や香川選手や本田選手は出場していなかったでしょうから、サッカーのスピードが上がっていたから、ひょっとしたら、そのスピード攻撃で点が取れて、引き分けか勝ったりということが起きていたかもしれませんね。でも、ほとんど起きなかったくらいの確率ですが。

私は、この大会のことは忘れて、もう日本は終わっていますから。田嶋さんを中心にサッカー協会は、大会でそちらに多くの人の目がむいているときに、ベンゲル監督をはじめ、世界的に優秀な監督を見つけて、日本代表監督として契約を結ぶべきでしょう。





2017年11月12日改訂版  およそ1年、すなわち404日間遅れ

更新できず、申し訳ありません。何度も更新を期待して1年間にわたって何度も訪問していただいていた方には、とりわけ深くお詫びします。

生きております。心配無用です。昨今、流行りの「心の病気」にもなっておりません。いたって心身および精神とも健康です。大学内外の仕事が忙しいだけです。学内の仕事では、人間学群長とグローバル教師力開発推進室のものです。学外の仕事では、出版物の企画と学会活動のものです。前者の出版物については、出版はまだまだですが、12月には広告が出ると聞いています。後者の学会活動については、前回と言っても1年前の更新の時(2016年10月3日)ですが、第2回の「日本倫理道徳教育学会」が12月10日(日)10時から筑波大学東京キャンパスで開催されます。ホームページに間もなくプログラムが公表されますので、しばらくお待ちください。http://jseme.org/

いつものように、悪態をつきますが、本当に日本のサッカーは弱いですね。200%、ワールドカップでは予選敗退ですから、ゴールキーパーかホワードまで、若手に入れ返して、次の4年を目ざしたらよいと思います。数ヶ月前に、日本サッカー協会会長の田嶋幸三さんにお会いする機会にめぐまれ、そのときにネクタイをプレゼントでいただいたので辛辣なことは言いにくいのですが、事実は事実ですから、主張を曲げるわけにはいきません。

それだけ、お伝えして、失礼します。
では、お元気で。



2016年10月3日改訂版  およそ3週間遅れ


10月9日(水)に、筑波大学の人文社会学系の桑原直己教授と私で学会の発起人となって、筑波大学で「日本倫理道徳教育学会」をたちあげることになりました。時間がありましたら、資料代として参加費を1000円徴収しますが、よかったらご参加ください。詳しくは、次のページを見てください。



      http://jseme.org/



2016年9月11日改訂版  2日遅れ

 

 無事、8月29日にスウェーデンに行き、9月6日に日本に帰国しました。できるだけ避けたかった朝の到着便になったので、飛行機の中で朝食を吐き出すわ、着いたら時差ボケだし、それこそ摂氏10度から20度の中で生きてきたのに、日本に着いたら30度で、体調不良もいいとこです。昨日も、ムカデが出てきそうで、とても安眠できるように思えないので、真夜中にサッシにムカデ薬を散布してねました。毎日、心配で安眠できません。もう、帰国して5日も過ぎたのに、まだ本調子になりません。
 今朝4時までかかって原稿を書いて、ようやく少しは落ち着くかと思って、朝から新聞のスポーツ欄を見ていて、「しまった」「忘れてた」と口走ってしまいました。実は、飛行機の中でゲボッとやっていてボウとしていたのですが、実は真ん中の4席つながっている左端に私は座っていたのですが、右2人はノルウエーの女子高校生で、その横は大学生らしき先輩の女性でした。きれいな女性でしたので、思わず、使えない英語を使って乗った時は話をしておりました。聞くうちに、新体操の国際大会に出場する選手3名でした。隣の2名は、高校の数学を勉強していました。来年は、大学生だと言っていました。ノートを見せてもらうと、微分方程式を解いていました。降りるときに、ニコッとしてくれたので、疲れ果てた顔で、「グッド ラック」というのが限界でした。そんな形のお別れでしたので、もし機会があれば、隣の席の3選手が出場する新体操を見に行くかなと思っていたのです。ところが、飛行機を降りるとすっかり忘れ、今日、新聞の下のほうで、筑波大の男子バスケットなどの結果を見て、一番下の方に、今日の主なスポーツ行事として、最後の方に、イオン・国際新体操最終日という記述を見かけたの、思わず声をだしたのです。早速、PCで調べてみたら、予選はすでに終わっており、決勝が13時から行われるようで、成績の世選手が26名くらいあがっていました。名前と国籍を見ていたら、アンナという名前のノルウェーの選手が見つかりましたが、ほかの2名の名前はありませんでした。それぞれの名前をたずねるのを忘れていたし、3名の姿が見れないのであればよいと思って、観戦は諦めました。残念な機会を逸してしまいました。残念、残念。
そんな折に、筑波大学や早稲田大学などで使用している道徳教育のテキスト『「心の教育」からの脱却と道徳教育−「心」から「絆」へ、そして「魂」へ−』(学文社)が中国で翻訳されて発行されたといううれしい話が舞い込んできました。社名の題字は毛沢東によって書かれたという、中国国営屈指のの総合出版社の一つである北京の人民出版社から出版されました。そんな政治的に危険思想の本ではないと思うのですが、この出版社は、毛沢東語録や毛沢東選集をはじめ、マルクス・エンゲルス全集、周恩来選集、江沢民文選、ケ小平選集などを出版している老舗のようで、校閲だけで1年もかかっていたので、もう出版されないのかなと思い始めていたところでした。
若干、本当に内容的にこちらの真意が伝えられているのか少し心配ですが。。。。しかし、29元(約500円)とは、我々の感覚からすると、えらく安いな。。。。。
本の裏の評言については、同僚の筑波大学教授の藤田晃之先生、早稲田大学の佐藤隆之先生に書いてもらいました。
この両先生をはじめ、本の出版に際してご協力いただいた方々すべてに感謝するとともに、両国の政治的関係も決して良くない現状を鑑み、政治的な思想信条を超えた日中友好を祈って、著者の印税を全額放棄しました。したがって、いくら売れても1円の印税も入りません。
 そろそろ、仕事モードに入らねばと思っている今日この頃です。


これが、翻訳本です ↓













2016年8月18日改訂版

久しぶりの近況報国です。

7月22日の出来事です。

今日は9時から会議、続いて10時から会議。そして14時からの会議は代理出席を頼んで、14時開始の文科省の道徳教育関係の会議に間に合う急ぎました。今日は最終回の会議で、冒頭にテレビ撮影があるので遅れられない。昼食も食べずに、12時25分発の快速に乗らねば14時には間に合わない。12時20分に、つくば駅で切符を買い、おにぎりとお茶を買おうと思って列に並んだら、写真のものを買ったら509円と店員が言うではないか。高いと思ったが、時間は23分。おかしいと思いつつ、計算しなおしてもらっていると列車に遅れるので、あきらめて飛び乗りました。列車に乗って袋から1個100円のおにぎり2個、130円程度のお茶があるだけで、どう考えても509円にはならない。つくば駅の売店の消費税は50%で、スウェーデンより消費税が高いようだ!!帰りに、その店でいつから消費税が50%になったのか、言おうかと思ったが、人が並んでいて、とても難癖をつける状況ではなかったので、あきらめて通り過ぎて帰ってきました。涙涙の悔しい出来事でした(以下の写真を参照)。



たかが、150円余りなんですが、悔しいと思いつつ、このフェースブックに書き込んでいたら、自宅からメールが来ました。そこには、NHKの7時のニュースで顔が1秒くらい映っていたよ、という連絡が家族からあり、写真が添付されていました。全国放送のテレビにこの顔が映ったのでした。こんなことは、めったにないから、9時からのNHKのニュースを録画しておくように伝えておきました。そんなわけで、150円は出演料を支払ったと思って、あきらめることにしました。ところが、9時のニュースではパスされ、11時のニュースでは右上の字幕で顔が映りませんでした。(涙、笑)。


でも、その後、東京をはじめ、各地から「映っていたぞ!」の声がありました。わずか、1秒を見ていただきまして、感謝感激です。。。。
高知県の教え子からは、次のようなメッセージが送られてきました。

吉田先生!偶然、実家にいてTV見ました。吉田先生が映っていてびっくり!お電話したいと思っていました。」

ありがたいことです。


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すると、


7月22日の午後7時のNHKニュースで、1秒間にわたって日本全国に流れたテレビ映像を、教師をしている娘が携帯で撮りました。「録画したでー。なんの会議じゃ。道徳の評価なんぞ記述でするに決まってるじゃないか」という、きつい皮肉のコメントともに送られてきました。記念に掲載しておきます。


そんな事件が7月にありました。

8月29日から6日まで、ドイツは危険そうなので避けて、北欧に出張の予定です。





2016年7月10日

 珍しく予定した日に更新しました。これからもそのようにしたいと思っていますが、まず、今後はあり得ないと思っていてください。根っからの、いい加減でアバウトな生き方をするのが私ですから。
 そのいい加減な私が、こうして日曜日にしているかと言いますと、今日は大学が主催する教員免許更新講習会があり、講師で午前中から授業をしていたのです。また、2週間後もやりますが、今日は二人で担当する関係で、午前中で終わりました。これから、テストの採点をはじめとした雑務です。日曜日も大学で働くのです。大学の先生は暇そうに見られますが、忙しいのですから。昨日だって、今日の授業に向けて資料を今朝3時までやっていましたから、倒れたら絶対に労災の対象者だと思います。
 そんなわけで、今日は大学にいますが、参議院選挙の投票日です。投票に行けなくなるから、もうすでに期日前投票をやってきました。したがって、今日は国民としての義務を果たしたので、安心して過ごせます。しかし、ふと思ったのですが、この期日前投票は、あまりにも手続きが簡単過ぎて、大丈夫かなと思ってしまいました。いままでは、そんな疑念を持ったことはなかったのですが、最近は外国に行くためか、お人よしの性善説の日本人的感覚では、生きていけないなと思うもので、なんでも人や物を簡単に信じたらいけないと思うようになりました。理由は、投票用紙に「鉛筆」で書くからです。鉛筆の横に消しゴムもないのだから(以前はあったような気がするのですが、少なくても今回のところではなっかたです)、鉛筆で書いて間違っても消せないのだから、ペンで書くのと同じではないかと思ったからです。「鉛筆」なら、いつでも、開票まで何日もあるわけだから、書きかえられないか、と。それなら、ボールペンで書けば疑念が生じないのに、と素朴に思ってしまいました。また、期日前投票では、所定の紙を持って行けばよいだけで、身分証との照合もしないから、大丈夫かな、と。これも、たいした手間ではないのだから、銀行や郵便局の窓口のように、身分証の確認だけの提示をすればよいのにと思いました。こんなことを思ってしまうのは、私だけなのでっしょうか。私だけが、疑い深くなってしまったのだろうか。。。。。私の思いすごしかな。。。。。。。
 それとは話は変わりますが、3月にドイツから持ち帰って、余ったので冷凍保存してあったブリッツェルというパンを解凍して食べました。数カ月ぶりに食べると、おしかったです。ついになくなってしまったので、そろそろドイツに出かけるか、と思い始めました。行くとなると、8月末から9月の中頃の間ですね。決めましたら、報告します。今年は、中国行きは11月かな。。。。。





 一つ忘れていました。次のことです。

【日程変更】第1回大会のご案内

このたび、第1回大会のご案内をさせていただいておりましたが、日程変更を致しましたので、お詫びとご案内をさせていただきます。

みなさまの入会と参加をお待ちしております。

お申し込みは、下記掲載の事務局メールアドレスまでご連絡下さい。

ホームページも作りました。 http://jseme.org/

日時: 2016年8月20日(土)

場所: 筑波大学(つくば市)

日時: 2016年10月9日(日)

場所: 筑波大学(つくば市)








2016年6月17日
 
ご無沙汰しております。相変わらず、多忙を極めております。最近は、朝のご来光とともに自宅に帰る生活をしております。よく過労死しないですねと言われます。しかし、「憎まれっ子世にはばかる」ということわざがありますが、それを地で言っているのがわたしかもしれません。
  今日は後ろ向きな辛い話題と、前向きな希望の話題を記します。
  更新できなかったのは、忙しさだけでなく、ショックなことがあり、落ち込んでおりました。昨年は両親を相次いで亡くしましたが、それ以上に、ショックさだけ言えば、ショックでした。いまでも、尾を引いています。両親の場合、八十八歳にもなっていたので、諦めもつきますが、今回は、10歳も年下の友人で、いつか会いたいなと思っていただけに、ショックでした。こんなときに、見も知らない心理カウンセラーに、「友達を亡くして、ショックなんですね」とオウム返しをしていただいても、治ることはないでしょう。この友人は、前任校の高知大学で知り合った人で、凡人非才の私と違って、驚異的で天才のように賢かったですね。研究が趣味という方でした。2年くらいのつきあいでしたが、とても印象に残る方でした。その方が、子どもさんとともに、昨年に交通事故で亡くなられてしまった、という連絡が入ったのです。ホームページでも確認が取れました。なんで、こんな方が亡くなってしまうのだろう、と思えば思うほど、残念な気持ちです。ここしばらく、筑波大に転勤するときに餞別の代わりにいただいた一冊の本を机の上に置いて見ています。ご冥福を祈るのみです。

  そんな辛いこともあったのですが、憎まれっ子の私が生きられている以上、長く生きれなかった人にかわってでも、生きているうちにいろいろとやってみようと思っています。その一つとして、これまでただ道徳教育について愚痴を言うだけでなく、道徳教育の学会を新たに立ち上げることに尽力しています。これにより、政治的、宗教的にも引っ張られないかたちで、学問の追及に邁進し、現実の道徳教育・倫理教育に貢献したいと考えます。
名称は、
           
 「日本倫理道徳教育学会」
です。ホームページも作りました。 http://jseme.org/
一度、見てください。そして、興味のある方は入会してください。参加してください。また、お知り合いに拡散してください。
手弁当ではじめ、お金もありませんので、ご寄付も歓迎です。
  
設立の第1回大会は、8月20日(土)に筑波大学で開催の予定です。

では、また、お元気で。



2016年3月30日

 
 
ご無沙汰していました。その間、多忙を極めておりました。そこに、3月11日から22日までドイツに出張しておりました関係で、余計に忙しかったところです。何度も、訪問していただいた方には、申し訳ありませんでした。まだ、一段落しません。3月末で教育学類長を退任しますので、学類長室を次の方にきれいにして明け渡さねばならないので、真夜中に来て大掃除です。すべて自業自得ですから、だれにも文句を言えません。
 4月からもゆっくりできず、今度は教育学類。心理学類、障害科学類を束ねた人間学群の長に就任することになりました。あと長くて4年で筑波大学を退職するのに、いつまで、私を研究者の情況に置いてくれないのか、運命を恨んでいます。
 しかし、それえでも、ドイツに行って来て、転地療法をしてきたところですから、文句も言えません。
 元気にやっておりますので、ご安心ください。
 取り急ぎ、近況報告まで。

2016年1月20日


しばらく更新できず、失礼しました。
原因は、原稿執筆と雑務です。

みなさんにご心配をおかけした怪我もだいぶ良くなりましたが、骨折、脱臼の指はまだ、完治していないです。

まだ、それらの仕事も終わらないのですが、ドイツに今日20日の12時ころの出発便で出張します。今回は、はじめてフィンランド航空で行きます。
ヘルシンキ経由で、ベルリンに18時に到着する予定です。
また、26日の午後2時30分ごろに帰国する予定です。
学生には、プリッテェルをお土産に買ってきて、ドイツパンの試食会を開きましょうと言ってしまいました。集合時間は、18時30分です。場所は、私の道徳教育論の授業を受けていた人だけが知っています。情報を入手した教育学類の学生さん、さらに同じように情報を入手した私の授業を受けた学生の中で、一口だけでも、ホンマモノのプリッテェル(下の写真)



の原形てきなもの(何も挟まず、ただパンだけ)を持ち帰って、、学生さんに一口ずつでもおすそ分けをします。お楽しみに。
つくば着が17時30分ぐらいの予定なので、自宅に帰って大学に向かうと、18時30分を少し遅れるかもしれません。そのときは、お許しください。

では、ドイツに行ってきます!

寒いだろうな。。。。。。



2015年12月27日
改定版

 先々週の木曜日の夜、急いでいたので少し信号無視気味で交差点を走って渡ろうと思った瞬間、歩道の縁石につまずき、地球とキスをしてしまいました。そのしっぺ返しは強烈で、顔面を強打して、亀裂で顔から血は出るわ、ついた左手の小指は脱臼・骨折でたいへんなことになってしまいました。45度ほど曲がった脱臼は、右手で引っ張って入れ込んだのですが、骨折はどうにもならず、包帯姿になりました。また、顔は、マスクで隠した状態で10日間ほど過ごしていました。そんなときに限って、来訪者は多くなり、困っておりました。とにかく、休まずに会議と授業を、マスクと包帯の姿でしのぎました。
 すると、先週はぜひお会いしたいという連絡が来て、普通の方ならお断りするのですが、なんとそれが下村博文前文部科学大臣でしたので、お断りすることもできず、議員会館でその痛々しい姿のまま失礼ながら、お話をさせていただきました。お話の内容は、先日出版した『道徳教育の根拠を問う』を読んでいただいたようで、その中身に対する質問・意見などでした。お忙しい中、あのような本を読んでいただいた上に、失礼な言い方になり...
ますが、なかなかの博識で、研究者に追及されているような感じを受けるときもありました。話の最後に、このようにお会いしてお話ができるのも、そうそうないでしょうから、夢の世界でない証拠に、下村代議士のサインを書いてもらいました。そうすると、下村議員も、「私にもサインを書いてください」と言われたので、下手な字でサインをしてしまいました。思想や信条の違いももちろんありましたが、また一致するところもあり、普通ではできない、めずらしい貴重な体験をさせていただきました。ありがとうございました。ご縁と出会いに感謝感謝です。(ただただ、残念なのは、息子の名前程度しか字の書けなかった、今年に亡くなった両親に見せたかったなあ。さぞかし喜んだだろうに!)
 なにか、交差点でけがをして以来、わけのわからない、非日常的な10日間が過ぎました。でも、これは夢ではない証拠に、今でも顔面の左側は青じんでおり、左手も包帯のままです。左指は、整形外科の医者からはボルトで固定する手術をするように勧められており、私は、こんな単純骨折でボルトを止めるような手術を受ける必要はない「藪医者め」とがんばっており、まだどうなるか先が見えない状況です。昨日は、いつも古武道の練習でお世話になって古武道式の整体の治療院で整復をやってもらっていました。そんな中にあって、前文部科学大臣のサインも目の前にあって、やはり現実としてすべて受け止めなければならないことだと思っています。
 そんな折、今日は、私が1年に一度だけ、サッカーの試合を必ず見るその日です。以前から言っています通り、元旦の天皇杯をはじめ、ほとんどJリーグも、日本代表の試合も見ませんが、これだけは何がなんでも最初から最後まで観戦する試合が間もなく始まります。
 そんなわけで、90分だけ、身の回りに起きた現実を忘れて、テレビの視聴に専念します。どちらが勝っても、日本サッカーと異次元の試合が見られると信じています。気になるのは、雑音のようなおかしな解説だけです。












2015/11/11改訂版(12日遅れ)

1030日、1830分、自家用車で奈良に向かいました。奈良には、翌日31日の3時に実家に無事到着しました。母親の35日の法要がその日の14時からあり、1730分に今度は筑波に向かいました。出発間際には、「これでは、法要の帰り道、大学教授が高速道路で事故死という記事が出るぞ」と、不吉なことを言われながら、その言葉に負けないように、日の変わった1時に着きました。「どうしてくれる。生きて着いたぞ」と電話をしたい気分になりましたが、真夜中なのでやめました。

そして、11月1日、東京の清州白河駅近くにある中村学園で、『道徳教育の根拠を問う−大自然の摂理に学ぶ』の出版記念の講演とパーティーが開催され、そこで講演をしました。本を持って行かなければならなかったので、また車で行きました。1時間かかりましたが、昨日、一昨日に比べたら、たいしたことではありませんでした。ただ、村上和雄先生を筑波から乗せて行ったので、少し気をつかって運転しましたが。

ホール200人の場所がいっぱいになりました。その意味で、たいへん盛況でした。その際には、前文部科学大臣下村博文氏より、祝電をいただき、場をもりあげていただきました。本当に義理人情の篤い方です。思想信条の違いを越えて感謝感謝です。



この催し物を挟んで、群馬県立太田高校と茨城県立竹園高校で、出前授業をこなしてきました。


さあ、まだまだたまっている仕事が山済みです。一気にがんばって、今年は春に父親を亡くし、秋に母親を亡くし、そして義理の母も、私の父親が亡くなった1週間後に亡くし、散々な後厄の年になりましたが、来年こそは良い年を迎えたいものです。いや、良い年になりそうです。私の頭の上には瑞雲が見えます。
私には透視できます(笑)




2015/10/14改訂版(30日遅れ)

更新が遅れてすいません。
私は何とか元気で生きているのですが、いろいろ公的な仕事に私的なことが加わって、バタバタしていまして更新が次回に続いて1カ月くらいに1回になってきています。今後は、何とか改善したいと思っています。9月21〜26日まで、中国の東北師範大学を訪問してきました。

実は、私は元気なのですが、3月に父親が他界して、今度は母親が他界したもので、私的には散々な年になっています。運勢を占う人から言えば、「後厄」ということになるのでしょうね。まあ、個人的には、どちらも88歳まで生きてくれていたから、良しとしなければならないわなと思っています。中国にいるときも重体でしたが、最後に会いたい人にあって、最後の最後に私の顔を見て、翌日に息を引き取りましたから、本人もそれでよかったと思っていると思います。それも、親戚がまだ大丈夫だろうと思って病室を離れ、病室で私一人になったことを確認したかのように、私だけの前で息を引き取りました。私には、仕組まれているとしか思えない情況でした。

周りの人からは、「わずか半年に両親を亡くされて、。。。。。」と同情していただいて、たいへん有りがたいお言葉をかけていただくのですが、私本人は、寂しくないというとウソでしょうが、それほどガックリはきておりません。ただ、お葬式や法事などで忙しいだけで、私自身は元気にマイペースでやっております。先日も、母親が亡くなった翌々日、どうしてもやらなければならない仕事が大学であったので、筑波と東京で仕事を済ませてから、翌日の通夜と葬儀に喪主として対応しました。周りの人はそこまでしなくてもとおっしゃられたのですが、何か亡くなった母親が仕事を休むなと言っているように思えて、そのような行動をとりました。
 ようやく、苦戦していた本ができましたが、これを見せられなかったことは少し残念でした。でも、生きていて見せたところで、文字を十分に読めない、息子の名前ぐらいはわかるくらいの文字能力でしたから(貧乏で、小学校にもあまり通っていませんでしたので、新聞も十分に読めませんでした)、結果的に表紙に載ってある私の名前を確認する程度です。だから、そんなに残念というほどでもないのです。

 その本は、これです。








11月1日(日)13時に地下鉄の清澄白河駅近くにある中村学園で、出版記念の講演とパーティーが開催されます。
そこでは、私と、共著者の村上和雄先生が講演します。講演だけなら、入場は無料ですが、できれば会の主催者はこの本を購入するかたちで協力していただきたく思っています。時間がある方はお越しください。講演とパーティーの場合は、本代込みで5000円となるそうです。

さあ、これに向かってがんばる過程で、ほかの原稿(たとえば、高校の倫理教科書の改定版)を書かねばなりません。そのあいだに、法事が入ります。
たいへん忙しいですが、忙しい時が華でしょうから、あるいは生きている証しでしょうから、ない頭を絞ってがんばりたいと思います。
今後も、応援よろしくお願いします。





2015/9/6改訂版(37日遅れ)

体重が減るどころが増えていますが、相変わらず血圧160でがんばって生きています。ご心配なく。

更新が遅れ、体重が増えているのは、原稿が書けず、イライラすると、煎餅やあられを中心に口に入れるからです。ようやく、苦戦していた共著の脱稿をして、一段落したところです。ああ、忙しかったです。この間、文科省の道徳教育施策に対しては、どこかの多くの道徳教育学者と自称する人たちと違って、いつも「提灯持ち」のような発言をしないのですが、なにを間違ったか、文部科学省の「道徳教育に係る評価等の在り方に関する専門家会議」の委員になってしまい、こんなことも二度とないかもしれない貴重な体験だと思って、しばしば文部科学省の会議に行くために、よけいに遅れてしまいました(公開されていますので、申し込んで傍聴に来てください。場違いで、偉そうな先生に囲まれて、小さくなっていますが<笑>。議事録も公開されるようです)。そんなこともさらに重なって、1年も遅れてしまいました。校正作業をして、10月末には、発行できると思います。
書名等は、以下のとおりです。
**裏事情をバラスと、今年の春ごろまでは、『オタマジャクシはカエルの子』だったのですが、こちらに変わりました。



 
中西真彦・結城章夫・吉田武男・村上和雄・土居正稔

 『道徳教育の根拠を問うー 「大自然の摂理」から学ぶー』

 学文社  定価1800円程度



書店に並びましたら、購入いただければ助かります(印税は放棄していますので、私の個人収入にはなりません。売れなさそうな本を知り合いの出版社に頼んで発行できるようになったので、少しでも出版社の赤字を減らすためにご協力ください)。最初から、売れないだろうと思って書いていました。なぜなら、売れる本は今の時勢ではハウツー本ですから、これはまったく間逆なものになってしまったからです。でも、この内容は、対症療法的な改善しかできない道徳教育界に対して、どうしても言ってやりたくなったもので、とても大事だからと思ったからです。それでも、予想外に売れたら、大喜びなのですが。どうなりますやら。

また、それに合わせて、出版パーティーをすることになりました。そこで、敬愛する村上和雄先生と講演をすることになりました。

まだ、予定の案の段階ですが、こんなことになりそうです。大筋は変わりません。もちろん、交通費自前、講演料なしです。


開催日時 

 111日(日)  13時〜17

3.アジェンダ

◆「道徳教育の根拠を問う――大自然の摂理に学ぶ」出版記念講演

   1230分〜      受付

1300分〜15時   講演

   1300分〜15      開会のご挨拶  中西代表理事

              「道徳教育の根拠を問う」出版にあたって

  1315分〜14時   講演  吉田 武男

             「今なぜ、道徳教育の根拠を問うのか」

   14時〜15時      講演  村上 和雄先生

「遺伝子のスイッチをオンにして可能性を伸ばす。」

   15時         会場提供の中村中学校・高等学校 梅沢校長よりご挨拶

   15時05分         閉会


「道徳教育の根拠を問う――大自然の摂理に学ぶ」出版記念パーティー

1530分〜17時   パーティー

    

4.会場  中村学園 (都営大江戸線・営団地下鉄半蔵門線  清州白河駅 徒歩5分)

   講演会場     中村学園講堂 

   パーティー会場  中村学園 新館LADY

 

5.参加者募集・参加費

   研究会関係者および一般の賛同者

パーティー+講演    一人 4000円(書籍付)<予定>

講演のみ参加        無料 



その合間をぬって、9月21日から26日まで、中国の東北師範大学に出張講演です。これは、さすがに交通費や滞在費については先方もちですが、日中友好のため謝金はなしです。

その前に、関西に行って、関西外国語大学に道徳教育を教えにいかなくてはいけませんでした。

忙しい日が続きそうですが、がんばります。

ではでは、また。







2015/7/27改訂版(8日遅れ)
無事、重い研究資料を持って帰国しました。

ベルリンでは、仕事の合間に、街角でカリーブーストとポテトを食べました。「地球の歩き方」でお掲載されてある3つの店の1つです。日本では、これほどおいしいものは食べられないと思った大衆庶民の味でした。日本でも、誰かはじめればよいのにと思うのですが。



ニュルンベルクのある日、朝食をパンの本店にわざわざ路面電車に乗って行って食べてきました。
一番、右のネギの挟まったパンの味が最高でした。こんなものを一人コーヒー付きで400円程度で食べてしまうと、
申し訳ないですが、しばらく日本でドイツパンと言って売っているお店には、行けなくなってしまいそうです。



ドイツに行かないとこれらのものは食べられませんが、でも白いご飯と冷ややっこをおいしく食べられるよさは、日本しかありませんから、日本にいるときは、日本のおいしいものをうんと食べようと思ったドイツ出張でした。そんなわけで、毎日、冷ややっこを食べる日を過ごしております。
近況報告でした。

付記
一昨日、知り合いの地下鉄新板橋近くの薬局に帰国報告とともに、店にある機械で健康チェックしたら、「おまえ、こんな数字でよく生きてるな。いつ倒れても不思議ではない数値だ!」と怒られてしまいました。機械から出てきた結果には、「肥満」というところに○がついていました。ほかの数値も悪く、「このままでは、倒れたら緊急入院だ。お前が倒れたら、見舞には行くが、そんな歩けなくて、しゃべられないようなお前は見たくない」と叱られ、これから緊急にまずは体重を5キロ減量する命令を受けてしまいました。
そんなわけで、これから減量活動に入りますが、もし痩せていても、病気ではありませんので、ご心配なく。皆様もお気をつけてください。では、また。

現在の体重:78.5キログラム




2015/7/3改訂版(3日遅れ)
今年になって、5回目の更新です。
いつも、訪問者の期待を裏切り続けているにもかかわらず、しばしば訪れていただくことに恐縮です。

何といっても期待はずれは、私の予想を裏切り、女子サッカー日本代表が準決勝を突破したことです。
皆様方にとりましてたいへん喜ばしいことですが、予想屋の私としては外れてがっかりです。前回の男子サッカーの予想はばっちりでしたので、自信があったのですが、残念です。予想は完敗です。

まず、準決勝第一試合で、ドイツがアメリカに不覚を取ったので、何か私の予想に暗雲がたちこめてきましたが、まさかオンゴールで勝つとは予想はまったくできませんでした。昨日も、知り合いと話ししていたのですが、これからはPK戦が絡んで勝つとかなければ、そう勝てる相手ではないと思っていたのです。まんまと予想を裏切ってくれました。確かにくじ運は弱いゾーンに割り当てられ、ある程度は行けるとしても。準決勝を勝ちきるとはたいしたものですね。

こうなったら、連覇もあるのではないかという意見も出てきっそうですが、それでも当初予想した通り、実力的に連覇はない気がします。
しかし、若干、その予想も不安になっています。理由は以下の通りです。
1.対戦相手がドイツではなく、アメリカになってしまったことです。実力的には、アメリカが少し劣るからです。そのうえ、アメリカもおそらく準決勝が実質的な決勝と見ていたでしょうから、油断というか、脱力感、安心感というか、スキがあるかもしれません。
2.日本の調子が一戦一戦上がっていることです。大会前では、予選リーグは勝ち抜くとは思いますが、決勝トーナメントはそれほど勝ち進めない実力、私の見立てでは、FIFAランキングは4位ですが、8位程度かなと思っていたのです。しかし、調子は上がり気味ですね。
3.主審がPKを平気で取りすぎです。そういう方針でやっているわけですから、公平で文句は言えないですが、イングランド戦にしても、両チームのPKは、どちらも取るべき反則ではなかったように思います。もう一方のドイツとアメリカ戦も、試合を観ていないので何とも言えませんが、気になるところです。他の試合も、明らかにPKが多いです。とにかくチャージでPKが取られやすいとなると、ペナルティエリアの中では思いきった当たりが怖くてできません。そうなると、身体の小さい日本がドリブルで突っかけると、相手が思い切って当たりにくいので、審判の判定を有利に使えるかもしれません。

ただ、感心するのは、佐々木監督の選手起用です。これには、ちょっと脱帽ですね。そのすごさに、私の予想がはずれた最大原因はそこにあります。

マスコミはただ選手交代だけのよさを言っているだけですが、実力の落ちている澤選手をほとんど使わないことです。もう体力・脚力が落ちているので、大きな穴になり、そこから墓穴を掘るだろうと思っていたのですが、精神的な支柱の役割をチームに果たさせているところがポイントですね。大会前まで澤選手抜きでやっていましたが、やっぱり精神的支柱がいないもので、勝ち切れなかったですね。実力的な支柱は宮間選手でしょうが、何とも精神的支柱とまでは行かないのですね。澤選手は、チームにとって別格な存在なのでしょう。普通の監督なら、なかなか澤選手をベンチのサブに置けないですね。そこがすごいと思います。結果的に、澤選手は、この大会にフルで出場していないので、体力も温存されていて、どうにもならないときに、使えるカードになっています。かつての男子の岡田監督の場合は、三浦カズを切って選手からも外して、自分のもとに威厳を向けさせて一体化を図ったのでしょうが、佐々木監督はそれ以上ですね。いや、そのうえ、第1試合で骨折した安藤を呼び寄せて、チームを一体化させる雰囲気をより高めようとしているところにも、感心です。あとは、大型GKを決勝戦で使うのか否かが、私的には興味がありますね。とても、私が監督なら、怖くて、その判断はとてもできないでしょう。そこが見たいですね。

GKはどちらであろうが、雰囲気は監督のすごさでチームとしての状態は最高でしょうし、これで負けても実力負けだから悔いはないように思います。
実力的にはアメリカに勝てないと思いますが、サッカーは、他の競技(バスケットボール、ハンドボール、バレーボール)と違って、このくらいの実力差なら、点数があまり入らない競技ですから、勝敗はどちらに転ぶかわかりませんから。


サッカーの話はそこまでとして、あと1週間すると、1週間ほどドイツに出張して不在になります。

したがって、次の更新は、それまでできないと、帰国(17日)後になります。

毎日いそがしいですが、ドイツに出張できるくらい元気になっております。ご安心ください。




2015/6/22改訂版(2日遅れ)

今年になって、5回目の更新です。
いつも、訪問者の期待を裏切り続けているにもかかわらず、しばしば訪れていただくことに恐縮です。
今日もたくさんの方が訪れていらっしゃるのを知ってしまったので、このまま放置はできないと思い、緊急に更新することにしました。

近況報告としましては、ムカデ事件が自宅で発生しました!

6月20日午前2時30分、電気をつけたままうつうつと寝ていると、何やら私の肘の上をゴソゴソ歩くものに気づきました。一か月前に痛い目にあったことが脳裏をよぎり、飛び起きました。悪い予感は大当たりで、15センチ余りのムカデでした。1か月前は、左の太ももを刺されました。今回は、ムカデの足跡は肘に残りましたが、刺されずにすみました。
 まず、叩いて弱らせてから、割り箸でつかみました。逃げようと暴れましたが、ここで逃がしては一生の不覚と思い、必死でつかみました(左)。次に、ガスコンロで、火あぶりの刑に処しました。黒焦げになりました(右)。過去の経験では、一匹をみると、もう一匹がつがいでしばしばいるものです。それだけに、その後も、ムカデを捜索しましたが、見つからず。覚悟を決めて、午前3時に寝ました。皆さん、気をつけましょう! というか、わたしは、昨年も1回刺され、一か月前も刺され、ムカデに好かれてしまったようで、涙、涙です。おかげで、今日は寝不足です。もう一匹仕留めないと、明日からも心配です・・・・。2日経過しましたが、まだ発見でっしません。恐怖の睡眠生活が続きます(涙)。

                                                  
  

卒業生との遭遇事件発生!!

ムカデ事件から12時間後、頭もすっきりしない状態で、土曜日ですが、大学にやってきて、おそい昼食を取ろうと思って食堂の前に来ると、30歳くらいの5人の女性軍団が10メートル前を横切りました。その一人が振り向いて、私の顔を見て、「吉田先生ですか」と声をかけました。こういう場合は、あちこちで恨みを買っているため、刺客に襲われてはいけないので、「いや、違いますよ」ととっさに返答しました。ところが、その女性は、「ウソでしょう。吉田先生でしょう」と言いますので、「誰かと人間違いをされているのではないでしょうか」と返答したのですが、その女性は前を歩きだしている4人に、「ちょっと、ちょっと、担任の吉田先生だ!」と大声で叫んでしまったので、みんなが戻ってきてしまいました。そうなると、みんなに見られて、吉田先生だということになり、普段着の、頭の髪の毛はボサボサ状態で、記念写真を撮られてしまいました。なかなかごまかせないものですね。10年ぶりの再会でした。3人は既婚者でしたが、だれも子どもはまだのようでした。何よりも、卒業式で見送った学生さんがみんな元気で何よりでした。

みなさんお待ちのサッカー辛口コメント!

マスコミが叫んでいるような、女子サッカーの連覇は絶対にありません!!!
優勝は、ドイツです。抜けています。
したがて、くじ運のよい日本は決勝戦までドイツとはあたりませんので、確かに準優勝の可能性はわずかにあるでしょう。でも、絶対に優勝はりません。力の差は歴然ですから。しかし、私は、そこまでいかないと思います。準決勝でカナダに負けて三位決定戦にまわり、ドイツに準決勝で負けたアメリカと対戦して、負けるかな。そのあたりが妥当なところだと思いますが、意外とその前の準準決勝で負けるかもしれませんね。ランキングは世界4位ですが、おそらく実力的にはもう少し下のような気がします。もう、ピークを過ぎた選手を使わなければならないチーム状態ですから、苦しいでしょう。唯一のの光は、新鋭の大型GKの山根選手ですが、一人だけでは苦しいですね。4年前は、震災後で、何か不思議な力の後押しがあったような気がしますが、いまは感じられませんし、いくら佐々木監督がごまかそうとしてもボロは出るでしょう。それは誰の責任でもないです。実力がそのまま反映するだけですから。

男子サッカーは、もっと苦しいでしょう。アジア最終予選突破が、限界ではないでしょうか。女子よりも、哀れだと思います。そう思っているので、この間の引き分けのシンガポール戦も観てませんし、その前の親善試合もテレビで観ていません。はやく、計画的に。女子のGK山根のように、日本サッカー協会は、身体のがっちりした選手を計画的に育成しないとダメですね。女子のGKよりも小さな、もうピークを完全に過ぎた川島選手が出場するようでは、実力の上のチームに絶対に勝てませんし、そのまえのセンターバックが弱いので(以前の中澤選手、井原選手のような確実な選手がいません)、失点も多いでしょう。私の希望は、はやく、三浦カズ選手は引退して、日本代表監督になって次の次のワールドカップに向かって、一新したチーム作りをして頑張ってほしいのですがね。
              



2015/6/3改訂版(34日遅れ)
たいへんお待たせしました。ご心配をおかけして、申し訳ありませんでした。

 次回更新日予定を、この世の中に有りもしない4月31日と公言しながら、いままで更新もできなくて申し訳ありませんでした。まだ、あの世には行っておりませんので、ご安心ください。また、私を嫌っている方には申し訳ありませんが、まだこの世であなたに嫌われるために存在したいと思います。今後ともよろしくお願いします。

  実際のところ、なぜが忙しくて、なかなかこのPCで向かえませんでした。なにしろ、数時間の時間がとれず、まだ車は冬用のスタッドレス・タイアを交換できずにおります。土日に、関西に出没するせいもありますが、それならここ3年ぐらいそうですし、おかしいなと思っています。どうも、私にとっては、1日は20時間のような感じになっています。そんなわけで、3.11の東日本大震災以降、畑の耕作もできず、いまごろ雑草の山林になっているのではないかと思いつつ、見るのが恐ろしく、足を運んでいません。ところ    が、自宅まわりの雑草は勢いよく生長し続けており、このままではお化け屋敷になると言われるので、また近所から苦情が来るでしょうから、3日前の日曜日には、草刈り機で雑草を刈り取っていました。もう、歳のせいか、2時間ほどやると、ぐったりでした。いつもなら、近所のところもやってあげるのですが、もうその元気は残っていませんでした。実は、近所のところが草茫々なので、刈らなければいけないのですが。というのは、私が入っている大学の宿舎があと2年半で取りつぶされることが決まっており、ご近所の方は、次々と新しい家を買って出て行かれるか、、これを契機に大学を転勤していかれるかで、周りの人がいなくなりつつあります。私もそろそろどうするか考えなければならないのですが、考える暇もない状態です。そんな状態で暮らしていると、斜め前の家族が転勤されていったのですが、その奥様は農作業や植物栽培が得意で、家の周りは花と野菜と果実でいっぱいでした。たまに、草を草刈り機で取ってあげることもあり、しばしば奥さんから野菜と果実をもらったものです。旦那さんは、私と大学院時代から顔見知りの方で、教育学分野の先輩にあたります方でしたので、よけいに親しくしていただいておりました。しかし、ご夫妻が引っ越されて、わずか3カ月で手入れをする人がいなくなると、あっというまに草だらけです。でも、果実はできますので、最近、近所というか、私が顔も知らない程度離れている人たちだと思いますが、その庭にその庭に入って果実を持って行く人が増えています。それも、小さな子どもを連れて来て、「これきれいだな、おいしそうだな」と散歩しながら持って行く人が大部分です。一人で堂々と入る人は見かけません。そのカモフラージュが決まったように同じで、みんな考えることはいっしょだなと思って見ています。そのような人たちは、住人がいるときから、いつも眺めながら歩いていて、ここが空き家になっている、果実を持って行ける、と思ったのでしょう。なかなか、みんな観察しながら歩いているのだと、少し恐ろしくも、感心もします。まあ、犯罪の温床にならないのなら、果実を持って行かれるのもよいかな、そのまま放置しておいても落ちて腐るだけなのですから、奥様の置土産をもったいないから誰かが食べてくれるのもよいのかな、と思って眺めていようと思っています。いまは、「琵琶」が実っています。

 そんな自宅付近の変化とは別に、いそがしくてあまりゆっくり新聞を読んでもいないのですが、ちらっとみると、サッカーの記事があったので読んでしまいました。そうすると、コメントしたくなりました。

 一つは女子サッカーの話題です。なにやら、間もなく女子のワールドカップが始まるようですが、まあ、優勝はいつものようにマスコミは優勝を煽っているような内容でした。思わず、それはないでしょうと思ってしまいました。そこには、くじ引きのゾーンが恵まれて、決勝まで強豪と当たらないというものでしたが、そんなうまいこと行くはずがないでしょうに。その記事内容は正しいでしょうが、誰もがそれをわかるのですから、強豪が意識的に予選リーグ2位通過すれば、その構想は簡単に崩れてしまいます。たとえ、うまくトーナメントの組み合わせが行っても、ドイツやアメリカには絶対に勝てないのですから、優勝などあり得ません。いや、まだ澤選手をはじめ、4年前から実力の落ちている選手が何人も出なければならないようなチーム事情では、お話にならないでしょう。4年前の出場選手でピークなのは、宮前選手だけでしょう。きっと、日本国民の予想より、早く日本は敗退するでしょう。5年前に道徳教育の授業を教えた熊谷さんも出場していますが、年齢的にピークになって実力が上がってよい年齢なので頑張ってほしいと思いつつ、残念ながら4年前のような目の輝きがいまいちないのが寂しいですね。偉そうに言いますが。

 それから男子サッカーの方も、いつまでも昔の名前で出ている選手がまだまだいるように思います。また、他の選手も、まだまだ日本レベルで戦えるが、世界レベルで戦える選手がまだまだ不足しています。はやく、体格の良い、足の速い若い選手が出てくることを期待しています。いまのままでは、よく行って、大会出場で、予選リーグ敗退で、チーンですね。ここでも、偉そうに言ってしまいましたが、いつものことなので、笑って聞き流してください。

 男女を越えてのサッカーの話題ですが、このホームページでも何度も名前が出してしまいました、現在の日本サッカー協会の副会長の田嶋幸三さんが、FIFAの理事に選出されたようですね。久しぶりに日本の理事が選出されてよかったですね。これは明るいニュースです。今までの日本から選出された理事候補では、選手と同じで、日本では通じる人たちですが、とてもワールドクラスでは、通じないでしょう。田嶋さんは、日本でも通用するが、世界でも通用する方だと思います。
 以前にも書いたように思いますが、健忘症なのでまた書きます。田嶋さんと知り合いになったのは、今から31年前、30歳の記念に初めてヨーロッパを旅行した時、当時の筑波大学蹴球部監督の松本先生から、ドイツに行って時間があったら、田嶋さんと風間さんを訪ねたらと言われていました。当時、ドイツのケルン体育大学に留学されていた田嶋さんに、このホームページの上に掲載されている世界遺産のケルン大聖堂を見に行った折に、路面列車で20分くらいだったので、あつかましく大学の宿舎に行って、そこでカレーをごちそうになりました。もう、日本を離れて50日くらい経過していましたから、日本風のカレーはおいしかったです。翌日には、風間さんが出場する練習試合があるので、いっしょに見に行こうと言われ、元日本サッカーコーチ(メキシコオリンピックで3位にした)クラマーさんが監督をしているレバクーゼンのチームのサテライトに風間さんが所属されていました。そこで記念に撮った写真は、大事な宝ものなのですが、ゴミ屋敷の中では今や発見できません。研究室のどこかにあると思いますが、残念です。3.11の東日本大震災で、研究室のものがさらに散乱してしまったのですが、その時にはドイツで風間さんのサインをしてもらったハンカチが出てきたのですが、写真は出てきませんでした。風間さんというのは、よくテレビ解説をしていて、筑波大学蹴球部の監督もやられていた、今のJリーグの川崎の監督です。田嶋さんは、その時に学んでいた、ドイツのコーチングライセンスを日本に取り入れ、今や、C級、B級、A級、S級というコーチのシステムを作られました。また、年齢別にトレーニング方法を記した本も、ドイツを参考にして日本で中心となって作成されました。その意味でも、そのときに学ばれていたものが、日本で花開いたように思います。でも、田嶋さんから教わったことは、サッカーについてはありません。ただ、風間さんの試合を見に行く時に、田嶋さんのフォルクスワーゲン(ちょっと古いワーゲンでしたが)に乗せてもらったのですが、その時に、「ドイツでは助手席でもシートベルトを着けないと、日本円で4000円の罰金なので、着けてください」と言われました。それ以来、私は日本でもシートベルトを着ける習慣ができましたので、私にとっては、田嶋さんは「シートベルトの先生」で、車のシートベルト着用を教えてくれた方なのです。おかげで、それ以来、車に乗ると、必ずシートベルトを装着するようになりました。ありがたい癖をつけていただき、感謝しております。その田嶋さんとは、高知大学着任中に、コーチの講習会の指導者として来られた時にお会いして、筑波大に着任したときに、助教授としておられましたので、再び再開をはたしたのですが、それ以来、会っていません。最後は、大学の建物でエレベータに乗ろうとした時に、先に乗っておられて、「吉田さん、どうぞどうぞ」と言って、私が乗るまでドアを押さえてもらって「ありがとうございます。お元気ですか」という会話をして以来、会っていませんね。懐かしい思い出です。いつも、偉ぶらない方で、人間性も良い方なので、日本でも、世界でも、通用するのは当たり前で、ますますのご活躍をお祈りしたいと思っています。

久しぶりの更新が、、おかしな近況と思い出話になってしまいました。歳だと思って、お許しください。

では、お互いに元気で過ごしましょう。




2015/4/18改訂版
(78日遅れ)

たいへんお待たせしました。ご心配をおかけして、申し訳ありませんでした。

実は死にかかり、三途の川から、まだやることがあったと思って引き返してまいりました(笑)。
冗談のようなホンとの話で、ウソのような話ですが。まあ、そんな話を少しいたします。

2月は、いつものように忙しくして、なかなか更新する時間がありませんでした。

実は、3月の上旬、それも一番下の娘の大学入試発表日に、合格を確認するや、奈良から父の容態が悪いのですぐに帰れという連絡があり、たぶんもう駄目だろうということを判断で、お葬式の服を車に積んで真夜中に病院に着いて、病室ををたずねるべくナースステーションに立ち寄ったところ、病室の警告ブザーらしきものが鳴り出し、その看護師のあとを黙って追いかけてはいってみると、やはりそこが父の部屋でして、心臓のランプがとまったところでした。したがって、死に目にあったような、間に合わなかったようなタイミングでした。あと、1分でも早ければ、意識はなかったと思いますが、人口呼吸器で吸っている姿は見られたかもしれませんが。とにかくせっかちの父でしたから、たぶん到着したのをわかっていて、このタイミングで父らしくそうしたかったのだと思っていました。私は、「おまえには何も言い残すことはない」というメッセージだと受け取りましたので、残念ではありましたが、そんな大きなショックはありませんでした。あぶないという予感はあったので、1週間前に奈良に息子を連れて行って顔を見て本人と話して、そのうちに寝てしまったので、息子に「これが生きているおじいちゃんの最後の姿になるかもしれないので、よく顔を見ておけ」と言って、それから筑波に戻ってきました。そんなわけで、ある程度の覚悟はできていましたというか、出来すぎていました(というのは、医者から「まあ、このままだと今年いっぱいかな」とその夏に言われてましたから、その年を生き抜き、その翌年も畑仕事を1年続け、そのまた翌年の3月まで何とか生きていたので、京都大学出身の医者もびっくりというところでしたから)。それよりも、みごとに一本とられたいう思いでした。というのは、病室で生きていたら、「いつまでも病室で情けなく中途半端に生きているのだ。これから海外出張、卒業式、入学式などと公私ともども忙しいので、死ぬなら早く死ね。生きるなら4月まで生きろ。はっきりしろよ」という発言を用意していましたから、やられたなという思いでした。その後、いろいろと私的にはあったのですが、つつがなく用事が済んで、今日の日曜日に、ようやく更新できることになりました。今週末に、四十九日の法要に帰省します。

しかし、いろいろあったうちの一つをお話しすると、この2日前の金曜日の朝、なにか目まいのようなものがして、なかなか正常になりませんでした。それでも、10時から会議があり、そのあとにまた続けて会議があり、そのあと、研究室のゼミがあるので、何とかして大学に行こうとして、食欲のなくてもとにかく胃に入れて出発しようとしたところ、とつぜん吐き気をもよおし、トイレで食べた朝食をもどしてしまいました。こんなことは、61年生きてきてなかったことで、非常事態と感じました。熱を測ったところ、まったく正常で問題なしでした。そこで、血圧を測ってみると、なんと上が200を超えた数字が目に入りました。下も120を超えていました。これはまずいと思って、大学やその関係者に電話とメールをして、また水を飲んで横になることにしました。というのは、頭に浮かんだのは、同僚が、以前に「吉田先生が倒れられて、生きてはおられましたが、半身不随の姿で、杖をついている夢を見ましたよ」と言っていたのを思い出したのと、今年中に出版しようと思っている共同執筆者の一人は数年前に倒れられて復活されてきていますが、他の一人は1か月前に「原稿の修正箇所を直して送ったので、あとはすべてあなたに任せるからよろしくお願いする」という連絡を電話でされて、その数日後に倒れられて病院に運び込まれたという連絡を家族からうかがっていたことを思い出していました。つまり、頭の血管か、何かが切れるのではないかと恐れながら、寝ていました。すると、昼ごろになると、180に下がりましたので、これなら夕方に学生に約束していた書類をもって行けるかなと思って、書類を書いて夕方に大学に行きました。学生からは、無理をしないで月曜日でもよいですというメールが来ていましたが、しばしば何人もの学生が「体調不良で授業に出られませんでした」「研究室に行けなくなりました」などと言ってくるのを苦々しく聞いていたので、自分だけはそのセリフを口に出したくないと思い続けておりました関係で、意地でも持って行こうとしたのです。頭が重かったのですが、夕方には血圧の数値も170に落ちていたので、車で出かけて、約束通り、学生の机のうえに置いておきました。そのあと、少しやるべき仕事を研究室でやって、珍しく夕食までに自宅に帰りました。まるで、そのときも何か死神にとりつかれているような気分でした。家では、家族のものに、「もう往生際が悪いな。あきらめて病院に行け」と言われていましたが、「自分の体は自分で何とかする。これでダメなら、寿命というものだ」などと反論しながら、霊験あらたかな山の水を飲みながら、寝ていました。すると、夜には血圧の上も160になり、下も110くらいになってきて、落ち着きました。土曜日になると、血圧も150くらいになり、身体の調子もかなりよくなりました。それで、本日、日曜日にもかかわらず、筑波大学で集中講義を午前10時過ぎから行い、18時前に終わって、いま更新をしたというわけです。

そんなわけで、いろいろ身の回りで起こりましたが、何とか生きておりますので、ご安心ください。この近況をお伝えして、これから今年中に出版する予定の本の原稿を書くことにします。先週も、その倒れられた共同執筆者の先生がおられる奈良の病院にお見舞いに行って来て、2時間くらいお話して、必ず夏までに書店に並ぶようにしますので、今しばらくお待ちくださいと伝えてきました。左手がまだ麻痺して動かないということでしたが、思った以上に元気そうで、安心して帰って来ました。この原稿を出版社に入れて、次に他の方から頼まれてれている本の原稿を書いて、そのあと、自分だけの単著を書く予定です。その合間に、ドイツと中国にも行かねばなりませんし、筑波大学の教員の仕事や教育学類長の職務も果たさなくてはなりません。

そんなことで、まだまだこの現世でやるべき使命を果たすまで、三途の川は渡って父と落ち着いて話しできんわな、と思っている今日この頃です。



2015/1/24改訂版

 寒い日が続いております。みなさま、お元気でしょうか。
 私のほうは、より忙しいなかで、睡眠時間を削って、元気にやっております。テストの採点とセンター試験監督で、バタバタやっております。

 ところが、ついにやってしまいました。先週の木曜日、10時10分からの授業があったのですが、それまでの睡眠不足で、起きたら9時55分でした。びっくりして、パジャマを着かえて、車で大学まで駈けつける10分の間に、車中でサンドイッチを食ながら、教室に直行しました。パジャマのおじさんから大学教授に変身するまで20分という、すさましいことをやってしまいました。もちろん教室には、講義ノートや本も持っていかないで、1時間、何も見ないで講義をしました。学生は、何も見ないで講義をする教員など見たこともないようで、感心してくれました。だって、もう15年以上も、同じ授業をやっているのですから、何も見なくてもなんとかなるでしょうが、学生には、珍しかったようでした。

 そんな忙しい生活をしているものですから、もちろん、サッカーのアジアカップなど、テレビ放送があったかどうかも知れませんでした。興味もありませんんから。なにしろ、もう終わった日本のサッカーなど、興味の外ですから。でも、インターネットで結果が出るし、テレビでスポーツニュースで出るので、どうしても知っていまいます。それだから、関心がないのに、向けられてしまいます。その結果、また、ここでサッカーの話題を書きますが、、、、、、、、、。テレビを見ていると、解説者などの発言にどうしても反応してしまうのです。

 ベスト4にも入れないから、次のワールドカップの4つのアジア枠にもはいられないなら、出場も危ういわけで、監督を交代しろと叫んでいる解説者がおりました。何をこの人は言っているのかと思っていまいました。前回のワールドカップで、ベスト4ぐらいに日本は行くだろうと言っていたかたですから、どんな顔をして言っているのだろうと思いました。だって、私のような素人でも、前回のワールドカップは予選敗退、それも全敗の確率は大であるとわかっていたのに、この解説者は何を見ているのだろうと思っていましたし、昨日の結果に対するコメントもお粗末そのものです。
 監督交代は、何も言わなくてもそうなるでしょうし、そならねばなりません。それに関したことは、前回の更新の時に書きましたが。理由は、アジアカップに負けたからというのは、おかしいと思いますよ。そんな取ってつけた話ではなくて、4年後にはもう加齢でピークをとっくに超える選手を代表として使っている点が、問題なのです。4年後のワールドカップを目ざして、しがらみや思い込みを脱して、若手を発掘して育てなければならないときに、世論や世間からアジアカップで優勝しなければ非難が来ると恐れ、ピークを前回のワールドカップで過ぎたような選手を入れて、4年後を考えずに、今を姑息に勝ちにいこうとする姿勢が問題で、こんなアジアカップで、優勝するにこしたことはないですが、そんな目先のことしか見えない指導者はお話にならないでしょう。私なんかは、若手を使ってアジアカップで負けても財産になるでしょうが、老人で弱いアジアを制しても、4年後にはなんの効果もないでしょうと考えるものですから、4年後のワールドカップには絶望してしまっているのです。そこでの予選リーグ突破など、絶対にあり得ないし、ワールドカップに、一番レベルの低いアジアから出ても、全敗でしょうし、悪くいけば、十分にアジア敗退もありますよ。もう、今は、若手を発掘して、4年後を見据えたことをやっていかないと、日本の明日はないかもしれません。最近は、体格的には日本より勝る中国も、侮れなくなると思いますよ。だって、体格が欧米人に劣らない若手を発掘して、ナショナルチームを養成しだしていると聞きます。どうして、いや、いつから日本は、先見性のない民族になりさがってしまったのだろうか。私の30年まえにドイツで出会って知人になった田嶋幸三副会長に、どこかで会う機会があったら、絶対にこのことは言ってみたいことです。
 早く、日本のことを知っている、名古屋グランパスにいた方(二人が浮かびますが、一人はイングランドのプレミアリーグの監督なので無理でしょう)か、鹿島アントラーズにいた方か、どちらかに監督を任せて、親善試合や小さなカップ戦の勝敗に口出ししないで、4年後(いや、もう3年しかないでしょうが)に見違えるメンバーで戦えるようにしてもらいたいものです。そのためには、目先のことにこだわらず、可能性のある若手を使ってもらいたいものです。なにしろ、ドイツのリーグで、試合にも出られないお年寄りを、人望があるからと言ってキャプテンに据え、守りの弱いお年寄りをボランチに使っているようでは、真剣にぶつかってくる実力あるチームには勝てるはずがありません。先手を取られたら、弱い相手にも勝てないチームでは、お話になりません。本当に、サッカー協会は、反省してもらいたいものです。それと同時に以前にも書きましたが、三浦カズ選手は、さっさと引退して、早く指導者になって、日本代表監督になる準備を始めるべきでしょう。自分さえ、納得すればよい考えていてはいけません。それこそ、今の心理主義の発想と同じで、自分のない面ばかり見てるのと同じです。もっと、社会的に、自分の使命を自覚してもらいたいものです。彼は、選手としてワールドカップ出場は、監督の意図もあって実現できなくて、たいへんかわいそうに思いますが、頭を切り替えて、その思いを他の選手に託し、監督としてワールドカップのフィールドに立ってもらいたいものです。日本サッカー協会と三浦カズ選手の発想の転換を期待して、近況報告といたします。しばらくは、一昨年からドイツでは、日本人のスポーツ選手として注目されていたニシコリ選手(あのような選手はどうして育てられたのか、という質問を当時は日本通の方から受けたものでした。その当時は、何をそんなテニス選手なんか注目してと思っていましたが、今となると、自分の見識のなさが恥ずかしくなります)のテニスでも見ていたほうが楽しそうですね。












2015/1/13改訂版
(遅ればせながら)
 あけましておめでとうございます。

 もう、あっという間に今年も2週間が過ぎ去ろうとしています。
 みなさま、お元気でしょうか。

 今年は、3番目の子どもが大学受験なもので、ゆっくり正月を実家で送れず、2日に筑波にもどってきました。今年は、まだ帰省ラッシュは2日ではないだろうと甘く見て、東名高速道路を走ってしまったら、大渋滞で散々でした。少し遠回りでも、中央道を走るべきでした。猛反省です。でも、なんとか、12時間かけて無事帰りついたので、良しとしておきましょう。

 ここ、しばらくの話題を取り上げますと、まず、日本代表のサッカーですが、もう見るに値しません。以前にも書きましたが、次のワールドカップは、アジア予選を突破してが限界で、ワールドカップに出場しても、昨年と同じく、予選3連敗でしょう。復活させるなら、一刻も早く、監督を解任することです。だって、昨日のアジア大会の先発メンバーを見ても明らかです。3年後のワールドカップを見据えているとは、とても思えないメンバーでした。つまり、昨年度、まったく手も足も出なかったワールドカップのメンバーとほとんど変わっていないのですから。こんなメンバ^を選出して、アジアで戦うぐらいでしたら、誰が監督をしても勝てるでしょう。将来を見据えて、若手選手を発掘しようというものがないのですから、将来もないのはあきらかです。E選手、H選手、GKのK選手などなど、そんな選手がこれから実力を年齢の関係で落とすことはあっても、伸びることなどありえません。もう、ピークが終わった選手なのですから。もちろん、ピークは過ぎていても、アジアの予選リーグや、国内リーグでは通じても、世界の舞台では、昨年に通用しないことは明確にわかっているのに、マスコミから叩かれるのが怖いから、3年後にはもう世界ではまったく使えないことになるような選手を入れて、勝ちにいっていること自体が、情けない限りです。こんな監督に数億円渡して監督させるぐらいなら、もっと安くても引き受けてくれる監督は、いくらでもいると思いますよ。何をサッカー協会は考えているのでしょうか。あいた口がふさがりません。
 それと同時に、48歳にもなって現役選手にこだわって、まわりに迷惑をかけているM選手も困ったものですね。自分の引き際を考えるべきですね。そう言いたくなるのは、M選手は、早く引退して、指導者になって、日本代表監督になって、そして監督としてワールドカップに出場してもらいたいからです。それだけのオーラというかカリスマ性はありますから、みんな選手もついていくだろうから、残念です。M選手をワールドカップ直前で選手として外したO監督は、カリスマ性がないから、選手が馬鹿にしてしまうから、チームをまとめるために、M選手を切って、俺に従わなければM選手でもこうなるんだと示すことで、団結心をあおったのでしょう。それも、監督としては、しかたがないまとめ方だと、私は思います。カリスマ性のない人は、カリスマ性のある人を切って、自分にカリスマ性を持たせるしか、方法はないのですから。その手法でしかまとめられないのですから、仕方がありません。したがって、この手法は、再び日本代表監督になったときにまた使い、最もカリスマ性があり、人気のあったN選手を外したではありませんか。でも、M選手は、そんなことをしなくても、みんなを従わせて、まとめられるだけの実績とオーラをもっているだけに、残念です。ぐずぐずしていると、監督の年齢も終わってしまいます。だれか、進言してあげてもらいたいものです。過去に縛られて、過去の奴隷になってはいけません。それでは、心的に病んでいる人と同類になってしまいます。お釈迦さまが言われているように、「執着」は苦しみのもとですから。

 久しぶりにサッカーの話題を書きました。ほかの話題もしたいところでしたが、書いているうちに、健忘症のため、忘れてしまいました。今日は、これまでということにして、思い出したときに、書いてみたいと思います。とにかく、忙しいですが、元気にやっております。なにかあれば、メールでご連絡ください。









2014/12/30改訂版

早いもので、もう今年も終わりです。
あいかわらず、というか、いつも以上に忙しい年になりました。
もう、還暦も終了です。
こうしているうちに、人生が終わるんだろうなと思ってしまいます。

来年こそは、飛躍のある年になったと、年末に言ってみたいものです。

今年は、私もかなり怒ってしまいました。特に、同業の研究者たちが、学内外を問わず、自分の研究分野の利益だけを主張するところに対して。こんな利己的な人たちが、教育分野に寄生虫のように集まっている姿に、ほとほと呆れてしまいます。そんな折に、御岳山もお怒りになりました。山の神様が警鐘を鳴らしているように感じられてなりません。3年前は、海の神様が警鐘を鳴らしたのに、多くの日本の国民は単なる自然現象としか見なかったので、山の神様が怒ったたのではないかか、と勝手に神話的に解釈してしるところです。次は、川の神様が怒るのですかね。そうはなってもらいたくないですね。お怒りを鎮めて、平穏な年が来ることを願って、今年の更新を終わります。

それでは、よいお年を!







2014/12/3改訂版

更新が遅れてすいません。ご心配をおかけしています。
おかげさまで、元気にやっておりますので、ご安心ください。

24日の月曜日(振替休日)に、東名高速道路で無事もどってきました。少し混んでいるところがあり、8時間かかってしまいました。初めて気づいたのは、これまで日曜日等は高速道路の通行料が50%引きだったなのに、いつのまにか30%引きになっていました。マスコミは、あんまり報道していなかったのか、私が単に知らなかったのかわかりませんが、がっくりでした。

25日、26日の授業を終えて、27日、28日は教育学類の推薦入試で疲れました。しかし、翌日の29日、30日は高知大学で日本道徳教育が開催されたので、急遽、休む暇もなく飛行機でそこに行ってきました。そこには、平成6年4月から10年8月まで住んでいた懐かしい街と大学がありました。でも、街自体は、少し衰退しているように感じました。というのは、いつも買い物をしていた地元のスーパーやお店が閉店していたからです。特にショックだったのは、魚のすり身で豆腐にした「すり身豆腐」の有名店が閉じていたことです。そこでは、その世にも珍しい豆腐と、「じゃこ天」「イモ天」「ゴボウ天」などをいつも買っていたのに、なんと3日前に店を閉じたと聞かされました。しかたがないので、近くのお店で、それらの天ぷらを買って帰りました。変わらないのは、路面電車でした。高知駅で、偶然、留まっているアンパンマンの路面列車を見かけ、少し元気になりました。



写真の列車の右奥に、銅像が見えますね。そうなんです。私が高知を離れる時にはなかった銅像が立っていました。次の写真のとおりです。




左から、武市半平太、坂本龍馬、長岡慎太郎という幕末の志士たちでした。

大学では、シンポジウムが開催されていました。
日本の道徳教育の大御所たちが、熱弁をふるっていました。




昼間は20度を越える暑さで、さすが南国だなと感じた高知でした。

また、来週は関西です。金曜日の夜に移動して、土曜日には大学で授業をして、日曜日にちょっとした講習会に出てから、筑波に戻る予定です。ところが、夕方に、食事会がセッティングされるとこになり、戻るのは夜中になりそうです。

そんなわけで、バタバタしておりますので、早い目に、用事のある方は、私に連絡してください。



2014/11/20改訂版


更新が遅れてすいません。おかげさまで、元気にやっておりますので、ご安心ください。

いま、14時なのですが、これから自宅にもどって、いそいで関西に向けて車で出発します。いつもは、新幹線なのですが、今回は諸般の事情により、車で一人で行きます。還暦とは思えない、無謀な旅ですが、無事、戻ってくることをお誓いして、更新を終わります。
しかし、それでは、せっかく来ていただいた方に申し訳ないので、少しだけいつもの辛口コメントをしておきます。

@ 何やらもめて、国会で医療心理師(心理関係の国家資格に関連したもの)法案が廃案になったとの情報をいただきました。たいへんおめでたいことだと思います。心理関係者には、申し訳ないですが。治療は、医者に任せておくべきで、他のものは支援のかたちで十分です。あくまでも、治療の中心は、医者でよいと思います。だって、体と心はつながっている、一体的なものですから、心だけの専門家が、心だけを取り出して治療しだしたら、体に害を及ぼすことも十分にありますから。いずれにせよ、呆れてしまうのは、第一の目的が、患者やクライアントのための資格ではなく、自分たちの利権・職域拡大のために国家資格をつけようとしているところが、モラルや倫理、そして道徳教育の観点から言って、人の道や道義に反する寄生虫のようなものに見えて、口に出すのも汚らわしい気分です。したがって、この話題は、これで終わりです。

A 日本代表のサッカーは、何をやっているのですかね。あきれてしまって、テレビで試合も見ませんでした。4年後のワールドカップを目指して、新監督を呼んできて、あの年寄りメンバーはなんですか!あのメンバーでは、ワールドカップは戦えなかったということが証明されたのに、そのメンバーで4年後に向かうのでしょうか。これでは、ワールドカップの予選リーグで前回と同じように敗退でしょう。悪くいけば、アジア予選だって、危ないと思います。本当に困ったものですね。4年後のワールドカップは、もう終わってしまいました。涙涙です。猛省を求めたいです。関係者に。そしてそれらに何も言えない解説者、スポーツライターに呆れるとともに、日本のファンも目をさましてもらいたいものです。日本の道徳教育界とそっくりです!!!

では、時間がないので、辛口コメントはこれで終わります。お元気で。関西に行ってきまーーーーーす!




付記

日本の道徳教育界で思い出しました!!!

以前にも書きましたが、風穴をあけるべく、以下のような「倫理道徳教育学会」の活動を始めています。ご賛同をお待ちしております。
よろしくお願いします。

http://jseme.org/index.html#search='%E5%80%AB%E7%90%86%E9%81%93%E5%BE%B3%E6%95%99%E8%82%B2%E5%AD%A6%E4%BC%9A'



2014/11/5改訂版

35日ぶりの近況報告です。ようやく、コンピュータの接続がうまくいくようになりました。ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。また、その間、このホームページに訪問していただいていた方々、申し訳ありませんでした。


院生のMくんのおかげで、復活しました。ありがとうございました。その間、実は個人のFacebookをいじりながら、操作方法を勉強しておりました。こちらも、まだまだですが、時代に遅れながらも、何とか情報社会に対応しようと努力中です。そこでは、ようやく写真をはり付ける方法を習得できました。

そのFacebookにも書きましたが、この連休に信州に行ってきました。次の連休には、関西に出没するつもりです。そして、月末の土曜日には、高知大学に出張のため、高知県に久しぶりに上陸するつもりです。日本道徳教育学会の秋季大会があるのです。土曜日には、かつて同僚で、同じ宿舎に入っていて、家族ぐるみでつき合っていたいた先生も、いまや教育学部長になっておられます。息子同士の年齢が近く、幼児の二人は夏になると、宿舎にある木にとまったセミを取っては、ムシカゴに一杯入れていたことを、昨日のように思い出されます。なにしろ、高知のアブラゼミは掃いて捨てるほどいて、二人のムシカゴには20匹以上入っていて、ギュウギュウ詰めのセミを思い出します。もう、そこまで入れると、グロテスクでした。うちの息子は、こわがりで、いまでも虫を見ると逃げていますが、その当時は、たくましい友達の元気さに乗せられて、虫を触っていましたから、環境の大きさはすごいなと思います。きっと、高知にもっと住んでいたら、サンサンと照りつける太陽の下、息子もたくましくなったのだろうなと思います。また、私も、そこで大学サッカー部の部長・コーチをして、年配の男性が集まる地域の「高知城クラブ」で現役選手としてサッカーを続けていたら、今のように五十肩になるようなみじめな還暦を迎えなくて済んだかもしれません。それらが残念ですね。土曜日の午後に、会場の高知大学で待ってくださっているようです。また、帰る日の午前中には、昼間のフライトまで時間があるので、高知のシュタイナー幼稚園を見学する予定です。どうも、聞くところによると、その幼稚園設立のきっかけを私が高知大学に在職しているときの活動で作ったそうなので、ぜひ見せていただきたいと思っています。ほかにも、会いたい人がたくさんいますが、夜の自由な時間に会えたら多くの方々にお会いしたいなと思っております。

最近は、教育界というよりも、政界近辺で、「道徳の教科化」や「心理士の国家資格化」などの問題が騒がれていますが、どうも遠くから眺めていると、子どもや患者のためというよりも、そこに関係する、皮肉を込めて言うなら、寄生する人たちの利権争いにも見えてしまいます。ドサクサにまぎれて、子どもや患者を喰らう人たちになってもらっては困るのですが。。。しっかり、人の道を歩んでもらいたいものです。ぜひ、モラルを持ってもらいたいものです。モラルがないのは、ゴキブリですが、ゴキブリと同じになってもらっては困りますよ。特に道徳教育関係者は。だって、モラルを教えて飯を食べているのですから、しっかりしてほしいものです。良心に恥じないのだろうかな?????そんなことを思っていました。

そうそう忘れていました。道徳教育のことを思い出しているうちに、思い出しました。
道徳教育の現状を改善すべく、「倫理道徳教育学会」を設立しようと思って、思想信条の違いを超えて、いま賛同者を集めています。ホームページを立ち上げました。

以下が公開URLです。まだまだ、未完成ですが、徐々に充実させていきたいと思っております。

 http://jseme.org/

お知り合いの先生や人々がおられましたら、賛同者をご紹介ください。


久しぶりの更新でした。ではでは、お元気で。


<付記>
昨日の朝は、ドイツから帰国した娘が、お土産に、ドイツのプリッテェル(ブレッテェル)というパンを買ってきてくれました。久しぶりに食べたら、おいしかったです。また、機会がありましたら、写真を載せますね!






2014/9/30改訂版(臨時 )

 帰国して、さあ、これから研究だと思ったとたん、私のコンピュータがおかしくなりました。もう、いまにも動かなくなりそうなので、交換する決心をしました。その影響で、しばらくこのホームページが更新できなくなります。うまく新しいコンピュータにソフトを移しきれないときは、ホームページの更新はありません。そんなわけで近況が報告できないときは、そのような理由からで、あいかわらず本人は元気でやっていると思っていてください。以前は、私のコンピュータのメンテナンスをしてくれた心理学の先生がいたのですが、私学(H大学)へ私を見捨てて転勤されてしまいまして、手伝ってもらえません。そんな状況下で、院生に助けてもらってコンピュータをセッテイングしてもらいます。

 また、無事、コンピュータが復活したら、いつものように、「カウンセリングが心の病をつくる」キャンペーンを再開したいと思います。


 それでは、しばしのお別れです。







2014/9/26改訂版

お陰様で、なんとか中国からも無事帰ってまいりました。

今回は、中国の御馳走をいただくことになり、いっしょに行ってもらった他の先生に、そちらの対応をお願いしました。その先生方、中国をはじめ、世界各地に出張された経験の持ち主でした。
そもそも、日本でも好き嫌いの多い私が、中国の料理などとても食べられません。他の先生は、蚕の天ぷらや、原型をとどめた鳩の肉を食べておられましたが、私にはとても食べられるものではありませんでした。そこで思ったのは、国際交流というのは語学だけではなく、なんでも食べなければできないのだということを痛感させられました。したがって、私にはできない仕事だと思った今回の中国出張でした。そんなわけで、出された料理はほとんど食べられず、トマトと卵の炒め物、ごま団子、餃子、小籠包を追加してもらって、庶民の中国料理を食べて満足しておりました。最後の晩は、四川の鍋料理の店に行くことになり、どんなものが出るのかと思うと、恐怖でおりました。鍋には、仕切りがあって、辛い方と、そうでない方がありました。多くの人は、辛い方を食べておられましたが、上品な?私は、そうでない方の鍋を食べることにしました。ごまダレのようなところにつけて食べるのですが、なんと、それが日本のしゃぶしゃぶ料理とほとんど変わらず、一気に箸が進んでしまいました。他の先生も、私の異変に気付き、「今日はどうしたのですか。食べられるではありませんか」と言われてしまいました。そんなわけで、最後の夕食だけ、腹いっぱい食べた中国出張でした。来年からは、ぜひ、「鍋を食べたい」と言うことに決めました。
でも、忙しい8月末と9月でした。
でも、でも、とにかく忙しい毎日を過ごしておりますが、元気ではやっております。なにかあれば、メール連絡をお願いします。
それでは、また、これから関西に行って来ます。日曜日の夜につくばにもどります。


2014/9/12改訂版

無事、ドイツから帰国しました。

とにかく、中国人の多さには、まいりました。完全に、いまはアジアの代表国は、中国になったことを実感させられました。こんな時に、災害で被害を受けたれた方にはお見舞い申しあげますが、その話題のニュースだけ何度も聞かされると、いったい日本には他にもう少し高尚な話題がないのかと言いたくなります。こんあときに、「心のケア」「本当の自分は?」「自己肯定感をなんじゃら」とか、言って、自分の妄想世界で慕っている場合じゃないよと思ってしまいます。このままでは、間違いなくアジア人の代表は中国人になって、日本人はまったく亜流になってしまうのかと思うと、残念に思ったドイツ滞在でした。ドイツで、何回、中国人から中国語で話しかけられたことか!いつも、ドイツ語で「私は日本人だ」と応えました。これは、今度、文科大臣に会う機会があったら、おそらくあると思いますので、絶対に日本・日本人の衰退・弱体化を訴えて、もっと日本人を強くする教育政策をやってもらいたいと言ってやろうと、密かに思っています。

では、これから関西に向かい、月曜日から4日間、中国に行って来ます。





2014/8/28改訂版

 ようやく、ドイツに到着したら泊まるホテルを予約できました。
 それでは、あす出発してドイツに行ってきます。
 しばらく研究室は留守になります。
 何かあれば、メールでご連絡ください。
 では、9月11日にもどります。
 お元気で!!!





2014/8/23改訂版

 残暑お見舞い申しあげます。

 広島をはじめ、中四国地方は豪雨でたいへんなようですね。関東は、そんなことをまったく感じさせない気候です。日本も、広いんですね。しかし、山崩れで多くの方が亡くなられたようで、当事者や関係者はさぞかし無念だろうなと思います。
 無念で言えば、私個人としては、申し訳ないですが、そのような方々より、昨日夜遅くにメール連絡があった、中学校の担任の先生の死が無念でなりません。人間、自分の人生にかかわった人の死は、辛いものです。
 中学校の同級生がメールで知らせてくれました。私は、奈良の元興寺保育園から、よくわからないうちに試験を受けさせられ、くじ引きで今の奈良教育大学附属小学校に入学しました。そこでは、2年毎の学級担任の交代でしたから、3人の担任の先生を経験しております。中学校は、附属中学校に進学して、1年生から3年生まで、組替えなしで一人の担任の先生の持ち上がりでした。したがって、私の小中学校の担任教師は、4人しかおられません。いま、思えば、それぞれタイプが違いましたが、いま同じ教育関係の職場にいて振り替えると、みんなりっぱな先生方だったと思います。どうして、私がよい先生に出会わせてもらったのか、不思議でなりません。私は、習熟度別学級のいわば正反対の、8年間持ち上がりのシュタイナー学校の研究をしてきましたが、その大きな根本原因になったと思われるのは、この4人の先生方の影響が大きかったと、今になって思いますね。小学校低学年の担任は、辻貞三先生でした。辻先生は、以前に亡くなられてしまいまして、このホームページにも記したと思います。辻貞三先生は、『育てる言葉・つぶす言葉』(明治図書、1988年)、『親と子の風景』(数学研究社)などを出版されています。存命中に私も拙著を出版していただけに、先生にそれを見せて批評を聞けなかったことが無念でなりませんでした。小学校中学年の担任は、梶○△子先生でした。女性の先生だったので、学業成績も悪いのに、偉そうに先生に話していたことが思い出されます。この先生についても、以前にホームページで書きました。梶○先生には、辻先生には拙著を見ていただけなかったことを無念に思っていたので、ある機会にお送りしたところ、達筆な文章で返事をもらいました。そのことを以前のホームページに記しました。2009年4月23日改訂版です。(皆さまに探してもらうのも失礼なので、コピーして貼り付けます。)

2009/4/23改訂版

 月刊誌の原稿を書き出す前に、ホームページの更新をします。本当は、その前に、ゴミ屋敷と化している研究室の掃除をしなければならないのでしょうが、なかなかやる気になれません。
 今日は、自分にとってうれしい報告をさせてください。いくつかの拙稿・拙著をこれまで書いたのですが、教育関係のものということもあって、せっかくなので、自分のお世話になった先生方に、最近のものを送くらせてもらって、先生方に子ども時代はたいへん悪童でご迷惑とご心配をおかけしましたが、なんとかお陰様で、大学教員の端くれとして元気にやっているところをお見せしようと思ったのです。というのも、数年前にぜひ批評してほしかった小学校1年、2年の学級担任の辻貞三先生がお亡くなりになったので、他の先生には送っておこうと思った次第です。お返事はいりませんと申し上げたのですが、何名かの先生はそれでもお返事を送ってくれました。そのうちの一人の先生が、便箋9枚にわたってお返事をくれました。その最初の部分だけ紹介すると、次のようなものでした。


 



 「こんな幸せな日が来るのかと」、「教師冥利に尽きる」とか、「感慨無量」とか、たくさんのありがたい言葉を書いていただいて、はずかしい限りです。女性の先生だということで、本当に生意気なことを言い続けていただけに、本当に穴があったら入りたい気持ちです。小生の拙稿で喜んでいただけたのであれば、何よりです。「親孝行」ならぬ、「教師孝行」が少しでもできたとすれば、うれしいかぎりです。
 そこで、自分のことを少し突き放して考えると、40年後にもこのようなお手紙をもらえるような関係は、スクールカウンセラーとの関係では不可能ではないでしょうか。また、教科担任の教師との関係でも不可能ではないでしょうか。やはり、数年間、寄り添って教えてくれた、たとえば学級担任教師と子どもとの関係、あるいは部活動における教師と部員との関係という、生活からつながった関係のなかで生じるものではないでしょうか。そこでの関係は、「教師・監督→恩師」という生長するもの、いわば「いのち」が吹き込まれた関係でしょう。その意味で、このような絆を創り出す学級担任や部活動はとても大事なものだと思うのですが、最近は、「担任に相談できないことはカウンセラーへ」、「学力向上のためには、学級担任制より教科担任制へ」、「仲間づくりよりも競争」という風潮が強く、困ったものです。部活動も学校の教育課程から外れた活動という地位に置かれています。一生涯の人間的なつながりを培養すべき学校が、競争・評価・学力低下などと騒いで、人間をエゴイズム化させ、孤独にさせ、そして心の苦痛、自死・いじめを促進してしまっていないでしょうか。こんな状況下で、「他人への思いやり」や「友情」などの重要性を「道徳の時間」に叫んでみても、むなしさだけが生まれ、そして道徳上の徳目はただただ空虚なもととしてしか子どもに受け入れられないでしょう。根本的に学校のあり方を考え直したところでしか、「道徳教育の充実はありえない」としか思えませんが、どうでしょう


小学校の高学年は、米○先生という先生でした。そして、中学校の3年間は、後呂忠一先生という歴史教育の先生でした。附属中学校退職後は、近畿で有名な進学高校である東大寺学園でも教鞭をとられていました。また、東大阪短期大学でも非常勤講師をなされたあと、地方の近代史の研究をずっと続けられていました。今年の3月の同窓会では、これが最後の執筆になるかもしれないと言いながら、カバンの中にゲラ用紙を入れておられ、みんなに見せておられました。ちょうど、順番で私がその回の幹事の一人でしたので、司会をやっておりましたので、よく覚えています。先生のモットーは、民主主義と平和教育だったように思います。一昨年に米寿の祝いも迎えられて、まだまだ元気そうだったのですが、本当に残念です。でも、辻先生のときの失敗をしないように思っていたことと、先生も「おまえはどんな本を書いているのか」と、ある同窓会の時におっしゃられたので、間もなく中国で翻訳されて出版される『「心の教育」からの脱却と道徳教育』と、博士論文を加筆した『シュタイナーの人間形成』をお送りしました。後日、「道徳教育の方は、以前のことを振り返りながら歴史の部分を読ませてもらった。こちらは、なんとかわかったが、もう一つは難しいな。あれを一人で書くのはたいへんだっただろう。どのくらいかかった?」などと質問を受けたのを覚えています。
同窓会は、23回行われました。原則4人で幹事をまわしていましたから、私でちょうど二巡目が終わったところでした。来年は、出席簿の最初にもどって幹事を引き継げたと思っていただけに、これからの同窓会には恩師の姿が見られなくなりました。もっと、たずねておきたかったな、と無念でならない昨今でした。

今日は、大学ではオープンキャンパスで高校生や保護者がたくさん来られていました。明日は、教育学類の登場です。気を取り直して、1000人近い聴衆者の前で、教育学類長として教育学類の紹介を10分してきます。そして、そのあと、保護者との質疑があります。それが、終わり次第、夕方から甲府に向かいます。月曜日と火曜日に、山梨県立大学で、教職科目の特別活動の授業をしてきます。水曜日と木曜日は大学に来ますが、金曜日の29日から、ドイツとスイスに2週間ほど出張に出かけて不在になります。

もし、時間があれば、28日に近況をお知らせしますが、忙しくてできないときはお許しください。
メールは、外国でも読めますので、なにかあればご連絡ください。




2014/8/4改訂版

 暑中お見舞い申しあげます。

 ニュースによれば、西日本は台風の影響による大雨でたいへんなようですね。この土日は関西にいましたが、曇りでたまに雨が降るという程度だったのに、どうも四国や九州は記録的な雨なんですね。関東は、今日も青空が出る、蒸し暑い日になっております。テレビでは、15年前に住んでいた高知市(高知放送前の通り)の映像が映っていましたが、見ていると、「雨がすごい」と騒いでいるのはレポーターだけで、背景に写る人たちは何も気にせず、暮らしているとうい感じでしたね。何しろ、レポーターの横を、傘を差しながら年配の女性が何もないような悠然として顔をして自転車で通っていきました。そのショットがなんとも象徴的なものでした。おそらく、あの女性は、近くの「大橋通り」という生鮮食品の並ぶお店で、きっと今日の食材を買って帰るところなんだろうなと、なつかしく見ていました。私の想像ですが、マスコミのように、高知の人はそんなに騒いでいないのではないかと思います。おそらく、インタビューでも、現地の人にしたらどうかと思いますね。報道番組の商売が成り立たないかもしれませんね。
 高知人は、しばしば洪水があるもので、でなれているはずで、また来たかという感じではないでしょうか。満潮と重なると、川の水はすぐに平地に溢れますから。だから、高知の人は、洪水のときは、どのあたりまで危ないというのを知っておられました。私も住むときには、旧住民のかたち教えてもらって、洪水の水が来ないとところに住んでいました。今でも、忘れられないのは、川が洪水になると、川の片側が溢れるのであって、反対側は絶対に安全と教えてくれたことです。それで、いくら町が沈んでも大丈夫なのは、お城付近ですよ、と教わりまして、その近くに住んでいました。津波が来ても、お城は残るようになっていますからと教わりました。その人が言うには、お殿様は、自分たちだけは助かるようにお城を造っているのですから、ということでした。高知大学では、以前には車がプカプカ浮いたことがあったので、車は大学に置いておいたらダメですよと言われていました。10年前にも、高知市と南国市は、洪水にあいました。私が、筑波に来て、5年ぐらい経ったときでしたね。その数ヶ月後に、たまたま高知で用事があって、いつもお世話になっていた、大津青果という八百屋さんに行って、「どこまで水が来ましたか」とたずねると、柱を指さして、「黒くなっているところまで水が来ました」と言ったところは、地面から2メートルぐらいのところでした。いや、そのときは、驚きましたが、「今回は驚いたな」と平然と説明する店長さんの態度に驚いたものでした。浸水は、織り込み済みなんですね。だから、今回の、とってつけたような、わざと臭い、まるで小中学校の道徳授業のようなレポーターの報道には、少し呆れて見てしまう私がいました。

 それはそれとして、数日前に、我が家の庭の垣根部分に、スズメバチの巣が出現しました。雑草が茂ってきたので、草刈機で切っていました。ついでに、どうもこのあたりにハチがしばしば飛んでいるなという垣根部分に、ビーーーンと刈っていたところ、ハチが数匹中から飛び出てきました。思わず、逃げまして無事でしたが、あとでよく中を除いてみると、ソフトボールよりは大きく、ハンドボールの大きさに近い巣が出て来ました。写真の真ん中に、奥に見えるものです。まるい巣の入り口も見えますか。
 最初は、草刈機で、真っ二つに水平に切り開いてやろうか、あるいは楯に輪切りにしてやるかと思ったのですが、相手がスズメバチだからということで家族に止められ、やめました。そこで、業者の人に依頼することにしました。業者の人は、宇宙服のような完全防御で、その巣を数分でビニール袋に入れてしまいました。たいしたものでした。この巣の低さは、異常ですよね。昔からの言い伝えでは、蜂の巣が低いときは、台風が来ると聞いています。今年は、台風の上陸が増えるかもしれませんね。「蜂の巣の占い」は、当たるでしょうか???????

 


あと、1週間で大学も休みになります。クーラーもつきません。そんなわけなので、来週は、筑波を離れて、関西と信州に出没する予定です。

そのあと、大学で仕事をして、そして山梨県立大学で2日間、集中講義をして、29日からドイツに出張します。9月11日に帰国します。

そのあと、15日から再び、出張です。今度は中国です。18日に帰国予定です。

そんなわけで、あっという間に、夏が終わりそうな気配です。

はやく、本の原稿を書かねば、と、ここまで書いているうちに思い出した、今日の出来事でした。

みなさま、お元気でお過ごしください。

では、では。




2014/7/18 改訂版

ようやくワールドカップが終わった。小生の当初予想の「本命」(第一番候補)ではなく、「対抗」(第二番候補)のドイツが優勝しました。また、日本の予選敗退は、バッチリ当たりました。そんなわけで、素人の予想屋としては、自分で言うのも憚られますが、まあまあよかったと言えるのではないでしょうか。どこかの日本テレビに出ている解説者なんか、アルゼンチンを予選敗退と言っていましたから、まあこれで十分でしょう。だって、大会前なんか、テレビや雑誌などで、サッカー解説者は誰もが、「日本はグループリーグを突破する」と断言していた。中には全勝とまで言い切った者もいました。結果は予選リーグに1勝もできない、同グループでは最下位の成績でしたから。

確かに、この日本チームは歴代では最強だと思いますし、選手もがんばりましたが、世界には通用しないだけです。試合後の内田選手が言っているとおり、「地力が足りない」のです。監督の采配、システムの問題など関係ないのです。まだまだ、スピード、パワー、テクニックなど、個々人が欧米や南米に劣っているだけのことです。それなのに、以前にも書きましたように、選手たちは「自分たちのサッカーができなかった・・・・」には、呆れ返りました。世界を見て,知って、個々の能力アップを図るしかありません。選手は、外国で力をつけてもらいましょう。サッカーファンは、おかしな解説者の予想に、「おかしい」という目をもってもらいたいものです。それから、日本が世界レベルになってもらうことを期待するなら、世界とそろえるように、Jリーグの開幕を9月にしないとダメですね。そうしないと、代表チームが、強化されないでしょう!!

サッカーの話はそれくらいにしておきましょう。ようやく、本大学のテスト採点業務も終わり、あとは他大学の採点だけで、それが終われば、夏休みですね。しかし、あいかわらず、忙しいのは変わりませんが。でも、忙しいうちが華ですから、しかたがないですね。

そうそう。血圧が高くて、あちこちの方にご心配をおかけしましたが、いまは何とか落ち着いていて、上もどんなに高くても160は越えませんし、調子の良いときは130台も出ます。下も、ようやく110を越えることもなく、90以下で推移するようになりました。とにかく、塩分を控えめにしながら、これまで牛乳一辺倒から、毎日、リンゴ酢飲料を飲むようにしております。その効果があったかどうかは定かではありませんが、一応、落ち着いています。ご安心ください。ただ、加齢のせいか、いわゆる50肩、もう60歳になっているのですが、改善しません。情けない限りです。でも、しかたないなと思いつつ、元気には暮らしております。近況報告でした。

ではでは、また。





2014/7/13 、臨時改訂版

 金曜日から関西に行っていました。日曜日に、蓬莱の餃子のお土産を家に置いて、大学に来て雑務をしています。すると、家族から「ドイツ優勝の前祝いでドイツビールを飲むよ」という連絡ありました。我が家は、ドイツ優勝を確信しているようです。私のオランダ優勝予想がはずれてから、家族はドイツのサポーターになりきっています。家族たちは、私といっしょにドイツに住んだこともあって、日本が負けたとたん、ドイツ応援に徹しております。
 確かに、決勝戦を数時間前になって予想してみると、確かにドイツ優勝はかなりの確率だと言えるでしょう。当初、私の予想では、ドイツとブラジルとの準決勝が実質的な決勝戦のようになるので、両チーム死力を尽くすために、反対のブロックから勝ち上がってくるだろうオランダかアルゼンチンに、本当の決勝戦では負けると予想し、オランダが勝ちきると思っていました。ところが、ご存知のように、準々決勝で、ブラジルのエースのケガと守りの要のキャプテンが累積警告2枚で、結果的にドイツの準決勝戦に出場できませんでした。すると、ご覧になったとおり、ドイツは楽勝で、前半の途中から、かなり練習のようなサッカーを流していましたから、死力を尽くすどころか、余裕のゲームでした。それに対して、アルゼンチンは、延長でも決まらず、PKという運で決まる決まり方で勝ち抜いて来ましたから、こちらは死力を振り絞ってやってきました。そのうえ、休養日が1日、アルゼンチンは短いです。
 そのうえ、GKは、PKを勝ち抜いて上手いように言われていますが、PKは山勘ですから、普通の試合のGKの実力とはまったく違います。オランダが、準々決勝では、正GKよりもサブのGKが出て来てヒーローになりましたが、次の試合では、やはり試合は正GKが出場してきたことから考えても、わかると思います。実践とPK戦とは、違います。その点、GKの総合的な実力は、世界NO.1のノイアーがドイツにいますから、安定感と守備力の広さが勝っています。彼は、ぎりぎりまで山勘ではセービングをしないで、きちんと見てから反応しています。だから、もちろんゴールされることがあっても、山勘をあまりはらないので、結果的に長い試合の中では安定感があるのです。GKは、10メートル以内の距離で一対一になると、ゴールはとてもGKでは防げない大きさなので、一か八か、どちらかに飛んでしまいます。それで、たまたま当たれば、すごいファインプレーのように見えますが、それはあくまでもたまたまです。その山勘は、できるだけ極限までがまんできるGKが上手なのです。ドイツのノイアーは、その点が優れているわけで、そのうえ、守備範囲が広いので、世界NO.1の呼び声が高いのです。たとえば、悪いですが、日本のGKと比べると、大違いです。日本の予選リーグ敗退を決定づけた、コートジボアール戦の2点目は、ノイアーなら、絶対に入っていません。ただ、仁王立ちで、セービングすることなく、キャッチしていたか、左手で軽く横に弾いていたでしょう。なぜなら、彼はギリギリまで山勘ではプレーしませんから。日本のGKは、空いている逆サイドの右にシュートするだろうと予測したので、すぐに右にセービングしようとするから、左の手を出せば簡単に処理できるボールを触れないのです。その予測は間違いではないのですが、相手は世界級のプレーヤーですから、裏をついて来たわけで、完全に実力負けなんです。ノイアーなら、簡単には山勘で動きませんから、最後までボールを見ようとしますので、相手にプレッシャーがかかりますので、ミスも出やすいのです。少しGKの話が長くなりましたが、その差があるので、ドイツがますます有利なわけです。さらにいえば、アルゼンチンはメッシのチームですから、メッシを封じれば終わりです。そんなことは、ドイツの組織サッカーでは難しくないです。もちろん、アルゼンチンには、昔のマラドーナのような、「伝説の5人抜き」で勝った試合がありました。アルゼンチンは、それをメッシに期待しているでしょうが、私は神がかりのようなプレーはないと思います。それは、メッシがマラドーナよりも下手だと言っているのではありません。相手がドイツだからあり得ないと言いたいのです。マラドーナが活躍できるのは、イングランドのような相手です。イングランドは、毎回そうですが、ワールドカップでは早くに負けてしまいます。相手の汚い手で、特にやられてしまいます。つまり、紳士のようなサッカーをするので、汚いサッカーには勝てないのです。つまり、マラドーナがイングランド戦でやったようなことをメッシがやろうとしても、ドイツなら、初期消火のように足を引っかけたり、組織的に止めたり、最後はジャージを引っ張ったりと、合理的に考えて危険と思ったら、その種のプレーをするので、マラドーナのようなプレー場面は、起こりにくいからです。ワンタッチぐらいのすごいプレーはできても、独壇場のようにボールをドイツチームは持たせないと思います。そんなことをいろいろ考えてみると、今となっては、90%ドイツ優勝でしょう。でも、それでも、サッカーは、点数が入らないスポーツであること、選手がケガをすること、選手が退場になることなどで、一気に情勢が変わることがあります。先に弱いチームが1点を入れると、意外と力の差があっても、弱い方が逃げ切る可能性もありますし、点数が入らないので、最後は運のPKもありますので。とにかく、ドイツが先取点を取れば、その時点で決まりでしょう。

 数時間前に、ついつい、調子に乗って偉そうに予想をしていまいました。はずれたら、はずかしい限りです。
 (はずれたときは、テレビのプロの解説者でも、あれだけ偉そうに言っていてはずしているのですから、素人の私は許してもらえるだろうと、開き直って言いたいです)
 7月は、春学期のABモジュールが終わった関係で、授業も減ります。その関係で、いつも大学に来ていますが、より長い時間、研究室にとどまっていると思いますので、つかまりやすいと思います。









2014/7/7 、七夕改訂版

9月の月刊誌の原稿締切を6月20日から10日間延ばしてもらったのですが、出来上がらずに、さらに1週間延期してもらって、やっと今日、送りました。苦しかった原稿でした。9月号なので、8月10日くらいには、店頭に並ぶと思います。時間があったら、「これが17日も引き延ばして、この程度か」と笑ってやってください。笑われてもしかたがありません。実力はこれしかないのですから。「自分らしい原稿がかけなかった」などと、日本のサッカーチームのような、めめしく、かつ自信過剰の発言はしませんから。

サッカーは、「ベスト4は、順調に行けば、ブラジル、ドイツ、オランダ、アルゼンチンでしょうが、このあたりになると、予断は許されないレベルですね。」という予想したとおりのチームが勝ち進みました。後は、いよいよ優勝予想ですが、私は、FIFAランキングが、4チームの中で、あえて一番低いオランダを予想していました。個人的な感情としては、いまや毎年のように訪れ、第二の母国になりつつあるドイツに優勝を取ってもらいたいのですが、理知的に思考すると、ブラジルとドイツの準決勝は、ランキング1位の2位の激突ですから、実質的な決勝戦となるでしょう。そうなると、両チームとも、一杯一杯のがんばりでやるでしょうから、どちらが勝っても、勝ったチームはうれしさはあるものの、優勝候補を倒したところで脱力感、つかれ、喜び溢れ、結局、本当の決勝では、優勝候補が負けて、別ゾーンのチーム、すなわちオランダかアルゼンチンのどちらかが優勝してしまうという予想です。今となれば、ネイマールのケガでドイツが有利になってきましたが、でも脱力感、つかれ、喜び溢れ、決勝戦では苦しいかと思います。反対のゾーンのチームは、優勝候補が疲れはてて決勝戦に出て来ますから、有利に事態が動くだろう。そして、どちらのチームかとなると、メッシは優れていても、徹底的にマークされるでしょう。それでも、頑張るでしょうが、私がアルゼンチンを優勝候補にあげなかったのは、GKが4チームの中では一番落ちると思うので、かなり両者の力が接近してくると、GKの差でオランダをあげたのです。感情を優先すると、理知を優先するかで、私の頭の中や心の中で(心はあったっけ????)で、わけがわからなくなっているところです。
4年に一度の大会だから、楽しみたいものですが、ネイマールのケガが残念です。ケガのシーンは、かなりわざとらしく見えますね。何か、ブラジルの反則の多さへの、復讐がネイマールに及んでしまったのかなとも思って見ていました。


2014/6/30改訂版

9月の月刊誌の原稿締切を6月20日から10日間延ばしてもらったのですが、出来上がらずに、悲鳴をあげています。

サッカーも、ようやく,日本国民の期待を裏切って、そして小生の予言(予想)どおりに、予選リーグを日本は負けてしまいました。これは、以前にも書きましたように、仕方がないことです。そもそも、優勝するかのようなマスコミの煽りがおかしいのですから。ギリシア戦で、主審がギリシアの主将を退場にしなければ、おそらく日本は完敗しており、私の予想通り、3連敗であったでしょう。その意味で、結果的にははずれて、悔しいですね。退場だけは、読めませんからしかたないですが。でも、およそは、提灯持ちのような解説者と違って、ほぼ的中はしていたと思いますが。
こんなことは、学生さんは「すごい」と褒めてくれますが、普通に考えれば誰もがわかることです。FIFAランキングが、そもそも40位台ですから、32チームしか出場できない大会に出してもらっているのですから、勝ち進めるわけがありません。ザック監督の采配ミスとか言う解説者がいますが、そうではありません。だれがやっても、結果は大きく変わらないでしょう。だから、冷静にさえ見れば、予選敗退を当てるのは、なにもすごくはなく、当然の予測なのです。

調子に乗って、これからの予想も書いておきましょう。はずれたら、笑ってやってください。
まず、トーナメントの1回戦は、はっきり言って各予選リーグを1位で勝ち抜いたチームがほとんど勝つはずです。少し、サッカーのことですから、番狂わせがPKや退場者の関係で起きるかもしれませんが、せいぜい起きても1つか最大で2つでしょう。したがって、試合もあまり見たいとは思いませんね。勝負は、ベスト8に残ったチーム同士の試合からおもしろくなりますね。ベスト4は、順調に行けば、ブラジル、ドイツ、オランダ、アルゼンチンでしょうが、このあたりになると、予断は許されないレベルですね。ブラジルはコロンビアに、オランダはコスタリカに不覚を取る可能性は十分にあるでしょう。最終的に、多くの予想はブラジルですが、私はオランダを買っています。もちろん、アルゼンチンもメッシがいるし、ブラジルにもいますし、ドイツにもいます。しかし、オランダにはドリブルで切り裂く選手が2人います。今回のレフリーの笛がユニフォームを引っ張ったり、ハードなチャージには、きびしいです。つまり、多くの点数を取らせるようにしています。そうすると、ドリブルにしろ、パスにしろ、簡単に反則気味で相手を止めることができにくいです。そうなると、大きい選手がFWに2枚いるオランダが有利のような気がしています。オランダを本命とすると、勝負なると、不思議と強くなるドイツが対抗ですね。オランダが決勝までに負けたら、本命はアルゼンチンになって、対抗はドイツでしょうか。ひねくれものの私は、あえてブラジルを優勝候補から大胆にもはずしてみましたが、どうなることでしょう。

では、これからテストの採点も忙しいです。いつも、研究室にいるかと思いますので、何かあれば、連絡ください。
夏休みの予定は、9月15日から18日まで中国に出張です。その前に、ドイツに行く予定です。7月は、日本にいると思います。

では、サッカーの予想がはずれて、皆さん、笑ってやってください!!!










2014/6/23日改訂版

3日まえに、こんなことを書きました。

「自分、自分というのは、まさに利己主義の象徴でしょう。困った風潮が、道徳教育界のみならず、サッカー界にも蔓延してしまっていたんですね。困った日本の風潮です。」

そう思って、テレビなどのメディアを見ていると、サッカーの日本代表選手は次のようなことを言ってるんですね。


N選手「
自分たちのサッカーができなくて、厳しい試合になった」
U選手「後悔するのは
自分たちのサッカーができなかったこと」
E選手「
自分たちの形を出すことが一番。相手どうこうより、自分たちの形」
M選手「
自分たちが今までやってきたことができなかったということに悔しい思いが強い」
Y選手「
自分たちのサッカーができるかどうか、自分たちの持っているものを出せるかどうかだと思います」
H選手「相手のプレーがよかったというよりも
自分たちのサッカーができずに負けてしまった」
E選手「
自分たちの形を出すことが一番。相手どうこうより、自分たちの形」
O選手「
自分たちのサッカーをやり切る覚悟が足りなかった」
K選手「
自分たちのサッカーができなかった。個人的にも何もできなかった」
H選手「
自分たちのスタイルを貫けなかった」


もう、ほんとうに、「つける薬はない」というのは、現実ですね。いったい、みんな、自分中心に地球がまわっているんですね。いったい、何様のつもりでしょう。自宅でも、家族の会話の中で、そのことを何度も言いましたので、その勢いで臨時更新して、メッセージをお伝えします。自宅で吠えていたのは、受験生もいたので、受験を事例にして、「テストを受けて成績が落ちたら、自分の力が出なかったと言うのか。受験して落ちても、自分の力はこんなものではないと言うのか。どうして、いさぎよく、今の実力はこの程度だからしかたがない、と言って、次の機会を目指してリベンジしないのか」

これからも、日本のサッカー選手は、試合に負ければ、「自分たちのサッカーができなかった」、相手に勝ったら、「自分たちのサッカーができた」と言うのか!!選手も選手なら、これでなっとくする多くの日本人というか、日本の雰囲気はなんなのか!何か、隣国の将来も暗いと思っていたが、日本も同じではないかと思い始めてしまった。試合に負けたら、「120%以上の力を出したが、この結果だ。くやしい!残念だ!」と言う選手が、コロンビア戦で負けて出てこいよ!!!
コロンビアは、決勝トーナメント進出が決まっているから、補欠が出てくるので、日本が勝つのではないか、と思っている日本人がいるでしょう。そんな甘い考えをしているようでは、選手のそれらの発言を愚かに見えない感覚でしょうね。あ〜〜〜〜〜あ、困った、情けなや!!!!
これでは、「日本を取り戻せない」と、嘆くのは、歳を取ってしまった私だけなのかな。。。。こんなことを憤慨していたら、これからの日本では暮らせなくなってしまうのかな。。。。」
いま、グローバル社会で求められるのは、「日本のこころ」ではなく、「日本の精神性」「日本の魂」だと、一人思う私でした。



2014/6/20日改訂版

 残念だ。予想がはずれてしまった。まさか、相手に退場者が出るなんて。それも60分間も、11対10では、ギリシャは勝てません。しかし、それでも勝てないのが、いまの日本の実力です。一人少ないと、ちょうど戦えるんですね。コロンビア戦も、そうならない限り、いくらコロンビアが補欠のメンバーを多く出してきても、日本よりも強いでしょう。それが、現実だと思いますね。もう予選突破は決まっているので、テンションも高くなく、日本に負けてくれることもないとも言えないですが、苦しいでしょう。

 最近はマスコミを見ていても、選手や解説者などのコメントを聞くたびに、日本の道徳教育をダメにしている、心理主義というか、自己中のようなものを感じてしまいます。たとえば、「自分に負けた」「自分がなさけない」「自分の力が出なかった」「自分たちのサッカーができていない」などなど。どこまで、自分中心でしか、世界を見られないのでしょう???道徳教育の学習指導要領を見てください。教えるべき道徳の内容は、まず「自分自身」、その次に「他の人」、そして「自然や崇高」、「集団や社会」という区分順になっています。なんでも、「自分」が大事で、「自分」の視点からしか見ようとしないのです。同じものを感じるのは、私だけでしょうか。自分、自分というのは、まさに利己主義の象徴でしょう。困った風潮が、道徳教育界のみならず、サッカー界にも蔓延してしまっていたんですね。困った日本の風潮です。

 サッカーでは、ブラジルから帰化したセルジオ越後氏だけは、私と似た意見を持っていらっしゃるようですね。その文章を以下に引用して、更新を終わります。

 
「『自分たちのサッカー』がどうこうというフレーズが騒がれているけど、一つ答えを出すとすれば、今日のこの試合で見せたプレーが、まさに『自分たちのサッカー』だよ。本来の力を出せていないのではなくて、これが世界における我々の本来の力なんだ。そこを見誤っては成長がない。他の試合をよく見てほしい」


2014/6/10日改訂版

 6月6日、衆議院第一議員会館で開催された「新時代の道徳教育」というシンポジウムの基調講演を無事終えることができました。当日は、大雨と強風の悪天候のなか、(何しろ毎週金曜日に行われている国会周辺のデモが中止になるくらいですから)、とても足下の悪いにもかかわらず、国会議員やその秘書を含めて280名くらい来ていただき、ありがとうございました。また、私の知り合いの先生方や大学院生さんも来ていただき、深く感謝しております。ただ、それにもかかわらず、35分の時間制限があったものの、緊張してしまい、きちんとした内容を講演で伝えられなかったことが残念でした。そんなわけで、2日間ほど、落ち込んでおりました。
 当日は、開始が少し遅れたこともあって、最初の私の講演が行われていたときに国会を終わられて駆けつけて来られた下村博文文科大臣が会場に入ってこられました。それで目の前に大臣が座られたので、ますます緊張に拍車がかかってしまいました。私の講演が終わったところで、その下村文科大臣をはじめ、民主党のネクスト文科大臣の笠浩史氏、日本維新の会の田沼隆志議員が来賓挨拶をされました。特に、下村文科大臣は、わずか10分程度の挨拶に際して、2回も「吉田先生」と私の名前をあげられ、恐縮至極でした。とりわけ、大臣が「ただいま講演されていた吉田先生には、道徳教育についてはいろいろと個人的に指導していただいており、・・・・・・・・・・・・・・などについても教えていただきました」と、リップサービスというか、持ち上げていただいたときには、十分な講演が出来なかったと思っていただけに、穴があったら入りたい気持ちになりました。そんなこともあり、とにかく無事終わったので、ただいまホッとしているところです。講演前には、血圧計が最高血圧180,190、最低血圧130を表示しておりましたが、正確に測定する必要があると思い、1万5千円の高価な血圧計を購入して測定したところ、ついに最高血圧140、最低血圧も100まで下がりました。そんなわけで、体調もだいぶもどってまいりました。あとは、明治図書の月刊誌9月号の締切6月20日までに、道徳教育の原稿を書く仕事に向かいたいと思います。それも早く仕上げないと、道徳教育の共著の出版もできませんから。そして、ほかにも仕事があって(たとえば、15日は教員免許更新の講師が待っています。6時間の講義です)、なかなか、これからも暇はなさそうですが、忙しいときが華ですから、文句は言えませんね。

 まもなく、ワールドカップが始まりますが、私の予測は基本的に変わりません。

 残念ながら、
 



予選リーグを3連敗で敗退するでしょう!!

 でも、サッカーのことですから、番狂わせはあるでしょうが、どんな番狂わせがあろうとも、たとえば予選リーグ突破が確定したコロンビアが日本に負けるということがあるかもしれませんが、予選リーグ敗退は揺るぎないでしょう。もちろん、新聞には「惜敗」とかいう文字は躍るかもしれません。というのは、以前と違って、得点はかなり取れるかもしれないからです。前にも書きましたが、そのようなメンバーが選ばれていますから。しかし、それでも負けるというのは、得点以上に失点が出ると見ているからです。おそらく、90分の間に、日本は最低でも2点は失点すると思われます。それくらい、バックスのセンター2人とGKが穴です。おそらく、バックスは、中澤とツーリオの方が固かったと思いますし、その前のボランチが遠藤や長谷部では守りが弱すぎますし(ボールが持てれば力を発揮する選手なんでしょうが)、長友と反対側のサイドバックも、内田では弱いです。それらに代わる選手と言っても、似たり寄ったりで苦しいでしょう。GKもしかりです。もう少し、日本もバックスとGKを強化していく必要があるでしょうね。最初から、身長が190センチクラスの人材が出て来てもらいたいものです。GKは、流通経済大学出身の林選手が伸びると思っていたのですが、いまいち出て来ませんね。彼なら、身長も190センチ以上はあり、手も長くて、身体的には申し分ないのに、残念ですね。前回にも書きましたが、ザッケローニ監督も、ギャンブルに出ているのでしょうね。同じ負けるなら、三浦カズでも、出場させてあげたいですけどね。彼も、どこかで早く選手のけじめをつけて、早く日本代表監督の道に進んでもらいたいです。
 サッカーで仮定の話をしてもダメでしょうが、くじ引きで日本と韓国が入れ替わっていたら、日本の予選突破もあっただろうに、残念です。

 ではでは、学生の皆さん、6月末は定期テストを予定通り実施します。サッカーを見過ぎないで、しっかり勉強してくださいね。







2014/5/27改訂版

 このまま、置いておくと、またズルズルと1ヶ月更新なしということにもなちかねないので、ここで近況報告。
催促のメールと、ワールドカップの予想をするように促したメールが来ますので、ここあたりで更新しました。
 体調は不良です。毎朝、血圧の高い方が180あります。下も120あります。したがって、授業する前に、倒れたらそれが原因なので、救急車を呼んでくれと言って授業を始めています。

 もう一つ、ワールドカップの予想ですが、私は次のように考えています。

 一番可能性が大なのは、得点は取るがそれ以上取られて、3連敗で予選落ちです。あまりにも、真ん中のバックス2人が弱いです。そのうえ、キーパーも、川島云々ではなく、身長が低すぎて、どうにもならないということです。つまり、バックのセンターの二人とゴールキーパーが少し弱いということで、最も得点を取られやすいポジションが弱ければ、点数は取っても、バケツの底に穴があいているようなものです。ミッドフィルダーの遠藤も長谷部も、相手が格下で弱ければ攻撃が中心となれば、彼らは生きますが、相手が実力が上でならば、守備中心となりますので、彼らは活躍できません。いや、むしろ彼らは、穴になります。攻撃に加わって、いくらという選手です。したがって、これは監督や選手の責任ではなく、日本の実力というものがその程度だということです。サッカーは、実力がない側は守って守ってワンチャンスで勝ちきるといのが常道で、弱い方が攻撃的になって仕掛けるというのは、かなりのリスクになるでしょう(そんなことは、私が言わなくても、ザッケローニ監督がわからないはずがないです。だって、イタリアの代表のサッカーは、ただ点を取らせないで守るだけ守って、カウンターで取った1点で逃げ切るスタイルで、ワールドカップでどれだけ勝ってきたことか。だから、イタリアのサッカーのおもしろくないと言ったら、ただごとではないです。だから、いつもワールドカップでは、いつもイタリアの相手チームを応援したくなっていました。自国代表のサッカーをザッケローニが知らないわけがないでしょう。私の発言なんか、釈迦に説法の喩えに当てはまることです。つまり、ザッケローニは、サッカーの場合、守った方が勝ち進めるとしっていながら、あえて攻撃サッカーを選択したのですから(攻守ともできるバランスのよい細貝を選ばないで、攻撃しかできない選手(たとえば、岡崎、大久保、柿谷など)を選んでいるところで、はっきりしていますね)、私が推測するに、ザッケローニは、常道で行っても予選リーグ突破は苦しいので、それなら点は取られても取り返すこともできるかたちでいこう、すなわち、もうギャンブルに出ている、と思われてならないのです。じっとしていたら負ける(死ぬ)のだから、イチカパチカ攪乱戦法でいくというのも、監督ならやってもなにも問題ないでしょう。問題があるとすれば、日本のファンが、これで日本は優勝を狙っているんだ、日本は強いんだと勘違いすることですね。
残念ですが。。。。。また、4年後、いや8年後以降を粘り強く期待しましょう。     (青色の部分は、5月28日に加筆)

2014/5/15改訂版
 実は、またたいへん多忙なのですが、このまま更新しないのも、訪問者に申し訳ないと反省し、近況を報告するかたちで更新しました。
 まず、6月6日の衆議院第一議員会館での講演ですが、まだ席に若干の余裕があるようです。なかなか入れない衆議院第一議員会館の社会見学をする気持ちで、時間のある方は、申し込んで参加してください。
 
 次に、固い話になりますが、この度、既存の道徳教育学関係の学会に飽きたらず、新たに学会を協力して設立することにしました。
 学会名は、「倫理道徳教育学会」です。
 学会の設立趣意書を作成してみました。
 以下の通りです。
 賛同していただける方は、私のところにご連絡ください。 joschida@human.tsukuba.ac.jp


 

「倫理道徳教育学会」(仮称)設立趣意書 

 

 世界各国における道徳教育は、今日に至るまで山積するさまざまな課題をかかえています。それら道徳教育をめぐる諸問題は多様な価値観が複雑にかかわるために、これを解決する糸口を見つけることは研究者にとってもまた現場の教師にとっても容易なことではありません。こうした事情は日本の戦後の道徳教育についても例外ではありません。特に日本の場合、「道徳の時間」の特設以来の不幸なイデオロギー対立の歴史もあって、道徳教育そのものの基底や全体像をめぐる根本的で学的な問題提起を避け、指導内容や方法に矮小化した単なる技術面での改良に終始する傾向が強かったと言えます。さらには、日本における最近の道徳教育の形骸化は、衆目の一致するところです。

そのような折りに、道徳の「教科化」が政府主導で打ち出されました。これを皮切りに今後は、さまざまな時代的な要請が道徳教育界になされることが予想されます。しかしながら、そうした諸要請に賛否いずれの立場をとるにせよ、正面から議論できる場が道徳教育の世界には欠落しています。これまでの道徳教育関連の学会は、「道徳」の授業をめぐる技術的工夫のみに没頭し、道徳や道徳教育についての抜本的な議論を回避してきたからです。特に、道徳教育に対して学問的基盤を提供する道徳哲学(倫理学)を射程に入れつつ、思想信条や価値観の相違を超えて、現在および将来の道徳教育の在り方を根本的に議論する組織が日本には存在しません。哲学・倫理学のアカデミズムの側も、道徳教育をはじめ初等・中等教育の現場に対して殊更無関心を決め込んでいた時期がありました。これには上述のイデオロギー対立も一因であったように思われます。しかしながら、最近は哲学・倫理学の学会においても初等・中等教育の現場に対する貢献可能性に対する問題意識、特に道徳教育についての関心が高まりつつあります。

そこで、学問としての道徳教育学を飛躍的に発展させるべく、特に哲学・倫理学と連携することにより、道徳教育についての忌憚のない議論の場として、学校をはじめ、家庭や地域社会における道徳教育の実際に貢献できる学会を設立するべき時期に来ていると考えております。学会の主要な事業としては、大会の開催と機関誌の発行などを考えております。哲学・倫理学・教育学の世界におけるアカデミックな研究者のみならず、小・中・高等学校の教職員、幼稚園・保育所の関係者、家庭教育関係者等多くの関係者が本学会に参集し、研究を深めていくことを期待しております。

 

                             201453

                  設立世話人

                  代表   桑原 直巳 (筑波大学人文社会系教授)

                  副代表  吉田 武男 (筑波大学人間系教授)





 




2014/5/2改訂版

 先日から、韓国のフェリーの沈没事故があって、マスコミなどで繰り返し放送されたりしていましたが、最近の韓国政府の人たちのによる日本バッシングを聞かされていたので、韓国のことなど、知ったことじゃないと思っていました。なにしろ、本人が言い訳できないところで、一方的に相手の悪口や不評を買うようなことを言い立てるところは、品性が疑われるなと思っていました。たとえば、池田潔氏の『自由と規律』という名著には、本人が釈明できないところで、その人を非難するのは、もっともやってはいけないことだと書いてありました。それが頭の隅に残っているもので、なんと下品な人たちだと思って、その国の出来事などどうでもいいやと思っていました。しかし、先日、高校生が沈む船の中で携帯で親に最後のメッセージを伝えているところや、けなげにじっとおとなしく座っている撮影されたもの、あるいは行方不明者の家族が海を見ながら眺めている映像などを知ってしまうと、そんな他国の政府関係者からの悪いイメージは消えて、ほんとうに可哀そうで、何とかならなかったのかと情けない気持ちと、船長たちの船員の行動を知るにつけ、本当に怒りが抑えきれませんでした。事態の様子を知っていながら、知らない人をぬけぬけと騙すところは、たいへん卑怯ですし、絶対にやってはいけないと思ってしまいました。情報や知識を知っているものの責任だと思いました。情けない限りです。絶対に、日本では、あってはならないことだと思ってしまいました。
 でも、ふと、思い出すと、テレビを見ていて同じ気分になったことがあったことが頭に浮かびました。東日本大震災の時に、怒りに震えながらテレビ画面を見ていたことがありました。そうなんです。まさに似たような体験でした。以前にもホームページに書きましたが、大震災の二日後、原発が爆発しだした当日、ちょうどドイツに予定通り出張を強行して、ドイツのテレビで日本の映像を見ていたときに同じ気持ちになりました。特に、体育館で屋内退避と言われた住民たちが映っていましたが、そのときに、そちらの方向に放射能汚染物がどんどん向かっている予想映像が出ていて、「そちらの方向にどんどん飛んできているのに、少し数キロ横に移動するれば汚染物から逃れられるのに、どうして何日もその下にいるように指示するのか。これでは殺人ではないのか」と、そのときは怒りに震えながらテレビを見て叫んでいました。そんなことを、忘れていたことを思い出しました。
 どちらのケースも、パニックを起こさないようにという配慮からという見方もできますが、やはりそのような結果を考えるよりも、まず最大限の情報を与えて、あとの判断は当事者に任すというのが、あとあと悔いは少ないように私は思いますね。間違っていますかね。何か情報だけは与えて、どうするかで害をうけるかどうかが分かれるけれど、そこで個人がよいと思って行動した結果なので、同じ失敗に終わっても、悔いは残るけれど、まだ救いがあるように思えるのです。今回のことを映像で見ていても、なにも知らされずに、救命胴衣をけな気に付けて、じっと船とともに沈まなければならない運命をたどることになった生徒たちは、あまりにもかわいそうでなりません。アナウンスを無視して、外に出た生徒は助かっているのですから、もしいっせいに逃げろと逃げていたら、少なくてもかなりの生徒たちが海の中に落ちていても助かっていたのではと想像でいるだけに、いくら思っても、なさけなく思う海難事故のニュースでした。
 それと同時に、そのようなときのために、道徳教育はどう教えておくべきなのか、と考えてみましたが、正解はらしきものは浮かびませんでした。私の頭では残念ながら無理でした。

 まだ、筑波におります。4日に来るまで奈良に帰省して、5日に生駒山にあるお寺の祭りに行って、それから6日にもどるというハードスケジュールになりそうです。本当は、時間があれば、奈良盆地で言えば、生駒山の反対側にある、山の辺の道沿いにある神社(特に大神神社)にも行きたいのですが、無理そうですね。
残念です。とにかく、筑波にいると、俗的なことで忙しく、静かに神仏のご加護を受けさせてもらわないと、英気が養われませんから。そんなときに、また道徳教育雑誌の原稿依頼がやってきました。道徳教育だけに、引き受けざる得ない気持ちですので、また忙しくなってしまいます。企画は、「いま叫ばれている「道徳の教科化」に対するリレーコメントだそうで、6人目が私だそうです。まあ、そのように頼みもしていないのに、出版社から声がかかるのも、まあ認めてもらっている証しだと思って、ありがたく書かせてもらうかと思っているところです。3頁ぐらいだから、数日で書けるだろうと思いますが。でも、やらねばならない本の原稿、さらには6月6日の講演のレジメも作らねばならないので、そんなに安心もできないのですが。
 
 そうそう。このあいだ、3000字程度の原稿を書くと言っておりましたが、無事に書けて、印刷されて発行されました。Votersという無料の情報誌で、4月25日発行でした。No.19です。特集で、「道徳の教科化を考える」というもので、4人の原稿が掲載されていて、その4番目に「世界の道徳教育」というテーマです。「公益財団法人 明るい選挙推進協会」が出している情報誌で、16万部が印刷されているようなので、どこかで見かけたら読んでみてやってください。1日で書いたものですから、決してお勧めできるようなものではありませんが、他の方の論考が参考になるかもしれませんので、ぜひ見かけたら手にとって見てください。

では、では、また。





2014/4/24改訂版

 数年に1度しか起きない珍事が起きてしまいました!!
 なんと、更新予定日に更新してしまいました!!!!!
 「あたりまえではないか」という声が聞こえて来そうですが、長くこのページとお付き合いいただいている訪問者には、わかっていただけると思っています。それくらい、不規則な更新で、訪問者のかたにはいつもご迷惑をかけております。この機会に、深くお詫びします。
 
 いそがしさの状況は変わりませんが、なんとか、右肩を痛めながらキーボードを打っております。肩をあまり動かさなければよいことですので、大きな問題はありません。ご心配なく。なんとか、気功で直らないかと努力してみるかと思っているところです。「気功」???どうして、医者とか、薬とか、湿布とか、言わないのだろうと思われるでしょうね。ここまで、書いてしまったので、そろそろ大発表をしましょう。
 実は、40歳代に始めた太極拳と少林寺拳法はいま休んでいます。体も老化してきたので、また新たなものに挑戦していました。自分の健康のためにはじめた太極拳。襲われたときに自分の体を守りつつ、反撃して相手をやっつけるための少林寺拳法。そして、やっつけると,人の体を壊してしまいますから、今度は治すことを勉強することにしました。そのきっかけは、少林寺拳法に包含されていました。少林寺拳法には、手や足をつかって相手に向かう剛法(わかりやすく単純に言えば空手のようなもの)、相手の手などをつかんで倒す柔法(同じように言えば、柔道や合気道に近いもの)とともに、壊れた体を治して整える整法があります。その整法に近いもの、つまり人の体を治すことに興味をもち、治療の気功を勉強していました。もちろん、気功は、国家資格でもないので、いろいろな団体がやっています。その一つの団体に習いに行きまして、実は「気功師」の免許を受け取りました。気功なら、私でも特に副作用もないので、ただ効かないだけなので、危なくないと考えて、習うことにしました。それで、免許をいただくところには来ました。この術を使って、せっかくだから、自分が自分で直せないかなと思っています。まだ未熟なので、無理かな・・・。まあ、いつでもできるから、時間のあるときに、副作用もないから試みて見ようかと思っています。ただ、最悪でも、効かないだけだから。また、自分がやるから無料だし。。。

 この話は、横道にそれてしまった余談、として聞き流してください。。
 それで、いよいよ本題に入ります。
 以前にお話ししたシンポジウムの特別講演のチラシ(第1次案)が、事務局から送られてきました。

 まだ、そこで講演するテーマは決まっていますが、その内容はこれからです。ますます、いそがしくなりそうです。でも、こうして、こんな場所で特別講演の機会を設定していただいただけでも、感謝して頑張らねばなりません。ありがたいことです。その期待に応えられるよう、これから本務の時間のあいまをぬって、この講演の準備をしたいと思っています。
 とりあえず、今回の更新で、この講演を紹介させていただきました。
 では、お元気で。









2014/4/16改訂版

 元気で生きておりますが、本の原稿はいっこうに書けず、困っております。そのうえ、50肩で痛かったところが、60歳になって、60肩といいましょうか、また痛くなってきました。これも困ったものです。会議や書類作成で日常が悲鳴をあげていますところに、肩も悲鳴。いやいや、困ったものです。。。。。
 そこに、本来の、本務校の筑波大学の授業が始まりました。さらに、毎週木曜日の東京外国大学の授業、さらに隔週の割合で行く関西外国語大学の授業が加わり、毎日があっという間に終わっていきます。そんな中で、なかなか本が書けません。そろそろ、久しぶりに厳戒令を発令しなければならないかもしれません。それでも、その合間をぬって、3000字程度の原稿を書いてしまいました。それをやったので、よけいに忙しさを感じるかも知れません。この依頼は、3月の初旬にきたもので、締切が3月31日ということでしたが、14日からドイツに行く予定でしたから、帰国してから書いてよければ引き受けましょうと回答しておきました。すると、4月7日まで待ってくれるということで、ドイツに行く前に話を決めておきました。ところが、そのことをすっかり忘れていまして、締切翌日の8日になって、原稿が来ないという催促。びっくりして、忘れていたとも言えず、「今しばらく待ってください」というメールを送って、2日で仕上げて原稿を送って、そして2日で校正を済ませて、やっと昨日に一件落着したところです。4月20日に発売の冊子です。無料の冊子で13万部だそうなので、どこかで見かけるかもしれませんね。そのときには、笑ってやってください。何しろ、締切を過ぎてから大急ぎで書いたものですから。題名は、「世界の道徳教育」です。
 明日、朝から会議で、そのあと授業、そして自分が議長の会議と続きますので、今日は、元気でやっていることを報告して、近況とします。

 付記:4/16.21:00

 なんとか、本日も乗り切りました。
 明日は、9時から10時まで会議、終われば10時から11時まで会議。12時15分から13時30分まで授業。それが終わって、遅い昼食を済ませて、多摩の東京外国大学に出講です。中央線武蔵境駅に、17時過ぎに出没。そのあと、授業を19時くらいに終わって、帰路に。22時帰宅と、いったスケジュールです。それなら、早く帰るべきなのに、まだ大学。困ったことです。でも、元気では、います。肩は痛いですが。。。。。。



2014/4/1改訂版

訪問者のみなさま、お久しぶりです。
無事、ドイツから帰国して、元気にしております。

ただ、時間が過ぎるのが早く、まだ今年になって3回目の更新ですが、すでに2014年も四分の一が終わり、あったいう間に1年が終わりそうです。また、恐れていた還暦が4日後に訪れます。このまま筑波にいると、赤いチャンチャンコが研究室に回ってきそうなので、その前日の4日に、忘れる意味でも筑波を脱出して、大阪に行くことを決めました。5日(土)に、大阪の関西外国語大学で道徳教育の講義を行い、その日に奈良の実家に帰省して、翌日の6日(日)に、筑波に戻り、翌日の入学式に備えたいと思います。今年度から2年間、教育学類長を再任して続けてやることになりましたので、入学式、それに続くオリエンテーションの出席が義務づけられています。そんなわけで、昨年度同様、忙しい日々が続きそうです。



そんな合間をぬって、3月15日(出国)から24日(帰国)まで、ドイツに行ってきました。ドイツは、主にニュルンベルクとベルリンに行って来ました。
ニュルンベルクでは、7年前に勉強させてもらったシュタイナー学校が、改装されて、元気に建物は立っておりました(あたりまえか!)。その当時は、
右側のホールとその前の煉瓦色の食堂は、ありませんでした。懐かしい限りでした。




ベルリンでは、訪問先の学校がベルリンの中心街にあって、その近くに有名なブランデンベルグ門や国会議事堂があり、宿泊のホテルに帰る途中に、久しぶりに立ち寄ってきました。いつ見ても、変わらないで、元気に建物は立っておりました(これもあたりまえか!)。


    


23日は、13時35分のフランクフルト発の飛行機に搭乗しないと24日の朝に日本に着かないので、大急ぎで朝から空港に向かいました。何しろ、25日は卒業式で、学類長として学位記を卒業式にわたすという大役があったもので、絶対に遅れられない状況でした。本来なら、もう少し余裕を持って帰宅しなければならないのですが、飛行機会社の中で定時に発着する実績では世界でもトップクラスのルフトハンザ航空を信じることにしました。当日は、列車で急ぎました。そのときに、観光客は「船でライン川下り」をするところを、結果的に「列車でライン上り」をするかたちになりましたが、車窓からライン川を見ることができました。ただ、窓から見ているだけでしたが、よい目の保養になりました。

      

数10分あとに出発する大阪行きの飛行機はブッキングを起こしており、その混乱の中、なんとかチケットを確保して、慌てて搭乗した飛行機でしたが、初めての席の位置に座ることができました。[32J]でした。ラッキーでした。というのは、お金がありませんから、いつも窮屈なエコノミーの席に座ります。そのうえ、隣の人の関係で、トイレに行くのも憚られ、いつもつらい機内生活をしています。ところが、エコノミーの中でも、非常口の横で、エコノミー席の先頭のところの両端では、添乗員が離着陸のときは座りますが、それ以外はいませんので、足は伸ばせて、かつ隣の人に気兼ねしないでトイレに行くことができます。いつも、あの席は良いなと思っていた席ですが、そこに座ることができました。そこは、非常口ということで、隣は一人しか座らないところです。そんなわけで、ラッキーと思って、汗を拭き拭き座ったところ、しばらくして20歳ぐらいの若い女子学生らしき人が隣に座りました。なんと今回はラッキーだと思いながら、そのラッキーを生かさなければ意味はないと思い、隣の女性に声をかけてみました。やはり、学生さんで、知り合いの先生がドイツに留学されていて、その先生に会いがてら、ドイツ観光をしてきたということでした。とある中部地方にある国立大学3年生の学生さんでしたが、思わず楽しく世間話をして帰って来ましたので、10時間があっという間に過ぎたフライトでした。今回が初めての海外旅行だったようで、こちらもついつい、いつもの知ったかぶりで話す商売をしている者ですから、楽しい特別演習の授業のようになりました。フライト時間の、半分は話をしていたかな。こちらは、あやしいおじさんだと思われてはいけないので、姓名と大学名を教え、名刺も渡しました。相手の方は、大学名と学部は聞きましたが、何か下心があると思われるのもいやなので、あえて氏名はまったくたずねずに、成田空港で別れました。もし、相手の学生さんが何かあればこちらに連絡をくれるし、なければないで、一時の出会いということでよい想い出にしたいと思っています。相手の方は、迷惑だったかもしれませんが。その学生さんも、目指したい進路も決まっていたようなので、元気でそれに向かってがんばっていただければと思います。

そうして、帰国の翌日、教育学類長として、午前中は全学の卒業式のときに舞台の横の席に座り(謝辞の代表は、およそ30年に一度まわってくるのですが、教育学類の学生になりました。Fさんを選出したのですが、2000人の代表としてうまく話してくれるか、他人事ながらドキドキしていました。でも、他の学類にも大きな顔ができるくらい、りっぱな姿でした。4月から中学校の教員になります。きっと、明日はりっぱな挨拶を赴任先の中学校でやってくれることでしょう)、それから午後は学位記を渡し、夕方からは卒業パーティーに出席して、職務を遂行しました。さすがに、時差ぼけ等で疲れました。

やっと、一段落と思いきや、新年度に突入してしまい、入学式までに、やり残した仕事をやらねばと思っています。こんなことを慣例のように繰り返していると、あっというまに大学を退職することになるので、大学人として後悔が残るかもしれません。もう、還暦になったのですから、思い切ったことをやろうと思います。そこで、今年度は、変わった活動をどんどん新しくしていきたいと思います。その第一弾は、シンポジウムです。また、いずれ詳細についてはお話ししますが、

6月6日(金)17時から、東京の衆議院議員会館で「道徳教育」のシンポジウムが開催され、そこで特別講演をする予定です。下村博文文部科学大臣もご挨拶にきていただけるそうです。参加ご希望の方は、席に限りがありますので、早い目にお知らせください。一人の講師の権限で、努力はしてみますので。

もちろん、第二弾、第三弾も用意しています。とにかく、脇目もふらず、私心を棄てて、いまやるべき使命だと思ったことを、失敗を恐れず、やっていきたいと思う還暦の私です。

それでは、そんなことで、元気にやっておりますので、ご安心ください。

ただ、忙しさのあまり、更新が定期的にできないことをあらかじめ、ご了承くださいませ。

これで、お待たせした近況報告をおわります。






2014/3/14改訂版

 45日ぶりの近況報告です。
 いそがしてくて、更新できず、失礼しました。
 ようやく、時間ができました(嘘です)
 
 ただいま、午後9時です。これから帰宅して、成田に直行します。
 そして、あす午前10時過ぎの飛行機で、ドイツに向かいます。
 
 そんなわけで、元気にやっております。
 鹿児島出身の学生さん、並木出身の学生さん、そのほか知っている方、お元気で。
 25日の卒業式で学位記を渡さなければならないので、24日に帰国します。

 みなさん、お土産話をお楽しみに。



2014/1/30改訂版
ついに、恐れていた還暦の年がやってきました。まもなく、満60歳です。
また暦で言えば、厄年にあたります。これが、人生の大きな厄の最後です。
早速、新年に奈良に帰省し、日本最古の厄除け寺である松尾寺に行って来ました。

ところが、なかなかうまく厄除けができないようで、1週間前から目の上にブツブツが吹き出すようになりました。
そうなんです。帯状疱疹になってしまいました。皮膚科で診断してもらい、抗生物質を飲み続けていますが、拡大が収まっただけで、なかなか顔のブツブツがなくなりません。そんなわけで、月曜日からの授業は、「格好が悪いな」と思いつつ、休まずやっております。月曜日は、自分の顔を鏡で見ていると、思わず不登校になりかけましたが、これでは「心の病」になって、心理カウンセラーのお世話になるではないかと思い、午後に出勤しました。そこで、「不登校」の気持ちが少しわかりかけましたが、ここで意識をするから病になるに違いないと考え、意識、つまり気にしない方針で大学に行き、100人の学生の前で顔のことは何も言わずに講義をしました。その明くる日もそうしました。今日もそうしました。大学では、先生方から、「どうしたんですか」からはじまり、「どこでぶつけたのですか」「虫に刺されたのですか」、さらには「殴られたのですか」などまで、いろいろと言われました。その際には、笑いながら、「帯状疱疹でーーす」と返答していました。そうすると、「痛くないのですか」と言われましたが、「痛いと言っていたら、仕事になりません」などと回答していました。そう回答しているうちに、だいぶ心は元気になってきましたが、ななか体が治りません。


そんなわけで、1月早々、涙涙の近況報告をして更新を終わります。




2013/12/30改訂版
中国報告の続き。
11月4日に中国の瀋陽(旧:奉天)に、私のところにきている中国人留学生といっしょに成田空港から昼頃に全日空で向かいました。瀋陽空港には、留学生の友だちが貸し切りタクシーを手配して待っていてくれました。それに乗って、瀋陽駅まで行きました。途中に、電車の時間まで時間があるというので、街を見学しながら向かいました。
次の写真(左)は、タクシーの助手席から見えた街並みです。これだけ見ると、中国とは思えない西洋の景色でした(車のダッシュボードには、パンダの人形があって、中国かなと思いますが)。特に写真の右側は、途中で立ち寄った美術館の前の駐車場です。太陽熱発電のソーラーが、並んでいました。


    


この手前のものは、昔の日本軍が建築したものです。昔の日本人が造った建物は、窓が小さいので、すぐにわかるそうです。今は、市役所になっているそうです。今でも残っているわけですから、当時の日本の技術力の高さが垣間見れます。その右の写真は、瀋陽駅構内の売店の商品陳列です。豊富さにびっくり。
      
    

それから新幹線に乗って、目的地の長春に着きました。到着は、夕方6時頃になりましたが、東北師範大学学長がホテルで待ってもらっていて、そこでいっしょに夕食を御馳走になりました。中国の酒は度数が高いので倒れてしまってはいけないと思って、ビールが大好きだと伝えてもらっていた関係で、たくさんのビールを用意してもらっていました。もちろん、青島ビールがありましたが、それ以外は、すべてドイツビールでびっくりしました。私はしばしばドイツに行くことを知っておられて、気を使ってもらいました。
その翌日、東北師範大学の図書館で1時間半の講演を行いました。そのあと、広い大学を見学させてもらい、昼食後、もう一つのキャンパスに案内してもらいました。そのキャンパスの正面は、次の写真(右)の通りでした。そのあと、近くの植物園につれて行ってもらいました。そこは、東洋一広い植物園で、とても歩いてまわっていたら1日かかるようなところでした。何しろ、真ん中に湖があり、そこを1周するだけで、10キロありました。恐るべし広さの中国植物園でした(右)。

     

その夜は、留学生の父親が北京の仕事を中断して、私に挨拶しに来られました。中国の公務員は国外には行けないので、この機会しか私には会えないと思って、夕方にやってきたそうです。翌日には、朝からまた北京に飛行機で向かうということでした。娘の先生の顔を一目見て、安心したようでした。
翌日、ホテルの外を見たら、なにやら霞んでいるようす。これは、PM2.5ではないかと思い、帰りの駅に向かいました。また、新幹線に乗って、瀋陽に向かいました。早朝の8時なのに、知り合いの先生方が長春駅まで見送りにきてくれました。昨日の夜に、アメリカから帰国して時差の疲れもあるだろうに、とても恐縮でした。



瀋陽まで行くと、ますます霞が濃くなったように思えたので、マスクをしました。往路の逆で、瀋陽駅から瀋陽空港まで同じタクシーで送ってもらいました。飛行機に乗って空高く飛ぶと、雲海が広がり、別世界でした(左)。日本の領海に入って、新潟上空まで来ると、日が沈みました。そのとき、細い雲の右下に小さく雲の上に頭を出した富士山が見えました。日本に帰った気持ちになりました。そんな、休暇を取って出かけた2泊3日の中国旅でした。

    


以上が中国報告です。

今年も、あと2日を残すだけになりました。あっという間に過ぎた2013年でした。ついに、2014年がやってきました。午年です。そうなんです、ついに、私は還暦を迎えることになります。もう、60年も生きて来たのか、と思う今日この頃です。
20歳の頃は、大学でサッカーに明け暮れました。30歳には、はじめてドイツに出かけて、シュタイナー学校を見てきました。その時は、一人でヨーロッパ各国を50日かけて旅したことが思い出されます。あのときに見た、スペインのアルハンブラ宮殿、ローマやフィレンチェの街並み、そしてあのアッシジの教会、フィンランドのフィヨルド、オランダの風車とアンネの家、そしてドイツのケルンで会った、いま日本サッカー協会副会長の田嶋幸三さん、田嶋さんの車で連れて行ってもらって会った、前筑波大学蹴球部監督・スポーツ解説者、現川崎フロンターレ監督の風間八宏さん。40歳の時は、意を決して高知大学に転勤し、高知大学サッカー部のコーチや部長をやらしてもらっちる4年半の中で、野地監督がイギリスに留学されて留守を預かっているときに、監督代行になって大学サッカー選手権(インカレ)で全国3位になったときはびっくりしたな。そのあと、45歳の時に筑波大学に教員としてもどってきて、15年。その間に、ドイツのニュルンベルクに研究のため7ヶ月滞在できたことは幸運でした。わずか半年あまりでしたが、子どもをシュタイナー学校に入学させてもらい、保護者としてその学校の先生や親たちと交流できたことはよい体験になりました。これまで、いろいろ辛いことがあったけれど、とにかく前向きに生きてきたら、何とか元気で生きてこられました。。その間に、いろいろな人との出会いがありました。感謝感謝です。まだ、おかげさまで、人生が終わりでもないので、ますます前向き生きるだけ生きたいと思っています。
今年は、ドイツに2回、行くことができました。中国に初めて行きました。特に最近は、あれよあれよという間に、政治のレベルとは大違いで、中国の人たちとの良好な関係ができてきました。一昨日も、中国大使館教育部から招待を受け、忘年会に行って来ました。今年は、日中関係の悪化によって文科大臣はおられませんでしたが、文科省や文化庁のトップレベルの方々がおられて、お話をさせていただきました。役職を聞くととてもお近づきになれないような方々でしたが、どなたも気さくで人間味が溢れた方々で、今まで思っていた官僚の方々のイメージがかなり変わりました。何でも、偉い方は、人間性が違うわと思ったことでした。

来年から、どんな出会いが待っているかわかりませんが、よい出会いが待っていることを祈って、信念を曲げずに頑固に、そして決して人を裏切らないように誠実に生きたいと思っています。
どうぞ、来年もよろしくお願いいたします。
また、皆さまのご多幸をお祈りして、今年最後の更新・近況報告といたします。
明日、奈良に向かい、3日に筑波に戻ります。
どうぞ、よいお年をお迎えください!!








2013/11/15改訂版

 初めての中国旅(4日出発6日)、無事帰国しました。
 5日には、東北師範大学で特別講演をしてきました。聴衆者の多くは教員で、一部が大学院生・大学生のようでした。
 「中国は日本の道徳教育を学ぶべきではない」と主張してきました。
 当初は学生400名だと聞いていたので、学生に日本の飴でもお土産にあげようと600粒、3キロの重さの飴をいくつも買ってもって行きましたが、拍子抜けでした。当日は、学長室に呼ばれ、「名誉教授」という証書をもらいました。そんな話は聞いていなかったので、びっくりのサプライズでした。別に頼んだわけでもないし、相手があげようといっているのですから、おとなしくいただいてきました。
 今日は、時間がないので、写真を掲載できませんが、後日をお楽しみに。
でも、最終日は、まちがいなくPM2.5が来ていたように思いました。
取り急ぎ、帰国の一報だけで失礼します。



2013/11/1 改訂版(46日ぶりの報告です)

 台風の到来のときにドイツに行くと言ったまま、46日ぶりの近況報告となりました。ご心配をおかけして申しわけございませんでした。無事帰国したのですが、忙しくて、ついに今になってしまいました。以下のように、報告させていただきます。とくに、ご心配をかけた16日については詳しく。

 このホームページを15日に更新した翌日、飛行機が飛ぶかどうかどうかわからないので、とにかく変更のきかない最安値の切符だったことあって、台風18号が関東地方に接近というニュースを横目に見ながら成田空港に向かいました。12時20分発の飛行機でした。ちょうど1ヶ月前にもこの飛行機で行きましたが、そのときは空港に10時50分に行きましたが、今回は10時過ぎに到着しました。カウンターに行きましたが、欠航という連絡は受けていないので、とにかく時間までに出発ゲートに向かってくれと言われました。羽田発の国内便の多くは欠航だとニュースでは聞いていましたが、成田空港の空港の国際便は、少し時間遅れで出発していたのもあれば、6時間遅れというのもあれば、欠航もあるというような状態で、まちまちな状況でした。

 とにかく、税関を抜けて出国し、ルフトハンザ機の出発の一番奥まで進みました。すると、ゲートの前は、待合所も、人で埋まっていました。この数では、とても私の席があるとは思えない状態でした。そこで、かき分けて、表示を見ると、10時台にフランクフルトに向かうA380エアバスの時間が出ていました。ちょうど、1ヶ月前にフランクフルトから戻ってきた便の折り返し便であることはわかりました。A380は、あの有名な2階建ての最新機種です。外を見ると、ルフトハンザの機体が停まっていましたが、それでないことは、1ヶ月前に乗った飛行機ですからすぐに判明しました。表示は2時間以上出発の遅れたフランクフルト行きのA380になっているし、見えるのは明らかにそれよりも小さな飛行機だから、とんでもない事態が生じていることがわかりました。

 しばらくすると、放送が流れ、フランクフルト行きは欠航ということが判明しました。お客さんたちは、カウンターに詰め寄っているし、ツアーの添乗員は、あきらめたようで、「明日の7時に空港に来てください」と、ツアー客に説明しておりました。どうも、A380の機体は、台風を避けて関西国際空港に降りたようでした。そうなると、どうして遅れてでも、関西国際空港から成田まで、台風の通過後に飛んでくれば、欠航しなくてもよいではないか、というもっとらしい文句が聞こえてきました。7時40分ぐらいに到着するルフトハンザ機が大阪に行かざる得なかったら、10時過ぎに到着する予定のミュンヘンから来る飛行機はますます台風に近づくのでダメだと思いました。

 そうこうしていても、ゲート前は大混乱で、あきらめの早い人はさっさと戻り始めました。私は、翌日にまた車で来るのもたいへんだし(車を成田空港近くに預けてしまったので)、ホテル代もばかにならないだろうし、これからこの場所で野宿して20時間待つしかないか、と覚悟もし始めました。そのうえ、今日ドイツのニュルンベルクで泊まる予定のホテルも、ドタキャンになるためにお金は没収になるし、と一人で考え始めると、情けなくなるだけなので、私も自宅に電話して、ニュースで何か言っているか、問い合わせました。すると、ニュースでは、着陸をやり直して、風に煽られながらルフトハンザ機が強行着陸した映像が映っていた、という情報が入りました。思わず、それを聞いて希望の光が見えてきました。というのは、午前中に成田にルフトハンザ機が到着するのは、7時台のルフトハンザ発のA380と、10時台の、私が乗り込む予定のミュンヘンからのものと、2機しかないのは、旅行の日程を2ヶ月の間に2回決めたのですから、健忘症気味の私も覚えていたからです。

 それで、ルフトハンザの飛行機を見に行きました。ちょうど、荷物を積みかけていて、天候のせいで作業をやめているところの飛行機が見えました。そのあたりに座っている人に、「これミュンヘン行きですか」「この飛行機はいつごろに到着しましたか」などとたずねても、「わからない」の返答もなく、「このバカ何を言っているのか」といわんばかりの、人を上から見下ろしたような表情でした。「この野郎、返事ぐらいしろよ」と言ってやりたかったけれども、ここで怒ってもしかたがないと思って、メガネのない裸眼で飛行機を見つめていました。すると、よく見慣れたようなドイツ語がかすかに見えました。でも、字が小さくて読めませんでした。ここで、「あの一番前の客室の窓の下に書いてあるのは何というスペルですか」と、たずねても、きっと反応もしないだろうから、とにかく必死で読もうとしました。でも、どうしても読めませんでした。そこでふと思いついたのは、カメラで望遠にしたら見えるのではないかと思って、飛行機にカメラを向けました。
 

 


そこで、アップしてみると、






エアバス340−600の下に、私が行くドイツの都市「ニュルンベルク」と書いてあるではありませんか!!!!!なんという偶然!!!
この字を見ていると、この飛行機は私に「どんなことがあっても、ニュルンベルクに連れて行ってあげるよ。安心しろ」と伝えてくれているような気がして、思わず目頭が熱くなりました。これを見て、「今日、ニュルンベルクに行ける」と確信した私でした。エンデの『モモ』に登場するカシオペアという亀の甲羅に文字が浮かび出るという場面がありましたが、あれを連想してしたのです。

そうして安心して待っていると、掲示がいつのまにかミュンヘン行きに変わり、1時間遅れで搭乗することになりました。そして、いよいよ飛ぶというときになると、なぜか飛ばず、コトコトと飛行場で反対の端まで移動しはじめました。放送で、風向きが変わったので、いつものように北に向かうのをやめて、南の方に向かって飛びました。ちょうど、台風が北関東を通過するときでした。飛び上がったときに、エアポケットに入ったように、機体が少し下に1回だけ落ちました。「きゃー」と悲鳴を上げる人もいましたが、それは1回きりで、あとは順調に北の方に旋回して、いつもの新潟の佐渡の方向に飛び、順調に飛行していきました。さすが、ドイツの飛行機だ。よく台風の中を着陸して、そして再び飛び立ってくれたと思いました(ドイツのルフトハンザのパイロットは、全員が空軍の戦闘機を操縦してきた経験を持っていますから、日本のパイロットと経験が違うのです)。数時間後には、特別な夕食、ミュンヘンのオクトーバフェストの白ソーセージが出てきて、先ほどまでの絶望感と大違いで、少しだけ幸福な気持ちで食事にありつけました。




しかし、ミュンヘンにつくと、また現実が待っていました。ミュンヘンに本来ならば、17時半頃について、ミュンヘン中央駅までに19時までに着いて、それからニュルンベルク行きの列車に乗って、21時にはホテルに到着する予定でした。ホテルの門限は、街中で残っていた比較的安価なところだったのか、22時でした。ところが、飛行機の到着が1時間半遅れてしまったので、いくら急いでも門限に間に合いませんでした。そこで、下手なドイツ語を使ってミュンヘン空港から遅れるということを、電話でホテルに伝えました。すると、23時でも大丈夫だからと言ってもらえて、結局、23時10分に到着する始末でした。本当は、10時半に付ける予定でしたが、途中で列車の電気が壊れてしまい、途中で代車の電車に乗せられるという、とんでもないハプニングがあったので、遅れました。そのときも、何が起こったのかわからなかったのですが、どうしてよいかわからないで右往左往していたら、ドイツの男性が、「ニュルンベルクに行くのか」とたずねてくれて、「はい」と答えると、「あの列車に乗り換えろ」と言ってくれたので、言われるまま乗ると、その臨時列車がしばらくすると動いてくれました。今から考えると、そのときに声をかけてもらえなかったら、どうなっていたかと思うと、ここでも誰かに助けてもらいました。ついでにいうと、空港からミュンヘン中央駅に向かうときも、とにかく早く出発する列車に乗ったら、途中のミュンヘン東駅までで停まってしまいました。このときも、前に座っていたご老人の女性が、「ミュンヘン中央駅に行くのか」とたずねてくれて、「はい」と答えると、「後ろについて来なさい」と言われ、複雑な乗り換えを,最短距離で案内してくれました。その老人は、「ミュンヘン中央駅と反対の方向に向かう列車に乗るようでしたが、そのホームまで案内してもらえなかったら、ニュルンベルク行きの最終列車に乗れなかったかもしれないと思うと、感謝感謝です。とにかく、ふしぎなほど、ここという時は、誰かに助けられて到着したニュルンベルクでした。

結局、ニュルンベルクで1週間滞在して、仕事を済ませて戻ってきました。1週間の間に、長谷部選手か清武選手に会わないかなと思って、町を歩くときはキョロキョロしていましたが、残念ながら会えませんでした。町で会ったのは、顔見知りの中国人やベトナム人、そしていつもプレッツェル(正しくはブレーツェル、ドイツ語 Brezel)というパンだけを売っている駅前のパン屋さんのおばさんなどでした。帰国当日は、そのパン屋でプレッツェルを10個買ってすぐにタッパーに入れて、日本に持ち帰りました。その半分は、翌日に会った大学の事務員さんたちに差し上げました。皆さん、現地で買えば70円程度のものですが、喜んでいただき、何よりでした。



実は、今日、近況を報告させていただいたのは、今度は11月4日から6日まで、道徳教育に関する講演の依頼を受けたので中国に行って来ます。講演では、「日本の道徳教育をありがたくまねたら、ますます中国の道徳教育が悪くなりますよ」と、アドバイスしてあげようと思っています。
はじめての中国です。また、帰国したら、報告します。







2013/9/15改訂版

土曜日に東京の会合に出て、日曜日に大阪の勉強会に参加して、台風の大雨の中筑波にもどってきました。とにかく、12時40分発の飛行機でドイツのミュンヘンに向かいます。台風でどうなるか心配のですが、とにかく空港に少し早い目に車で行きたいと思います。出発が遅くなると、到着が夜になって、ホテルがしまってしまうので、困るのですが。とにかく、明日、出発します。
今回の用事は、ニュルンベルクに滞在して研究する予定です。ニュルンベルクには、清武選手と長谷部選手がいるようですが、どこかのスーパーや食堂や道で会えばサインをもらいたいものです。同じ町に10日いるのですから、偶然、会えないかなー。

では、そんなことで不在です。何かあれば、ここに、メールをください。
joschida@human.tsukuba.ac.jp

では、また
みなさま、お元気で。
また、帰国後に、土産話でもさせていただきます。


エゴ神」の信仰を促す心偏重主義
 


 12歳の少年が幼児誘拐殺人を引き起こす。38歳の女性が通り魔強盗殺人容
疑で逮捕される。52歳の男性がビルに立てこもり爆発させる。年齢・性別に
関係なく、昨今、おぞましい事件がマスコミをにぎやわせている。また、報
道によると、手塩に掛けて育てた農作物の盗難が後を絶たないという。
 私の身近なところに目を移すと、ところ構わず携帯電話が使用される。電
車やバスの中、さらには車を運転しながらの人々も少なくない。ご近所に目
をやると、ある住民は、「私は自然や緑を楽しみにしている」と言って、通行
人や近隣の人々の安全も考えることなく、外灯やカーブミラーを覆い隠す枝
や生け垣の剪定にも反対し続けている。
このような凶行や日常の思いやりのなさに通底する原理は何か。私は、「自
分勝手」という「教え」ではないかと思えてならない。その「教え」を支える
のは、個々人の気分・感情のあり方にことさら重きを置く心偏重主義であり、
さらにそれを下支えしているのは、荒ぶる「エゴ」の育成ではないかと。
ところが、「心の時代」や「個性の尊重」という甘いキャッチフレーズが、
「エゴ」という怪物を成長させながら、世間を風靡している。その結果、個
人の心の内面が着目され、現実の問題が生じると、動機や幼少期の「心の傷」
をはじめ、○×症候群や□△依存症などが連呼される。そこでは、行動の拠
り所は、「エゴ」という怪物が憑依した個人の心、特に感情になってしまう。
皮肉的に言えば、「エゴ」と奉る「エゴ神」の信仰という、新々宗教が個人
の中で誕生する。まさに「エゴ」が神の座に着くことになる。「エゴ」に突
き刺さる絶対的な神を信じる人々が少ない我が国のような文化風土では、他
において起こりえない危険性が心偏重主義から生じてしまう。
 そろそろ、教育界でも、「心の教育」をはじめ、知性よりも関心や意欲の
ような情意的側面を重視する評価、さらには個人の感情のあり方に焦点化す
るカウンセリングも、冷静に再考すべき時期に来ているのではないか。特に、
スクールカウンセラーが子どもや教師の救世主として神とすり替わり、学校
生活や地域とのかかわりの中で教師と子どもとが学び合うという、我が国特
有な学級・学校文化が、根こそぎ破壊されないうちに。

    『週刊 教育資料』NO.820号 203年10月13日号  38頁
編集:日本教育新聞社
             発行:教育公論社

教育委員だより No.79                                                                        平成16年2月25日

                                                     教育長 副島孝

『カウンセラーは学校を救えるか』を読む

事件などが起きたとき、教育委員会がスクールカウンセラーを学校に送り込むと報道されることが多くなりました。このことに、マスコミも市民も教育関係者も、疑問を抱くことはほとんどありません。しかし、それは「こころの専門家」に預けて責任を免れようとする無責任な姿勢の現れだと指摘するのが、この刺激的なタイトルの本『カウンセラーは学校を救えるか』(昭和堂)です。著者は、吉田武男・中井孝章という二人の教育学者です。吉田氏は、小学校教師の経験もある方です。サブタイトルの「『心理主義化する学校』の病理と改革」が、著者らの立場を雄弁に物語っています。つまり、いじめや不登校、少年犯罪などの問題を、「心のケア」によって対処すべき心理学的問題に矮小化し、スクール・カウンセラーの導入が特効薬であるかのような幻想が社会全般に普及していることに、異議を申し立てているのです。同時に、学校現場で支持を集めている、構成的グループエンカウンターにも、著者らはかなり否定的です。

確かに、扱いの難しい子はカウンセラーに、専門家に、専門機関にという傾向が、現在の学校や社会の中にないとは言い切れません。著者らは、それに対して警告を発します。心理学用語、例えば「居場所」「癒し」「こころのケア」、また新しい概念として、「トラウマ」「アダルト・チルドレン」「外傷性ストレス障害(PTSD)」など、「こころの言葉」が氾濫しすぎている、新たな用語、概念が生み出されることで、適切な対応が可能になればよいのだが、実はレッテル貼りをすることにより、当の子供たちは「まるごと」としての存在から、カウンセラーを必要とするひ弱なクライエント(顧客)にされてしまっていると。カウンセラーのやっていることはマッチポンプだ、とまで言い切ります。

限られた時間で、ただ人の話を聴くことで問題が解決するはずはない、日常生活に寄り添いながら自ら範を示す教師の「生き方」の指導こそが、そのような子供たちに必要とされていると、著者らは言うのです。「こころの専門家」としてのスクールカウンセラーに手のかかる子ども預けてしまうようになった結果、学校や教師集団の自助作用が弱められ、ひいては学校や教師の社会的権威と信用が加速度的に低下させられてしまった。また、さまざまな心理学関係資格のなかでも、臨床心理士だけが異常に強調されていると指摘します。確かに、認定臨床心理士会に偏重しているとの批判は、以前から一部では指摘されていました。

しかし、批判がすべて的を射ているとは言い切れません。カウンセラー導入の結果、教師が指導の方向と方法に自信を持って取り組めるようになるという、望ましい協力関係ができてきた学校も少なくありません(もちろんカウンセラーに過度の期待を抱く結果、思うような成果がでないと不満を持つ学校もあります)。本書で著者らから改革案として提案されているものは、学級及び学級担任制の重視、補助教員等のサポート、スクールソーシャルワーカーの導入、そして教員のライセンス制や免許更新制と年俸制への移行などです。ひとつの考え方ではありますが、実現性や有効性には疑問を抱かざるを得ません。むしろ、教育学の現状はどうなんだと、突っ込みを入れたい気もするほどです。

本書から学ぶものは、まず何でも原因を「トラウマ」「アダルト・チルドレン」「外傷性ストレス障害(PTSD)」などと「こころの言葉」に寄りかかったり、LDだADHDだとレッテル貼りをして、自分の守備範囲外だとするのではなく、教育の専門家としての教師(町医者という表現が使われているが、言いえています)の自覚を再確認することと、カウンセリングが万能ではないという意識を持って、有効なカウンセラーとの協力関係を築き上げることではないでしょうか。


ある大阪の男性のホームページから


カウンセラーは学校を救えるか
「心理主義化する学校」の病理と変革



短評 人類が経験したことの無い「心理ファッショ」の時代が到来か。自分の子供をこいつらに食い物にされないように監視しないとな。
ジャンル 心理・教育
著者 吉田武男 中井孝章
出版社 昭和堂
初版 2003.11.20
定価 1900円
読了日 2003.12.11
借りた場所 京橋図書館
評価 ★★★★


2001年度から5年間で全中学校1万校にスクールカウンセラーを配置されることになった。
その役割は2つ。
一つは生徒の相談相手及びこころのケア。もう一つは教職員・保護者への助言・指示である。

著者はこれに対して危惧を抱く。
地域に応じた特色ある実践が求められるときに、全国画一的に、バーチャル世界で生きることを得意とする「こころの専門家」が、十分な知識と体験の無いままに全国に配置されるのだ。
そこには、教育の諸問題は、心理レベルだけではなく、生物的・生態的レベル、さらにはその背後にある社会的・政治的な状況の複雑な絡み合いのなかで生じているにも関らず、あたかも心理的な視点だけで理解・解決できるのではないか、という誤解が横たわっているとする。

また、全ての生徒や教師をカウンセリングの対象とするような画一的な取り組みは、心理主義ファシズムである。
カウンセリングによる吹込みがなされると何も無かった子供までが何かこころの不安を自覚しなければならないのではないかと感じてしまいうという「偽記憶症候群」を招来する危険さえある

マスメディアも、少年による凶悪犯罪が起きても社会的背景に目を向けること無く、直ちに加害者のこころだけが切り離され、動機という心理的背景がもっぱら注目される。

個人の心理的メカニズムだけが分析されても現実の世界では何の意味ももたない。というのも現実の事件は社会的背景や心理的背景をはじめ、さまざまな要因の複雑な絡み合いの中で起こっており、真相は心理学や精神医学によって解明されるわけではない。

それに対して著者が描く方策としては、「ナラティブセラピー」の手法である。
これは「サイコセラピー(カウンセリング)」による心理学の現実化を解除する社会学的な臨床実践の方法である。
徹底的な「脱心理学化」を目指すのである。
「ナラティブセラピー」とはセラピストとクライエントの関係が「共著者」であり、対等な立場で会話を重ねていくのである。
セラピストが専門的な知識や技術によってクライエントを診断し、治療する、言い換えると一段高い立場から患者を導くというスタイルであるのに対して、ナラティブセラピーは特定のアプローチに依拠はしない。
サイコセラピーは内面に向けて自らを閉ざしていくのに対して、ナラティブセラピーは外に向けて言葉を使うことにより辞図からを仲間や社会に開いて行くのである。

<感想>
長崎の幼児殺害事件後、全ての生徒や関係者にカウンセラーがカウンセリングをしたそうな。
しかし、それに対してメディアは何の疑問も差し挟まなかった。これは恐ろしいことだ。カウンセラーというのは万能の神か?
これでは思想警察みたいなものではないか。

大体、息子が家庭内暴力を振るうとしてカウンセラーに相談した父親に対して、息子に「絶対服従」を命じた結果、暴力はエスカレートし、父親は息子を殺害したという事件があったが、このときはその著名なカウンセラーは何一つ批判されなかった。


まだ時間のある方は、次のページにどうぞ!!!

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