つくばの心理学2023
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仲田真理子 行動神経科学・行動神経内分泌学 なか た ま り こ 32 つくばの心理学 2023 研究アラカルト カメが教えてくれたコミュニケーションの共創 私がまだ筑波大学の大学院生だったころ、カメを拾った。正確には、当時一緒に住んでいた夫が、IIIS(国際統合睡眠医科学研究機構)近くの道に落ちていたのを、拾ってきたのだ。「カメを拾った」との報を受けて帰宅した私は、流しの中に想像していたよりもだいぶ大きな(だいたいA5サイズ)カメを見つけた。私の影が流しに落ちると、シンクをのそのそ歩いていたカメは素早く手足を引っ込めた。そして、カメの顔を覗き込んだ瞬間、カメと目が合ったのだ。のちに“めいちゃん”と名付けられるそのカメは、緑色のきれいな目で、じっと私の目を見つめていた。 普段、私は社会行動が脳内でどのように制御されているのか、そのメカニズムを調べるために、マウスを使って研究をしている。普段マウスが人間をじっと見ることは、ほぼない。ましてやマウスと目が合ったように感じたことは、それまでの研究生活9年間で一度もなかった。マウスは、赤か黒、いずれにせよ単色のビー玉のような目をしている。つまりマウスの視線のゆくえは、少なくとも人間からはあまり良く分からない。ここで、ページの右上にある、うちのカメ“めいちゃん”の写真をよく見てほしい。 かわいい。実にかわいい。…それはともかくとして、めいちゃんの目は明るいエメラルドグリーンの虹彩の中央に、黒くて丸い瞳孔が開いている。人間の目と同じような配色になっているのが、おわかりいただけるだろうか。実は、ミシシッピアカミミガメのオスは、メスに求愛するときに水中でひらひらと両手を振り、ダンスを踊ることが知られている。動きによって水流も発生するだろうが、基本は視覚的なアプローチだ。だからミシシッピアカミミガメにとって、他個体の視線の行方を推測することは、種の存続にきわめて重要な能力といえるだろう。実際に、メスがそっぽを向くと、オスはメスの正面に回り込んでダンスを続ける。 人間にとっても視線は重要だ。大多数の人間は、顔を見たときはまず相手の目に注目する。チンパンジーやネコも、ヒトが見ている方向を認識できるという研究がある。私がカメの顔を見た瞬間に目が合ったとい

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