つくばの心理学 2021
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研究アラカルト 9 懐かしい音楽がリバイバルされ再度のヒットにつながるようなことが多い。音楽はその曲を頻繁に聴いていた時代の「自分」を再現してくれる。私の場合、ピンクレディーの‘UFO’を聴けば、小学校での掃除時間に使った(マイクに見立てた)箒の感触や光景を思い出すし、オフコースの‘さよなら’で、受験勉強中の不安感と将来に夢膨らませたワクワク感とが複雑にからみあった思春期独特の切ない感情が喚起される。ただ出来事を思い出すだけでなく、その時代の自分に一瞬戻ったような感覚に陥ることすらある。このようなタイムトラベルは、音楽がきっかけを作ってくれることが多いが、においがきっかけになることもある。子どもの頃、夏の炎天下にジャスミンの香りの入浴剤を入れたプールでよく水浴びをした。今でもその入浴剤の香りを嗅ぐと、オレンジ色の縁の丸いビニールプールに波立つ透明なグリーンの生温かい水、すぐそばの高架線を走っていた新幹線ひかり号の風切り音が、あたかもその場面にタイムスリップしたかのように感じられるのである。音楽もにおいもそもそも感情を揺り動かしやすい刺激なので、音楽やにおいが関わっているエピソード的な記憶には、そのときの感情も必然的に含まれると考えられる。においが過去の記憶を鮮明に呼び起こすことは、フランスの小説家の名前をとって、プルースト現象と呼ばれているが意外にこの経験がある人は多くはない。においが関わり、感情が揺さぶられるような出来事を体験していなければ、つまり、においがにおいとして記憶の中にあるその状況で役割を担っていなければ、プルースト現象は経験できないのである。 介護士や保育士を目指す学生を対象に「香りの心理学」という講座を担当したことがある。昨今、アロマテラピー等で香りは注目されてはいるものの、普段の生活の中では、食品が腐敗しているとか、殺虫剤が混入している!とか、焦げ臭いといったような悪臭は別として、身の回りの様々なにおいに注意を向けることは少ない。その研究アラカルト タイムトラベラー育成講座 綾部早穂 感覚知覚・認知心理学 あや べ さ ほ

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