研究アラカルト 19 私は、自分の研究領域を書くときに、しばしば「認知心理学・認知工学」という二つの専門名を書いています。工学といっても自分でハンダ付けをしたり、ロボットを作ったりするのではありません。認知心理学の研究の中から、モノを作っていくのに役立つ研究成果も出てくるのですよ!ということを広く世の中の皆さんに伝えたい、と思っているためです。 たとえば、初めていった場所や旅先で、掲示してあるマップを見て、一瞬「え?私が行きたいところはどこにあるの?今私はどこでどっちを向いているの?」とあたふたしたことはありませんか。これは、人とモノ(人工物 artifacts;ここではマップ)との間の相互作用でブレイクダウン(障害)が生じた瞬間であり、もっとも典型的な「使いにくい」という現象が発生した状態です。人と人との間の対話で誤解や行き違いが生じるのと同じように、人とモノとの間で「意思疎通がうまくいかない」状態になっているのです。そのようなとき、なぜブレイクダウンが起きたのかを認知心理学の視点から明らかにし、「そうした問題が起きないように」モノをデザインし直して「使いにくい」という状態をなくそう、それが認知工学という研究領域です。 たとえばいわゆる地図は北を上にして書かれることが多いのですが、最近のマップ(大きな建物内のフロアマップや駅前案内板)はそのルールに則っていないことがあります。マップを見る人の「前に見えている空間」を上に、後ろの空間を下に書いてあるマップ、これはわかりやすいマップになることがありますが、「北が上」でも「前方が上」でもないマップは、一般に、人にとって「一目ではわからない」使いにくいものになりやすいのです。なぜでしょう? 「前方が上」がわかりやすいのは、比較的説明が簡単です。つまり、人が今いる空間を理解しようとするときに、今、直接見えている空間(これは視覚と身体感覚という感覚でとらえている世界です)と抽象化して書かれたマップ表現が、「自分の目から研究アラカルト 「使いやすい」マップ:あなたはどちら? 原田悦子 認知心理学・認知工学 はら だ えつ こ
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