つくばの心理学 2021 20 見て同じ向き」で書かれているために、対応関係がとりやすいのです。逆に、この向きがずれているときには、どちらかを「頭の中で回転して」合わせて見る必要があるために、「わかりにくく」なってしまいます。こうした書き方は、誰にとってもわかりやすい、と考えられます。 これに対して、「北が上」マップがわかりやすい理由は少し違います。これは「人は北を上にして地図を見たり書いたりすることに慣れているため」です。つまり経験による学習の効果であり、このわかりやすさは今目の前にあるマップと「自分の頭の中にある地図」との対応関係の良さなのです。認知心理学では、「頭の中の地図」のようなものを知識あるいは心的表象と呼びます。このタイプのわかりやすさは、頭の外のマップと頭の中の地図との対応しやすさと考えられ、実際の空間との対応づけは話に出てこないのです。 そうすると通常の「北が上の地図を上手に使いこなせる人」、いわゆる方向感覚のよい人には「北が上」マップはわかりやすいのですが、地図を読むのは苦手という人にとっては必ずしもわかりやすくないのではないか、と考えられます。つまり「前方が上」のマップは誰にとってもわかりやすく、「北が上」のマップは「その人の方向感覚の良し悪しでわかりやすさが違う」という仮説が生まれ、それを実証するための心理学実験をしてみました。 その結果、まず、人の中には「常に東西南北を意識している人」と「あまり方角を意識していない人」に分かれること、いわゆる「方向感覚のよい人」の大部分は前者であることがわかりました。そして後者の人たちにとって、「前が上」マップがわかりやすく、「北が上」マップはその他のマップと変わらないほど難しいことが示されました。しかし驚いたことに、前者つまり「方向感覚がよい」人たちには、「北が上」マップを読むのは速く正確なのに、「前方が上」マップは読むのに時間がかかる、つまり使いにくいことが明らかになりました。 つまり、方向が得意でない人は実際の空間とマップを直接に関係づけようとするのに対し、「方向感覚がよい」人たちは、常にマップ⇒頭の中の地図⇒実際の空間というルートで考えているらしいのです。こうして、方向の得意・不得意は空間の理解の方法(方略)の違いであること、その結果「使いやすいマップ」は人にとって違い、「誰にとってもわかりやすいマップ」を作ることは難しいということもわかってきました。 こういう思いがけない結果が出てくると、私はいつも「わぁ、人って不思議!おもしろいなぁ!」とわくわくします。皆さんはいかがでしょう?
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