つくばの心理学 2021 22 害も辞さないと宣言し、実際これまで数千人もの人が殺害されたとのことです。裁判もせずに問答無用で「抹殺」してしまうという超法規的措置に対し、国際社会は激しい批判をしています。ただフィリピンの薬物問題は非常に深刻で、中でも覚せい剤依存者の数は、300万人といわれ世界最悪です。 こうした状況のなか、2016年10月にドゥテルテ大統領が訪日した際、安倍首相は薬物問題の解決のため、薬物依存症者の治療やリハビリに対する支援を申し出ました。この申し出は、フィリピン側にも大歓迎で迎えられ、官邸の号令の下、JICAを中心にした支援プロジェクトが急ピッチで進められることになったのです。12月には、フィリピン支援のための調査ミッションが組まれ、各省庁の担当者と私は、総理補佐官とともにマニラに出張しました。 現地に着いたわれわれを待っていたのは、マニラ名物のものすごい渋滞とスコールでした。渋滞をかいくぐり空港から日本大使館に直行し、そこで結団式を行った後、マニラ郊外にある薬物依存治療施設に向かいました。施設に着いた途端、台風のような大雨が降り始め、中で説明を受けても声がかき消されてしまうほどでした。そして、そこで私は予想だにしなかった光景を見て愕然とします。それは、大人に混じってまだ小学生の子どもたちが大勢収容されていたことです。大人の大部分は、覚せい剤依存者ですが、子どものほとんどは、有機溶剤(シンナーやボンド)を吸引していたのだと説明を受けました。 フィリピンには厳格なカトリック信者が多く、中絶はご法度だとのことです。したがって、子沢山の家庭が多く、貧しい家庭では子どもに十分な食事を与えることができません。そのため、貧しい家庭の子どもたちは、空腹を紛らわせるために有機溶剤を吸引するのです。食べ物よりもこれらの薬物はずっと安価に入手でき、その薬物の作用のためいっとき空腹を忘れることができます。つまり、フィリピンに到着して間もなく私は、フィリピンの薬物問題の根底には深刻な貧困の問題があるという事実を目の当たりにしたのでした。 一方、成人の間に乱用が蔓延している覚せい剤は、世界で初めて日本人が合成した薬物です。しばらくは日本のみで乱用が広がっていましたが、1990年代ころから世界中に広まってしまいました。アジアでは「シャブ」という言葉までもがそのまま使われています。元々、日本人が蒔いた「悪の種」である覚せい剤。刈り取るのは、やはりわれわれ日本人の責任だといえるでしょう。これから私は銃や刃物ではなく、心理学の力で薬物問題の根絶に向け戦っていきたいと思っています。
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