研究アラカルト 25初期経験研究と動物実験 社会性の発達は現代社会における重大な問題となっています。ここでいう「社会性」とは多様な人間関係をうまく制御していく能力です。私たちの社会では、あらゆる事象に人間関係が関わるため、社会性の欠如は本人や周囲の人々に大きなストレスをもたらし、高い社会性は人生における成功に結びつきます。 社会性の発達において注目される親や仲間との関係は最も私的な領域に属する出来事であり、その実態調査は極めて困難です。もちろん、実験的研究は倫理的に許されません。そのため、社会性発達の仕組みについては現在でも不明の点が多く、従来の知見も理論的示唆に留まっています。 発達理論の形成に大きな影響を与えた人物のひとりが精神分析学者のフロイトです。彼は、人生初期の経験がパーソナリティ形成に大きく影響すると提唱しました。しかし、その理論は自分の臨床経験と幼少期の個人的回想に基づいており、科学的に検証されていませんでした。そこで、当時のアメリカの心理学者たちはネズミやサルを対象とした動物実験によって、フロイトが提唱した初期経験の影響を検証しようとしました。1950年代のことです。 私たち人間の社会性発達を研究する上で動物実験は役立つのでしょうか。大きな利点として生まれつきの遺伝的背景や成育環境を統制した実験的研究が行えることがあります。またネズミは寿命がおよそ2年、性成熟まで2ヶ月しかかからないので、成育過程をしっかりと追跡することができます。しかし、最も重要なことは、集団生活を営む哺乳類にとって親や仲間との関係は非常に重要であり、人間(ホモ・サピエンス)でも他の哺乳動物と共通の仕組みが進化の過程で保存されている可能性が大きいのではないかと考えられることです。テレビで放映される映像などを見れば、哺乳動物の親子や仲間のやり取りが私たちとよく似ていることに気づくでしょう。 研究アラカルト 社会的経験と社会性の発達 加藤克紀 比較発達行動学・動物心理学 か とう かつ のり
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