つくばの心理学 2021
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つくばの心理学 2021 26 隔離飼育研究 このような初期経験研究の枠組みの中で隔離飼育研究というものが始まりました。隔離飼育というのは単独飼育のことで、親や仲間との社会的接触を断ってしまうわけです。1950年代にアカゲザル(ニホンザルの近縁種)においてハーローらが行った一連の研究が最も有名です。彼らは、母親や仲間からの隔離が生後6ヶ月を超えて長期に及ぶと、仲間に対する攻撃性や恐怖反応の亢進、遊び行動の減少、性行動の異常など社会行動の多くの側面に不可逆的かつ重大な悪影響が生じることを明らかにしました。このような発達に重篤な影響を与える時期を「敏感期」といいます。 マウス(ハツカネズミ)における隔離飼育研究も1950年代から行われるようになりました。隔離飼育の影響として、1960年代には、攻撃行動の増加ばかりが注目されました。しかし、1970年代に入ると、隔離飼育がもっと多彩な影響をもつことがわかり、「隔離飼育症候群」という概念が提出されました。しかも70年代後半には、隔離飼育によって社会的に臆病になる個体も出現することがわかってきました。臆病な個体は、他個体の接触や接近に対して逃げたり、すくんで動けなくなってしまいます。性行動の異常も報告されています。アカゲザルとマウスで隔離飼育が社会行動に及ぼす影響が似ていることがわかるでしょう。 隔離飼育はなぜこのような社会行動の変化を引き起こすのでしょうか。これが私自身興味をもって研究している問題です。マウスでわかったことが私たち人間の社会性発達の仕組みを理解する上で役立つかもしれません。 50年以上にわたる研究の中でいくつかの説明が提出されてきました。しかし、隔離飼育による社会行動変容が生じる仕組みについてはまだよくわかっていません。ここでお話しした隔離飼育の影響は、実は主に雄に見られるもので、雌における影響は雄ほど明らかではありません。もしかすると社会性の発達には性差があるかもしれません。また、人間関係では幼児期からことば特に話しことばが大きな役割を担い始めますが、人の話しことばに相当するものを動物に見出すことは困難です。動物実験から得られた知見は、おそらくことばが影響をもつ基盤それ自体に関わると私は考えています。発達過程を振りかえると、話しことばは身体接触の延長という性質をもつかもしれないからです。 【参考図書】 社会性の比較発達心理学 岡野恒也(監) アート&ブレーン 2001年

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