つくばの心理学 2021
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つくばの心理学 2021 42 とき,その言葉の意味だけでなく,具体的な使用例,どのようなときに用いるのか,他に似ている言葉はないか,などを尋ねることで,その言葉の意味をより正確に理解することができます。このような作業は,臨床心理学でいうところの共感(あるいは共感的理解)と非常に似ています。 例えば,「悲しみ」という感情を一つとってみても,人によって,あるいは状況によって,「悲しい」という一言に含む意味,表現の仕方,イメージが異なります。眉がハの字になったり,口を結んだりすることが悲しみの典型的な表情として教科書に書かれていますが,そのような表情をあえて作らずに,笑顔のまま涙を流す人もいます。 人の感情を理解しようと思ったときに,自分の頭のなかで勝手にイメージを作ってしまうと,結局理解できないままに終わってしまうことがあります。勝手なイメージを作らずに,翻訳困難語を理解するときのように,その人にとってどのような体験なのか尋ねたり,興味をもって話を聴くほうが,その人の感情の理解につながります。 何をもって感情とするかは研究者のなかでも議論が尽きず,明確な答えなどありませんが,「感情」を理解しようと研究することと,カウンセリングのなかで実践することはとても似ていて,研究と臨床には境目がないことに改めて気づかされます。 喜びの機能を探って 悲しみには,涙を流し,誰かに助けてもらうという機能があり,怒りには,自分や自分の大切な人を守るといった機能があるとされています。数ある感情のなかでも,私は,喜びを中心とする多種多様なポジティブ感情の機能について研究しています。 喜びには,現在の自分が置かれている状況が安全であることを相手に伝えたり,ストレスフルな体験をしても,素早く元の状態に戻すといった機能があることが報告されています。また,愛情には自分の子供を守ろうとする機能が,誇りには自分の社会的な立場を高めようとする機能があることが分かっています(もしかすると,「恋の予感」にも日本語話者にとって適応的な機能があるのかもしれません)。 ただ,ポジティブ感情が必ずしもいつも適応的に働くわけではないことも,最近の研究で明らかになりつつあります。例えば,双極性障害のリスク要因として捉えられてきたり,ゲーム依存症やギャンブル依存症の文脈でも研究が進んできたりと,ポジティブ感情の両価的な機能が解明されてきています。 このようにポジティブ感情を軸として,臨床心理学,感情心理学,ポジティブ心理学の観点から研究することが私の営みであり,そのことに喜びを感じています。

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