つくばの心理学 2021 46 る個体まで様々な個体が出現します。このように行動が異なる近交系マウスを掛け合わせることで、どの遺伝子が行動の個体差に関わるのかを探す遺伝解析を行うことができます。このような解析から、「怖がり」という性格特性は、1個や2個の遺伝子では決まらず、とても多くの数の遺伝子が関わっていること、そして1つ1つの遺伝子の効果はとても小さいものであることが明らかになってきました。 このような研究を大学院でしているときに、実は私の研究していた怖がりのマウス系統は、オス同士ではとても激しい攻撃行動をすることに気づきました。攻撃行動というと、怖いイメージがありますが、動物にとってはとても大切な行動のひとつです。なぜならば、自分の縄張りを守り、子供を守るために、侵入者を追い払うことは動物が生き残るうえで重要だからです。ただ、攻撃行動が異常に高くなってしまったり、抑えるべきところで抑えられなくなってしまうと、それは動物にとって適切な行動とはいえません。このような状態は、もしかしたらヒトでいうところの暴力やキレやすさなどに対応するかもしれません。 マウスの攻撃行動を観察しているうちに、どんどん攻撃行動の世界に魅了され、大学院を出たあとのポスドク時代には、アメリカのボストンで攻撃行動研究の修行をしてきました。そこは攻撃行動に関わる脳の仕組みを研究している研究室で、特にセロトニンという神経伝達物質が、攻撃行動にどのように関わっているかを調べていました。脳のセロトニンは様々な行動に関わっていますが、その量が減ってしまうと、うつ病になったり、攻撃性が増加したりすることが、ヒトも含めた様々な動物の研究から報告されています。私たちの研究から、セロトニンを作っている脳領域の活動を薬理学的に操作すると、攻撃行動が変化することも明らかになってきました。ただし、セロトニンが少ないと攻撃行動が増加して、多いと攻撃行動が抑えられるというような単純なものではないことが分かってきています。 最近の神経科学では、脳の特定の神経回路の活動を、マウスが行動している最中に操作したり、観察したりすることが可能になってきています。また、ちょっと風変わりな話ですが、私たちが風邪をひいたりしたときに、ウイルスを身体から排除するために活躍する免疫系が、攻撃行動を含めた様々な行動の個体差に関わってきそうだということも分かってきています。遺伝子、神経回路、免疫系といった様々な側面から、行動の個体差を生み出す生物学的メカニズムを明らかにしていこうというのが、今の私の研究テーマです。こんな研究に興味を持った人は、是非とも遊びに来てください。
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