つくばの心理学 2021 4 頭を下げることと決まっていますので、朝、顔を合わせても何も言わない人や、朝、顔を合わせたとたん「さようなら」と言う人がいたとすれば、そのような人に対して「つき合いにくいやつ」とか「おかしな人だ」などと非難するでしょう。非難を浴びせて、ルールに従うよう圧力をかけて、それでも従わない人がいれば、その人を無視するか、グループから追い出そうとします。 グループの内側の人間と外側の人間を区別するのに便利だったあいさつは、グループの内側にいる人間を縛る圧力にもなっているのです。 あいさつの貯金効果 私たちは、あいさつする人を、礼儀正しい人と評価します。このような評価は、繰り返しきちんとあいさつする人に対する信用として、私たち記憶の中に“貯金”されていきます。逆に、私たちは、あいさつしない人に対して警戒します。何しろ、あいさつをしないということは、グループ内のルールに従わないとアピールしていることなのですから、そのような人を「何をしでかすか分からない人だ」と思います。あいさつしない人を「礼儀知らず」と評価して、常に警戒や不信の目で見ます。 さて、普段、きちんとあいさつする人が何か失敗をしたとしましょう。あるいは多少ルールから外れることをしたとしましょう。このようなとき、まわりにいる人たちはどう思うでしょうか。 普段あいさつをしている人は、信用の“貯金”を持っていますから、何か失敗をしても、多少ルールに外れたことをしても、大目にみてもらえて、簡単に許してもらえます。“貯金”が物を言って、失敗や違反の原因は、当人にではなく、それ以外にあると思ってもらえるのです。「あんなに礼儀正しい人なのだから、きっと運が悪かったに違いない」とか「ほかの誰かが悪いのではないか」などと思ってもらえるのです。 これに対して、普段あいさつしない人は、まわりの人の中に信用の“貯金”がありません。それどころか警戒心や不信という“借金”がありますから、あいさつしない人が何か失敗をしたりルールに外れたりすれば、大目に見ることも、簡単に許すこともしてもらえません。失敗や違反の原因が、たとえほかにあっても、当人のせいにされてしまいます。「この人は礼儀も知らないヤツだから失敗したのだ」「礼儀知らずの人だから、ほら、やっぱり悪いことをした」というように思われてしまうのです。 人間関係において、あいさつがいかに大切か、これでお分かりだと思います。あいさつは道徳的な意味で大切だと言いたいのではありません。あらかじめ決まっている言葉や動作をそのまま実行すれば、信用の貯金が少しずつ増えていくのです。あいさつは、人間関係において功利的な意味でも大切です。
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