研究アラカルト 5 私は桜が大好きで毎年春が待ち遠しいのですが、私がお会いしてきた患者さんの中には「春がちょっと苦手で…」という方が多数いらっしゃいます。ある時、「春は息苦しいんです。急にモワっとするし、桜の匂いとか暑苦しいし…それに桜がバラバラと散っていく音って耳障りじゃないですか?…うるさくて…。毎年、春は調子が悪くなります」と仰る方にお会いしました。不眠や頭痛やパニック発作に悩むPTSDの患者さんでした。その話をお聞きしながら私の頭の中は「?」でいっぱいになりました。桜の匂いが暑苦しい? 桜の散る音がうるさい?? 桜がバラバラ?? はらはらじゃなくて???…。何となくその方に言われたことが気になって、その年の春は桜を見る度に匂いや音を気にして過ごしました。家の近所に咲くソメイヨシノでは、正直、私は桜の音も匂いもよくわかりませんでした。しかし、山桜の花吹雪の中を歩いた時、花びらの厚い山桜は散る時にほんの少しだけ乾いた音、ぱらぱらとバラバラの間にあるような微妙な音をさせるのがわかりました。大発見でした。そのことをその患者さんに伝えると「そうですか。先生にはわかりましたか」と一瞬笑った後に顔をしかめて「そう、山桜ですよ。うるさくってね…」と桜が咲いた時期にその方に起こったとても辛い体験を話して下さいました。PTSDに限らず精神科に受診される方の中には感覚器官の感度が高い方が多くいらっしゃいます。五感が優れているというと何だか羨ましい話ですが、ご本人にとっては厄介な部分も多いようです。桜の散る音まで耳障りなこの方には東京の雑踏はどんなにうるさく聞こえることでしょう。あなたはこの方の感じた世界を「共感的に理解すること」が出来ますか? 臨床支援の現場で、「共感(empathy)」=「相手の気持ちになる」が重要と言われています。Rogers, Cは「共感的理解」の大切さを説きましたし、Kohutも心理面接と共感の繋がりについて述べています。しかし、この「共感」ってやつはやってみると思いのほか難しいのです。だって、私は桜を見ると あお き さ な え 研究アラカルト 桜の匂い、桜の音 青木佐奈枝 臨床心理学
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