つくばの心理学 2021 6 ワクワクしてしまいますし、その方ほどの感覚の鋭さは持ち合わせていませんから。自分とは全く違う他人がどのように世界を体験しているかを理解することは容易なことではありません。しかし、それを理解しようとすることが私の専門分野である臨床支援の始まりになります。精神科医の土居(1977)は「わかるということは、わからないということがわかることから始まる」と述べています。共感についてのくだりだったと思いますが、この言葉は当時駆け出しの臨床心理士であった私の中に深く刻まれました。簡単にわかった気になってはいけないのだと。わかった気になると人はそれ以上考えません。でも、「わからない」がわかると、「わからない」を何とか「わかる」にすべく行動を起こします。考えたり、調べたり、話し合ったり。 上述の患者さんは何故春になると特に調子が悪くなるのでしょうか。私と患者さんが立てた仮説は以下のものです。この方に起きた辛い出来事はたまたま春に起きただけで、春という季節が特に危険なわけではありません。しかし、辛い出来事が起きた時にそこにあった春の刺激-温度や桜の匂いや音などは「危険なもの」として嫌悪刺激と化したのでしょう。そして、毎年、春の温度や湿度、風の感触、山桜の匂いや音、光の色を五感が感知すると「危険だ、危険だ」と心身に警戒音が鳴らされるのかもしれません。誤作動です。この方は元々五感が優れた方ですが、事件以来、春はいつもよりも更に敏感になり、五感がフル稼働した結果、自律神経が疲れて様々な症状が出てしまうのではないでしょうか。この患者さんと仮説を立てるにあたって私はS-R理論や記憶に関するいくつかの研究を患者さんにお伝えしました。そして、それに対して患者さんが「なるほど。それは合点がいきますね」とか、「いえ、私の場合は逆かもしれない」とか教えて下さいます。やり取りをしつつ、私達はまた今起きていることについて仮説を立て直します。 自分とは違う他人を理解しようとする時、様々な分野の心理学の研究がとても役に立ちます。私はかつて不真面目な学生でしたが、仕事を始めてから少しは心理学の勉強をするようになりました(遅い!笑)。ここ数年、PTSDや解離性障害の支援に携わっていますが、自分とは違う体験をしている患者さんを理解するのに記憶や感情についての研究に随分と助けられました。一つの臨床支援は沢山の研究に支えられていることを痛感します。みなさんは、今のうちに沢山勉強しておくといいですよ。でも、沢山遊んで下さい。様々な経験がきっと後のあなたの財産になると思います。
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