質問・意見に対する回答(第5回分)




前回一部を資料として提示しました「自立生活プログラムマニュアル」が入荷しましたので,注文された方は名川まで。1300円です。

 今回は難しかった。みなさんの感想が単に知識的な補完を求めるものではなく,自分の意見を提出するものであったこと,そして「受容」というテーマがなかなか答えにくい問題であったということ,が原因でした。今回の回答努力を通じて,私にしても全然わかっていなかったのだということが認識できました。そのような私がみなさんからの問いかけに対して回答するなど実におかしい話です。ですから私の意見にしても,みなさんと同じく意見のひとつに過ぎないと考えていただいたほうがいいかもしれません。それから,みなさんからの書き込みが多岐に渡ってきましたので,うまく対応できなくなり,今回は体裁を変えて長々と載せています。申し訳ありませんがご了承ください。次回はこんなふうに長くするのはやめようと思っています。
 安積氏のビデオ関連の「介助論について」「安積氏について」「障害受容について」「産む産まないについて」をまとめ,その後全般的な項目を掲載します。

 「生の技法」(安積純子他,現代書館)の他に,今回「癒しのセクシートリップ」(安積遊歩,太郎次郎社)も読んでみました。彼女自身が語る半生記といったところです。徹底的に他者から否定されていた自分自身と自分の性を取り戻す闘いを読んでいるようでした。彼女が今回の出産に至るまでの考え方が幾らか説明されていましたし,彼女にとっては今回のことも経過なのであって到達点なのではないと思えます。その意味では迷ったり困ったりしながらこれからもやっていくのだと思います。





介助論について




●介助をして暮らしている人は自分の暮らしを人に捧げる(言い方は悪いが)というのは,本当に人生それでいいのだろうかという疑問が残った。もし自分が,と思うと,やはり後に引くというのがあるから・・・・。
 →あのビデオはある意味では極端ですので,強すぎるイメージを与えてしまうのではないかとの危惧はありました。人間関係といったって淡泊なところもあればうまくいっていないところだっていろいろあるでしょう。その辺は適当に考えてください。
 ただ,あのビデオでの介助者は彼女の夫くらいのものでしたので,それをモデルに上記のことを書いたのでしたら,ちょっと違うのでは。彼は妻が不足なところをやっているに過ぎないから(彼の仕事はどうなってんだとかはあるが...それはまた別の問題)。それに他の例では,配偶者と介助者がまったく別ということもあるようですし。まあ,それも逆の意味で極端でしょうか。
 それから一般的な意味で介助者が自分の人生を捧げてやっているんだとお考えでしたら,これはまた違うと思います。今回あたり,簡単に介助論にも触れていきます。




●「友達からはじめてみませんか」の呼び掛け(聴取者から;第3回回答参照)に対して,「友達からなんて簡単にできますか?」の問いが過去にありました(聴講者から;第4回参照),この度,さらに以下のような返事が返ってきました。転載します。
 『あなたはおそらく障害者の人に殆ど接したことがないのでしょう。障害者は,障害をもっているということを除けばあなたとあなたの友人と同じように勉強し,遊び,恋愛もする,一個性を持った人間です。全く異なった人種ではないのです。友達から始めることがどうしてできないのでしょうか。もちろん,そこまで思うには実際に障害者と接してみなければわからないと思います。あなたも何か理由があってこの授業をとったと思うので,大学生活で1回くらい障害者と深く関わりあう機会をもってはいかがですか。』

 →第4回で問いをしてくださった方は「友達になること,友達であること」をとても大切にしてきて,しかもいろいろと苦労もされたのかもしれません。慎重論は理解できる意見だと思います。介助関係も友達から始めなければならないわけでもないでしょう(人間関係である以上,どこまでも淡泊であることは不自然かも知れないけど)。「友達」であることは,始めであることも有りうるし,結果である人もあるのだと思います。
 今回返事を書いてくださった方(第3回の呼びかけ者と同じ人)のように友達から入るのも良し,契約関係から入るのも良し,あなたの入りやすいカタチから入ってはいかがでしょうか。





安積氏について




●改めて人間は中身だということを心の底から感じた。


●私なら産めないだろうなーと思う。いろんなことを考えて。


●安積さんには人を引き付ける魅力があります。
 →彼女に限らず,いわゆる自立生活をしている人で実に魅力的な人に出会うことがあります。中にはカリスマ的に引っ張っていく人もいるのでしょうが,そうでない人もいます。いわゆる「したたかに,しなやかに」生きているというのか。そんな人って,また部屋へ訪ねたいと思います。
#無論,そんな人ばかりが生活してるんじゃないですが。


●今日のビデオでは,たいへんな面が全く出ていなくて,プラス面ばかりだった。明るさの中にもいろいろなことがあると思うのですが。
→そうですね。今回のビデオはそのような編集方針ではなかったのでしょう。


●周囲の人間関係には少し奇異な感じをもった。
→理解できます。私にはできません。それ以上は他人が言うことでもないですかね。


●今回生まれた子が10才になり15才になったとき,親子2人の介助はあまりにもたいへんだと思いました。


●障害をもった子どもとして生まれるのがわかっても産むということは生命を大切にするという意味ではすばらしいと思いますが,生活していく条件が整っていなければ子どもも親も不幸になることなので,安積さんの場合は恵まれた条件が揃っていたから可能であったと思います。
 →条件整備の努力をしないで事を構えるとしたら,やはり無謀のそしりは免れないでしょうね。同意します。ただ彼女は何となく条件が揃ってしまったというのでもないと思います。


●遊歩さんの出産について,すべてが美化されすぎているのではないかと思いました。彼女はあくまでも「障害者」としてとらえられていて,ひとりの人間としてまた一人の女性として彼女がどのように考えて決断したのかあまり伝わってこなかったように思います。
 →ビデオ教材は難しいです。メッセージが強烈だと引っ張られるし,淡々としていると詰まらないし。こちらが考えているのと情報提供に過不足の差異があるし。
美化という意見は理解できます。番組製作の限界でしょうか。視点が甘いといえば甘いでしょうね。


●(遊歩さんが)産む決心をしたのはすごいことだと思う。しかし生まれた子どもはもしかしたら遊歩さんを恨むようなことがあるかもしれない。
 →他の関連記事で,その件について話していたような気がする。この子と一緒に歩みたいというようなことを。





遊歩さんは強いのだろうか(私からのコメントです)


 安積遊歩さんのVTRあるいは選択はとても興味深いものなので,いろんな形でコメントが返ってくるかもしれないと思っていた。賛否両論あれば,それらを対比させながら紹介して考えを深めてみたいとも考えていた。今回は大部分,そのようにできていたと思う。しかし,以下に挙げる点については反対側からの指摘が少ないようなので,ヤボ極まりないと自覚しつつ,出しゃばった文章を入れておきたいと思う。
 彼女は強いのだろうか。いや,私は彼女のことをあまり知っているわけではないのだし,あまりとやかく言うべきではないだろう。だから言い方を変える。彼女は強くなければならないのだろうか。また,強いと言われて彼女は肯定するだろうか。
 先週引き合いに出した,もう一人の車いすを使用する女性(アメリカ合衆国在住),彼女を私たちはA子さんと呼んでいたのだが,そのA子さんだったらどう言うだろうか。彼女も似たような人生を歩んできている。そしてミスタードーナツの海外留学制度(現在はダスキン)を利用して渡米して今までとは違った生き方を知り,そこで生涯の伴りょを見つけている。夫は骨形成不全症であり,車いす使用者であった。彼女は今,一人の母親として生活する一方,修士号を取得すべく教育学を学ぶ学生でもある。バイリンガルや要養護児童などに関心を寄せている。さらに最近では,求めに応じて夫と共に講演活動なども引き受け始めた。障害を持つこと,子どもを育てること,自分たちの生活について話している(夫は自立生活運動や障害者問題政策について話す)。私は彼女と二人で障害者関係のことや子育てのことやそのほか雑多なことを話すのがとても楽しかった。私は彼女の生き方が好きだ。
 ところでそのA子さんにあなたは強いですねと言ったら,恐らく「止めてよそんなこと言うの」と怪訝な顔をされるだろう。彼女は優しく率直で明け透けである。彼女はかつて,「ただでさえ,こんなうっとうしいもの抱えて生きてんだからさあ」と冗談交じりで言ったことがある。彼女が強いのかどうなのかわからない。魅力的な人ではあるが。
 私たちもそうだと思うが,他人からあなたは強いねと言われても全然嬉しくない。なんだ自分のことをわかってくれてないじゃないかとがっかりする。人は強くもあるし弱くもある。
 さて,話を遊歩さんに戻そう。自分を肯定して生きること,障害のある子どもを出産するか否かを決めること,それは彼女が生活するプロセスの中で決めざるを得なくなって選んできたことでもあるだろう。彼女が強いのかそうでないのか,それはあまり意味の無いことかもしれない。それよりは,彼女が自分のありのままを好きであるということ,私がそれを羨ましいと感じ,自分もそうありたいと志向すること,あるいは多少無理があっても口に出してそう言ってみること,が彼女に対する誠実なレスポンスではないのだろうか。
 少なくとも私は彼女がどういう人なんだかよくわからない(だって,実際に会ったわけではないんだし。でも本を読むと,正直言ってエエッと驚くような選択だってしちゃってるなあ)。ただ,生きている人だと思う。そして個人的につき合えることがあれば,やはり好きだと思うようになるのかもしれない。
 同様に“遊歩さんが自分の障害をすべて受容して”,と書くことにも抵抗を覚える(もっとも,彼女がそう言ったり書いたりしてるんだったら話は別だが,今のところは見つけていません)。受容という言葉は,使うのが難しいなとつくづく感じる。個人的には使わないで済むなら楽だと思っている。
受容という現象はあるらしいことは認める。例えば幻影肢の出現と消失は受容と関係があると言われているし,「ああ,これが俺なんだな」と腑に落ちてしまうときが無いわけではない。ただ受容はあまり終了・終結とは無縁のような気がするし,受容が別に人格的な完成や立派さと関係しているわけではない。
#書いて読み返して思ったこと。俺ってまだまだ無知だし,青臭いなあ。
#反論あればどうぞ遠慮無く。能力の範囲でお答えします。

#なお,安積遊歩さんご本人がいらっしゃらないところでこのような議論が進行しているということについては十分留意していただきたいと思います。これは私たちが考え捉えた安積遊歩像なのであり,私たちの授業のために彼女の生き方を題材に仮に論じながら受容などについて学んでいるに過ぎません。恐らく,作家論などの議論手法を勉強すれば,もっと適切な扱いができるのかもしれませんが...。





障害受容について




●「受容」するということは自分を肯定的に捉えることのようだが、はたしてそれは本当に可能なのだろうか。自分を大切にすることはもちろん重要だが、それを「受容」というコトバにしてしまうところに、うまく説明できないが抵抗を感じてしまう。障害があってもなくても自分をすべて肯定的に捉えることはなかなかできなくて、せいぜい合理化で終わってしまうような気がした。それを「受容」と取り違えてしまいそうで恐い。
安積さんは自分をありのままに受け止めているはずなのに、何故「ジュンコ」の名前を使わないのだろうか。また生まれてきた子は非嫡出子なのでは? それはどうするつもりなのか。

 →後半の段落から思ったのですが,あなたのおっしゃる受容とは自己肯定などの必要な要件がすべて達成された状態だとの前提にあるのでしょうか。また,遊歩さんがそこにまで至っていると感じられたのでしょうか。そう考えたがゆえに後半のような点を不自然と感じたのだろうし,また前半のような不安を感じたのではないのでしょうか。私は彼女がそのような意味での「受容」をしているかどうかはわからないと思います。彼女はこれまでのヒストリーの中で必要なプロセスを経てきたのだし,それを何とか彼女なりに通り過ぎてきた。そうした結果,現在のような選択を行うに至った。そして,それがとりあえずは称賛されるような出来事だったがために注目を浴びてしまった。彼女がジュンコ(純子)という本名を使わなかったり,自分の子どもが非嫡出子であることは,彼女にとっては未だ解決し得ていない部分なのかもしれないし,あるいはこれから応対すべき事柄なのかもしれない。もちろん,すでに解決済みのことかもしれない(私はそれでもいいと思っている)。その意味では彼女も現在をとにかく生きている人なのかもしれないと思う。受容って,そういうものじゃないかと思う(便利な逃げ口上...^^;;;)。


●しかし社会へ出て「ありのままの自分でいい」と思える機会はほとんどない。自分の無力さを実感させられることの方が多いのではないだろうか


●「障害の受容」よりも「障害をもつ自分の受容」が大切なのだと思う。


●障害の受容というのは,これからずっと付き合っていくぞ,という決心(わりきり)ができるようになることなのではないかと思う。だからそれからの人生で葛藤があるとしても,それはわりきった以前のものとでは質の違うものになっているという気がする(わりきることが単純なことではないと言えると思うのですが)。
→決心ほどに毅然とできてしまうものなんだろうか。わりきりというのはそうなのかもしれないが。


●「障害との休戦協定」という言葉は障害者と共に暮らしていく中でとりあえずは遊んだり介助してあげたりしなければならないから,忘れるというか,意識せずにいようという意味だと先生はおっしゃっていましたが,私はこれに反対です。
 →介助関係の文脈の中で捉えていらっしゃるようですが,私はこれを障害者自身が自分の障害とどう付き合うのかについての一例として出したものです。それでよろしいでしょうか。


●障害の受容のためには周囲の人もその人の障害を受容することが必要だと思う。特に関係性が深い人がその障害を受容して,はげまし,その人に自身を持たせることが大切だと思う。


●(自分の怪我から上肢使用不能になるかもしれない体験をして)そのときに事実を受け入れるにはよくよく考えてみると周囲にただ気を使われるのではなくやっぱり一緒に頑張ろう,という仲間がいてくれるほうがありがたいんではないか。(中略)障害の有無に関らず,対等な立場の仲間が大切だと思った。
→受容云々と周りの人々に関するコメントを,「障害との休戦協定」の発言者からも得ています。最後に資料として掲載します。私は彼の文章すべてに賛同するものではありませんが,目を通してもらってもいいだろうと思うものです。


●障害を持っていると判っている子どもを産もうと決心した遊歩さん,肯定も否定もできません(名川先生と同感)。しかし障害をもつ人やその親にとって「生きる」ということは障害を受容しなければ始まりません。今夏「障害の受容」について知人(伏せました;名川)が修士論文のための調査を行い,私も協力しました。現在整理中ですが,障害をもつ子を産んだ親の子どもに対する申し訳なさ(混乱,ショックから立ち直り),障害をもつ本人の意識(受容)など,さらに親が障害をもつ子を産んでしまった後の次の子を産む決心(積極的肯定)etc.,本当に考えさせられることばかりでした。
→親と子,あるいは家族のことがらについては,心理的な話や福祉的な話を含めて2回程度取れればいいと思っています。自立生活関連の次に入れる予定ですので,お待ちください。産む産まないの話も。



私は自分を肯定できるか(私からのコメントです)


 私も最低の人間ですからねえ。それでも自分のことをなんとか肯定して生活するようになれたのは,おそらく子どもが出来てからだと思う。あまり落ち続けてばかりもいられないということなのか。今年はさらに,クラス担任となって,彼らに見栄を張るためにも自分に肯定的にならざるを得なくなった。自分を大切に,というメッセージを意識的に出すようになった。





産む産まないの選択について




●産む産まないの選択は夫婦のあるいは女性の選択だということを言われましたが,私は,そのことに関して未だ答えが見つかりません。その選択は突き詰めて考えると生命の質に高低をつけてしまうことだと思うからです。優生保護法改正の問題もありますが,やはり人生の価値を決められるのはその人自身だけだと思います。


●私個人の考えとしては,母親が預かっているにしろ胎児の生命は胎児のものだという思いが強いので私だったら産むほうを選択するんじゃないかと思うけど,実際その立場にいないのに理想を掲げるのはたやすいなという気もする。


●出生前診断などで障害がわかって殺してしまうことだけはしてはいけないと思う。
 →胎児に障害があるとわかった時点でその子どもを産まないと決めることを選択的中絶といいます。人工妊娠中絶はさらに一般的な問題です。選択的中絶のことを考える場合には,背景としての人工妊娠中絶の議論があり,これに加えて障害に関連した議論が行われるということに注意してください。繰り返しになりますが,出生前診断と選択的中絶,および母体保護法の話題もいずれ触れたいと思ってるんですが。





全般的なことがら




●遊歩さんは大学で勉強するなどの訓練を受けたれっきとしたカウンセラーなのですか
 →れっきとしたというのは,どうなのか...。少なくとも大学でカウンセリングあるいは心理学の基礎から勉強していったというのではなさそうです。彼女は渡米してピア・カウンセリングに出会います。その後それのベースとなっているコ・カウンセリング(co-counseling)を日本で研修し,現在は日本のエリア・リーダーなのだそうです。私はカウンセリング体系におけるコ・カウンセリングの位置づけを知りませんので,これがどのような評価を受けている方法論なのかは良くわかりません。


●芸術とかは障害をもつ人に何か役に立つのだろうか
 →いろいろあると思います。どのように紹介すればいいかなあ。芸術がその人の表現手段であったり,才能の開花するところであったりすることがあります。また心を癒したり自分を拡げる媒介であったりもします。活動としては「とっておきの芸術祭」という全国規模の祭典があったり,地域でみんなと絵や音楽を楽しむ場所作りをしている人がいたり,仲間を集めて演劇をしている人がいたり,いろいろです。
 では芸術に携わる人はどのように関る方途があるか。実は1年前に,妻の職場へ来訪した方が絵画で自分を表現したいのだがどこか良いボランティアを紹介してくれないかと言われていました。なぜこのようなニーズはうまく結び付けられないのでしょうかね。才能や技術はあなたにあります。そしてそれを求める人がいます。私は両者を結び付ける人になりたいものです。あなたがそれを求める気持ちをもち続けているなら,あなたを欲しい人はたくさんいると思います。今すぐ何かをしたいのですか? もしそうでしたら,ご相談ください。なにもできないかもしれないけど。


●自立というのはどういう状態を指すのか
 →今回の授業で検討してみます。


●(前略)このような障害者問題について学問することは,何を意味するのだろうか
 受容などについての疑問でしょうか? それについては幾らか授業中にも触れましたが,意味のあるところとないところがあるので,注意すべきだと考えています。また障害の社会学的な位置づけとその変革に努力を傾注すべきだとの意見でしたら,それは今後展開されるべき方向だと私も思います。それとも,もしあなたが「こんなところで話を聞いているよりは実際何かをやったほうがいい」とお考えなのでしたら,それも意味ある意見です。いずれにせよ,もう少し実際に話をしてみたいものです。


●骨形成不全症とは何か

 骨形成不全症(以下ラテン語で Osteogenesis Imperfecta: 以下 OI)は、遺伝子異常により生じる疾患で、その主症状は骨粗鬆(骨が脆い)による易骨折性(骨折し易い事)。発生の割合が、25,000人〜30,000人に一人と言われ稀な疾患だが、幼い頃から繰り返す骨折が激痛を伴うことで、慎重(人によっては臆病とも言いますが…)になる傾向。また同じ OI でも、幼くして亡くなる人から一生 OI であることを自覚せずに過ごす人まで、その障害の程度は多様。

 骨形成不全症(OI)ネットワークをホームページ上で運営している方に問い合わせをしたところ,以下のような回答をいただきました。

URL << http://www.asahi-net.or.jp/~GE5S-KWMR/ >>
e-mail: ge5s-kwmr@asahi-net.or.jp

 『まず、OIの病状ですが、骨折は幼少の頃(特に思春期18歳くらいまで)に多発します。骨折が多発する事により骨の変形が生じ、手術により骨の変形を矯正する必要が有るのです。手術の方法も変形を矯正する際に、骨を切って釘で止めるとその釘を抜く手術が必要になります。安積さんの言う「何回も手術」は、例えば左右の足の大腿骨の変形を矯正すると計4回の手術が必要となります。下腿骨・上腕骨など手術で矯正可能な骨は、出来るだけ矯正しないと運動能力に影響がでます。手術後に骨折するとまた同様の手術をしなくてはなりません。
 現在は手術の方法が改良され、回数が少なくて済むようになりましたが基本的には状況は同じです。OIと言っても症状に幅があり安積さんに直接聞いていませんが、私は計6回の手術をしました。息子は現在までに計3回の手術をしています。会のメンバーで最多の人でも、十数回だと思います。しかし、骨を切る手術は、とても痛いので印象に残ります。
基本的には、18歳くらいまでが手術の適齢期(?)と思います。大人になると骨折が少なくなります。これは本人が自分の身体のコントロールが出来るようになるからか、骨が丈夫になるからか医学的にも判っていません。きっと両方だと思っています。従って、大人になってからの手術は、転んだとか強く打ったとか事故的な理由を除き少なくなります。安積さんも成人してからは手術はしていないと思います。』


●骨形成不全の場合入院や手術が多いと思うが,その費用は保障されているのか

 →先の方は,「身体障害者手帳の2級か1級を持っていると無料になり,制度的には健康保険の自己負担分を国が負担する制度」とおっしゃっていました。OIの人の 90% 近くは2級以上なので,医療費の心配は少ないとのこと。

 これに補足します。上記の方がおっしゃっている制度は,東京都が単独で行っている医療費助成事業です。
 医療費助成制度を概観しますと,まず国レベルでは身体障害者福祉法に根拠を置く「更生医療」,あるいは児童福祉法による「育成医療」があります。しかしこれはかなり利用範囲が限定されているので,今回は使えない。
 また骨形成不全症(OI)は小児慢性特定疾患治療研究事業において対象として指定される疾患ですので,健康保険によって治療を受けた分の自己負担分が支給されます(つまり健康保険に入っていれば病院に直接に支払う費用はなくなるということ)。ただし更新可能とはいえ給付期間は原則1年間ですし18才までと年齢制限がありますので,使いにくいかもしれません。
 それでは次に都道府県レベルに話を移してみましょう。すると例えば東京都には「心身障害者(児)医療費助成制度」,茨城県には「重度障害者(児)に対する医療費助成制度」があり,いずれも身体障害者手帳1〜2級の交付を受けた人,あるいは愛の手帳や療育手帳(法律用語でいう精神薄弱者が交付される手帳)で重度判定を受けた人が医療費助成を受けるられるようです。助成額は「小児慢性特定疾患....」と同じく,健康保険の自己負担額です。医療保険に加入しているのですから「タダ」とは言わないところに注意しましょう。なおこのような事業を行っている都道府県は多いとのことです。

【参考文献】
厚生省大臣官房政策課調査室:社会保障便利事典平成8年版.1996.
テクノエイド協会:体の不自由な人びとの福祉95年版.1995.
福祉士養成講座編集委員会:障害者福祉論(社会福祉士養成講座3).1992.
茨城県生活福祉部障害福祉課:障害者福祉の手引き.1991.



●町田市,横浜市などは福祉関係の番組や記事でよく出てくるが,進んでいるのか。
 →詳しくは知りませんが,私の領域では進んでいる地域として出てきます。関連施設の多さ,サービスの充実,当事者団体などの活発さ,などは相対的に高いようです。


●人間は互いに理解できないのは明らかだと思う。だからこそ私たちは自己−他者の関係の不確実性について思い悩み苦しまねばならないのだと思います。
→これは第3回回答に対する書き込みですね。私もわかりあえないからこそ,あるいは難しく失敗することもあるからこそ,意を用いるべきことがあると思うのです。


●ピア・カウンセリングの「ピア」とは何か  →配付資料にも書いてあったかもしれませんが,「peer」...仲間,同僚という意味です。ここでは同じ体験を共有する人という意味合いがあります。

●ピア・カウンセラーはどれくらいいるのか  →よくわかりません。自立生活関連で研修を受けた人ならばある程度は把握できるでしょうが,いろんな団体がピア・カウンセリングを名乗ってやっているでしょうから,何とも言えません。一口にピアカンと言っても,いろいろあると思います。自助団体や各種センターなどが設置する人生・よろず相談のような人から,専門知識のガイダンスをする人,あるいはいわゆるカウンセリングを行う人までさまざまでしょう。


●学校の中で不便に思うこと
1)H棟(1学と2学)のエレベーターがない
2)大学会館前の坂が狭い(車いすと自転車が通るとすごく危険)
3)エレベーターで「○階です」と言わないこと

 →他にもありましたら教えてください。


●「ひまわり号」に乗ります
→私は乗ったことがありません。今度聞かせてください。


●目の見えない方はどうやって時間を知るのか
→むむぅ。
・文字の浮き出た時計を触る
・押すと声で時間を教えてくれる時計を使う
・他人に聞く


●プリントの枚数が多すぎる。両面印刷にしては。
→いつかは来るんじゃないかと思っていました。資料を運ぶとき私もすごい量だと驚きます。厳しいな。でも,多すぎるというのはどうして? 不要な情報を提供していますか? あれらを私の話しだけで済ませてしまおうとすると,どうしても抽象的で分かりにくくなってしまうと思うのですが。
 それと両面印刷の件,時間的・精神的に余裕がなく導入は躊躇します。考えさせて。


●いろいろ書きたいことがあるけど時間がない。評価のレポートテーマは「授業を通して気づいたこと」にしてほしい
→そのつもりでいてください。それともう1題,調べて書く課題を設けようかどうしようか思案してるんですけど,どうしようか。



【資料】

「障害との休戦協定」を言い始めたのは,パソコン通信で障害受容の議論があったときである(時々この話題は再燃する)。私はこのフレーズが気に入って,ある文章の中で引用するつもりで発言者から利用許可をとった。彼の許諾範囲に含まれるかどうかわからないが,勝手ながらその関連文章をここに紹介させていただこう。聴取者さんの意見と近い部分もあるので,少し多めに示す。従って,あまりおおっぴらには扱わないでいただきたい。なお,発言者の氏名を明記するのは発言者本人からの希望による。





     障害の受容と「愛」の関係について     旭 洋一郎

 障害の受容については前に議論されたようですが、おととさんからの提起について、まとまりませんがぼくの「理解」を書き込んでおきたいと思います。

 障害は環境との関係において生じると書きました。ぼく自身が「障害者」であって、普通の人と違うんだと明確に自覚したのは、小学校の入学時で、友人の多くが通う小学校には入れてもらえず、できたばかりの、しかも遠い養護学校に通うことになった時です。それまでは、たしかに言語訓練やら、やたら歩かせられたりし、ちと大変だなとは感じていましたが、努力すれば良いという暗黙の了解がありました。しかし、努力だけでは済まない現実があったわけです。地域の小学校はぼくを受け入れず、ぼくは自分の状況を知ったのでした。まさに当時の学校教育制度という環境との関係において「障害」を自覚したわけです。

 気が付いた時には、CPだったぼくは、激烈な障害の受容の葛藤は経験していません。では、受容しているのか、と言えば、一応の停戦協定は成立しているけれども、状況が変わればその「和平」は壊れると答えるほかありません。
 自分の障害について悩んだ時を振り返るならば、普通中学に転校した前後、高校受験の時、恋をした時、大学の受験の時、浪人の時などで、自分の置かれた環境の中で、自分の望みと自分の能力との関係を突きつけられた時に悩んできたわけです。
 大学院の博士課程まで学んだぼくは、現状を受け入れるということよりは、現状に働きかけることを「よし」としてきた傾向があり、大学や大学院にきてからは「いつも悩んできた」というべきでしょう。

 さてでは、その「悩み多き」研究者の道を選んできた大きな理由は何かと言えば、「好き」ということよりも先生や友人に負うところ大だと思っています。期待、励まし、時にはおだて、叱りがあって、選らんでこれたわけです。他者から認められること、支持されることによって、自分の力と道を確認できたわけです。

 言ってみればこれが広い意味での「愛」ということになるでしょうか。「あなたはそのままでいいんだよ」との言葉が、或は態度や行為が、自分の障害について悩む者には大きな支えになるはずです。その人達によって受け入れられ、彼らの受け入れによって、自分も受容できる。まさに相互関係です(これは社会制度とも同様です)。
 このことにつまづくならば大きな葛藤を生じることは言うまでもありません。

 この問題の一番の課題はやはり恋愛や結婚のことになるわけです。なぜならば、結婚や恋愛は、仕事(職場)での人や制度との関係、学校でのそれ、友人関係とは異なり、当該個人の人格や諸能力、生活の全体がかかわるわけで、その人の部分的な関係ではすまない。互いの人生そのものの受け入れがあって成り立ち、つまり、個人の全面的な受け入れの実際的な確認の行為と言えるからです。
 YUJIさんの感動的な手記を読むとこのことが再確認できます。自らが話されているように人生の伴侶となる人の受け入れ(支え)が、人生の危機を乗り越えるパワーになったのでしょう。結婚は最後のリハビリという言葉があるそうですが、それは仕事のクリア後の課題という「順番」の問題ではなくて、結婚が障害の受容の内容にかかわり、その大きなメルクマールであるからだと考えられます。

 しかし、すべてのラブストーリーが希望する結末を迎えるほど、現実は甘くはありません。普通の男女の恋愛においても同様でしょうが(調査したことはありませんが)、多くはつまづき、それゆえ葛藤は避けられません。受容の完成は、この場合、とても困難です。

 さて、結婚が障害の受容につきつけるもう一つの問題をすこし仮説的に書いておきます。先程、結婚は互いの人生そのものの全面的な受け入れ、と書きました。仮に相手が自分と同じ様な医学的障害を持った人であるならば、当然にその障害をも受け入れることになるわけです。
 しかしながら、結婚相手を選ぶ場合、障害の種別に関係なく、同じ障害を持つ人を避ける傾向が感じられます。これは生活する上で互いの欠けている部分を補いあうためのものかと思いましたが、それだけではなく、自分の障害を受容していないからではないか、とも考えられます。相手に自己をみる、相手に自分の障害を「客観的に」見ることに抵抗を覚えるためではないか、と思えます。これをどう乗り越えるか、障害者の結婚の相談をするカウンセラーの援助のポイントだそうです。
 結婚の問題では、相手に障害の有無を問うのは論外であるのですが、自分の「受容」の実態を暴く作用をもつのは明らかです。

 このように障害の受容にとって、「愛」の占める位置は大きい、とぼくは思っています。




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