受講者による評価・終わって考えたこと





提出してもらったレポートのうち,どのテーマについて書いたかを示したのが図1である。また本授業に関する学生の評価点を度数分布表に表したのが図2である。

図1 レポートのテーマ内訳
クリックで図が拡大します













レポートテーマは出生前診断などに関するものが一番多く,次いでボランティアに関するものが続いた。学生の書くテーマはほぼこの2件に集中し,他は似たり寄ったりである。
出生前診断についてはさすがに自分に引き寄せて考えられる題材でもあるのだろう,書きやすいということも手伝ってレポートになったのかもしれない。また,使ったVTR教材が少々衝撃的に写ったのかもしれなかった。さらにこのテーマは他の授業でも取り上げていたようである。それだけに胸のうちに持っていた感想を書き付けてきた学生もいたのかもしれない。
ただし,この題材を授業で取り上げるのはどうか,と指摘する学生もいた。「身体障害者福祉」から外れるのではないかということである。この問題は身体障害の分野でも十分に関連のあることであり,取り上げても特に間違いではないと私は考えている。しかし私自身に充分な知識と見識が備わらないままに取り上げたことは確かである。


ところで,出生前診断に限らず,VTRの利用というのは非常にインパクトを強くすることができるのだと感じた。しかしながら,視聴後に行う授業者の補足説明を踏まえて書かれたレポートが少ないことを考えると,VTRの与えるメッセージを授業者がコントロールできない可能性もあるという点が反省として残った。VTR教材は良いものを選ばなければならない。この点については,本学系の津曲教授が既に以前から気付いておられ,VTR教材の選定についても吟味している。今年はたまたま教授の授業を学ばせていただく機会を得たので,参考にできればと思っている。





図2 学生による授業の評価
クリックで図が拡大します












レポート提出時に同時に授業評価をしてもらった。平均値,最頻値をみると,そこそこ合格点はもらえたようである。80点以上がAだから,私はBか。こういうものは,悪すぎてもいけないことは確かだが,逆に良すぎるのも考えものだと思う。
ただし評価理由を見ると,授業の質というよりも,私がほぼ毎回欠かさず質問・意見をまとめ,回答を付記し,プリントとして配ったことに対する努力賞的な意味合いも強いようである。質疑応答の記録からもわかるように,私は授業内にも考えることがあったし,話す内容を整理しないこともあり,決して上手な授業者ではなかったからである。だから「今後に期待してこの点数を付けました」などという喜んでいいのか悲しんでいいのかわからないようなコメントもあった。
私自身は,授業というのは授業内容を聞くことも大切だが,授業者そのものの生の思考に触れることができるのも醍醐味だと考えている。だから演台で悩む授業者の姿を見てもらうのも悪くないと考えていた。ただ,それと準備不足とは別の話である。正直なところ,プリント作成の負担が大きくなって授業準備に影響を与えたこともあった。だからもう少し悪い点が付くのではないかと予想していた。
何だかんだ言いながら,学生さんも優しいのかね。



この授業を行っていた96年に,「筑波フォーラム」という学内刊行物で「学生による授業評価」について特集があった。それを読んでいて今回の授業経験と符合する点が2つあった。
ひとつは学生の評価点の付け方と評価態度の関連である。今回はレポート提出の一部として授業評価もしてもらいその理由も付記させた。これは評価者がきちんと受講していなければ,適正な評価などできないだろうと考えたからである。その意味では,どのような点に着目して評価をするのかということもこちらの関心があった。
結果から言えば,よい評価であれ辛い評価であれ,妥当なレポートを書く学生の評価は納得できた。反対にあまり授業に参加しておらず考察を十分に加えていないレポート提出者の行った評価は,たとえそれが低い評価であっても気にならなかった。評価する側もそれなりの勝負を要求されるのである。

もうひとつは質疑応答のプリントを繰り返すことによる効果である。受講者の意見のフィードバックを繰り返すと,意見は次第に先鋭化する,あるいは極端・明確な意見になっていく,という記述が「フォーラム」内にあった。そして今回の授業でも似たようなことが起こったのではないかと思う。
つまり,授業の最初の頃,受講者から出される質問は授業の不明点について補足を要求するようなものが多かった(それが悪いといっているのではない)。しかし介助関係についての意見が提出され,それに対する反応が別の学生から出てくることが繰り返されるに連れ,彼らの書く内容は単純な質問やあいまいな感想から明確な意見表明へと移っていった。そしてこの勢いに影響されて他のテーマについてもいろんな意見が出るようになっていった。授業を進める私自身,この変化はたいへん面白く観察した。
この影響による可哀相な犠牲者は他ならぬ私だった。私に対する指摘や批判はじんわりと多く,そして次第にはっきりとしてきたのだから。最終的には評価点が最低50点,最高105点などという幅のある点数となったというのも,プリントによるフィードバックの繰り返しが少なからぬ影響を与えているのではないかと思う。

ともあれ,いろんなことを勉強させてもらった授業だった。内容の方は多少の(多少どころではないが)改善は加える必要があるけれども,しかしプリント配布によるフィードバックについては同じようにやってみたいと考えている。


「身体障害者福祉論」目次のページへ戻る

授業のページへ戻る