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回答第6回


今回はずいぶんとバラエティに富んだコメントでした。分類することが出来ずに苦労させられました。苦しめてもらえる分だけ張り合いはあるのですけどね,でもわからないことも多くて調べたけど十分なお答えにならなかったところもあります。その点はご了承ください。また,さらに追い撃ちをかけたい方がいらっしゃいましたら,どうぞ。


●作業所というのは,何かつくったりしている所だと思っていたのですが,VTRを見るとそれだけではないみたいですが,他にどんなことをしているのでしょうか?
→授業内で言いましたように,機能が多様になってきていますので必ずしもいわゆる作業ばかりではないでしょう。レクリエーションがあったり,話し合いが行われたり,イベントの計画をしたりということもある。作業所等が作業と労働の場だけではなく,生活の場,仲間と出会う場であったり,social action の場であったりもするようです。
ただ,ビデオで紹介した場面は,作業所というイメージの典型例を示したものではありませんでしたね。

●通園施設に関して質問があります。先生は通園施設について「大体9時に入って5時に所定の所に帰るとおっしゃっていましたが,どの通園施設についても,大体この形態をとっているのでしょうか。例外がありましたらその例も示していただければと思います。
→「9 to 5」と言いましたか。それは違ったような気がしたが...。一般的にはもっと短いような気がします。少なくともお終いはもっと早いのが通例です。で,例外ですか? よくわからない。単純に時間でみた場合の例外ですよね。あまり気にしていませんでした。でも,どうして知りたいの?

●表には書いていないようですが,言語治療施設は障害者施設に含むのでしょうか。
→表に書いてないということは,児童福祉法,精神薄弱者福祉法,身体障害者福祉法のいずれにも書かれていないということになります。で,言語治療施設についてはあまり明るくないのでよくわかりませんが,どんなところなのでしょうか。言語関係の(主として医学的な)リハビリテーションを行っているところというと,病院や関連施設が想像されます。リハビリテーションセンターのようなところに言語療法士(ST)が勤務しているとか。しかしその際は他の理学療法士(PT)作業療法士(OT)などもいたような。おしゃるような単独の施設はよくわかりません。学校にあるような「ことばときこえの教室」のことでもないよねえ...

●障害者施設の一覧がコピーしてありましたが,10年前と現在では,施設数,在籍者数がかなり異なるのではないでしょうか? 授業の中でも,施設の目的,内容,呼び名も変化しているということですが,現在の状況はどうなのでしょう? 把握もむずかしいのでしょうか?
 家族構成の変化,医療の高度化に伴い,様々な障害をもつ人々が高齢化もしてくるでしょうし,在宅で暮らせない人も増えてくるでしょう。施設の不足は大きな問題だと思います。又,身体,知的障害のある人々の集える場所の不足は,家へとじこもることになり,楽しみも生きがいとしても半減していくでしょう。国としての対策が,もっと必要だと思いました。
→上記3法との対応ができる点,及び以前との比較が出来る点からあの表を紹介しました。本日は平成5・6・7年の施設入所者状況に関する表を紹介しますのでご覧ください。ただし掲載されている施設は部分的に違います。

#「障害者白書 平成8年版(総理府編,大蔵省印刷局)」より。
        ...でも元ネタは「社会福祉施設調査(厚生省)」
●例えば14歳の精神薄弱児が施設で職業訓練を受けたのですが,就職できなかったのです。その人がまた成人の精神薄弱者更生施設に入ることができますか。この施設のなかでは私立はありませんか。
●障害者施設のうち,公立のものはどれくらいあるのでしょうか?
→14歳の方についてですが,必要があれば入れると思います。社会福祉事務所あるいは関連の相談機関に相談してください。
公立・私立についてですが,表の上では分けられていないのではっきりとはしていません。しかし公立施設はあまり多くないと思います。

●施設に生活の基盤をおく人は多いと思うが。「順番待ち」している人はどうやって暮らしているんですか? どうにか暮らせる人ということなのでしょうか。
→どうにか暮らさざるを得ないということでしょう。その日の食事にも困るということではありませんから暮らせるかもしれない。しかし,家族は生活の糧を得ることで精いっぱいだし介助の手を外に求めようとしてもほとんど得られない,ということもあるかと思います。これで通所施設へすらも行けなかったら,終日ずっと無為な在宅生活を過ごす場合もあるかもしれない。それともうひとつ,入所施設を希望する場合には将来的なことを考えての希望もあります。これまでは親がすべての世話をしてきたが,既に親も高齢者と呼ばれるようになり,子どもももはや「子ども」とは呼べなくなっている。このまま親が死んでしまったら,と考えた場合(いわゆる「親無き後」),入所施設を考えざるを得なくなるということです。
このように選択肢の少ない状態に対して,最近では支援の手を地域に増やしていくことによって,在宅を基本とした地域での生活を充実させていこうとする流れがあります。今週はこのことを話します。

●施設不足の原因は,社会の教育不足にあると思う。勉強不足で詳しくはわからないが,大学を例にしても,福祉を学べる学群や学科のあるところは,英文学や工学を学べるそれにくらべ,かなり少ないのではないか。教育や啓蒙をすることでもっと社会への身近な問題となり,理解されていくのではないか。
→前回は施設福祉を中心に話しましたので施設不足の問題として紹介しました。が,現状の問題を施設増設で対応しない考え方もあります。それどころか施設,とりわけ入所施設は全て無くすべきだとの主張もあります。現に福祉先進国と言われるところではそうなってきています。上述しましたように,この話は今週致しましょう。
ところで福祉を学べる学群・学部・学科ということですが,もともと福祉は私立の大学が培ってきたのです(日本福祉大学,日本社会事業大学などなど)。というか,国立大学で福祉の学部を設置しているところは無いでしょう(リハビリテーションはちょっと出来てきた)。障害児教育の場所はたくさんあるけど。いったい,どうしてなのでしょうね。

●「リハビリテーション」のことを「更生」と訳すことを知った。更生というと,罪を犯した人が社会へ復帰することというようなイメージを持っていたので驚いた。
→確かにねえ。「更生」について「現代社会福祉事典(全国社会福祉協議会,1982,1988)」で調べますと,障害者のリハビリテーションのような意味とともに犯罪者の社会復帰も意味と両方を載せていました。でも少年法や少年院法を開いてみたら「矯正」という言葉で通しているようです。

●今日見たビデオについて疑問を持ちました。なぜ東京都の施設が秋田にいってしまうのだろうかということです。理由につきましては,土地問題や反対運動が講義では挙げられました。今回の例では東京ですから,反対運動は住宅地で起こっていることが多いように考えられます。だからこそ地域偏在問題でも挙がったように,離れたところにあるのかと感じました。私の住んでいる所での施設は,山のところにあったりしていて,余計にそうなのかなと感じます。ビデオでは,東京に残りたいという声もあり,障害者全体の気持ちとしてどういったところに施設が要求されるのか,気になります。
●都市では,障害者施設設置に反対する運動がおこっているというのはショックだった。以前,テレビでも田舎に障害者施設が大規模にでき,他県から移り住んでくるという内容の番組をみた。
 生まれ育った地域でのケアの充実がはかられるのはいつだろう。
●意外に障害者施設は多く存在していることに驚いた(今まで気付かなかっただけかもしれないが)。だが一方障害者にとって,満足のいく場所に数多く施設が存在しているのだろうか?…と,東京から秋田に行かなければならなかったというビデオを見て感じた。
 ところで,施設の立地や建設は誰が中心になって決めているのでしょうか。障害者の要望は取りいれられているのでしょうか。
●同じ雪国ということで反感を持った。インタビューで「雪が多くてびっくり,さむくて仕方ない」というコメントがあったが,これでは雪国をおとしめていた気がする。少なくとも,引っ越した(移った)ことが不幸だということはないと思う。住み慣れた所をはなれねばならない境遇は確かにひどい話だが,地の果てにおいやられるわけではない。何を言っているかわからないし,講義の筋からもはずれてますが…。
 障害者をとりまく環境改善は必要なことですし,効果的な映像だったかもしれませんが,だからと言って,その地域を必要以上におとしめるのはどうかと思います。雪国に生まれ育った障害者はたくさんいるのですから,彼らは生まれたときから不幸になってしまうの?
→コメントにあったように,東京都が都外に施設を造るのは幾つかの要因があるようです。ただいずれにせよ,彼らが今まで慣れ親しんでいた場所から見知らぬ場所へ不本意に移らなければならないということは問題でしょう。それまでの人間関係もなくなってしまうのですから(もちろん新しい環境が好ましいという人もいるのでしょうけどね)。その意味では,家族や友人と別れて施設で暮らすという選択自体が問題をはらんでいるとみることもできるのでは? ご留意いただければと思います。
次に,施設設置上の問題のひとつである住民反対ですが,今でもよく聞くことです。設置上避けられない課題だと言ってもいい。世間にはいわゆる「迷惑施設」という言い方があります。斎場とか,ゴミ処理場とか,そして障害者施設もそう言われたりするわけです。ただ反対は正面切って「障害者は迷惑だから来るな」とはならず,他の形に主旨を変えて言われることが多いようです(小規模な場合はあからさまだったりするが運動が大きくなるとそうも言えなくなる)。
ところで設置の計画者ですが,行政が行う場合と,民間(社会福祉法人など)で進める場合があります。いずれにせよ反対されたら話し合いで理解してもらうか,さもなければとん挫するか場所を変えるかしかない。でも設置されてからは近所付き合いも良くしたりとかいろんな交流も行って努力すれば,仲よくなることが少なくないんですけどね。ほら,野菜いっぱい採れたから持ってきてやったぞ,とかね。
最後に,私も雪国新潟の出身です。それも豪雪地帯。もちろん雪国にも障害のある人は暮らしています。私の友人は市役所に勤めてるし。ただ雪は車椅子とかには天敵だけどねえ。

●老人ホームは監獄みたいでやめたいという話を聞いたことがあるのですが,障害者施設ではそういった問題はないのですか?
 障害者のための施設といっても,本当に障害者のニーズに答えているかどうか疑問なのですが…。経営者も障害者であることが望ましいと思うのですが,実際はどうなのでしょうか。
●何となく,最近の施設の課題と言うと,施設の社会化や入所者のQOLの向上といったことかな,と思っていたのですが,そこまで考えられる施設は,ごく一部のすすんだところで,それ以前の問題が山積みなのだなと改めて思いました。
●施設の経営における問題もききたかった。金銭的な面とか。講義で話すのは時間に限りがあるので,プリントにして配ってほしい。
 私はこの授業で中村彰さんを知り,最近彰さんの介護を始めました。不安いっぱいだったのですが,実際やってみると,知識も経験もなくても,普段人と接するのと同じように自然にできるということがわかりました。
 …と,将来の介護の職業に希望を見いだしていた矢先に,ほんの少しだけ施設のビデオを見せられて,再び不安になりました。「百聞は一見に如かず」
 もっとビデオを見せてください。
→最初に言いましたように,前回は施設福祉が中心でしたので,その視点から見た問題と課題を話しました。施設も批判はいろいろあるので指摘はしなければなりませんが。で,今回は地域福祉と言われるものに移行する人たちがいることを話します。その時にみなさんの書かれた疑問点などに触れることになるでしょう。
障害者のニーズに応えられているかどうか?については現在厳しく問われている状況ですよね。経営者も障害者という話は無いことはないと思いますが,そのことがピックアップされることもないのでよくわからないです。少ないですけど例を挙げます。宮城県の「ありのまま舎(進行性筋ジストロフィー症者のグループホーム?)」はリーダーとして筋ジスの方がいらっしゃったはず。
施設の金銭面・経営面はきちんとは知らないので情報提供できません。ごめんなさい。ただ,それらと大きく関わる「措置費」には触れます。
中村氏のところへ行った方,介護職に不安を持ったとのことですが,前回はまだまだ序論しか話していません。今回と次回くらいになりましょうか,条件付きではありますが希望を幾らか復活させていただきます。(^^)
またビデオの件ですが,私の時間管理が悪いのか,幾つかの状況について紹介するとなると何本かのビデオを紹介しなければならず,そのため全部を見ているわけにはいきません。ごめんね。気持ちはわかるのですが。そのかわりというのでもありませんけど,今回もビデオなど資料を用意します。中には短いもの(10分ほど)もありますので,それは全編見ていただきましょう。また,今回のテーマは次回も使って話すことにいたしましょう。これでどう?

●小規模作業所の話が出てきましたが,水戸障害者虐待事件(アカス印刷)について先生はどう思われますか。現在監視システムはどうなっているのでしょうか。
→ご承知のことと思いますが,当該事件の舞台であったところは民間企業です。小規模作業所ではありません。労働の話から連想されたのでしょう?
で,事件について。
今回の裁判は被告が若干の(あまり核心的ではない)起訴事実を認め,執行猶予付きの有罪判決で終わりました。終わったというのは刑事事件として部分的な結論が出たという意味であり,起訴さえしえなかった事柄については何も終わっていないのですが。民事にしても金が要るし。虐待について言うならば,被告の個人的問題点もさることながら,虐待事実が当初問題として受け止めきれなかったという点が,今後に大きな課題を投げ掛けているのだと思います。これについて行政側も既に非を認めて被告側に謝意を表しているとのことです。また確か監視機構のようなものは出来たと思います(資料を自宅に忘れてきました,すいません)。近年,障害のある人の権利擁護についてはかなり注目を浴びるようになってきました。でも会社と総会屋の問題がなかなか終わらないばかりか次々と性懲りもなく表出するように,本当の意味での擁護活動はこれからなのだと思います。
事件については表に出ないことについてや証言の扱いなども含め考えるところもありますが,とりあえずこんなところで留めます。

●健康第一。税金をきちんと納めようと思った。
→ウ,ウーム。

●(今日の授業内容とは関係ないが)この授業を受けている人の福祉及び障害者に対する理解度は天地の開きがあるように思う。私のように大きな偏見を持って臨んだものから,専門やボランティア経験者まで実に様々な学生がいる。
 正直言って,この授業を受けるまで,障害者うんぬんという専門の人たちを,私は苦手としていた(学生ではなく専門家)。
 何故なら彼らは,ボランティアをすること,障害者を身近な所に受け入れることを強要してくる存在だと思っていたから…(ボランティアや受け入れることが嫌いなわけではなく,「強要」してくることが嫌いでした)。しかし,この授業では決して「強要」をせず,なおかつ,障害者の問題に対して考えや知識を深めてくれるため,障害者に対する理解レベルに関係なく,素直に自分の周りに築きあげていた壁を取り除いていくことができる。もしかしたらそれは,先生がプリントにある無目的大学生だった時期があったからでしょうか(「強要」されることでせっかく芽生えた関心が失われることもあると思います。)。
→強要については確か前回のコメントでも誰かが触れていたような気がします。中には使命感バリバリの方もいらっしゃることも確かです。バリバリも別に悪いことではないでしょうけど(ホントはそうでもない),まあ,その辺とはうまく付き合っていきましょうね。
先日あったシンポジウムの中で,ある介護者派遣コーディネータの方が言っていました。「集団が大きくなってまとまりが出来てくると意見の食い違いも出来るし小さなグループも出来る。でも細かいことにこだわらないで,良いことをうんと褒めて互いにうまくやっていきましょう。どうせみんな登頂点は同じなんだから」
また,NHKの「週間ボランティア」で「私がボランティアをやめたわけ」という回があり,その中でコーナーキャスターの川島さんという方がおっしゃってました。「ボクはボランティアをやった経験もたくさんあるし,やめた経験もたくさんあります」
そういう感じ。ただこれは付け加えておきます。ボランティア活動上で生じた(個人的な)約束事はきちんと守りましょうね。

●とても魅力的な授業なので毎週この時間を楽しみに(こんなことは4年間他の授業ではなかったこと!)しているのですが,毎回,おもしろいと思った頃に授業が終わってしまうのでやや不満です。
 アンケートに時間をとってあげるのもよいですが,もっと他の良い方法はないのでしょうか?
→学生さんに頭を下げられると「ん...」と唸ってしまいます。どうしようかいつも悩むのですが。全部引き受けることはしませんが,どれもこれも無下に断るのもいけないし。幾らかの基準は自分の中に持っていますけどね。それと,授業のお終いに持っていったほうが良かったでしょうか。今後気をつけたいと思います。



・・・・とまあ,最後は一部褒めていただいたコメントで〆させていただきました,悪しからず。
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