終章:まとめと考察

0.まとめ

 まず、これまで取り上げてきたことをまとめたい。 第1章ではカンザス州におけるチャータースクールの設置 の手順を取り上げた。カンザス州では学校区との手続きと 州との手続きという二重の段階を経て初めてチャータース クールが認可される。そして、廃校や継続のための審査も 3年に一度あり、さらには、毎年一度学校区教育委員会の 審査が行われ、州に結果が報告される。非常に厳しい規制 のもとに制度が運用されていることが分かった。
 第1章の補足として、全米におけるチャータースクー ルの様々なデータを紹介した。ここでは、設置形態や規模 など、非常に多様なチャータースクールが存在することが 分かった。第1章のカンザス州の事例がほんの一例に過ぎ ず、全米規模で考えた場合に、チャータースクールに典型 はないということが分かった。
 第2章ではチャータースクール制度が全米のなかで先 駆けてミネソタ州やカリフォルニア州において導入された 1990年前後のチャータースクールをめぐる議論について取 り上げた。チャータースクールが成立する初期に主に問題とな ったのは、教員免許、学校区とチャータースクールとの関係、 そして、私立学校がチャータースクールへと転換する際の 宗教と教育との関係の3点であった。そして、これらの問 題はいまだに解決されたとは言えない。各州ごとに各州の 事情に合わせた対応を取り、何とか妥協しているというの が現状であろう。
 第3章では、チャータースクール制度を支える強力なバ ックボーンとしてのPCSPを取り上げた。PCSPは連邦政府か ら、チャータースクール立ち上げの際にかかる初期の設備 費を中心とする諸経費、そして、優れたプログラムを他の 学校へと共有するための費用などを援助するものであり、 連邦政府から、州教育委員会を通じて、若しくは各チャー タースクールへと直接援助される。1994年に法が制定され、 1995年から補助金の支給が始まり、初年度の支給額が600万 ドルであったのに対し、2002年現在では2億ドルにものぼる。 この補助金の使用用途に関して、各学校は自由な裁量権を持 っていることもわかった。同時に、この補助金がチャーター スクール、特に新規開校の学校に対して、大きな支えとなっ ていることも明らかとなった。

1.考察

 さて、これまでのことを踏まえて、今後のチャーター スクールがどのような姿になっていくのかということについ て考察していきたい。
 チャータースクールはわずか10年程度の間に、急速に広が りを見せた。1992年にはたった2校であったのが、2003年に は2996校にのぼる。それだけ、保護者や子供のニーズが強く、 また、それに応えることが今のところできているということ であろう。チャータースクールが今後も増え続けることは間 違いない。しかし、それはしばらくの間であり、永久に増え 続けることはありえない。チャータースクールは非常に強い 競争原理によって運営されている。成功する学校もあれば、 競争に負けて廃校となっていく学校も当然存在する。子供の 数には限度があり、最終的にはパイの取り合いになる。
 さらに言えば、チャータースクールという制度は大きな矛 盾を含む制度である。チャータースクールの大きな特徴とは、 多様性であり、競争原理である。個々のチャータースクール は独自に優れたプログラムをつくり、学力向上などの成果を あげ、それによって存続を許され、また、生徒も集まる。つ まり、個々のチャータースクールにとっては、他よりも優れ たプログラムによって成果をあげること、他とは違う何かを することが必要となる。
 しかし、一方で、連邦政府はチャータースクールを全く異 なるスタンスで捉えている。連邦政府にとってチャータース クールはあくまでも全米における教育問題を解決する一つの 手段に過ぎない。ここでいう教育問題とは特に、人種による アチーブメントの格差である。それを改善するためのプログ ラムをつくるために、多様性を許し、競争原理を導入する。 全米規模で多様な学校をつくれば、もしかすると非常に効果 的なプログラムが生まれる可能性がある。生まれた場合には、 それを他の学校でも実施し、人種によるアチーブメントの格差を解 消する。逆に言えば、一校が非常に優れた教育を行なうこと、 一校が成功し生徒が集まることは連邦政府にとっては重大なこ とではない。何よりも、全米の生徒が優れたプログラムを共有 できることが目的なのである。実際、NLCB法にはPCSPの目的として、
"inclease national understanding of the charter schools model by (1)providing financial assistance …(中略)… (3)expanding the number of high-quality charter schools available to students across the Nation" (Sec.10301[b])
と書かれている。また、PCSPのDissemination grantsにはまさ にこのような狙いがある。そして、Dissemnation grantsの目的 は、何もチャータースクール同士のプログラムの共有だけに留 まるものではない。近隣の学校に対してのプログラムの周知活 動を目的としている。そこにはチャータースクールと既存の公 立学校との区別はない。
 ところで、このようなチャータースクールに対する連邦の目 論見が実現したらどのようなことになるのであろうか。優れた プログラムが全米で一斉に実施されるとすれば、もはや独自性 や多様性は存在しなくなる。多様であり、それによって競争が 生まれるからこそ、チャータースクールはチャータースクール でありえる。つまり、チャータースクールが成功し、全米の生 徒のアチーブメントが向上するようなプログラムの開発がなさ れたとき、チャータースクールという制度はそれを支える原理 から崩壊すると言えよう。しかし、一方で、全米の生徒のアチーブメントの 向上を実現するようなプログラムは到底できるものではない。 ある方法をある生徒に使ったところ成績が上がったからといって、 他の生徒に同じやり方をすれば必ず成績が上がるというほど 教育は単純な営みではない。結局は個別のチャータースクール の努力によって、そこに通う少しずつの生徒のアチーブメント を向上させることだけが、全米の生徒のアチーブメントを向上 させることにつながると言えよう。
 しかし、そうはいっても、各チャータースクールからすれば、 このような連邦政府のスタンスは迷惑なものであろう。あまりに、 全米の利益を優先しすぎると、チャータースクールを立ち上げ ようという動きを阻害することにもなりかねない。連邦政府は この矛盾にどう折り合いをつけていくのか、今後のチャーター スクールと連邦政府の動きに注目していきたい。


※各章における注には含まれない参考文献・ホームページ等
・"Charter Schools Program Title X, Part B Non-Regulatory Guidance" U.S. Department of Education August 31, 2003
・"Charter School Expansion Act of 1998" Public Law 105-278-OCT.22,1998
・『チャータースクール アメリカ公教育における独立運動』鵜浦 裕 2001年 剄草書房
・連邦教育省ホームページ http://www.ed.gov/index.jhtml
・教育改革センターホームページ http://www.edreform.com
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