1、はじめに

 1955年以降の日本においては、「55年体制」1 のもとに、一億層中流を目指す社会体制が構築されてきた。 しかし現在では所得の格差が拡がり、持てるものはより富を増やし、持たざるものはより貧困化されていく可能性がある。 厚生労働省の平成17年「所得再分配調査」2 によれば、格差を表す指標であるジニ係数3 が、1993年の0.4394であったのが 2005年には0.5243まで大きくなっている。 しかし実際の所得は税・社会保障での再分配が行われるため、再分配所得のジニ係数は1999年から0.38台で推移していて、 さらに高齢化社会となっているために一概に格差が拡大しているとは言えない。このような状況を踏まえても三浦展は、 「大都市圏の民間企業ホワイトカラー層にとっては、成果主義による所得格差の拡大はすでに現在進行中の事実であり、 今後ますますそれが拡大することはほぼ間違いがない」と述べている4

 このように所得格差が拡大しつつある日本社会の教育への影響として、苅谷は家庭の経済力を間接的に表す文化的階層 という指標を用いて、文化的階層が低い家庭の子どもは高い子どもよりも学力が低く、また過去と比べてもその差が拡大している という点を指摘している5 。また金子は、「父大卒層の児童は、父非大卒層に比べて、基礎学力における初期的優位性を有し、 努力が少なくとも一定の学力が保証されている。」と述べている6 。すなわち学力の階層間格差が存在しているということである。

 初等中等教育の延長である大学の進学に関しては、矢野と濱中は、経済モデルを用いて大学進学の際に経済的な面で 進学を諦めている層の存在を指摘し、選ばなければ誰でも大学に進学できるという「大学全入時代」と断定するのは誤りである と述べている7 。さらに苅谷は、「奨学金制度や授業料の無償化などの経済的支援によって、高等教育を受ける際の 直接的な経済的障壁が取り除かれたとしても、依然として、大学に入学できるチャンスを決める学業達成 (日本の教育界での慣例にならい、「学力」あるいは「受験学力」と呼んでもいいだろう)に階層差が見られるとしたら、 経済的な障壁を取り除くだけでは大学進学の機会の平等化は実現しないだろう。」8 と述べている。

 上述のように現在の日本の教育では、初等中等教育段階において家庭環境による学力格差が存在し、 さらに高等教育段階である大学の進学に関しては、その小学校・中学校・高等学校と引き摺った学力格差、 及び家庭の経済力も大きく影響していることがわかる。換言すれば、恵まれた家庭の子どもは優秀な成績を収め、 高い学歴を獲得し、所得の高い職業へと就いていき、一方恵まれない家庭の子どもは、低賃金の労働者となっていく 可能性が高いということである。さらに「大学に誰が入学するか」という問題は、「誰がどの職業に就くか」という 社会に対する大きな問題を孕んでいる。この階層の再生産を断ち切る教育政策は、今日の日本の教育において喫緊の課題 であるといえる。しかし、大学進学が経済的に困難である、又は受験学力が合格に満たない者を「教育の平等」 という名の下にただ闇雲に優遇すれば良いというわけではない。したがって、「いかにして平等な大学入試制度を構築していくか」 という課題は、今後の日本の格差是正の政策において重要な視点であるといえる。

 そこで本レポートでは、アメリカ合衆国(以下、アメリカ)の大学入試制度におけるアファーマティブ・アクション (「差別撤廃のための積極的措置」や「積極的差別是正措置」と訳される)の特質と課題を明らかにし、平等な教育制度について 考察することを目的とする。具体的には、カリフォルニア大学を事例として選定し、@アファーマティブ・アクションに対する 判例と人種間の平等観の変容、Aカリフォルニア大学の入試制度におけるアファーマティブ・アクションの実践による効果の2点 を課題として設定し、検討する。


1 「55年体制」というのは、55年に自由党と民主党が保守合同をして、自由民主党になったことから、以後、 政治学の世界で自民党の一党体制を55年体制と呼ぶようになった。また稼いだ富を一部の資本家階級、支配階級だけが 独占するのではなくて、幅広い国民に均等に配分して、中流社会を作っていく。こういう富の平等な分配の社会、中流化を 目指したのが55年体制であると言える。
 三浦展『下流社会』光文社新書、2005、pp.26-27

2 厚生労働省HP「平成17年所得再分配調査の結果の概要」
  URL: http://wwwdbtk.mhlw.go.jp/toukei/kouhyo/data-kou6/data17/H17gai.pdf (2008/01/21現在)

3 同上、ジニ係数とは、0から1までの値をとり、0に近づけば所得格差が小さく、1に近づくほど所得格差が大きい。

4 三浦展、前掲書、p22

5 苅谷剛彦「「学力」の階層差は拡大したか」、苅谷剛彦、志水宏吉編『学力の社会学』岩波書店、2005、pp.127-151

6 金子真理子「学力の規定要因−家庭背景と個人の努力は、どう影響するか」、同上、pp.153-172

7 矢野眞和、濱中淳子「なぜ、大学に進学しないのか」、『教育社会学研究』2006、第79集、p100

8 苅谷剛彦、前掲書、p128


    
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