教育制度論演習レポート
「NCLBは教育の格差を緩和しているか 〜report cardの妥当性と効用の一考察〜」

200410638 人間学類3年 衣川智仁

序:問題の所在

アメリカ合衆国で2002年に成立した初等中等教育法の改正No Child Left Behindは, 教育環境が恵まれておらず、学習達成度の低いマイノリティと貧困層の児童生徒の教育水準を向上させて、教育の格差を是正することが狙いである。

本来、州統一テストの成績から判断して、AYP(Adequate Yearly Progress)を達成していない学校(Title1 school)にtechnical assistanceや corrective actionで救済、援助を処方するこの制度は、最終的にリストラも含む厳格な制度である。

これを回避するために、学校はテストの平均点を上げるためにカリキュラムを主要教科重視の教育に移行させつつある。五島(2004)は1984年にニューヨークで行われたコアカリキュラム重視政策であるRegents Action Planの分析から,コア教科の強化だけでは,全児童生徒が一様に成績を上げるわけではないことを指摘する。

また,州の間でもその財源の豊かさにより国内差異が生まれることなど, No Child Left Behindに対する様々な問題点が指摘されている。

そのようななか,学校の再人種分離化傾向など,もともと恵まれた教育環境にないマイノリティと貧困層の児童生徒の教育環境、学習達成は本当に改善されているといえるのだろうか。全米教育協会(National Education Association)は全米教育事情に関する年次報告の中で、州が適正年次学力向上を実現することができなかったと認めるすべての学校について、これを助ける能力を備えているかがNCLB法施行の成否を左右する、と述べている。

本稿の目的は、本来教育の格差縮小を目的としているNo Child Left Behindが教育の差異化を助長する側面を持つという議論を取り上げ、そのような批判に対して考察を加えたうえで、今後No Child Left Behindの改革が狙いどおりに進むためにはどのような修正が必要か、ということの一考察を加えるために、report cardの評価が適切か、ということに焦点化し、政策を決めるための現状把握の方法の問題点を明らかにすることにある。

第I章ではNo Child Left Behindの抱える問題を概観したのち、先行研究からNo Child Left Behindがもつ構造的な問題に着目し、教育水準の底上げを試みた結果として教育格差が拡大してしまうという、この改革が内包する矛盾について明らかにする。

第II章ではI章で取り上げた内容を踏まえて、貧困層、マイノリティの置かれている現状を把握するとともに、No Child Left Behindが貧困層、マイノリティに与えた成果について、フロリダ州のreport cardsを中心に、資料を分析する。

また、これまでの議論から、No Child Left Behindが貧困層、マイノリティに恩恵をもたらしているのかを考察し、教育の格差拡大を是正するために必要な処方箋を考える方策として、AYP評価方法をどのようにするかについて検討する。

I、No Child Left Behindの抱える構造的問題

1、 全米州議会協議会(National Conference of State Legislatures)の議論

州議会関係者の協議団体である全米州議会協議会(National Conference of State Legislatures)は、調査委員会を設けて、各州における NCLB法の施行状況について2004年中に約10か月をかけて調査を行い、2005年 2 月、その結果報告 を公表した。その報告で指摘された主な問題点は、次のとおりである。

児童生徒の適正年次学力向上(AYP)の評価方法等が不適当である。NCLB 法が導入した AYP は、児童生徒一人ひとりの学習進度の目標を設定し、これを評価して、向上を図る制度であり、その意義は認められるが、その評価方法等については、次のような問題がある。

また、障害者や英語能力の低い児童生徒の評価に問題がある。NCLB 法が、心身に障害をもったり、英語の能力が低い児童生徒の評価をも教育水準の向上のための評価に含めたことの意義は認められるが、州、学校教育行政区や個々の学校では、その評価を実施するに当たり、次のような問題に直面している。・ 障害を持つ児童生徒に、一般の児童生徒と同じように学年別基準に従い評価を行うことは、障害者教育法(Individuals with Disabilities Education Act)が個人の能力に従い教育が行われるべきだとすることと矛盾する。

NCLB 法は、障害を持つ児童生徒も2013、14学校年度までに、一般の児童生徒を想定した同学年児童生徒の学力基準に到達することを目標としているが、これは現実には不可能である。

そのほか、合衆国憲法により州に権限が留保された州民の教育について連邦が介入するための法的な条件が明確ではないこと、NCLB 法が要求する「高い資格を有する」教員の条件は、州で障害者教育にあたる教員資格の実際の要件とは一致していないこと、複数の教科を担任する一人の教員が、それぞれの教科について法律の要求する資格を備えることは不可能であること、NCLB 法の施行にあたり最も大きな問題とされた、十分な連邦資金が用意されていないことなどが多面的に批判された。

以上が全米州議会協議会(National Conference of State Legislatures)の議論であるが、主にAYPの評価の方法について、指摘されている。本稿第二章では評価の方法についての考察を中心に、NCLBと教育の格差の関係について考察する。

2、 AYPの評価の妥当性

濱元(2005)は公立学校の人種的多様性があり、マイノリティの割合が40%弱と全米平均に近いニュージャージー州を事例として取り上げ、州の公開するテスト結果やreport cardのアカウンタビリティ・システムの問題点を指摘している。

濱元は“Free and Reduced Lunch”つまり、「経済的に不利な生徒」は州に均等に分布しているわけではなく、一部の学校に集中していることを指摘し、「経済的に不利な生徒」の割合から学校を4段階に分類している。この生徒の割合が最も多い学校はマイノリティや黒人も多く、AYP達成により困難を抱えている。濱元は特に「proficient」通過率に注目した。ニュージャージー州の通過率目標すなわち、AYPの基準は2002/2003年度の初期値で国語58%、数学39%であるが、経済的に有利な白人の多く通う学校はあらかじめこの数値を悠々クリアしているのに対し、経済的に不利な生徒の多く通う学校は既に最初の段階でテスト結果に伴う制裁措置の危険性を多く潜在していることを明らかにしている。

AYPは年々ハードルを高く設定されていくので、経済的に不利な生徒、学習障害を抱える生徒、黒人の生徒、マイノリティの生徒と多くの層を抱える学校ではAYP未達成と判断されやすく、年を重ねるごとに達成が不可能となっていくことが指摘されている。

3、都市部におけるマイノリティ、貧困層の動き

Jimmy Kim and Gail .L SundermanはNCLBの転校制度が有効に使われていないことを指摘している。彼等は10の主要な都市部の学校区の調査を行った。シカゴやニューヨークといった、州の中で最も大きい学校区では、学校を移る権利を持っている生徒で、これを行使している者は2%程度であるという結果を出している。10の学校区の平均も3%という結果が出た。

この理由として調査では、転校受け入れ校となっている学校も同じように学習達成度は低い学校であり、転校する生徒たちは今までと同じように達成率も低く、低収入の家庭が多い学校に転校することになってしまう。Fresno学校区は転校を選択した111人中56%にあたる62人が近隣の学校からの転校生であることが分かっている。Jimmy Kim and Gail .L Sunderman はtitle1ではない学校を、転校生を実際に受け入れている学校と、受け入れることのできる学校に区別している。実際に受け入れている学校ではAYP未達成となり生徒を送り出している学校同様にマイノリティの生徒が多く、「proficient」で読解と数学のテストをクリアする生徒も少なくなっている。この理由として、title1の助成金が貧困層が40%を越える学校にしか与えられないことから、州の政策として、成績の良い学校を持つことはメリットにならず、AYP未達成の学校よりもわずかに成績の良い学校に転校させているということ、親としても遠い学校やマイノリティの教育に合わない学校は魅力的でないため、学校を選択する権利があってもメリットは少ないことが挙げられている。AYPのみの判断では、「失敗校」を改善しつつあるのか常に低迷を続けているのかを考慮できていないことがその要因として指摘されている。

II、貧困層、マイノリティの学力

0、資料分析の方法

連邦教育省統計センターの統計によると、2004/2005年度の調査で適正年次学力向上(AYP)を達成していない学校の割合は、州によって異なるが、地域によってかなり差があることが分かる。州の平均は26%であるのに対し、オクラホマ州では3%の学校がAYP未達成という数字である。反対に、フロリダ州では64%もの学校がAYP未達成となっている。また、改善が必要であると州が認めた学校は連邦全体で14%であるが、州ごとにみると、カンザス州ではわすか1%であるのに対し、ニューハンプシャー州では42%と開きがある。ちなみに全州1学校区のハワイ州が成績としては最も芳しくなく、AYP未達成の学校が68%、改善が必要とされる学校は48%に上る。

本章ではフロリダ州に焦点をあてて、report cardから、連続してAYP未達成となっている学校の多い地域の学校区を抽出し、その地域の学校のreport cardのデータを読み取ることで、マイノリティの間に起こっている現象と、AYP評価に不足しているものを考察していく。

1、 Minority、Free and Reduced LunchとSchool Grade

フロリダ州で「失敗校」となっているのは2005/2006年度においては全部で17校ある。ここでは、その17校を対象に、過去5年間のAYPの推移を見て考察を加える、さらに、ひとつの学校区を抽出して「失敗校」の原因となっている背景について考察する。

(1) 過去5年間のAYPの推移

2005/2006年度における「失敗校」つまりFはそれに至るまでの推移を見ていくと、3パターンに分類できる。ひとつは、5年前からDまたはF判定が続いており、低迷を続け最終的にF判定で安定する「低迷型」である。

ふたつめは1998/1999年度はF判定またはD判定から始まり、一時期はD、Cにまで回復するものの、最終的にはFに戻ってしまう「潜在型」とする。

三つめは新しくtitle1に加えられたためにデータが近年のものしかない「新設型」である。

尚、フロリダ州内でF判定を過去に経験したことのある学校はかなりの数に昇る。学校区に絞ってみていくと、低迷型の途中で、D判定またはF判定が続いているもので、2005/2006年度はD判定となっている学校と「潜在型」のようなパターンでF判定の年を経ながらも再び回復しているために2005/2006年度は回復途中のD、C、Bの判定が出ている学校があり、いずれも上記3パターンの枠内で考えることが可能だと考えられる。以下にF判定となっている学校が多く、マイノリティの割合の高いDADE学校区の例を示す。

DADE学校区はフロリダ州で75ある学校区のうちのひとつである。小、中、高で計342の学校がtitle1に指定されているが、今回は学校を段階別に分けて考えることをしなかった。

フロリダ州のschool gradeは数学、読解、作文の3科目のテスト結果が州の定める基準を満たす生徒の全体に占める割合、同じく3科目のテスト結果が改善している生徒の全体に占める割合を計算し、それぞれの百分率を足した合計ポイントで決定される。足した数字が280以下であればF、320以下はD、380以下でC、410以下がB、それ以上でAとなる。

School Year Grade % Meeting High Standards in Reading % Meeting High Standards in Math % Meeting High Standards in Writing % Making Learning Gains in Reading % Making Learning Gains in Math % of Lowest 25% Making Learning Gains in Reading Points Earned (Sum of Previous 6 Columns) Percent Tested % Free and Reduced Lunch Minority Rate
(Includes Learning Gains)
2005-2006  15   39    63    41    69    50    277    97    93    95   
2004-2005  14   43    79    43    70    48    297    98    90    95   
2003-2004  12   43    77    36    72    53    293    98    100    94   
2002-2003  15   42    81    45    79    50    312    97    88    94   
2001-2002  13   29    79    46    59    47    273    91         
2000-2001                      95         
1999-2000                      93         

上記はCollier学校区のIMMOKALEE HIGH SCHOOLの例であるが、school gradeを決定する数字はPoints EarnedつまりSum of previous 6 columns(左側6項目の合計)であることがわかる。

342あるうちの学校でF判定を記録したことのある学校は55校ある。その55校のschool gradeの推移を以下のような表にまとめた。

                学校名  1998/1999 1999/2000 2000/2001 2001/2002 2002/2003 2003/2004 2004/2005 2005/2006
ACADEMY FOR COMMUNITY EDUCATION (ACE)             308P 257F 302P
ALLAPATTAH MIDDLE SCHOOL   D D D 293D 289D 279F 295D 340C
ALTERNATIVE OUTREACH PROGRAM              205P 172F 192P
ASPIRA SOUTH YOUTH LEADERSHIP          276F 295D 346C 350C 409B
BOOKER T. WASHINGTON SENIOR HIGH          241F 255F 289D 293D 282D
BUNCHE PARK ELEMENTARY SCHOOL    F D C 321C 292D 297D 350C 351C
CAROL CITY ELEMENTARY SCHOOL    F D D 323C 341C 345C 358C 359C
CHARLES R. DREW MIDDLE SCHOOL    F D D 297D 301D 276F 314D 363C
COMSTOCK ELEMENTARY SCHOOL    F D D 261F 355C 335C 378C 394B
COPE CENTER NORTH ALTERNATIVE EDUCATION              232P 210F 301P
CORPORATE ACADEMY NORTH              177P 235F 207P
DORORTHY M. WALLACE COPE CENTER SOUTH                241F 245P
DOWNTOWN MIAMI CHARTER SCHOOL            255N 279F 356C 360C
DR. HENRY W. MACK/WEST LITTLE RIVER ELEMENTARY SCHOOL    D D D 265N 456N 224F 337C 338C
EARLINGTON HEIGHTS ELEMENTARY SCHOOL    F D D 286D 322C 352C 408B 338C
EDISON PARK ELEMENTARY SCHOOL    D D D 212F 337C 294D 309D 333D
ENEIDA M. HARTNER ELEMENTARY SCHOOL    F D D 364C 369C 361C 350D 371C
ETHEL F. BECKFORD/RICHMOND ELEMENTARY SCHOOL    F D D 415A 351C 403B 428A 410A
FLORIDA INT'L ACADEMY CHARTER        N 273F 316D 283D 336C 369C
FREDERICK R. DOUGLASS ELEMENTARY    F D D 262F 341C 370C 328D 350C
                 
HOLMES ELEMENTARY SCHOOL    D D D 307D 271F 265F 277F 322C
HOMESTEAD SENIOR HIGH SCHOOL    D D D 310D 296D 282D 298F 286D
IRVING & BEATRICE PESKOE ELEMENTARY SCHOOL    F D D 380B 345C 372C 423A 392B
J.R.E. LEE OPPORTUNITY SCHOOL ALTERNATIVE EDUCATION              163P 258F 190P
JAMES H. BRIGHT ELEMENTARY    F D D 385B 382B 387B 395B 435A
JAN MANN OPPORTUNITY SCHOOL ALT              172P 203F 233P
LENORA BRAYNON SMITH ELEMENTARY    D D D 311D 354C 364C 400A 257F
LILLIE C. EVANS ELEMENTARY SCHOOL    F D D 255F 408B 413A 395B 397B
LITTLE RIVER ELEMENTARY SCHOOL    D F D 323D 309D 305D 322D 337C
LORAH PARK ELEMENTARY SCHOOL    F D D 372C 331C 403B 429A 357C
MADISON MIDDLE SCHOOL    D D D 299D 310D 269D 301D 327C
MELROSE ELEMENTARY SCHOOL    F D C 394B 380B 356C 389B 397B
MERRICK EDUCATIONAL CENTER                241F I
MIAMI CENTRAL SENIOR HIGH SCHOOL      D D 280D 283D 268F 264F 278F
MIAMI DOUGLAS MACARTHUR NORTH SENIOR HIGH                171F 211P
MIAMI DOUGLAS MACARTHUR SOUTH SENIOR HIGH                262F 181P
MIAMI EDISON MIDDLE SCHOOL    D D D 327C 293D 269F 318D 337C
MIAMI EDISON SENIOR HIGH SCHOOL    F D D 231F 208F 259F 254F 274F
MIAMI JACKSON SENIOR HIGH SCHOOL    D D D 259F 259F 270F 289D 272F
MIAMI NORLAND SENIOR HIGH SCHOOL    D D D 274F 309D 294D 286D 289D
MIAMI NORTHWESTERN SENIOR HIGH    D D D 276F 278F 306D 297D 290D
NATHAN B. YOUNG ELEMENTARY SCHOOL    D D D 294D 406B 349C 440A 232F
NATURAL BRIDGE ELEMENTARY SCHOOL    F D C 354C 348C 373C 385B 393B
OLINDA ELEMENTARY SCHOOL    F D D 405B 433A 422A 445A 341C
PARKWAY ELEMENTARY SCHOOL    F D C 389B 403B 378C 416A 395B
PAUL LAURENCE DUNBAR ELEMENTARY SCHOOL    D D D 268F 281D 300D 354C 329C
PHYLLIS WHEATLEY ELEMENTARY SCHOOL    F D D 306D 303D 304D 294D 339C
PINE VILLA ELEMENTARY SCHOOL    F D C 311D 337C 346C 377C 315D
POINCIANA PARK ELEMENTARY SCHOOL    F D D 283D 317D 389B 389B 409B
ROBERT RUSSA MOTON ELEMENTARY SCHOOL    F C C 342C 401B 380B 396B 386B
ROSA PARKS CHARTER SCHOOL          189N 185F 313D 341C 296D
SCHOOL FOR APPLIED TECHNOLOGY          228N 298D 265F 301D 314P
SHADOWLAWN ELEMENTARY SCHOOL    D F D 288D 348C 319D 340C 408B
THE 500 ROLE MODEL ACADEMY              263P 218F 377P

前述の3パターンの枠内に当てはめると、低迷型8校、新設型12校、回復型34校(本当に改善しているのか、潜在型の途中過程であるのかが判別できないため、ひとまとめにして“回復型”という名称を用いた。)である。(表参照。)補足だが、このうち、マイノリティと無償または割引で給食を利用する者の割合がともに8割を超えている学校が40校、マイノリティが8割を超えるが、無償または割引での給食利用者が8割を切る学校は15校で、マイノリティが8割を切る学校はなかった。マイノリティと割り引き給食利用という2つの変数にもともと相関があることに由来する面もあると予想できるが、調査の範囲内では、複数のファクターをAYP未達成の壁として抱える学校の方が、単数のファクターしか抱えていない学校よりも多いということができる。このことは、マイノリティの多く在籍する学校はAYP未達成になりがちであるという先行研究を支持するものである。先行研究でも明らかになっているように、AYP未達成校において、未達成に引っ掛かるカテゴリはひとつではなく、「無償または割引で給食を利用する生徒」、「黒人の生徒」「ハンディキャップのある生徒」「マイノリティの生徒」「全校生徒」と複数の項目に引っ掛かっている。また、マイノリティの割合の変化を見てみると、F判定の学校の多くはマイノリティの割合が90%以上で推移している。また、給食を無償または割引で利用する生徒の割合も高い割合で推移しており、その割合に変化はほとんどない。また、マイノリティが100%となっている学校ではほとんどの場合、低迷型のF判定である。マイノリティの多い学校では州の基準にしたがって判断されると、改善の見込みは極めて薄いといえそうである。

次に、“回復型”をもう少し詳しく見てみよう。調査の始まった年は1998/1999年度で、これはNCLB法施行前にフロリダ州独自の政策である、A+Planがスタートしたことによるもので、全米に先駆けて生徒の学力をテストで測るシステムが導入されたためである。よって、前述の600点満点の方式でgradeを判断する制度が導入されたのは2001/2002年度にNCLB法が施行されてからで、判定の基準がこの年度を境に変わっている。この2つの年度は判定の基準が厳しく、1998/1999年度あるいは2001/2002年度のみF判定となっている学校が22校、あとの3校はその年ではないがどの年か1年間がF判定となっている学校であった。

このことからは、“回復型”における失敗校要素がもともと薄かったこと、school grade評価基準が初年度においては不当に厳しい基準が設けられていたか、あるいはF判定の学校に限らず全体として判定が上がっていることを考えると、評価の基準が下がっていることが推察できる。

また、回復型全体の傾向として、Points Earnedの推移が激しく、1年間でCからA、BからD、といったような安定性のない推移をする学校が多く見られる。このことは、評価基準として用いられている州統一テスト(FCAT)の問題の適切性、世代間平等性を疑う余地を示唆している。

2、 AYP評価についての考察

これまで、ある特定の地域における失敗校のAYP推移の結果を見てきた。ここでは、その結果から見るAYP評価方法の妥当性、限界性について考察する。

本稿ではその分類を潜在型、新設型、低迷型に分類して考えたが、このように分類するなどして、学校ごとの状況を把握することができた。すなわち、「潜在型」の学校ならば状況は好転する可能性を十分に秘めており、この学校における政策は概ねうまくいっているとの見方もできる。一方「低迷型」になってしまっている学校では少なくともreport cardを見る限りでは、現在の政策では学力向上の見込みは薄く、このままでは廃校になってしまう可能性が高いことが推察できる。

この点においてはreport cardがその学校の現状を反映するものとして見える部分であるということができる。

DADE学校区の失敗校ではそのほとんどがF判定を脱し、2005/2006年度の時点でF判定となっているのは5校のみである。しかしながら、standard testの結果はそれほど顕著に向上しているとはいえないのではないだろうか。このことは、AYPの評価だけで生徒の学力の向上を測ることの危険性を示すものである。また、州で一括の基準を設定し、school gradeを評定することは、学校間の格差を測るためのひとつの客観的尺度にはなるものの、その学校個々を見ると、年々の変動が大きい。例えばDade学校区のOLINDA ELEMENTARY SCHOOLでは2004/2005年度と2005/2006年度で100ポイント以上の差があり、1年間で激しく推移している。また、この学校は1998/1999年度にはF判定であったものが2004/2005年度にはA判定まで回復している。このような学校は珍しくはなく、このような急速に順調すぎる推移をたどるものが複数存在することは、にわかに信じがたく、その推移がどの程度有意なのかが判断しづらい。またマイノリティの割合の推移が変わらないことから、学校選択権があまり利用されていそうにないことが言えるが、それは先行研究を支持するものである。(しかしフロリダ州のバウチャー制は先進的であることで有名で、障害児には無条件での学校選択権があるなど制度は充実している。)よって、マイノリティの子どもたちの学力を測るためには学校ごとの年次調査で見るのが適切だと考えられるが、これはコホートでの調査ではなく、毎年4年生と8年生の調査なので個々の生徒、マイノリティの生徒の成績が上がっているのかどうかというところが判断できない。

学校間を比較する意味ではその学校への援助政策が成功しているかそうでないかを判断する材料として有用であるものの、その学校個々を時系列的に見た場合に、援助政策がその学校にどのような影響を与えたか、ということやその学校が低迷している原因は何であるのか、ということが探りにくい。

このような問題点から、AYPの評価の根本として、standard testの結果に偏りがちな点に改良の余地が残されていることが課題として挙げられよう。

教育の効用として「学力」は代表的な尺度であるが、現行の制度はその表面的な推移を見ることによってしかその学校の教育達成を見ることができない。
1クラスあたりの人数や、教員の人数などの質的側面や、進級率、バウチャー制度利用率などの効率性を測る視点などを多角的に取り入れ、現在の州全体の政策、成績不振校へのサポートが有効に働いているのかを判断する必要がある。

問題は、政策としてとられた学校選択や厳しい制裁措置の結果が個々の生徒に対してどのように反映しているか、という部分が不透明のまま政策が進められている点である。 

参考論文
五島一美 
“No Child Left Behindと教育の再生産:マイノリティと貧困の児童・生徒への影響”
早稲田教育評論 第18巻 2004

濱元伸彦
ノー・チャイルド・レフト・ビハインド法におけるアカウンタビリティ・システムの現状と課題 : ニュージャージー州の事例から
日本教育経営学会紀要47巻

Jimmy Kim and Gail .L Sunderman
Does NCLB Provide Good Choices for Student in Low-Performing School

参考HP
National Center for Education Statistics ホームページ
http://nces.ed.gov/

National Education Association ホームページ
http://www.nea.org

Florida Department Education ホームページ
http://www.fldoe.org/

New jersey Department Education ホームページ
http://www.nj.gov/

Alabama State Department of Education ホームページ