アメリカ教育制度改革の現状と課題
〜No Child Left Behind法施行4年目を迎えて


200200609
大高 皇


 No Child Left Behind法(以下NCLB法)が2002年1月8日に施行されてから、
4年目を迎えようとしている。アメリカ教育長官、Margaret Spellingsは同法の施
行4周年に当たって次のような声明を発表した 。*1

 「No Child Left Behind Act の4回目の記念日は、2002年1月8日にブッシ
ュ大統領によって署名されて以降、我々はどんな教育の困難も解決することができる
ことを確信しているように感じる日である。4年前に我々の国はそれがもうただその
子供たちの1部だけを教育した公立学校システムを認めないであろうと言った。(中
略)結果が現れはじめている。9歳の子供たちは過去の5年間で、以前の30年間よ
り読解力を進歩させ、数学の学力でも早い復権を示した。注目に値する、アカデミッ
クな利益が、かつて批判家が手に負えず、学力格差の大きいアフリカ系アメリカ人の、
そしてヒスパニックの学生によって齎された。議会と国家は、教師とこの法律の仕事
をした者、そして親に非常に感謝する。今、我々は同じ決意と成功の喜びを、我々の
最も新しい挑戦にもたらさなくてはならない。世界的な競合がゲームのルールを変え
た。かつて望まれた品質教育は今、不可欠である。高校卒業者が労働力と大学や世界
で競争するために技能を持っていなくてはならない。そして、高校は結果について責
任があると考えなくてはならない。(中略)NCLB法が我々に変革と改革が可能である
ということを教えた、そしてブッシュ大統領は再び改革をなすべく予算を計上してい
る。」

 この声明はまさに、NCLB法に基づいた4年間の取り組みが功を奏していることを讚
えたものであるが、一方でNCLB法の実態が明らかになるにつれて年々、NCLB法に対す
る批判も高まっている。例えば、Public Education Network & Education Weekが約1
000名に対して行なった世論調査 *2 によれば、新たに制定されたNCLB法のことをよく
知っているとの回答は2003年度が56%だったのに対し、2004年度は75%と上昇している。
しかし、これを支持するという回答は2003年度の40%に対し、2004年度は36%と低下が
見られ、一方、支持しないという回答は2003年度8%に対し、2004年度は28%と急上昇し
ている。これら不満の理由としては、「連邦の財源が不充分である」が57%、「厳しい
テストと低学力校に対する罰が適当でない」が58%、「特に不自由な生徒や英語に不自
由な生徒を普通の生徒と同じ基準で計っていることに反対」が58%、「教員給料を増や
す必要がある」が87%、「クラス定員を減らす必要あり」が82%(複数回答可)の割合を
占めている。

 この調査を裏付けるように例えばヴァージニア州では、2004年1月に、既に州が行な
っている3年生と8年を対象としたSOLテストや、高校生に対する英語・歴史・数学・
理科のテストを実施し効果を挙げていることを理由にNCLB法に拠るのではなく州独自の
方法で教育をおこなっていくという議案を可決した。しかし同年11月には、この法案を
成立させないほうが賢明であろうとして委員会でこれを廃案にした。この理由としては、
連邦からの復讐を恐れ、連邦からの資金2800万ドルが凍結されることの懸念がある。し
かし依然として、その理由の他に「改善を要する学校」に対する罰が適当でないこと、特
に不自由な生徒や英語に不自由な生徒に対する標準テストの不満が強い。 *3

 この2つの現況報告で強調している、「厳しいテストと低学力校に対する罰が適当で
ない」・「特に不自由な生徒や英語に不自由な生徒を普通の生徒と同じ基準で計ってい
ることに反対」は、共に学力テストとその成果に関する不満という点で共通している。
これら、学力テストに基づく賞罰が強く前面に押し出された背景には、当然ながら日本
以上に深刻な学力低下の問題がある。実際、アメリカの子供たちの学力は低い。スタン
フォード大学やミシガン大学など米国の有名大学が共同で設立した教育関係の研究機関
であるCenter for Study of Teaching and Policyの調査によると、日本の中学2年生は
数学がシンガポール、韓国、台湾、香港に次ぐ5位に、科学は、台湾、シンガポール、ハ
ンガリーに次ぐ4位にそれぞれランクインしているのに対して、アメリカの場合は、数学
が先進国で19位、科学は18位、とそれを遥かに下回る結果となっている。 *4

 こうした理系教科の成績低迷は、近年世界的に成長を見せているIT関連産業にも暗い
影を落としている。例えば、シール・オーディオ社の社長であるキャシー・ゴーニク氏は、
スピーカー製造部門の求人を行うたびに、部品の寸法が所定の許容誤差範囲にあるかどう
かを 検査するために必要な、計測と分数計算の能力を持つ高校卒の人材を見つけるのに苦
労する。「最も基本的な知識さえ身につけないで就職市場にやって来る」と 同氏はこぼす。
更に、理系科目以外の科目の出来の悪さも問題になっている。ゴーニク氏はかつて、1人の
受付係の職に対して400人以上の応募者を面接したことがあるが、主語と述語と目的語を一
致させて話すことができない者ばかりだったという。このように、専門的技術どころか、基
礎学力に不足がある新入社員にアメリカ企業は毎年166億$を費やしている。この出費を減
らしたい一心で、アメリカの大企業は、ブッシュ政権の教育改革の目玉だった、NCLB法の制
定を支援したが、やはり十分な改善は見られていないようである。

 確かに、同法制定以降、これら大企業は積極的に地域の学校に関わり、ITの活用も積
極的に行なっている。例えば、国際的なシェアを誇るIBM社の取材レポート *5によれば、
アトランタ近郊のHouston County High Schoolでは、音楽の授業ではMIDIを中心にソフト
ウェアを利用した作曲の授業が行われ、幾何の授業では、電子ホワイトとボードを利用し
たり、簡単に生徒のアンケートが集計できるようなデバイスを配布したり、あるいは、生
物の授業では顕微鏡の映像をそのままプロジェクターへ投射して説明に利用をしたり、ま
た化学の授業では数値をPCへ入れてプロットをすることで、塩水の濃度に対する電気伝導
率についての実験を行うなど、多様な使い方があった。同校では、ハードウェアとしての
導入設置だけではなく、実際の授業支援の道具として使われている印象が強く、使われて
いるテクノロジーがすばらしいとか特定の科目向けのソフトウェアでよいものが使われて
いる、ということではなく、授業の中に比較的入手可能な身の回りにあるテクノロジーを
取り入れる工夫が随所に見られたと報告されており、「『何を使うか』よりも『どう(授
業に)役立たせるか』という観点で見るべきものが多く、授業に積極的に取り入れようと
する先生方の工夫や努力を感じました。」と同報告はまとめられている。

 しかし、多くの経営者は、義務教育がすぐ改善される見込みについて悲観的であり、前
述のゴーニク氏も「今後もだめだろう」と語っている。ゴーニク 氏は、「何とか我慢でき
る程度の米国人受付係1人を見つけるために、私は400人以上を面接したというのに、当社
の海外代理店の人たちは非の打ちどころがない英語を話す」と皮肉る。同社は成長企業だ
が、アメリカで雇用を増やす予定はなく、ゴーニク氏は「アウトソーシングで成長するつ
もりだ」と述べている。
 これら導入4年間の成果を見るに、確かに同法は生徒の成績により学校の予算や教員の
給与を決めるという成果主義を全米に導入した点では画期的であった。しかし、逆に言え
ばそこに留まっていると言うことができる。即ち、制度面で大きく改革を進めることがで
きたが、その評価方法や実際の教育内容の改善までには十分に至っていないということで
ある。こういった点を見直すことで、NCLB法による教育改革はさらに前進するのではない
だろうか。




*1:PRESS RELEASES Statement by U.S. Secretary of Education Margaret Spellings
on the Fourth Anniversary of the No Child Left Behind Act(http://www.ed.gov/ne
ws/pressreleases/2006/01/01092006.html 2005/01/08 DL)
*2:Public Education Network & Education Week のサイト、(http://www.publiceduc
ation.org/)で公開されている。
*3:Washington Post 2004年11月11日号
*4:Electronic BUSINESS Japan 2004年8月号劣等生は高コスト 学力低下に悩む米国
(http://www.ebjapan.com/content/monthly/2004/08/trend/trend04.html 2005/01/08 DL)
*5:2004年海外教育事情調査レポート 2004/10/17-28 米国におけるICTの導入状況視察レポ
ート (http://www-06.ibm.com/jp/edu/report200410.html 2005/01/08 DL)