人種差別撤廃に向けた教育政策の動向

２．人種差別撤廃に向けた教育政策の動向

ⅰ．人種隔離教育の始まり

　北部の都市ボストンでは、1798年黒人たちの希望により人種隔離教育が開始され、 1818年に制度化した。児童間での喧嘩が絶えず、黒人に対する嫌がらせがあったからである。その後、1860年までに人種統合教育は始まっていたが、表面的なものとなっていた。

　南部においては、白人教育は私学によってなされ、黒人教育は無視、あるいは法によって禁止されていた。人種による教育は"Separate but Equal"（分離すれども平等）であるとして認められてきたが、その実態については以下の3点が指摘されている。

①白人校と黒人校の設置数の不均衡
…通学距離、他地域の学校に通う際の授業料獲得のための選抜試験とその合格率の低さ
②黒人校の教育環境の劣悪さ
…教室・図書館等の設備、教育支出額の不平等
③白人教員と黒人教員の格差
…賃金格差、無資格教員の存在、教育の質の低下

　1861年から1865年の南北戦争によって南部11州が敗北し、連邦政府の統治下に入った。連邦政府は合衆国修正憲法第13条、同14条、同15条の批准の要求を要求し、南部11州は州憲法修正の必要性に迫られ、人種統合への動きが見られた。しかし、連邦政府の南部からの引き上げに伴って南部白人による反動が起こり、再び人種隔離への動きが顕著になった。

ⅱ．人種差別撤廃に向けた取り組み－裁判所決定を中心に－

　ブラウン判決以降の主な判決と裁判所決定は以下の通りである。

1954 ブラウン判決
・公立学校における白人と黒人の別学（Separate but Equalの原則）の違憲判決

1964 市民権法（the Civil Rights Act of 1964）
・連邦司法省に対し、人種隔離教育を続ける州を相手取って訴訟を起こす権限を付与
・連邦健康・教育・福祉省に対し、州が人種統合計画案を作る際、助言を与える権限と、そのような努力をしない州には補助金を停止する権限を付与（第6条）
①通学区域制度(A)、②通学校自由選択方式(B)、③これら2つの併用

1965 初等・中等教育法（the Elementary and Secondary Education Act of 1965 （ESEA））
・「教育上不利な状況下に置かれている児童生徒（educationally deprived children ）」の教育を助けるため、連邦政府から州政府へ補助金を支出。

1967 ジェファーソン判決
・通学校自由選択方式の違憲判決

1968 連邦最高裁判所
・通学校自由選択方式の禁止

1968 グリーン判決
・「人種隔離教育を法律で強制したり容認した過去を持つ州は、単に人種隔離教育を止めるだけでなく、積極的に人種統合を進めるべきである」

1971 スワン判決
・バス通学方式(C)の導入

1978 バッキ判決
・Quota制(D)に対して、「人種は考慮すべきだが、定員は決めるべきではない」という判決

1982 連邦議会
・連邦補助金をバス通学に当てることを禁止

(A)通学区域制度：学区の再編（redrawn school district boundaries）、学区内の最寄りの学校に通う。
(B)通学校自由選択方式：学校選択（school choice）、通学校を自由に決められる。
(C) バス通学（busing）：児童生徒を強制的に他地区の学校にスクールバス通学させ、人種均衡を図る。
(D)Quota制：高等教育などの定員に対して一定の人種を考慮した枠を設ける制度。アファーマティブ・アクション（優先的救済策）の一環。

　その他にも人種統合政策の一環として、マグネットスクール（magnet schools）などの取り組みが導入されていった。マグネットスクールとは、特色ある教育を実施することで、通学区域の枠にとらわれずに児童生徒を集める公立学校である。オルタナティブスクール運動の影響や、1976年に連邦補助金支給の対象となり全米に拡大した。強制的人種統合策であったバス通学に代わるものとして補助金支出の対象となって以来、自発的人種統合策として高い社会的評価を得ている。1998年で約2400校にのぼる。課題としては、エリート校化、学区内の他の学校の資源が不足すること、行政主導であることが指摘されている。

ⅲ．1990年代における人種差別撤廃に関する政策の転換

　1990年代に入るとこれまでの方針に大きな転換が見られる。

　一点目は、1992年に最高裁判所は学校における人種差別撤廃のために行っていた学区への監督を、地方裁判所の自由裁量で行ってかまわないという見解を示し、学区は実質的に"Green Factors"の義務から開放されることとなったことである。この決定の背景としては、これまでに尽力された学校における人種差別撤廃への肯定的評価があったこと、その一方で、教育的視野からだけでは解決しがたい根深い人種差別の問題が存在しているという指摘がある。また、この決定の結果、多くの都市の学区において生徒を近所の学校に戻すという動きがみられ、再び人種差別が進んでいるという指摘もある。

　1990年代の学校における人種差別撤廃のもう一つの傾向として、これまでの移動政策や人種割り当てという方法から、マイノリティの子どもの教育へのアクセスや学業達成に関心が向けられることが増えてきた点が挙げられる。その理由としては、人種差別撤廃に取り組む学校においても、トラッキングや実践におけるグループ分けによって人種差別が続いているという批判があったからである。

　しかし、1995年ミズーリ州に対して最高裁判所は、「マイノリティの生徒の達成度が単に全国平均よりも低いというだけで、人種差別撤廃政策を続けるべきではない」という判決を示した。 1999年以降、連邦は、州は財政的な責任から自由であると規定し、学校における人種差別撤廃に割り当てる資金が削減されたという例がある。その後、人種差別撤廃の計画をしている学区は学業達成以上に、学区のすべての施策・実践・計画・活動から人種差別の痕跡をなくすという「学校内の統合」に関する問題として関心を払うようになってきている。

前のページ　次のページ