一章 アメリカ教育改革の新星、チャータースクール



第一節 背景

 1980年代アメリカでは様々な教育改革が行われていた。公立校が機能不全に陥り、予算も削減されたままでは当然父母の期待に応えるような教育内容やレベル、安全な学習環境を提供できない。父母の不満は高まるばかりであるが、かといって私立校に通わせるような十分な収入もなく、やむを得ず公立学校に通わせることになる。消極的な選択肢として公立校が存在し、公教育内部には学区システムからはみ出す子ども達が沢山いるのである。

 鵜浦(2001)は、こうした学区の惨憺たる状況の批判として、特に保守派や財界が槍玉に挙げてきたのは、次の要因である(1)。第一に、州の教育コード、各学区の方針による過剰な規制。これが現場教員の創意工夫を妨げる。第二に、学区オフィスの官僚主義的管理。これが教育現場に非効率をもたらす。第三に、教員組合。これが無能な教員をはびこらせている。そして、学区オフィスが公立校を従属させ、公教育を独占している状況、これこそまさに諸悪の根源だと言うのである。

そのような状況を改善する為に提唱されてきた種々の改善案に見られる共通の考え方として、「競争・選択」の原理が見られる。つまり従来の公立校による公教育の独占状態を廃止する為に学区システムに何らかの方法で「競争・選択」の原理を導入して、父母が学校をあたかも商品のように選択する、あるいは学校が父母を顧客として奪い合う、一種の「公教育市場」をつくるのだ。

 「競争・選択」原理を導入すれば公教育が必ず改善されるとの保証は無いが、このような、いわば「学校選択」の考えを基とした教育改革が、アメリカでは行われてきたと言える。例えば、通学区を決めずに学区全体から生徒を募集するマグネットスクール制度や、多彩なプログラムをもった公立校を設置したり、オルタナティブスクールとしてまとめられるこれらの公立校は、従来の画一的な通学区域指定校とは違うものであった(いずれも教育委員会によって開校・運営されている点では同じであるが)。また、公立校に通う生徒が私立校に転学した場合、その生徒の学区予算を私立校に配分することで、公教育内の選択制の対象範囲を私立校にまで拡大するバウチャー制度などの導入も図られている。

 しかしながら、これらの制度が公教育改革の決め手となることはなかった(2)。アメリカ公教育改革は手詰まりの状態に陥り、国の巨大な予算と生徒の貧弱な成績を対比してみると、合衆国の公立学校は産業社会のなかで生産性が低いと言わざるを得ない(3)

 このような背景において、期待をこめて導入されたのがチャータースクール制度である。



第二節 仕組み

 ではチャータースクールは一体どのようなものであるのだろうか。

 チャータースクールの特徴とは、以下の五点が挙げられる(4)
 ・おおよそ誰にでも創設しうる。
 ・ほとんどの州及び地方の諸規則の適用を免除され、運営は基本的に自律的である。
 ・家族が選択して、その子ども達を通わせる学校である。
 ・そこを選んだ教育者達が教職員となる。
 ・満足な成果を上げなければ閉鎖されることに従わなければならない。  

 チャータースクールの重要な特性として、第一に、独立している。その教育結果に対して外部機関や保護者に責任を持つけれども、チャータースクールには彼ら(運営主体)が最善と考えるような結果を作る自由がある。自己管理する機関でもある。私立学校のように、カリキュラム・授業・教職員・予算・内部組織・学事の計画や予定などの領域で広範な裁量権を持つ。第二に、チャータースクールは選択制の学校である。何人もその意志に反して入学を割り当てられない。親は、私立学校の場合と同じように、子どものために学校を選ぶが、新しいチャータースクールは明らかに実績をもたないので、親は大きなリスクを背負うことになる。

 「チャーター(認可状)」それ自身は正式で、法的な文章であり、学校を立ち上げ運営する主体とそうした学校を認可し監査する公共団体との間で交わされる「契約」とみなされる。前者を「オペレター」、後者を「スポンサー」と呼ぶ場合もある。

 チャータースクールでは、保護者のグループ、教師のチーム、病院などの地域社会の組織、大学あるいは保育センター、さらに民間企業でさえ運営者(オペレーター)になりうる(数州においては)。教育機関が自らチャータースクールを設置しうるし、実際そうすることもある。既存の学校が、地方の公立学校制度から離脱しようと試みたり、あるいは、いくつかの地域では、授業料を徴収する私立学校から、租税で維持されるチャータースクールに変更したりすることが試みられている(5)。こうした例では、親、教職員、あるいは私立学校の理事会がチャーターに応募する。応募に際しては、チャータースクールが何故必要か、いかに運営されるか、どんな成果(学業面やその他で)が期待できるか、その成果がどう評価されるか、などがはっきり説明される。運営者は学校を経営するために、民間企業や「教育運営組織」のような自前でない機関とも契約する場合があるかもしれないが、運営者には認可者に対する法的な責任が残っている。

 認可者は、通常、州ないしは地方の教育委員会である。いくつかの州では、公立大学も、教育委員会や市議会と同様に、チャーターを発行する権限を持つ(6)。認可者は応募が堅実なものとみなせば、契約期間が一般には5年間、ときには1年という短期や、15年という長期にわたる、チャーター(あるいは契約)の詳細について交渉に入るだろう。

 チャーターの有効期間中、チャータースクールはそれにふさわしく活動できる権限を持つことができるが、それはその州のチャータースクール法の内容によっても異なる。「強い」(strong)チャータースクール法を持つ州では、チャータースクールを創設するのに適していると考えられる。それに比べ、「弱い」(weak)チャータースクール法を制定した州では、チャータースクールーの数は少ない。教育改革センター(Center for Education Reform:CER)の2004年の調査では、認可された学校数、チャータースクールのタイプ、地位の支持を示す正式な証拠の必要性などの各項目をポイント化し、そのポイントの合計点によって、「強い」あるいは「弱い」と判別している。チェスター(2001)はそれをもとに、弱いチャータースクール法に共通する5つの要素を以下のように示している。

 ・学校の申請資格を限定する。例としては、既存の学校はチャータースクールに設置形態を「変更」できるが、新設校は認められない。
 ・発行できるチャーターの数や在学生徒数を厳しく制限する。
 ・学区教育委員会だけがチャーターの認可権を持ち、学区と反対の決定を求めて上訴するための有効な手段もない。言い換えれば、多くのチャータースクール創設者たちは、学区教育委員会から逃れたいと強く望むが、学区教育委員会がその出口を閉ざす絶対の権限を持つ。
 ・教員資格、統一給与表、団体交渉協約など、従来の公立学校と同様の制約が学校運営に課せられる。
 ・チャータースクールには生徒一人あたり経費の全額は支給されず、施設費その他の資本支出の費用は全く配分されない。

 
 また、強いチャータースクール法に関しても10の要素を示している。
 
 ・ほとんど誰でもがチャーターを申請することができる。教師の集団や親の集団、非営利組織、営利企業、更には既存の私立学校も申請することができる。
 
 ・複数の設立認可者がチャーターを認可することができ、または学区教育委員会による不認可の決定を再審査する為に、実効ある上訴手続きが定められている。
 
 ・州及び学区の規制のほとんどを自動的に適用除外される。
 
 ・学校は、予算、人事、カリキュラム、その他の主要事項を効果的に統制することができる。
 
 ・チャータースクールの校数や生徒数を州が制限しない。
 
 ・従来の公立学校での資格をもたない人も含めて、どんな人でも学校は雇用することができる。
 
 ・生徒一人あたりの運営費は、従来の公立学校と同額である。
 
 ・学校は、設立及び資本支出の資金を入手することができる。
 
 ・学校は団体交渉協約の対象外となる。
 
 ・州全域に及ぶ適切なチャータースクールのアカウンタビリティ制度が設けられている。
 
 強い法と弱い法を区別することが、政策の現実世界において意味を為すかどうかは大きな問題では無いが、強いチャータースクール法を有することによって、チャータースクール制のその理念を生かすことができると言える。連邦議会も、1998年にチャータースクール普及法(The 1998 reauthorization, the Charter School Expansion Act)を制定したが、これは1億ドルの学校設立向けの連邦補助金プログラムを再承認するものであった。これによって、チャータースクールの数を増加させたり、複数の認可機関を設けたり、チャータースクールに真の財政的自律性を与えたりする州に、連邦補助金が優先的に配分されるようになった。
 

 このように、連邦も積極的にチャータースクールの設立を推進しているが、どの州のプログラムにも、NCLB法にも含まれ、強くチャータースクールを規定する考えがある。それは、アカウンタビリティの考え方である。
 
 次章では、チャータースクールとアカウンタビリティとの関係性について扱う。
 


(1)鵜浦裕『チャータースクール アメリカ公教育における独立運動』2001、頸草書房 p.6

(2)バウチャー制度は、税金を私立校に、更に言うなれば宗派立学校へ費やすことの可能性から反対論が根強い。宗派立学校へのバウチャーに関する判例は、以下の通り未確定とされている。 ミルウォーキーでは、1998年6月の州最高裁判決で合憲とされ、同年に連邦最高裁は上訴を棄却したので、合法的な制度として存続。フロリダ州では、2000年10月の州高等裁判所判決で、州憲法の教育条項には違反しないとバウチャーを認めたが、合衆国憲法の国教条項(修正第一条の「国家と宗教の分離」に関する条項)については判断を下さず、一審に差し戻している。オハイオ州クリープランドでは、2000年12月、連邦高等裁判所判決が国教条項違反で違憲判決を下した。
チェスター・E・フィン・Jr他著、高野良一他訳『チャータースクールの胎動―新しい公教育をめざして』2001、青木書店 p.399

(3)同上 p.17

(4)(5)同上 p.18 (6)SRIの2001-2002年の調査によれば、チャーターの認可機関として地方の教育委員会、学区が当たる場合は45%、州の教育省や教育省長官が当たる場合は41%、州立大学あるいは公立大学が当たる場合は12%である。
『SRI 2001-02 charter school survey』
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