第2章:初期のチャータースクールをめぐる議論

0.はじめに

 第1章において、チャータースクールが一体どのように認 可されていくのか、そして、アメリカ全体として現在どのよう な状況にあるのかということを紹介した。そして、補足として 提示したデータによって、チャータースクールの多様性を認識 することができた。本章においては、まず、このように多様な 教育を可能とするチャータースクール制度が何故成立しなくて はならなかったのかという点から論じていきたい。

1.チャータースクール誕生の背景

 アメリカの公教育は人種差別という根深い問題を抜きには 語れない。特に、黒人の人々の多くが歴史的に低い立場におか れてきたため、社会的・経済的格差によって満足な教育を受け られなかった。そして、より良い教育を行なうために連邦政府 は様々な施策を行うものの、より良い教育を受けた親を持ち、 経済的にも恵まれている白人層は施策の恩恵を受ける一方で、 黒人層の多くが取り残されてしまうというような格差の拡大と いう悪循環を招いてしまった。

 1980年代から1990年代にかけてアメリカの公教育は以下の 2点について特に批判を浴びていた。
   @過剰な規制…法的な規制や学校区の学校に対する支配
   A教員組合…教師の怠慢を引き起こす原因
 これらの改善のためには競争・選択の原理が公教育に求められ、 打開策としてバウチャー(Voucher)制度が一部で導入されるよ うになった。バウチャー制度とは、学齢期の子供を持つ保護者に 対し公立学校でかかる授業料を金券として一旦配り、入学する際 に入学する学校にその金券を持っていくと、指定された範囲の学 校であればその額面分の授業料が免除となるシステムである。選 択できる学校は学校区内の公立校であったり、私立校を含めたも のであったりする。

 しかし、一見競争・選択の原理を導入するかのようにみえた このバウチャー制度の評価は非常に低かった。
   @税金を公立学校から私立学校へ奪い取るものである。(特に教員組合が主張)
   A学校区という枠組みを崩すものではない。
   B経済的に恵まれない人々にとっては実質的な選択の権利がない。
 以上がバウチャー制度の主な問題点である。圧力団体としての性格を持つ 教員組合からは税金が私立学校へと流れるとの反対を受け、さらには学校区 を超えた選択ができないことで、当時批判を浴びていた学校区の学校に対す る支配の改善にも結びつかない。また、私立学校を選択する際には、配られ た金券では賄いきれない授業料がかかり、加えて入学時の選抜も行われる。 すると、経済的にも恵まれず、そのために学力にも大きなハンディキャップ を持つ黒人層の多くの人々には実質的な選択権がないということになる。さ らに言えば、白人層を中心に選択権を持つということがより教育の人種によ る格差を広げる可能性もある。

そのため、現実に1998年以降、オレゴン州、コロラド州、カリフォルニア 州の州民投票では相次いでバウチャー制度の導入が否決されている。そして、 このバウチャー制度の代案として生まれたのがチャータースクール制度である。

2.初期チャータースクールをめぐる議論

 このようななかで導入されたチャータースクール制度であるが、学校区 の枠をこえるものであり、完全な公立校であり、基本的に州内の人々であれ ば、誰しもが選択権を持ちうるという点はバウチャー制度の問題点を完全に クリアするものであった。しかし、これまでの硬直した教育システムを柔軟 なものとし、新たな教育的試みを可能としたこの制度にも多くの問題点があ る。それでは、ミネソタ州とカリフォルニア州がチャータースクール法を成 立させた前後、1990年代前半のチャータースクールに対する批判・問題提起 について取上げていきたい。

 @教員免許の問題

 腐敗した教員組合が大きな力を持っている中で、腐敗した教師同士を 選択させたところで競争原理は働きにくい。何よりも、これまでにはない優 れた人材を学校教育の現場に入れる必要がある。つまり、チャータースクー ルで教える教師の資格については、これまでの公立校とは異なり、必ずしも 教員免許を持っている必要はないのではないかという方向で法整備が進めら れて行った。しかし、ミネソタ・カリフォルニア両州では教員組合からの反 発が強く、最終的にチャータースクールで教えることができるのは、ミネソ タ州では免許を持った教師だけとされ、カリフォルニア州では学校が申請時 に定めた、特定の資格を持った人(音楽なら演奏家というように、教える分 野に優れた人)だと定められた。

 教員免許の問題は学校で教える際の問題にとどまらない。チャータース クールをつくること自体が教員組合の既得権益と関わってくる。教員にとっ ては変化のない安定した職場で働くことが第一であり、外部からよそ者が入 ってくることは歓迎すべきではない。そこで、チャータースクールを立ち上 げる際にも教員免許が必要かどうかという問題が発生した。無条件で誰でも が立ち上げられるシステムであれば、当然、保護者や子供のニーズは実現し やすい。しかし、これもやはり、教員組合の反発によって、教師の利益を優 先した法になった感がある。ミネソタ州では教師(つまりほとんどの場合は 腐敗した教員組合の構成員)が最低一人以上参加し、しかも、申請の手続き は必ず教師が先導していかなくてはならないとされ、カリフォルニア州では、 申請するのはどのような個人でもいいとしながらも、学校を立ち上げる予定 の学校区の全体の教師の10%以上、若しくは、学校区の中の特定の学校一校 の教師の50%以上の同意の署名が必要とされている。どちらの州の場合にも、 教師の同意がある程度必要、言い換えれば、教師が自分にとって脅威となり 得ない、競争にならないであろうチャータースクールしか設置できないシス テムになったのである(1)

A学校区の支援の問題

 教員免許の問題を教師とチャータースクールの利害関係の問題だとする のならば、次に挙げられるのは学校区とチャータースクールの利害関係の問 題である。特に他の学校区のチャータースクールに生徒が取られてしまうと、 生徒の人数によって州や地方の教育当局から配分されていた予算は当然減少 する。ミネソタ州では、どこの学校区を設置認可の母体としても良いとし、 カリフォルニア州では、学校区教育委員会に申請が却下された場合は、その 上位組織として構成されているcounty boardというより大きな教育委員会に 上告し、設置認可を受けることができるとされた。そのため、ミネソタ州で はお互いの権益を守るために、学校区が相次いで申請を却下し、カリフォル ニア州でも、認可されたチャータースクールに対し様々な面で支援を行わな いという事態が起こった(2)

B宗教の問題

 日本が特定の宗教活動に対して公金を使ってはならないのと同様に、ア メリカにおいても政府が特定の宗派に対しての援助はしてはならない。そこ で、宗派立が多くを占めるアメリカの私立学校がチャータースクールへと転 換すること可能かどうかが問題となった。ミネソタ州では既存の特定の宗派 立の学校でなければ、私立からチャータースクールへの転換は可能としてい る。また、カリフォルニア州においては、設立されて間もない私立学校がチ ャータースクールへ転換することは、宗派立であるなしに係らず不可とした。 (3)

 なお、私立学校からのチャータースクールへの転換というのは、私立学 校で授業料や設備費を自ら賄っていた生徒が公立学校へと来ることを意味し、 州の授業料の負担の増加という別の問題も生じた。

ミネソタ州 カリフォルニア州
教師の免許の保持 免許を持った者のみ。 学校が申請時に定めた特定の資格を持ったもの。
申請者の免許の保持 免許を持ったものが最低一人必要。
申請の手続きを進めていく者も免許の保持者。
免許は必要がない。
ただし、学校を設置する学校区の教員の10%、 若しくは、学校区内の特定の一校の教員の50% の同意の署名が必要。
設置認可者 州内どこの学校区教育委員会でも可。 学校区教育委員会。
却下された場合は、county boardへの上告可。
私立からの転換 特定の宗派立でなければ可。 新設校はいかなる場合も不可。

3.初期の問題点から

 初期の問題点として、大きく3点に注目してきたわけだが、 それが果たして初期だけの問題であるのかといえば、そうではな い。つまり、初期に議論された問題というのはチャータースクー ルというシステム自体が含む問題であり、現在においてもなお解 決されてはいない。特に、宗教の問題などは今後も解決され得な い問題として残っていくであろう。これらの問題を抱えながらも なお、チャータースクールはより大きな問題の解決策として期待 されていたのだと考えることもできる。アメリカの公教育がそれ だけ、改革を迫られるような状況だったのだと言えよう。


(1)"Charter Schools: A Viable Reform Initiative" Louann Bierlein, Lori Mulholland, November 1992 Morrison Institiute for Public Policy (pp.3-4)
(2)同上、(pp.4)
(3)同上、(pp.12)

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