3、大学入試制度におけるアファーマティブ・アクションとそれをめぐる判例の整理

 既述したように公民権法にアファーマティブ・アクションが盛り込まれたが、それは法整備をしたにとどまり、 形式的な平等を確保したにすぎず、実質的な平等を獲得したとは言えなかった。アファーマティブ・アクションが初めて 登場したと言われている1961年のケネディ政権下の大統領令14 、そしてより有名な1964年のジョンソン政権下の 大統領令14 の中でも、 機会の平等を述べているにとどまっている。そこで一歩進んだ平等の手段の一つとして、大学入試制度における アファーマティブ・アクションがある。具体的に大学入試制度におけるアファーマティブ・アクションとは、マイノリティの 入学枠を別に設ける割当制(クォータ制)、マイノリティの合格点を引き下げる、持ち点を最初から多く与える等の マイノリティー優遇措置である。この制度は当初は白人も過去の反省から、平等を実現するために黒人を中心とするマイノリティを 優遇する措置を認めていたが、次第に白人から逆に不平等だと批判されるようになった。これが「逆差別」論争である。 教育に関する主な判例として、「バッキー判決」、「ホップウッド判決」、「グラター対ボリンジャー事件」が挙げられる。 また事業委託に関する判決である「アダランド判決」は、アファーマティブ・アクションの変容を見る上で重要な判例であるため、 ここでも述べることとする。

 「バッキー判決」16 は、1972年にカリフォルニア州立大学デイヴィス校(UCD)の医学部に2年連続で不合格となったバッキーが、 大学が学生の多様性のために100人の定員枠にうち16人をマイノリティ枠として設けていることが逆差別であると争った事件の判決である。1978年に連邦最高裁は、 人種を考慮する入学者選抜方式を全く否定したわけではなかったが、デイヴィス校の割当優遇制度を違憲とした。 ここでは、異なった取り扱いが政府の重要な目的に本質的に関連しているかを審査する中間審査基準が採用された17

 「アダランド判決」18 では、公共事業の元請け業者が、下請け業者としてマイノリティーに所有されている業者を雇った場合に 元請け業者に連邦が付加的な補償を与えるアファーマティブ・アクションのプログラムの合憲性が問題となった。 アダランドはこのプログラムがなければ、契約を得ていたであろう非マイノリティー所有の下請け業者である。 最高裁はアダランド判決は厳格審査に付するため、原審に差し戻した。吉田仁美はこのアダランド判決の大きな意義として、 「人種を理由とした区別が、政府によって用いられた場合には、行為者が州政府であれ、連邦政府であれ、また、政府の目的が、 人種差別的なものであれ、アファーマティブ・アクションの実施であれ、一律に厳格審査を適用することを宣言し、 人種を理由とする区別に関わる平等保護の分野で、理論的統一をなしたことである」と述べている19

 これまでアファーマティブ・アクションには、通常人種差別に適用されるよりも緩やかな合憲性審査を適用しようと議論があった。 その大きな根拠は、アファーマティブ・アクションと人種差別の性格の違いである。人種差別が特定の人種に属する個人を 圧迫しようとするのに対し、アファーマティブ・アクションは過去の人種差別の影響の克服、ないしは人種的多様性の確保による 人種統合を目的とかかげ、広い意味での救済を目的とする。厳格審査ではなく、中間審査やその他のよりゆるやかな基準を アファーマティブ・アクションに適用しようというような意見は、このような差異が一見して判別可能であるという前提に立って、 アファーマティブ・アクションを人種差別とは違った基準で審査すべきだとする20 。すなわち、これまではアファーマティブ・アクションと 人種差別は区別することができると考えられていたが、実際は人種差別と同視され、アファーマティブ・アクションンは同様の厳しい 審査基準を適用し違憲という判決にされやすくなってしまった。しかしアダランド判決における判事の個別意見の一つは、 アファーマティブ・アクションへの厳格審査の適用について、適用されたが最後、まず合憲の判断が下されることはないという 一般的な厳格審査の理解とは違って、アファーマティブ・アクションが厳格審査を通過し、合憲とされる可能性を示唆している21

 「ホップウッド判決」22 は1996年テキサス大学ロースクールの選考において、マイノリティ優遇入学制度について争われた事件の判決 である。その優遇制度は、マイノリティの入学者選考過程は別に設けられており、選考基準も異なっていた。また入学者の比率は ヒスパニック系が10%、アフリカ系が5%と目標が定められていた。連邦地方裁判所は、アダランド判決より厳格審査を適用し 、異なった選考過程で少数民族の出願者を選別するのは違憲無効だとした。そして控訴審は地方裁判所の判決を支持し、 この優遇入学制度を同様に違憲無効とした。しかしバッキー事件のようにホップウッドの入学許可は認められなかったので、 連邦最高裁判所に上告をしたが審理は拒否され。1996年に下級裁判所に差し戻され、再び最高裁まで上がってきたが、2001年6月、 最高裁はまたも審理を拒否した。その時点で最高裁は、1978年のバッキー訴訟以来、アファーマティブ・アクションに関わる訴訟を 審理していない。

 「グラター対ボリンジャー事件」は原告の白人グラターは学業平均値が4.0満点の3.8、ロースクール入学テストが161であったが、 ミシガン大学ロースクールへの入学ができなかったので訴訟を起こした事件である。被告が人種に基づいてグラターを差別していると 主張した。バーバラ・グラターがミシガン大学ロースクールに出願したのは1996年、43歳の時であった。1996年から2002年まで、 ミシガン大学の学長を務めていたのがリー・ボリンジャーである。2003年最高裁の判決では、多様性のある学生集団から生じる教育的な 利益を得ることへのきわめて強い公の利益を促進するために、入学者決定において、ミシガン大学ロースクールが人種を厳密に調整して 利用することは、修正第14条、1964年公民権法第6編、ならびに『合衆国法律集』によって禁じられてはいないとした。 すなわちアファーマティブ・アクションが支持されたのである。

 また「グラター対ボリンジャー事件」の判決と同時期に、同じミシガン大学の学部でのアファーマティブ・アクションも 争われていたが、こちらは違憲の判決が連邦最高裁によって出された。このミシガン大学の法科大学院と学部の入試制度の判決の違いは、 学部はマイノリティに自動的に20ポイントが加算されるポイントシステムを採用していたが、法科大学院はポイント化せずに総合的に 判断していた点である23

 以上のアファーマティブ・アクション判例の変遷からわかることは、@最初はアファーマティブ・アクションと人種差別が異なるもの として判断可能と捉えていたが、結局は判断が困難でアファーマティブ・アクションに人種差別と同じ審査基準である厳格審査を 適用するようになったこと、Aしかし一度適用されると合憲となるのは大変困難である厳格審査が適用されても、 アファーマティブ・アクションには合憲となる可能性があること、Bその合憲となるアファーマティブ・アクションの性質として、 選抜過程を別に設けたり、割当制やマイノリティに点数を自動的に加算するなどの機械的なシステムで人種を判断するのではなく、 総合的に人種を判断材料の一つとして考慮するのであれば合憲となることの三点である。


14 政府機関の人事採用にかんして、雇用者は、「人種、信条、肌の色、民族を考慮することなく、求職者を採用し、雇用期間中の雇用されたものがあつかわれるよう、アファーマティブ・アクション(積極的措置)をとらなければならない」と書かれている。
 土屋恵一郎『正義論/自由論 寛容の時代へ』岩波書店、2002年、pp.67-68(二重引用)

15 「二人のランナーが100ヤードをダッシュして競争するとき、そのうち一人は足かせをつけていたと想像してみよ。彼は、足かせをつけていない方が50ヤード進むうちに、10ヤード進むことができただけだ。ここで審判たちは、このレースは不公平であると決を下したとする。その場合、いかにして審判たちはこの状況を修正するのだろうか。彼らはただ足かせを外しレースを続行させるだけでいいのか。そこで彼らは「平等な機会」がいまや達成されたということもできるだろう。しかし、ランナーの一人は、いまだ、もう一人のランナーよりも40ヤード先に行っているのだ。その場合、足かせをつけられていたランナーに40ヤード先に進めてギャップを埋め合わせるか、あるいは、レースを全く最初からやりなおすかすることが、正義をより満足させることにはならないだろうか。それが平等に向けての「アファーマティヴ・アクション」であるだろう」と書かれている。
 同上、p68(二重引用)

16 杉渕忠基「見えざる手が正義と平等を実現できないとき-強制バス通学とアファーマティブ・アクション-」『亜細亜大学学術文化紀要』2004、Vol6、pp.45-49

17 a吉田仁美「アファーマティブ・アクションの退潮」『同志社アメリカ研究』2000、Vol36、p72

18 同上、pp.73-74

19 b吉田仁美「米国のアファーマティブ・アクションにおける合憲性審査基準の動向」『同志社法学』2002、第53巻7号、p616

20 同上、p569

21 同上、p603

22 杉渕忠基、前掲書、pp.50-51

23 柏木宏、前掲書、p85


    
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