5、カリフォルニア大学入試制度におけるアファーマティブ・アクションの変容と現状

 カリフォルニア大学を事例として選定する理由は、カリフォルニア大学が1997年から入試の際に優遇措置を廃止したが、 違った形で入試制度におけるアファーマティブ・アクションの存続を図っているからである。

 カリフォルニア大学は1970年代から1980年代にかけて、人種的、民族的に多様であることを追い求め、 彼らのアクセス拡大に積極的に取り組み、マイノリティの入学者が増加していった。その中でも特に選抜性の高いバークレー校や 、ロサンゼルス校では効果的であった。しかし1980年代の後半になると、より選抜性を求める動きがいくつかの キャンパスで起こり、マイノリティの入学者の割合の増加率が緩やかになり、入学者に占めるマイノリティの割合が 伸び悩んでくるようになってしまった。ちょうどそのころはマイノリティの高校卒業率が延びている時期であり、 高校を卒業するマイノリティの数は増加しているにもかかわらず、カリフォルニア大学のマイノリティの入学者が増加しないため 、両者のギャップが拡大していった28 。さらにカリフォルニア州では既述した「アダランド判決」を受け、 1996年にアファーマティブ・アクション禁止法を直接投票によって採択し、禁止を宣言し29 、それにともないカリフォルニア大学 でもマイノリティの優遇措置を廃止し、結果、廃止した初年度1997年のカリフォルニア大学バークレー校では学部レベルの マイノリティの入学者数が半減してしまった 30

 そこでカリフォルニア大学はアファーマティブ・アクションの新たな方策として、高校において成績が上位4%の学生に 入学を許可する制度(Eligibility in the Local Context: ELC)を打ち出した31 。アメリカでは人種統合に力を入れるように なり久しいけれども、事実マイノリティの生徒が多く在籍する学力の低い高校は数多く存在する。すなわちそういった学校に 在籍するマイノリティにも、大学への道が開かれたことを意味し、大学側の人種の多様性(diversity)も保つことができる。 これはアファーマティブ・アクションの新たな形として、「人種的中立的アファーマティブ・アクション」という言葉を吉田は 論文の中で用いている 32。またコミュニティーカレッジからの編入の促進制度(Dual Admission Program: DAP)の導入や 、高校へのかかわりも強化した。

 これらの方策によって2007年では、1997年とほぼ同じ人種構成まで回復した33 。このようにカリフォルニア大学は アファーマティブ・アクションを一度廃止したが、人種中立的アファーマティブ・アクションという違う形で存続させ成果をあげている。


28 a: University of California-Office of the President
  Undergraduate Access to the University of California After the Elimination of Race-Conscious Policies, 2003, pp.1-2

29 a吉田仁美、前掲書、p74

30 バークレー校の入学者数は、1997年にAfrican Americanが252人、Chicanoが385人であったのが、1998年では122人、190人と半減している。 他にも、African Americanの入学者に関して、ロサンゼルス校では201人から138人に減少し、サンディエゴ校では1997年の61人から毎年徐々に減り、 2000年には26人と半数以下になっている。
 b: University of California-Office of the President,
 University of California Application, Admission, and Enrollment of California Resident Freshman for Fall 1989 through 2007
 URL: http://www.ucop.edu/news/factsheets/Flowfrc_8907.pdf (2008/01/22現在)

31 a: University of California-Office of the President, op. cit., p2

32 a吉田仁美、前掲書、pp82-84

33 b: University of California-Office of the President, op. cit


    
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