おわりに:考察と今後の課題

 カリフォルニア州においてProposition227が採択されて10年が経った。採択後、LEP生徒の州統一テストにおける得点は基本的 に上昇しているが、その一方で他の生徒の得点の伸びに比べて小さく、近年ではLEP生徒と他の生徒の得点の差は拡大傾向にある。 LEP生徒の英語力は向上しつつも、それが他の生徒と同様の学力水準を達成するという段階には至っておらず、逆に差は拡大 していると考えられる。

 ロサンゼルス統合学校区において、LEP生徒のSTARテスト得点が2004年以降全体の傾向に反して下降している要因は明らか ではない。一般的に移民は経済的に豊かではない家庭が多いとされるが、カリフォルニア州のSTAR(English Language Arts) 統計(「第4章:ロサンゼルス統合学校区の事例」参照)によると、貧困家庭と裕福な家庭では得点自体に差はあるものの、その伸びに差はないため経済的な要因は考えにくい。 この要因についてはロサンゼルス統合学校区あるいはカリフォルニア州の政治社会状況や教育政策について詳しく見ていくことが今後の課題であろう。 また近年LEP生徒と他の生徒との州統一テストにおける得点の差が拡大していることは、Proposition227反対派の主張するような 英語ができないことが教育上不利になっていることを示唆する一方で、二言語教育を中核としてLEP生徒を指導していた1998年 以前も生徒の親なども含め多方面から結果が出ないこと(英語が上達しないこと)への不満があったことは事実であり、 そういった意味で、生徒が受ける教育プログラムに関して親に一定の選択権を与えることや英語以外の言語による手助けを保障 していることを含め一定の配慮をしている点は、それが生徒に与える教育効果は別として、欠かせないものであると言えるだろう。

 また、Proposition227をめぐっては前述の対立構図からも明らかなように学力向上への有効性だけでなく、民族分離や異文化 への不寛容といった問題をも含んでいるが、世界的に見ても多文化・多言語社会が進んだアメリカにおいて、はたして英語のみに よって国家を統合していくことは可能なのかということも検討しなければならない。さらに言えば、その教育プログラムを実施 することに対する投資がそれだけの価値(教育効果)を生み出すものであるかどうかということも重要な要素であり、 「どちらが学力向上にとって有効か」ということだけでは到底片付けられない。 

 日本においても、アメリカとは教育行政や国家形成の歴史、そして人種構成など様々な相違点はあるが、異文化・異言語を持つ 民族への教育という点から見れば、日本語能力が十分でない生徒に対していかにその生徒に合った形の教育を保障していくのか、 そして予算を配分するのかということは大きな課題である。現段階では、先進国、途上国を問わず、「Education For All (万人のための教育)」が提唱されているにもかかわらず、日本語を母語とする生徒に比べて、移民やその子弟に対する教育は その整備が遅れているというのが現状であるといわざるをえない。これらが日本への移民教育や導入が進められている小学校の英語教育、さらには子どもたちの 日本語を含めた言語能力の低下が懸念されている状況に対して、1つの指針を与えるものとして重要であることを述べるとともに、 今後、日本語能力が十分でない生徒が、日本語を母語とする生徒とまったく同じではない形で、かつ日本の社会に適応できる 教育の整備が図られることを期待したい。


【参考文献】


・西村由起子「アメリカにおける二言語教育論争―カリフォルニアのProposition227をめぐって―」東洋学園大学紀要vol.7 1999

・賀川真理「カリフォルニア州におけるラティーノの伸張と二言語教育政策」阪南論集社会科学編第42巻2号 2007

・小林宏美「多文化社会アメリカの二言語教育と市民意識」慶応義塾大学出版会 2008

・California Department of Education, State of California Education Profile

 http://www.ed-data.k12.ca.us/Navigation/fsTwoPanel.asp?bottom=%2Fprofile%2Easp%3Flevel%3D04%26reportNumber%3D16 (2008年2月26日現在)

・U.S. Department of Education, National Center for Education Statistics condition of 2000-2001

・California Department of Education, Standardized Testing And Reporting(STAR) Results

 http://star.cde.ca.gov/(2008年2月26日)

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