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2025.05.12 カウンセリング学位プログラム

「なんでわざわざ大学院に行くの?」―修了生から,受験をお考えの皆さまへ

この春に本学位プログラムを修了された35期修了生の井原英昭さんより,受験に至るきっかけや受験勉強,入学後の大学院生活,そしていま修了後のことなどについて,沢山の思いをお送りいただきました。

受験をご検討されている方もそうでない方も,是非ともご覧いただければ幸いです。


筑波大学の社会人大学院受験に向けて勉強をしていたとき,同僚や上司,友人からよく尋ねられました。そのたびに,「知見を広げたい」「カウンセリングを仕事に生かしたい」などと,その場しのぎで答えていました。修了して思うのは,始めようとする理由が何であれ,一歩を踏み出して本当に良かったということです。受験を検討している多くの方は,仕事や家庭などで多忙な日々を送りながら,社会人大学院に通うことができるのか,不安を感じているかもしれません。私の社会人大学院での経験が,皆さんの新しい一歩を踏み出すきっかけになれば幸いです。

受験前

私はこれまで,小学校教師として20年間勤務してきました。受験前,40代になり,「学級担任をあと20年も務められるのか…」「そろそろ管理職選考を考える時期か…」「なんなら起業もありだな…」など,いわゆる「中年期の危機」に直面していました。仕事はある程度こなせるようになっていて,主幹教諭(中間管理職のような立場)の仕事にも満足していました。この先のキャリアが決まってくる時期でもありましたが,漠然とした不完全燃焼感が続き,「おれの人生,これで良いのか」という思いを抱き続け,何か新しいことに全力で挑戦してみたいという気持ちがふつふつと沸き起こっていました。

そんなとき,職場のスクールカウンセラーとの雑談の中で,筑波大学の社会人大学院のことを耳にしました。教師のための教職大学院ではなく,筑波大学でカウンセリング心理学を学ぶ――それが「なんかかっこいい!」と思ったのが本当の動機です。そんな安易な理由で志望したため,受験の動機を周囲にうまく説明できずにいました。

受験勉強

受験勉強を始めてまず目を見張ったのは,想定を超える高い倍率でした。これまで「目標を下げてなるべく努力せずラクに合格する」ことを信条に進路を決めてきた私にとって,その数字はまさに脅威でした。それでも「挑戦自体が目的だ」と自分に言い聞かせ,覚悟を決めて勉強をスタートしました。結果として,半年間の受験勉強はとても充実した時間になりました。学生時代には避けていた受験勉強も,「新しい知識を吸収する喜び」や「理解が深まる実感」に支えられ,毎日の勉強が楽しく感じられたのです(若いころにこの感覚を味わえていたら…)。過去問を分析し,数冊の参考書をベースに実戦形式のアウトプット演習を繰り返しました。原稿用紙に心理学用語の定義を書き連ね,新聞や書籍掲載のグラフ・論説を題材に論述練習を重ねました。

問題を見た瞬間に筆が動くように文章の「型」を決め,字数を意識した学習が効果的だったように思います。研究計画書は参考書をひな形にしつつ,自分の研究に近い原著論文をインターネットで探して引用文献を深掘りし,「新規性」を示せるように仕上げました。志望動機も「なぜ社会人大学院で学ぶ必要があるのか」「学んだことを現場にどう還元するか」を軸に構成し,完成後はできる限り多くの友人に読んでもらいました。その都度助言を反映し,説得力のある文章へと磨き上げました。社会人としての経験があったからこそ,受験勉強を楽しむことができたのでしょう。合格通知を手にした瞬間の喜びは,いまも鮮明に蘇ります。

入学後

入学後,最も懸念していたのは仕事と学業の両立でした。小学校教師という仕事柄,突発的なトラブルやクレーム対応に追われる日々。しかし振り返れば,それこそが時間管理と業務効率化の最高の訓練になりました。優先順位を定め,同僚へ協力を依頼するなど,「限られた時間で最大限学ぶ」スキルが自然に身に付いたのです。授業に間に合わないこともありましたが,先生方の理解と支援のおかげで無事に単位を取得できました。かつてテレビや動画をダラダラ視聴していた時間が,論文を読み,統計ソフトの練習に置き換わり,日々がぎゅっと凝縮された感覚を得られました。

修士論文作成

2年目に入るとゼミが本格化し,修士論文の研究調査がスタートしました。1年目に受講したさまざまな授業で研究の面白さに魅せられていた私は,生涯をかけて追究したい専門領域を見つけたい一心で,テーマを6度も変更しました。そのたびに親身に研究の方向性をご示唆くださった指導教員の先生には,感謝の念に堪えません。ゼミの仲間や先生との議論を通して,「本当に学校現場に還元すべきテーマは何か」と真剣に向き合うことができました。そこで感じたことは,「現場にいるからこそ見えないことがある」ということです。

学問や研究という視点で学校現場を見つめ直すことで,多くの発見がありました。私の「感情調節」という研究テーマは,大学院に行かなければたどり着けなかった概念です。テーマを真剣に吟味したおかげか,調査協力を依頼する際,多くの現場の先生方に研究の意義を共感してもらえました(全国66学級の先生,1642名の子どもたちに協力してもらえました!)。貴重なデータを基に,家族や同期の仲間に支えられ,指導教員の先生から懇切丁寧な助言をいただきながら修士論文を作成しました。私の研究では「マルチレベル共分散構造分析」という分析方法(名前の通り複雑な分析手法でした…)を採用したのですが,Mplusという統計ソフトが必要で,分析するためのコードの書き方や結果の読み方を必死で勉強しました。入学前の自分だったら,絶対に逃げ出していたことでしょう。

ところが,不思議と統計ソフトや分析の勉強は楽しく,夢中で取り組むことができました。休日や年末年始はデータ解析室(院生がPCで統計分析するための部屋)にこもり,よりよい論文を目指して幾度も書き直しを重ねました。あまりにも長い時間を過ごしていたので,自分の部屋と錯覚するほどでした。論文執筆は大変な作業ですが,自分が紡いできた研究の成果を多くの人に伝えたいという思いから,夢中で書き続けました。早朝から始めて,気付くと一日が終わっているという日々が続きました。納得できる論文が完成したのは,締め切りの2分前。提出を終えた瞬間,これまで味わったことのない達成感に包まれました。自分の人生で全力を出し切ってやり遂げた経験は,この時が初めてでした。

振り返って

入学前の自分を振り返ると,その稚拙さに思わず頬が緩みます。筑波大学でカウンセリング心理学を学ぶことに「なんかかっこいい!」という安易な動機から始めた一歩でしたが,受験勉強から修士論文の作成まで,すべてがかけがえのない充実した経験となりました。年齢を問わず,いつでも夢中になって学び,成長できる――その実感を得られたのは,この環境があったからです。現在は,研究の奥深さと楽しさを日々実感しながら,学会誌への投稿や学会発表の準備を進めています。博士課程への挑戦も視野に入れ,英語論文を自力で読み解くための英語学習や,かつて苦手で逃げ回っていた統計数学にも取り組んでいます。入学前の自分からは想像もできなかった姿です。あの一歩が,新しい景色と可能性をもたらしてくれました。

始める理由が何であれ,大切なのは,その一歩を踏み出すことです。入学間もない頃,授業の課題のために調べて発表したカール・ロジャーズの言葉が,今改めて心に響いています。

“The good life is a process, not a state of being. It is a direction, not a destination.”
— Carl R. Rogers (1961, On Becoming a Person, pp. 186–187)
「良き人生とは固定された状態ではなく〈過程〉である。目的地ではなく〈方向性〉なのである。(筆者意訳)」

筑波大学社会人大学院での学びの〈過程〉は,自分自身を見つめ直し,新しい人生の〈方向性〉を見いだせる貴重な場です。受験を検討している皆さまが,新しい一歩を踏み出されることを,心より願っています。

2024年度修了生 井原 英昭