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2023.05.17 カウンセリング学位プログラム

自分が本当にやりたいことはなんだろう?後悔しない選択を!―修了生から,受験をお考えの皆さまへ

この春に本学位プログラムを修了された、33期修了生の志賀美登里さんより,受験に至るまで,在学中,そして修了した現在のお気持ちについてなど,思いをお送りいただきました。受験をご検討されている方もそうでない方も,是非ともご覧いただければ幸いです。


皆さんがこのページを開いていらっしゃるのは,少なくともカウンセリング学位プログラムの大学院生活に興味・関心がおありなのではないかとお察し致します。実は,私も3年前にこのページを拝読し,筑波大学での生活をイメージしていた一人です。時は流れ,今度は大学院修了までの道のりをご紹介する立場となりましたので,余り一般的とは言えない私のケースをご紹介することで,皆さんが受験についての参考になれば幸いです。

1.大学院入学までの経緯 : 人生何が起こるかわからないから後悔しないように

私の仕事は,公立学校の養護教諭です。定年退職を1年後に控えた年に受験しました。その年は,学校を大混乱の渦に巻き込んだ新型コロナウイルス感染症が大流行し(以下,コロナ禍),私が養護教諭を続けてきた中で一番つらく孤独を感じた年でした。それと同時に,世の中はいつ何が起こるかわからないと心の底から感じた年でした。コロナ禍は,自分の人生,特に仕事の意味を見つめ直す機会となり,自分の中に常にあった消化できない疑問を整理しようと思わざるを得ない出来事でした。その整理のためには,以前から心の片隅にあった筑波大学大学院での研究が最適だと考えました。しかし,今さら大学院に入学して,いったい私はどういう未来へ進もうとしているのか,さらに,家族が病気で倒れたことも重なり受験どころではない現実に向き合い,受験に向けて心が定まることはありませんでした。

一方,人生100年時代と言われ,公務員の65歳定年が現実化する様相が見え始め,私はその年の春から公認心理師の勉強を細々と続けていました。養護教諭は,子どもの身体と心を見ていますが,心の面についての知識は,日々のOJTや自主的な勉強で補うことが主です。このことから,公認心理師の勉強を通して体系的に心理面の知識を得て,養護教諭を終えた後は,スクールカウンセラーに挑戦しようと考えていました。とはいえ,コロナ禍の混乱で公認心理師の勉強さえ容易に進まず,ましてや大学院入試の勉強を確保する時間はほぼないという状況でした。

しかし,この状況の中でまさに神様が味方してくれたのか,コロナ禍の影響で大学院の受験日が2か月後ろ倒しの10月となりました。8月に入り学校保健の体制も見通しが立ったころ,心を落ち着けて10月の大学院受験と12月の公認心理師受験への取り組み方や合格の可能性を考えました。そこで出した結論は,公認心理師の勉強を大学院受験の勉強と兼ねよう,ただし,大学院の願書提出後の一ケ月間だけは大学院の勉強に集中しようと決め,(受験しなかったという)後悔を残さないためにも受験することにしました。この勉強体制はなんとも無謀で浅はかなものであり,決しておすすめできるものではありません。同期の方の中には1年以上も前から勉強してきた方も少なくありませんので,地道に受験勉強を続けることが本来の姿であると思われますが,私にとってはこれが唯一の方法でした。ただし,この体制をとったメリットとしては,心理学用語の意味を問われた時に反射的に答えられるまでに解答に要する時間を短縮できたことです。この年の大学院受験は1次試験も2次試験もオンラインでの口頭試験であり,試験官から出された心理学用語を(ペーパーテストのように,わからないものは後に回そう,とすることができず)瞬時に解答しなければなりません。まさに,時間との闘いの公認心理師試験に通じるものでした。このように一ケ月間の密度濃い受験勉強を経て,無事合格をいただくことができました。

以上のことから,大学院の受験勉強と公認心理師の勉強は別物ではないとわかりました。カウンセリングや心理学の世界に入るための受験において,受験先の問題傾向に多少の違いはあれど,その根底は“自分なりに心理全般を理解し網羅できるようになる”ことが大切なのだと思います。さらに大切なことは,“自分がやりたい研究はこのような意義がある。しかし,いまだ研究が行われていない。だから独自性や新規性があり世の中に役立てられる”と熱量高く研究計画書に書くことができるか,面接官である先生方に語ることができるかなのではないでしょうか。

コロナ禍は,私たちに沢山のことを教え,生活のスタイルをも変えてしまいました。これからも人生何が起こるかわからわかりません。受験するかどうか,研究テーマはどうするのか,どうか後悔しない選択であることを願います。

2.大学院1年目(M1) : 同期の仲間のありがたさ

引き続きコロナ禍でしたが,入学式とそれに続くオリエンテーションは対面で行われました。しかし,その後ほとんどの授業はオンラインでの受講でした。
授業は楽しく刺激的で,新しい発見があったり,逆に興味の再確認となったり,より自分の内面を知る機会となりました。この自分の内面を知ることは研究テーマの設定にも大いにつながりました。また,授業を通して,多くのことを考え調べ文章化し発表しました。多くの授業でこのトレーニングを積むので,自然と文章力は磨かれていきました。さらに,なんといっても著名な書籍を出されている先生ご本人が,画面越しではありますが私達に授業をしてくださっている,その先生に質問しディスカッションできるという感覚は,とても不思議なものでした。みなさんは入学後,きっと画面越しではなく“なま“の先生にお目にかかれますのでぜひ!!

学生同士の連絡事項はSlackでのやり取りでした。このSlackは恐らくみんなにとっての生命線で,「〇のレポート〇日締め切りですよ~」「あああ,忘れてたー。ありがとう!」「〇の科目が登録できるようになりました!」など,気づいた人が気づいた時に呟くことで多くの人が助かり,足並みそろえて単位取得に向けて頑張れました。さすがカウンセリング学位プログラムに入学した人達だからでしょう,みなさんカウンセリングマインドを持ち合わせており,みんなで助け合い進もうとする“仲間”でした。仕事・家事・子育てなど,日々基本となる生活にプラスしての学生生活は想像以上にハードモードでしたが,この“仲間”がいたからこそ,めげずに頑張れたのだと思います。

その“仲間”は,年齢も職種も住まいも多岐にわたっていました。入学式の日,私は恐る恐る周りの様子を見ながら,「なんだか,別世界に迷い込んじゃったなあ。」という思いを抱いていました。果たしてこの思いは,学生生活でたびたび浮上しました。レポート提出が重なりどうにも身動きが取れない時,7月・9月・11月の構想発表会に向けてもがき苦しんでいる時などそれは現れました。私は,M1の終了時に定年退職となりましたので,腱鞘炎になり,目がよく見えなくなり,耳鳴りがしたり,何度やっても忘れちゃう・・・と,あらゆるところにガタがきましたが,“仲間”に引っ張ってもらい,その流れに乗せてもらえばどうにかなるものですね。きっと一人では無理でした。読者のみなさんならきっと大丈夫!

3.大学院2年目(M2) : 指導教員の先生とゼミ仲間の尊さ

年が明けて早々に所属ゼミが決まり,一つ上の先輩の最終発表会が終わると,早速ゼミが始まりました。私の研究テーマは,受験の際に提出したもの・M1時のもの・最終決定のものが全て異なるものでした。研究したいことが多くあり絞り込むことが困難でしたが,時間・体力と自分の能力を掛け合わせ,最後は指導教員の先生がおっしゃった,「いいと思います。とても意義のある研究です。」という言葉に背中を押され,満足のいく研究テーマを決めることができました。

私の所属ゼミは週1回の開催であり,2週間に1回の頻度で発表順が回ってきました。2週間というと時間がたっぷりあるという錯覚に陥りますが,平日は仕事で疲れ果て十分な取り組みができないため,休日に集中してまとめることとなります。ひたすら先行研究を読み,まとめ,発表することを繰り返し,ゼミの仲間や指導教員の先生から質問を受け,ヒントを得,賛同の声に自信をつけていく,というサイクルをひたすらやり続けました。5月の構想発表会と10月の中間発表会を経て最終的に仕上げた修士論文は,決して自分一人で作成したものではなく,指導教員の先生やゼミの仲間と共に仕上げたものであることは間違いありません。それほど,ゼミの時間は私にとって尊いものでした。M1の時は同期の仲間の支援で授業を乗り切り,M2の時は指導教員の先生とゼミ仲間の支援を得て研究を乗り切りました。

そんなM2の日々でしたが,年末までは頭の中がscrap and buildの状態でとても苦しく,次のゼミをマイルストーンに進めていました。しかし,それまでの苦しさはほんの序章に過ぎず,本当に苦しいのはそれからでした。分析も終わりあとは文章を一気に書くだけとなった時,「先生が書けるところから書くようにと何度もおっしゃっていたのに,どうして私は書いてこなかったのだろう。」という,大いなる後悔が押し寄せましたが,ひたすらパソコンに向かいました。お蕎麦屋さんでの年越しそばに私の姿はなく,元旦は見かねた家族がお雑煮を作り,修論以外に意識が向かない中,「なんで眠くなるのだろう! なんでお腹がすくのだろう! なんでお風呂に入らなくてはいけないのだろう!」と焦る気持ちを抑えつつ,一文字でも前に進めようと修論提出日の20時を目指し,必死にキーボードを打ち続けました。「もう無理かもしれない。」と気持ちが沈んだ時は,「大丈夫,まだまだ時間はあります。」と,すかさず指導教員の先生から励ましの声が届き,進捗が芳しくない時は,ゼミ仲間の背中を追いかけました。

果たしてその原動力は,何だったのでしょうか。それはただ一つ,33期の同期の仲間と一緒に修了したいという思いでした。いや,修了期限を延ばしたら,永遠に修了はやってこないと思ったからでした。2年間苦楽を共にした同期の仲間やゼミの仲間は,これほどまでに私にとって大切で掛け替えのない存在となっていました。
 
指導スタイルは,指導教員の先生によって違います。研究内容・研究方法,先生との相性など,ゼミ選びに迷う人は多いようです。でも,どの先生の許でもきっと大丈夫! その先生のゼミスタイルを信じて進めていけば,やがてゴールが見えてくるはずです。私は歩みが遅いので,安定の周回遅れの研究活動でした。私の所属ゼミの指導教員は,ゼミ生の職場事情や家庭事情を鑑み,細かい配慮とおおらかな気持ちでいつも見守ってくださいました。私にとって指導教員の先生は,“TeacherでありCoachであり伴走者”で,その時々に応じて学生を導いて下さる支援者です。筑波大学の先生方は,研究者としても教育者としても素晴らしい方々ばかりなので,先生方のご指導を信じてついていけばよいと思います。

4.大学院修了前後 : 進む道は無限大!

私達33期は,(大学院入試については最初に記載した通りですが)大学院生活のほとんどがオンラインでのやり取りでした。入学式からはじまり,一部の授業を除くほとんどの授業,そして,緊張で食事が喉を通らなくなる5回の発表会など,オンラインは忙しい社会人にとってとても効率的なツールでした。しかし,最後の最後,大学院修了に向けての最終発表会は対面での実施となりました。2年ぶりに先生方や同期のみんなが集まり,「やはり直に顔を合わせるっていいな! 最後のプレゼントだな!」と,ちょっぴり泣けてくる印象的なフィナーレでした。

カウンセリング学位プログラムは,仕事に就きながらも研究活動ができるようプログラムが提供されています。とは言え,日常生活の中でいろいろな個人的事情が出てくるものです。そんな中でも同期みんなで励まし合い助け合い,先生方の熱意と的確なご指導を受けながら進めることで,修士論文という集大成に辿り着けるのだと思います。

入学前も修了後も,当たり前のようにいつもの日常は繰り返されています。しかし,同じように見える風景は,修了後の私にとって入学前とは確実に異なるものとなりました。たとえば,物事を多方面から見る視点,鵜呑みにせず疑ってみる姿勢,代替案はないのかと考える頭の使い方など,同じ風景を見る自分が少しずつ変化しています。

大学院のオンライン受験の際,Zoomの退出方法がわからず面接官に教えていただいたレベルの私でさえ,修士論文を提出することができました。もし,年齢を気にして受験を躊躇されている方がいらしたら,筑波大学での学生生活は余り心配されなくて良いと思います。年齢を重ね流動性知能が低下するのは仕方ありませんが,結晶性知能の低下は緩やかなようです!?そして,カウンセリング学位プログラムには,多くの支援体制が整っています!

修了後の現在,私は当初の計画通りスクールカウンセラーになるべく,その時期を探っています。同期のみなさんは,博士課程を目指す方,学生生活で得られたエッセンスを仕事に活かす方,先生の研究活動をお手伝いしながら今までの知見を社会に還元する方など,いろいろな道を歩み始めています。まさに,修了生の進む道は無限大です!

2022年度修了生 志賀 美登里