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キャリア教育 よもやま話Just Mumbling...

第1話 職業興味検査は使い方が肝心 (2016年7月31日)

  •  記念すべき「第1話」のテーマをどうするか…。関東地方の梅雨が明けてしまい、7月も終わろうとする中で、この数日、このコーナーの存在が日に日に重くなってきていました。おまけに「先生、“よもやま話”まだですか?」などと言う学生も出てくる事態となり、そもそもノープランのまま「夏頃から、少しずつ話題提供を始めたいと思います」と宣言した自分を恨みました。

     で、さんざん思いをめぐらした結果、結局は「格好付けようとするから悩むんだな」という答に辿り着いた次第です。小学生の頃の「ええ格好しいで、いい子ちゃんぶる藤田君」は、半世紀以上も生きてきてもなお、自分の中に存在していることを改めて認識しました。

     ……すみません。前置きが長くなりました。そもそも「よもやま話」ですので、最近巡り会ったこと、出会った人などからふと浮かんだ事柄を、肩肘張らず、背伸びもせずに小声でつぶやいて参ります。今後は、毎月1回程度、年に10回くらいの更新ができればいいなぁと思っております。キャリア教育が大好きなだけのおっさんの独り言ですが、おつきあいいただけましたら幸いです。

    ◇ ◇ ◇


     今回のお題は、「職業興味検査」です。

     この数日の間に、全く異なる場で、全く異なる地域の高校に勤務されている二人の先生とお話しする機会に恵まれました。そして、偶然、お二人ともホランド(John L. Holland)が提唱した理論に基づく「職業興味検査」「適職診断」(お二人の実践で使われていた言葉です)を、自己理解を支援するツールとして活用されていました。

     ホランドの理論についての詳細は各種の概説本に譲りますが、日本では大学生・短大生向けのVPI、中学生・高校生向けのVRTが多く活用されているようです。
    VPI職業興味検査(日本版)
    職業レディネス・テスト:VRT

     これらのツールを用いることにより、6つの職業的な興味領域(現実的、研究的、芸術的、社会的、企業的、慣習的)に対する興味の程度と、傾向尺度や基礎的志向性をプロフィールで表示することができます。しかも、比較的短時間で実施することが可能な上に、使用者(受検者ではなくて、指導や支援する立場の人)に求められる資質や能力もそれほど高度ではないとされることから、いわば「定番化」しているのが実状かもしれません。

     自分の外見の特質は鏡に映してみれば容易に分かりますが、自分の内面を把握するのはそう簡単ではありません。自らの職業的な興味や傾向・志向性を、分かりやすく信頼性を伴って示してくれるVPIやVRTが広く受け入れられているのも頷けます。それまでの自己認識の偏り(例えば、「ジョハリの窓」を想起してみて下さい)に気づくきっかけにもなりますね。

     でも、これらの使い方を誤ると、結構危険だなぁとも思います。

     最悪のケースとして想定されるのは、例えば、“実施して、自己採点させて、関連する資料を配った後に「はい、よく検討してみよう」と言い渡して終わり”というパターン。これでは、ホランドという権威性、学校という場で先生の指導の下で実施するという信頼性、表示される結果の分かりやすさ等々がすべて裏目に出ます。たとえて言うなら、脅威の的中率と評判の占星術師から運勢を宣告された状態に近いかもしれません。

     このような実践では、「俺って、人と接する仕事には向いていないんだ」「私は研究や調査のような研究的、探索的な仕事の才能はないんだ」……こんな、とんでもなく誤った理解さえ是正することはできないでしょう。(VPIやVRTで示されるのは興味等の傾向であり、適性や才能の有無ではありません。)

     また、6つの職業的な興味領域(現実的、研究的、芸術的、社会的、企業的、慣習的)について正しく理解した上で結果を捉えたとしても、人が成長・発達・変容等を常に遂げる存在であり、それらの変容等は徐々に(なだらかに)生起するとは限らない、という事実を視野に収めた上で活用されなくては意味がありません。

     人は、様々な学習(いわゆる座学に限らず、体験を含めた広い意味での学習)を経つつ刻々と変わって行きます。運動会・体育祭・合唱祭・文化祭等々の学校内での行事、児童会活動や生徒会活動、各種校内委員会での経験、ボランティア活動・職場体験活動・インターンシップなどの社会での体験はもちろん、恋愛や失恋、映画や本との出会いなど、人が「見違えるように変わる」契機は数多くあります。ある時期に受けたVPIやVRTの結果は、その特定の時点での「自分の職業的な興味等の傾向」を示すのであって、それ以上でもそれ以下でもない。無論、「三つ子の魂百まで」と言われるとおり、経験等からの影響を受けにくい部分もあるに違いありませんが、それすらも不変ではあり得ないのです。VPIやVRTの結果が、「所詮俺は……」「どうせ私は……」という否定的な自己理解や、「俺はこういう人間だから、こっちの方向しか考えない」という固定的な自己理解を助長するようでは、本末転倒甚だしい。

     さらに、VPIやVRTは、もともとアメリカ合衆国での就職・就業を前提として開発されたという点を視野に収めて活用することも忘れてはならないと思います。もちろん、日本で使われているのは日本向けに改訂されたものですが、それでも、日本の就業は「就職ではなく“就社”であることが多く」、そこで求められるのは「特定のジョブを遂行するための知識・スキルではなく、会社という組織のメンバーとなる上で求められる資質・能力であることが多い」という事実を視野に収めないまま、6つの職業的な興味領域等に基づいて就くべき(就きたい)職種を絞り込んでいくことを促すような活用のみがなされるとすれば、それは、日本の現実と乖離した作業を強いることにつながりかねません。

     日本における雇用制度の詳細については、参考図書として以下の二冊を挙げるにとどめておきますが、日本の場合、企業規模が大きくなればなるほど、「一括採用→配置転換(多職種経験)+OJTによる人材育成と市場対応」が行われます。関連企業などへの出向等までを視野に収めればなおさら、“就社”の前段階において自らが携わる具体的な仕事(ジョブ)を予見することは困難であるとさえ言えるでしょう。
    菅山真次(2011)『「就社」社会の誕生』名古屋大学出版会
    濱口桂一郎(2011)『日本の雇用と労働法』日本経済新聞出版社

     無論、こういった「大企業型終身雇用制」が大きく揺らいでいることは事実です。ですが、雇用にあたってジョブ・ディスクリプション(職務記述書)を明示した上で契約を取り結ぶケースは未だに少数です。日本において「会社で働く」ということは、「特定の職務のプロとして生きていく」ことを必ずしも意味しません。その時々のニーズによって、「いろんなこと」をやりながら、みんなで社会という荒波を乗り越えていくのが日本の企業の姿かもしれません。(だからこそ、長時間労働や年功序列制などの問題が解決しにくく、同一労働同一賃金制にも移行しにくいのですが、ここでこの問題にこれ以上言及するのはやめておきます。)

     ちなみに、今朝、布団の中でスマホをいじっていたら、こんな記事に出会いました。

     (崎陽軒の)シウマイ弁当は御飯詰め以外は殆どが手作業だそうですが、実は中でも手がかかるのがこの掛け紙を紐で結わえる作業で、工場には紐掛けの職人がいて、中には1時間で300個を結わえるほどの達人もいるそうですが、それでも横浜分を賄うだけで限界なんだそうです。
     それどころか、春と秋の運動会シーズンや連休等で大量の出荷がある際は、一般職の社員が工場に入って社員総出で結ぶこともあり、そのため、崎陽軒の社員は研修で必ず「シウマイ弁当」の紐掛けをマスターするそうです。いざとなれば、社員なら全員出来るとかちょっと格好いいですね。
    「横浜駅の定番「シウマイ弁当」の崎陽軒には、社員全員が習得している特殊スキルがあった!」ハーバー・ビジネス・オンライン(2016年7月30日)


     「ジョブ型」の就労を前提とする欧米では、こういった光景はまず発生しないでしょう。紐掛け職人さんが忙しかろうと何だろうと、他の役割を担う従業員は自分の職務(仕事・ジョブ)が終われば帰宅しますし、当の紐掛け職人さんだって終業時刻が来れば帰宅するのが通例です。雇用契約時に署名したジョブ・ディスクリプションに時間外勤務を命じる条件について予め記載されていなければ、紐掛けの終わっていない弁当についてどうするかは会社が考えることであって、職人さんが悩むことでも、責任を負うことでもないのです。

     ここでは、こんな働き方が良いか・悪いかを論じるつもりはありません。でも、ホランドの理論はこういったジョブ型の就労を前提として構想されたものであることは踏まえておくべきだと思います。

     ……では、日本においてVPIやVRTは意味がないのか?

     もちろん、意味はあります。前述したとおり、把握するのが容易ではない自らの職業的な興味や傾向・志向性を分かりやすく示してくれるこれらのツールは、自己理解を深める上でも、職業の世界の広さの一端を知る上でも極めて重要な機会を提供してくれます。

     ポイントとなるのは、使い方です。英語には「Everything comes in handy when used right.」という言い回しがありますが、使い方を誤れば、どんなに素晴らしい道具も役立ちません。役に立たないばかりか、むしろ害を及ぼすこともあるでしょう。VPIやVRTの実施にあたっては、使用者の力量が大いに問われると同時に、実施後の個別支援(キャリア・カウンセリング)の在り方がカギを握ると言えそうです。


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藤田晃之

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