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キャリア教育 よもやま話Just Mumbling...

第69話 やっぱり、キャリア教育は重要だ(2025年5月31日)

  •  またもやご無沙汰が続いてしまいました。皆さま、お変わりなくお過ごしですか?

     急速な地球温暖化への警鐘が鳴り響く昨今ですが、つくば近辺では、昨年の春と同様に入学式頃まで桜の花がギリギリ持ちこたえました。その後は、日ごとの寒暖の差が大きく天候も定まらない状況が続きつつも、どういうわけか週末は必ず雨模様。5月の最終日となった本日・土曜日も、朝から雨がしとしとと降っています。例年この時期には、週末に運動会や体育祭を実施する学校が多くみられますが、予定変更を余儀なくされたケースも少なくないと推察いたします。先生方をはじめ、ご関係の皆さまのご苦労をお察し申し上げます。

     さて、今回のよもやま話では、5月29日に公表された興味深い調査結果をご紹介します。

     東京大学社会科学研究所とベネッセ教育総合研究所は、2015年以降10年間、同一の親子(小学1年生から高校3年生、約2万組)を対象に繰り返して複数の調査を実施し、「子どもの生活と学び」に関する意識・行動の変化を跡づけてきました。そしてこの度、その結果が公表された次第です。
    【概要】https://blog.benesse.ne.jp/bh/ja/news/education/2025/05/29_6151.html
    【データ集】https://benesse.jp/berd/special/datachild/pdf/datashu08.pdf

     詳しくは、上掲のリンク先のいずれかをご覧いただくことが最善なのですが、ここではとりわけ注目すべき結果のみをかいつまんで整理していきますね。

     まず、何よりも先にご紹介したいのは、進路について考えることは、学習意欲を高め、学習行動を促進する可能性があることが示されたことです。

     「この1年くらいの間に、あなたは次のようなことを経験しましたか」という質問項目に掲げられる選択肢のうち、「自分の進路(将来)について深く考える」を選んだ子どもの割合は、小学校4~6年生で26.3%、中学生で44.2%、高校生で65.2%であり、卒業後の進路の決定が迫られる中学3年生と高校3年生においてその比率が特に高くなりました。

     そして、「進路について深く考える」経験があった子どもは、そうでない子どもに比べて、「勉強が好き」「興味を持ったことを、学校の勉強に関係なく調べる」の肯定率が高いと同時に学習時間も長いことが示され、かつ、「社会の出来事やニュースに関心が強い」を肯定する比率が高く、「新しいことや難しいことにいつも挑戦したい」という気持ちも高い傾向にあるという結果となりました。

     さらに、「尊敬できる先生がいる」「先生に悩みを話す」「先生に感謝する」を肯定する群は「進路について深く考える」経験をしている比率が高く、「勉強や成績」「将来や進路」「社会のニュース」について父親や母親と話しをする頻度が高いほど「進路について深く考える」経験をしている比率が高いことも明らかとなりました。教員や保護者との良好な関係性を基盤とした対話的な関わりが「進路について深く考える」ことを促す要因の一部となっていることが示唆されます。

     以上の結果から、私個人は「やっぱり、キャリア教育って重要だよなぁ」と実感しました。無論、保護者の関わりをめぐる結果からは、家庭の文化資本など階層性の影響も視野に収めた更なる分析が必要となる印象を強く受けますが、教師と児童・生徒間の信頼関係の構築を前提とした学級経営や、日常的な対話を含んだきめ細やかなキャリアカウンセリングの重要性は自明であるように思います。皆さまはどのようにお感じですか?

     次に、小学生の頃から就きたい仕事やなりたい職業を具体化させることは最重要課題ではなく、場合によってそれは視野狭窄を生む可能性すら否定できない、という、キャリア発達段階論の正しさが再確認されたとも言える結果をご紹介します。

     本調査において、2015~18年調査で「なりたい職業」の記述があった小学5年生(2,991名)を2021~24年調査の高校2年生時点まで毎年追跡し、「なりたい職業」の記述について個人の変化を分析したところ、およそ3人に1人(35.0%)が小5のときと同種の希望を高2まで持ち続けていることが明らかとなりました。そして、このように「なりたい職業」が小学生の頃から一貫している子どもには、「自分の進路について深く考える」「疑問に思ったことを自分で深く調べる」などの機会が少ないといった課題がみられたのです。

     もちろん、この結果をもって、小学生には具体的な就きたい仕事やなりたい職業を特定させるべきではないと拙速に結論づけることはできません。けれども、2011(平成23)年5月に文部科学省が取りまとめて公刊した『小学校キャリア教育の手引き〈改訂版〉』の次の指摘は、看過されるべきではないでしょう。

     特に小学校では、豊かなキャリア教育の実践によって、家族や友達、身近な地域の人々への関心や信頼感を高め、多角的な視野から他者を理解するための基礎となる力を養い、人々が自らの責任を果たしつつ相互に支え合って様々な集団や社会を築いている事実に気付かせる必要があります。そして、子どもたち一人一人がそのような集団としての学校や家庭、ひいては社会の重要な一員であることを、実感を伴って理解できるようにすることが重要です。(p.180)

     小学校におけるキャリア教育をめぐっては、「児童に具体的な将来設計を立てさせることが課題である」と誤解していらっしゃる方も少なくないようです。(中略)小学校段階は「進路の探索・選択にかかる基盤形成の時期」であり、進路の選択自体は中学校以降の課題です。小学校におけるキャリア教育は、将来就きたい職業などの決定を迫り、そのための準備をさせるものではないのです。(同上)


     小学生の頃に、その後揺らぐことのない就きたい仕事やなりたい職業に巡り会えた子どもは幸せであるとも言えますし、そのような子どもの意思を否定すべきでは全くありません。けれども同時に、全ての小学生にそれを求める必要もないのです。小学生のキャリア発達課題からみた妥当性のみならず、急速に進む社会の変容とともに仕事や職業も新陳代謝していくという現実を視野に収めれば、その負の側面についても認識する必要があると言えるでしょう。今ある仕事が10年後・20年後にも継続して存在するとは限りませんし、今は想像もつかないような仕事が次々と生まれてくるのが今日の社会です。このような状況において「自分の進路について深く考える」ことが重要であることは自明でしょう。あまりにも早い段階から「なりたい職業」を固定的に捉えることがそれを阻害する可能性があるとしたら、私たちは、「進路の探索・選択にかかる基盤形成の時期」としての小学校段階におけるキャリア教育の在り方を、その本質に立ち返って慎重に検討する必要がありそうです。

     最後に、調査対象となった子どもたちが回答した「なりたい職業」に注目します。本調査では、「あなたには、将来なりたい職業(やりたい仕事)はありますか」という質問に「ある」と回答した者に、「あなたが一番なりたい職業(やりたい仕事)を、具体的に教えてください」とたずねており、2024年調査における結果(自由記述)を基に「なりたい職業ランキング」がまとめられています。

     小学校4~6年生の男子では「プロスポーツ選手」がダントツ1位(25.3%)、女子では花屋さんやパン屋さんなどの「店員」が1位(7.5%)でした。この時期の子どもらしい将来展望ですね。性別での区分をせずに全体を見ると「プロスポーツ選手」が1位(13.5%)、「店員」が2位(5.8%)、「教員」が3位(3.8%)となります。けれども、さすがに中学生になると実現可能性なども視野に入ってくるようで、「プロスポーツ選手」と「教員」が同率1位(7.1%)に並びます。そして、高校生では「教員」が1位(9.9%)となり、以下、看護師(6.0%)、医師(4.0%)、地方公務員(3.9%)が続き、「プロスポーツ選手」は順位をグッと下げて18位(1.1%)となりました。

     日本では現在、教員の長時間労働や過重負担などが耳目を集め、教員採用試験受験者の減少という深刻な問題に直面していますが、子どもたちにとって教員は「なりたい職業(やりたい仕事)」のナンバーワンと言えるでしょう。つまり、先生方が日々子どもたちに注いでいる愛情やきめ細やかな支援・指導はちゃんと子どもたちに届いており、それが先生方への憧れに転化しているのではないでしょうか。

     その一方で、小学生・中学生・高校生を問わず、「なりたい職業(やりたい仕事)」の上位を占めるのが子どもたちの日常生活の中で容易にその存在が認識できる職業・仕事ばかり、というのは気になりますね。例えば、厚生労働省による職業分類では2万近い職種が挙げられており、その一つ一つが私たちの暮らしを支えています。けれども、子どもたちの大多数は社会を構成する多様な職業のうち、極めて限られた範囲しか視野に収められていません。言うまでもなく、知らない職業には憧れも抱けませんし、なりたいとも思えないわけですから、キャリア教育を通して子どもたちの視野を広げ、職業に対する認識を深めさせる必要があるなぁと改めて思った次第です。やっぱり、キャリア教育は重要ですね。


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藤田晃之

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