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キャリア教育 よもやま話Just Mumbling...

第2話 教科を通したキャリア教育は難しい? (2016年8月2日)

  •  今回のお題は、「教科を通したキャリア教育」です。

     今月1日、中央教育審議会から「次期学習指導要領に向けたこれまでの審議のまとめ(素案)」が公表されました。この件については本日(8月2日)付の主要新聞朝刊も一面トップで大きく取り上げましたが、記事の冒頭で何に触れるかに注目してみると、それぞれの切り口の違いが鮮明でした。

     毎日新聞は、全体としての特質を「社会に開かれた教育課程」として示し、「これまで改定の中心だった『何を学ぶか』という指導内容の見直しに加えて、『どのように学ぶか』『何ができるようになるか』の視点から学習指導要領を改善する」ことを報じていました。「教育の毎日」とも言われるだけあって、オーソドックスな書き出しだなぁという印象です。一方、朝日新聞は、「小学5、6年生の英語が『外国語活動』から教科に格上げされ」たことを挙げて、その後、「高校では、科目を再編。『公共』『歴史総合』(いずれも仮称)などの必修科目を新設した。規範意識や社会のマナーを学ぶ科目の創設や日本史必修化を求める自民党の主張を踏まえた」ことに触れています。特定要素に焦点をしぼり、その裏にある政治的な影響力や教育現場に与え得る負担や混乱にまず言及するところは朝日新聞らしいですね。そして、その中庸とも言うべき書き出しとなったのが読売新聞。「社会のグローバル化やIT(情報技術)化に対応できる力を育むため、小中高校に討論などを通じて主体的に学ぶ『アクティブ・ラーニング』を導入。小学校では5、6年生で英語を教科化し、高校では日本史と世界史を融合した新科目を設けるなど科目の大幅な見直しを行う。」と報じています。

     …と、各社それぞれの報道がなされたわけですが、キャリア教育が大幅に拡充されることに言及した主要紙はゼロ。日経や産経を含めても、全く報じられませんでした。今回、「育成すべき資質・能力」の「柱」の一つとして、「どのように社会・世界と関わり、よりよい人生を送るか(学びを人生や社会に生かそうとする「学びに向かう力・人間性等」の涵養)」が位置づけられたことだけをみても、「こりゃ、キャリア教育だな」という感じですが(…そう感じるのは、キャリア教育フリークの僕だけかもしれませんが)、地味なキャリア教育に光を当てるほど新聞社はヒマではないということなのでしょうね。

     まぁ、ここでヘソを曲げていても仕方ありませんので、話を先に進めます。

     これまで、中教審の末端である「総則・評価特別部会」「高等学校部会」「産業教育ワーキンググループ」「特別活動ワーキンググループ」での審議に委員の一人として加わってきた立場から、できるだけ客観的に(=キャリア教育フリークとしての“贔屓目”になることを十分自戒し、自制した上で)俯瞰した場合、キャリア教育の拡充は次期学習指導要領の目玉の一つであると言えます。例えば、小学校の学級活動にも「一人一人のキャリア形成と実現(仮)」が構成要素として加わった点、小学校から高等学校まで一貫して「キャリア教育に関わる活動について、学びのプロセスを記述し振り返ることができるポートフォリオ的な教材(『キャリアパスポート(仮称)』)を作成すること」が明記された点、高校における新科目「公共(仮称)」にキャリア教育の観点から社会に参画する力を育む中核的機能を担うという位置づけが与えられた点などは、今後、じわりじわりと注目を集めることになるでしょう。これらについては、後日、改めて「よもやま話」で取り上げていきますね。

     で、今回は、従来からもその重要性が指摘されつつ、今回の「審議のまとめ(素案)」でも改めて明示された「日常の教科・科目等の学習指導においても、自己のキャリア形成の方向性と関連付けながら見通しを持ったり、振り返ったりしながら学ぶ『主体的・対話的で深い学び』を実現するなど、教育課程全体を通じてキャリア教育を推進する必要がある」という点に焦点を絞りたいと思います。

     教育課程全体を通じたキャリア教育、とりわけ、教科・科目を通したキャリア教育は難しい、あるいは、負担である(ぶっちゃけ、無理でしょ)という声をしばしば耳にします。数ヶ月前、ある研修会にお邪魔した折には、「教科の目標とキャリア教育の目標の両方をねらっていくと、複雑化したり、ずれが生じたりすることがありました。両者をどのように関連付けていけば良いのでしょうか。」というご質問をいただきましたし、別の研修会でも「『教科のねらいとキャリア教育のねらいの両立』および『教科の評価とキャリアの見取りの両立』について、どのように考え、実践していくべきかが課題となっております。」というご指摘がありました。

     これは、ズバリ、国や自治体のキャリア教育推進施策担当者の説明不足、あるいは、説明下手が原因ですね。無論、僕自身も数年前までその一人だったわけですから、誰かに責任をなすりつけるわけにはいきません。ここで僕なりに説明し直します。(公の立場だと使える語彙や表現が限られる上に、関連部署とのすりあわせをしている間にどんどんと「お役所言葉」になっていくわけですが、現在の僕は単なるキャリア教育大好きおっさんに過ぎませんから、自由に書きますね。語弊があったらごめんなさい。)

     大切なのは「教科を通したキャリア教育とは、扱う単元や題材等にキャリア教育的な『何か』を新たに付け加えることではない」という基本ラインをおさえることです。先に挙げたご質問を例にすれば「教科の目標とキャリア教育の目標の両方をねらっていく」というところに、そもそものモンダイがあるのです。ねらうべきは「教科の目標」だけ。当該単元の内容そのもの、あるいは、その単元のねらいを達成するための授業展開(指導手法など)の中に、キャリア教育としての価値が潜んでいる場合に、その価値を見いだし、それを意識して指導することが「教科を通したキャリア教育」の姿です。もともと、“授業の中にあるもの”に気づき、子供たちが「そうか、ここで学んでいることは僕にとって、わたしにとって意味のある、必要なことなんだなぁ」と実感できるように工夫することと言い換えてもいいでしょう。「教科の中でキャリア教育なんていう余計なものをやる」のでは全くなく、「教科での学びの意義を自らに引き寄せて納得・実感させるためにやる」のです。

     全く個人的な意見となりますが、子供たちが夢中で、時を忘れるようにして学びに向かう授業ができている単元等であれば、キャリア教育としての価値云々を改めて意識していなくてもいいと思います。なんとなく教室がどんよりした感じ、子供たちが乗ってこない……こんなときこそ、キャリア教育の出番です。従来は、こういった場合、「分かりやすい説明」や「飽きさせない手法(一部には手練手管と呼んだ方がいいものもあったかもしれません)」の工夫をしてきました。また、中学や高校では「ここは受験で狙われるところだぞ!」とか「テストに出すぞ!」とかの有無を言わさぬ脅しによって乗り切ってきた場合も、全くなかったわけではないだろうと推察します。(数十年前の中学生・高校生の一人としては、結構頻繁に脅された記憶がありますが、少子化等を背景としていわゆる「受験圧力」が低減した今日、上に書いたような脅し自体が通用しにくくなっていることは、多くの先生方が実感されている通りです。)無論、分かりやすい説明や子どもが集中して学ぶための手法の開発あるいは機器の活用が今後も重要であることは言うまでもありません。でも、これまでの授業の中にキャリア教育としての価値を見いだし、そこに一工夫することで、子供たちに当該単元を学ぶ意義を伝えることも、選択肢としてはアリだと思いませんか? 

     突拍子もない話で恐縮ですが、ヒトの肉眼では見えない蛍光物質を浮かび上がらせるときにブラックライトを使いますよね。例えば、紙幣にブラックライトを当てると偽造防止のために蛍光物質で印刷された部分がくっきりと見えます。また、飲食店などの室内装飾に蛍光物質を用い、ブラックライトを使って演出効果を狙う場合もあります。ちょっと性質は異なりますが、ビタミンB2の入った栄養ドリンクにブラックライト当てると、紫外線が吸収されそのエネルギーが可視光に換わるので光ります(これはYouTubeネタとしても多くみられます)。

     話を元に戻します。これまでの授業に「キャリア教育の視点」という名前のブラックライトをあててみて下さい。単元の内容にも、授業の展開にも、これまで気づかなかった「きらっと光る部分」があるはずです。ここで言う「キャリア教育の視点」というのは、「キャリア教育を通して我が校の子供たちに身につけさせたい力」及び「将来の社会生活・職業生活で求められる力」のことを意味します。そのブラックライトに反応した部分の価値を意識して実践し、大単元の振り返りの際に、「この単元の学習で扱ったこの内容は(あるいは、この単元の学習の際に行ったあの活動は)、みんなが身につけるべき“○○の時に△△することができる”ということにつながっているね」と言語化して伝え、その価値を再確認しましょう。こう伝えたとき、子供たちが「??」という表情にならないように、「きらっと光る部分」については自ずからこれまでとは違った工夫をしたくなるはずです。これが「教科を通したキャリア教育」の姿です。

     うーん。「うまく伝わった感」はあまりしませんが、今回の「よもやま話」はこの辺で終わります。本来は、具体事例をお示しする必要があると思いつつ、下手な長話にこれ以上おつきあいいただくのも申し訳ないので、続きはまた別の機会に。(「毎月一回程度の更新を目指します」と申し上げて第1話を書いたのが2日前でした。今回は、「審議のまとめ(素案)」の公表にあわせて、例外中の例外でスピード更新した次第です。これからますます暑くなりますね。皆様、ご自愛下さい。)


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藤田晃之

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