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キャリア教育 よもやま話Just Mumbling...

第11話 職場体験活動再考(2016年12月18日)

  •  第10話とその後の番外編では、ふたつの国際学力調査―TIMSS 2015とPISA 2015―の結果について触れました。忘れないうちに、それぞれのいわば「総元締め」発表のデータ等を入手するためのURLを改めて記しておきますね。
    【TIMSS 2015】
     ・IEA; TIMSS & PIRLS International Study Center: http://timss2015.org/
     ・国立教育政策研究所:http://www.nier.go.jp/timss/
    【PISA 2015】
     ・OECD; PISA: http://www.oecd.org/pisa/
     ・国立教育政策研究所:http://www.nier.go.jp/kokusai/pisa/

     さて、今回のお題は「職場体験活動再考」です。

     例年、12月初旬ごろまでに、国立教育政策研究所によって、前年度の「職場体験・インターンシップ実施状況等調査結果(概要)」が公表されます。今年はちょっと遅れているようですが、もうじき発表されるものと予測します。ほとんど全ての中学校で実施される職場体験活動の「自治体ごとの温度差」が昨年度はどうなったのか? いわゆる「学力向上」が目指される中で職場体験活動の平均実施日数はどのように推移したのか? 低迷状態が続いてきた普通科高校におけるインターンシップ参加率は果たして向上したのか?…等々、気になるところですね。

     今回は昨年度のデータ発表が間近であることに鑑み、中学校教育にほぼ定着したと言える職場体験活動の在り方について、改めて考えてみたいと思います。大多数の中学校では、2年生の恒例行事化が進み、実施方策等については「前年度踏襲」の慣行が浸透しているようですが、個人的には、そうであるがゆえの心配もあるなぁと感じているところです。ま、老婆心ならぬ「老爺心」による余計なお世話ですが、おつきあい下さい。

     まず気になるのは、職場体験活動のねらいの希薄化(あるいは形骸化)に伴う事前指導の形式化(形骸化、空洞化)です。今年も10月から12月中旬にかけてキャリア教育関連の研修会にお邪魔する機会が多く、職場体験活動の実践報告等をお聞きする事も複数回あったのですが、「遅刻はしない」「挨拶はしっかり」「返事は大きな声で」等々に焦点を絞った事前指導は現在も主流だなぁと実感しました。

     無論、これらの「ちゃんとした行動」を求める事前指導は必要ですし、不可欠とも言えるでしょう。でも、これらの「ちゃんとした行動」は、修学旅行の時も、体育祭の時も、さらに言えば日常の学校生活においても重要なことです。職場体験活動に臨む上では、「何のために職場にお世話になり体験をさせていただくのか」という、職場体験活動ならではのねらいに即した事前指導がこれらに付加され、むしろそれが主軸になるべきではないのかなぁと思います。

     また、今年度に限らず、拝聴する機会を与えていただく複数の事例報告で例年必ず紹介される事前指導として「ビジネスマナー」があります。その中でも定番は、お辞儀の全員一斉練習ですね。皆さんご存じの「15度」「30度」「45度」のそれぞれの意味・意義を学び、全員で「さぁ、やってみよう」というタイプの事前指導です。もちろん、接客や販売の場面を経験するであろう生徒にとっては意味のある指導となりますが、そうではない職場――例えば、鮮魚等の卸売市場とか、農家とか、保育所とか――ではどうでしょう。まして、そこに名刺交換のマナーを付け加えるケースもあり、これが本当に中学生の職場体験の事前指導として必要なのかなぁと考えさせられます。もちろん、商業高校での授業の一環であったり、そういったマナーが不可欠な企業等での新入社員研修であれば、全く違和感はないのですが。

     いや、お辞儀の一斉練習を「悪者扱い」するつもりは毛頭ありません。お辞儀や名刺交換という「型」を底から支える礼節や感謝の気持ちの重要性を学ぶことは意味のあることですし、その後、全員で一斉に何らかの行動(=この場合はお辞儀など)を揃って練習すれば、生徒の皆さんはもちろん、先生方の間でも「おぉ、事前指導をしたなぁ」という気分が高まることは間違いないでしょう。それに、職場体験活動を「大人の世界への短期デビュー」と捉えれば、大人の常識の一端に触れることは全く悪いことではありません。でも、職場体験活動の事前指導としてお辞儀の一斉練習を最優先するべきか、事前指導の中心的な位置に置くべきか、といえば、違うなぁと思いますが、皆様はどうお感じになりますか?

     職場体験活動に限りませんが、事前指導の中核には「ねらい」に即した指導が位置づくべきです。当該学年におけるキャリア教育を通して生徒に身につけさせたい力(=正確に言えばコンピテンシー)や、気づかせたい事柄のうち、職場体験活動ではどの部分を引き受けるのか(焦点化するのか)を明確にして、その「力」を確実に身につけさせるために、事前に知らせておかなくてはならないこと、体得させておかなくてはならないことが、事前指導の中核となるはずです。その「力」を身につけることの重要性を伝え、それが学校内の諸活動のみでは身につきにくいことを確認し、その「力」を獲得する事への意欲と関心を高めないと、事業所の皆さんから提供していただく貴重な時間と労力が十分に活かされません。

     「遅刻はしない」「挨拶はしっかり」「返事は大きな声で」等々の「ちゃんとした行動」を求める事前指導に終始してしまう学校が多いのも、お辞儀の全体練習が事前指導の中心に来てしまう学校が散見されるのも、その「根っこ」は同じかもしれません。つまり、何のために生徒たちに職場での経験をさせていただくのか、というねらいが曖昧になってしまっていることが原因なのではないでしょうか。長年、職場体験活動を実践しているがゆえに「〇月の第〇週は職場体験活動」という慣行が定着し、それに伴って目的やねらいが形骸化し、「やるべき時期が来たからやる」だけの恒例行事(=当該学年のノルマ)になってしまっているのかもしれないなぁと推察しますが、この駄文をお読みいただいている皆様の身近な、あるいはご勤務になっている中学校での実状はどうでしょう。

     職場体験活動は、いわば、学校と受け入れ事業所とのティーム・ティーチングです。無論「T1」は中学校の先生ですし、「T2、T3、T4……T10……T20……」は受け入れ事業所の皆さんです。「T1」と「T2、T3、T4……」とが、ねらいについての共通認識を持たなければ、どんなティーム・ティーチングも成功しません。まして、そもそもねらいが曖昧だったり、それが実質的に設定されていない状態では、ティーム・ティーチングは成立すらしないと考えます。

     ちょっと古い資料となりますが、東京商工会議所の教育・人材育成委員会が2013年2月に公表した『2012年「企業による教育支援活動」に関する調査集計結果』(都内の5,000社を対象とした郵送法による調査:回答数987社)において、「中学生・高校生の職場体験についてご意見、ご要望などございましたらご記入ください」との設問(教育支援実施企業のみ対象)への回答が次のように取りまとめられています。僕の恣意的な抽出を避けるため、当該報告書に掲載されるすべての意見を以下に引用します(p.22)。

    ・インターンシップを受け入れているが学校・生徒共に熱意が感じられない。(建設業、サービス業)
    ・中学生の現場作業等については、安全衛生面であまり賛成できない。(製造業)
    ・学校や生徒が職場体験を望んでいるのか、何を学んでもらいたいのか、何を学びたいのか、教育の意図がはっきりしないと企業の対応も難しい。(建設業)
    ・職場体験が勤労観、職場観の育成に一層役立つよう、フォローアップ学習を行ってほしい。(製造業)
    ・何の目的で企業に訪問するかについて、学校側が生徒にしっかりと考えさせるようにしてほしい。事前に職場体験に対する生徒達への動機付けができているとより効果的になる。体験前の学校側の準備教育をしっかり行ってもらいたい。(小売業、卸売業、製造業、建設業、サービス業、その他)
    ・若年の就職状況が厳しくなっており、学生に進路選択の知識を与えることは、企業や社会の責任ではないかと思う。(その他)
    ・高校生の職場体験では多くの費用がかかっているが、全て自社で負担している。より良い環境をつくるためにも、関係機関で費用を補助してほしい。(建設業)
    ・キャリア教育を中、高、大、企業が連携して行うことで真の目的が達成されると思う。一層の連携強化が必要。(製造業)

     「学校や生徒が職場体験を望んでいるのか、何を学んでもらいたいのか、何を学びたいのか、教育の意図がはっきりしないと企業の対応も難しい」「何の目的で企業に訪問するかについて、学校側が生徒にしっかりと考えさせるようにしてほしい。事前に職場体験に対する生徒達への動機付けができているとより効果的になる。体験前の学校側の準備教育をしっかり行ってもらいたい」という事業所側の意見に私たちは真摯に耳を傾けるべきであると感じます。

     さて次に、中学校の先生方を悩ませる難問、「生徒が希望する職種にあった事業所等を確保したいが、学校の周辺にその職種にあった事業所等がない」について考えてみましょう。(文部科学省が2010(平成22)年度末に全国の中学校からランダムに抽出した518校を対象として実施した調査によれば、「職場体験活動を実施していくにあたっての課題」として選択された項目のダントツ1位が、「生徒が希望する職種にあった事業所等を確保したいが、学校の周辺にその職種にあった事業所等がない」でした。(文部科学省(2011)『学校が社会と協働して一日も早くすべての児童生徒に充実したキャリア教育を行うために』巻末資料p.54))

     10年以上も前に実施された調査の結果で恐縮ですが、2003(平成15)年度における中学校の職場体験活動では、91.7%の中学校が「生徒の希望」を優先して職場体験活動の受け入れ先を決定していると回答しています。これは全国悉皆調査の結果ですので、当時の状況をかなり正確に反映した数値であると言って良いでしょう。(国立教育政策研究所 生徒指導研究センター(2007)『職場体験・インターシップに関する調査研究 報告書』p.39)

     圧倒的多数の中学校では、生徒の希望にできるだけ沿うように職場体験先を確保しようと努力なさっている一方、それ自体が大きな負担になっていると言えそうです。

     いささか乱暴な言い方になってしまいますが、個人的には「だったら、職場体験先は学校が割り振ってしまえばいいのに…」と思います。無論、職場体験活動のねらいは、学校や当該学年におけるキャリア教育の目標・ねらいに即し、また、生徒の実態等に即して学校ごとに決定されるべきものですから、そのねらいに照らして「生徒の希望を反映した体験先でなければならない」と判断される場合には、多少の困難が伴っても「生徒が希望する職種にあった事業所等を確保する」ことは忽(ゆるが)せにできないことです。

     けれども、キャリア発達の観点から「社会的移行準備の時期」とされる高校生とは異なり、中学生は「暫定的選択の時期」に当たります。高校生のインターンシップにおいて「将来進む可能性のある仕事や職業に関連する活動をいわば試行的に体験すること」は重要ですが、中学生の職場体験活動では「ある職業や仕事を暫定的な窓口としながら職業や仕事を知ると同時に、働く人の実際の生活に触れて社会の現実に迫ることが中心的な課題」となるとされるわけです(文部科学省(2011)『中学校 キャリア教育の手引き』p.27)。それゆえ、「生徒は、体験する職業が自らの将来に直接結びつくか否かを気にしがちであるが、(中略)事前に体験先を決定する際、本人の希望を第一優先条件とする方策が必ずしも最善とは限らない」(同上書p.101)とも指摘されているところです。

     僕個人は、更に一歩踏み込んで、「体験先割り振り型」の職場体験活動のほうがむしろ望ましいのではないかと考えています。あくまでも個人的な感覚ですし一般論に過ぎませんが、その理由を3点、箇条書きにして記しますね。

    (1)「○○さんは第一希望の職場に行けたのに、私はそうじゃない」という不公平感が出にくい
     ・第二希望、第三希望の職場に行く生徒のモチベーションをどう高めるかは難しいところ
     ・「なぜうちを選んだの?」→「ここには第三希望で回されました」と聞かされる事業所側のショックも相当なもの
    (2)本来的な事前指導が実践できる(実践せざるを得ない)
     ・なぜ君たちの希望を尋ねないのか。希望しないような職場にあえて振り分けるのはなぜか。ここを生徒が納得しない限り「選ばせない職場体験」は始まらない
     ・「ねらいの不在」のまま、「体験させること」に終始する実践からの脱却
    (3)自ら生まれ育った地域の良さを再発見する契機となる
     ・とりわけ、農村地域や中山間地域においては、生徒の希望をとっても「そんな職場はこの地域にはない」という状況が生まれがち。田舎だから「しかたない」という無言の共通理解が成立してしまう可能性も否定できない
     ・そこに集落があって、子どもたちがそこで生まれ、育ってきたということは、その集落の存続を支えている誰かがいるということ(=子供たちの狭い視野や未熟な生活経験の中では、そのような存在には気づきにくいし、気づいていなければ体験してみたいという希望も生まれない)

     全くの舌足らずですが、「職場体験活動もマンネリ化してきたなぁ」とお感じになっている中学校の先生方にとって、何らかの「視点の転換」のきっかけになれば幸いです。(宣伝めいてしまうのですが、拙著『キャリア教育基礎論』(2014:実業之日本社、第5章)では、このあたりのことを詳述しています。機会があればご高覧下さい。)

     あっという間に、今年も残すところ2週間を切りました。鉄道の駅やデパートの店頭などではクリスマスツリーがキラキラと輝き、年賀状の臨時販売ブースが設けられています。先送りにしてきた諸々の仕事に追い回されている我が身にとっては、クリスマスも年明けも「まだまだ先のこと」と認識したいところですが、世の中はそう甘くないようです。今年はすでにインフルエンザやマイコプラズマなどが流行しています。皆様、くれぐれもご自愛下さい。(昨年度の「職場体験・インターンシップ実施状況等調査結果(概要)」については、公表後、できるだけ早いタイミングで、本サイト「主要リソースへのリンク集」にもURLを掲載する予定です。) 


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藤田晃之

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