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キャリア教育 よもやま話Just Mumbling...

第12話 中教審答申がキャリア教育に期待するもの(2016年12月29日)


  •  12月21日の午後、次期学習指導要領の方向性を示した中央教育審議会答申「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について」(中教審第197号)が取りまとめられ、文部科学大臣に手交されました。27日から、その全文と関連資料が文部科学省の公式サイトで公開されています。
    http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/1380731.htm

     今回は、本答申がキャリア教育に何を期待しているかに焦点を絞り、僕なりにポイントの整理を試みたいと思います。

    【目の前の子供たちの現状を踏まえた「我が校ならでは」の教育を】
     今回、何よりもまず注目すべきは、答申が「目の前の子供たち」のための教育活動を最重要視したことでしょう。答申は、学習指導要領が法的拘束力をもつことを再確認しつつも、それが特定の目標や方法への画一化を求めるものではないと、次のように明示しています。

    ○ なお、学習指導要領等は、教育の内容及び方法についての必要かつ合理的な事項を示す大綱的基準として、法規としての性格を有している。一方で、その適用に当たって法規としての学習指導要領等に反すると判断されるのは、例えば、学習指導要領等に定められた個別具体的な内容項目を行わない場合や、教育の具体的な内容及び方法について学校や教員に求められるべき裁量を前提としてもなお明らかにその範囲を逸脱した場合など、学習指導要領等の規定に反することが明白に捉えられる場合である。そのため、資質・能力の育成に向けては、学習指導要領等に基づき、目の前の子供たちの現状を踏まえた具体的な目標の設定や指導の在り方について、学校や教員の裁量に基づく多様な創意工夫が前提とされているものであり、特定の目標や方法に画一化されるものではない。(p.22)(太字は引用者、以下同じ)   


     次期学習指導要領は「社会に開かれた教育課程」の実現を目指し(p.19)、育成されるべき資質・能力として次の「三つの柱」を掲げることになります。(pp.28-30)
     ①「何を理解しているか、何ができるか(生きて働く「知識・技能」の習得)」、
     ②「理解していること・できることをどう使うか(未知の状況にも対応できる「思考力・判断力・表現力等」の育成)」、
     ③「どのように社会・世界と関わり、よりよい人生を送るか(学びを人生や社会に生かそうとする「学びに向かう力・人間性等」の涵養)」

     答申は、各学校に対し、これらの「三つの柱」をベースとしながら「我が校ならでは」の資質・能力を具体的に設定し、それらを家庭や地域とも共有すべきことを求めているのです。「よもやま話 第5話」では、キャリア教育を通して育成すべき資質・能力について、国が示す方針を金科玉条の如く捉えたことによる全国的な画一性・硬直性(=いわば「巨大な金太郎飴状態」)から脱する必要についてアレコレと書きましたが、「脱・金太郎飴」はもはやキャリア教育に限ったことではありません。

    ○ 各学校においては、資質・能力の三つの柱に基づき再整理された学習指導要領等を手掛かりに、「カリキュラム・マネジメント」の中で、学校教育目標や学校として育成を目指す資質・能力を明確にし、家庭や地域とも共有しながら、教育課程を編成していくことが求められる。(p.31)

    ○ (中略)そのため、園長・校長がリーダーシップを発揮し、地域と対話し、地域で育まれた文化や子供たちの姿を捉えながら、地域とともにある学校として何を大事にしていくべきかという視点を定め、学校教育目標や育成を目指す資質・能力、学校のグランドデザイン等として学校の特色を示し、教職員や家庭・地域の意識や取組の方向性を共有していくことが重要である。(p.24)


    【適切な評価を通して教育の改善充実を図ろう】
     そして、このようにして各学校が設定した目標に基づく教育実践の成果については、それぞれの学校が適切に評価し、教育の改善に結びつける必要があります。評価の詳細については、答申本文(pp.60-63)をご覧いただくことにして、ここで詳述することは割愛しますが、次の指摘だけは引用しておきたいと思います。

    ○ 学習指導要領改訂を受けて作成される、学習評価の工夫改善に関する参考資料についても、詳細な基準ではなく、資質・能力を基に再整理された学習指導要領を手掛かりに、教員が評価規準を作成し見取っていくために必要な手順を示すものとなることが望ましい。(以下略)(p.62)   

     学校は国が示す評価の基準や規準にがんじがらめになるのではなく、各学校において、先生方ご自身が、教育のプロとしてオリジナルの評価規準を作成して下さいと指摘しているわけです。それぞれの学校で設定した資質・能力が確実に身についたかどうかを評価するのは、他でもない、その学校の先生方ですよ、ということですね。

    【キャリア教育への強い期待】
     このような今回の答申は、キャリア教育に対して極めて強い期待を示しています。「キャリア」という言葉が答申本文において69回使用されているという事実だけを挙げても、その期待度の高さをうかがい知ることができます。ま、「どのように社会・世界と関わり、よりよい人生を送るか」が、「資質・能力の三つの柱」の一つとされているわけですから、当たり前と言えば当たり前ですが…。

     以下、順不同となりますが、キャリア教育への主な期待を3点抄出して整理しておきましょう。

    期待 その1:教科等を学ぶ本質的な意義を伝える
     「第9話」で言及したことの繰り返しとなりますが、「今後の成長のために進んで学ぼうとする力」を育成し「学ぶこと・働くことの意義」の認識を高めようとするキャリア教育、すなわち、現在の学びとその学びの先にあるものとをつなぐキャリア教育は、次期学習指導要領において極めて重要な役割を果たすことになります。

    ○ 子供たちに必要な資質・能力を育んでいくためには、各教科等での学びが、一人一人のキャリア形成やよりよい社会づくりにどのようにつながっているのかを見据えながら、各教科等をなぜ学ぶのか、それを通じてどういった力が身に付くのかという、教科等を学ぶ本質的な意義を明確にすることが必要になる。(p.32)


    期待 その2:アクティブ・ラーニングを支える
     答申は、現在大きな関心を集めているアクティブ・ラーニングの本質を「主体的・対話的で深い学び」であると表現しています。そして、このようなアクティブ・ラーニングの基盤の一つとしてキャリア教育を位置づけていることは極めて重要です。

    ○ 日常の教科・科目等の学習指導においても、自己のキャリア形成の方向性と関連付けながら見通しを持ったり、振り返ったりしながら学ぶ「主体的・対話的で深い学び」を実現するなど、教育課程全体を通じてキャリア教育を推進する必要がある。(p.57)

     更に答申は、「主体的な学び」「対話的な学び」「深い学び」のいずれにおいても、キャリア教育の視点が不可欠であるとしています。

    主体的な学びとキャリア教育=「学ぶことに興味や関心を持ち、自己のキャリア形成の方向性と関連付けながら、見通しを持って粘り強く取り組み、自己の学習活動を振り返って次につなげる『主体的な学び』が実現できているか(どうかが重要なポイントである)。」(pp.49-50)

    対話的な学びとキャリア教育=「(特別活動における対話的な学びの視点として)異年齢の子供や障害のある児童生徒等多様な他者と対話しながら協働すること、地域の人との交流の中で考えを広めたり自己肯定感を高めたりすること、自然体験活動を通じて自然と向き合い日頃得られない気付きを得ること、キャリア形成に関する自分自身の意思決定の過程において他の児童生徒や教員等との対話を通じて考えを深めることなども重要である。」(p.234)

    深い学びとキャリア教育=「『アクティブ・ラーニング』の視点については、深まりを欠くと表面的な活動に陥ってしまうといった失敗事例 も報告されており、『深い学び』の視点は極めて重要である。学びの『深まり』の鍵となるものとして、全ての教科等で整理されているのが、(中略)各教科等の特質に応じた『見方・考え方』である。今後の授業改善等においては、この『見方・考え方』が極めて重要になってくると考えられる。『見方・考え方』は、新しい知識・技能を既に持っている知識・技能と結び付けながら社会の中で生きて働くものとして習得したり、思考力・判断力・表現力を豊かなものとしたり、社会や世界にどのように関わるかの視座を形成したりするために重要なものである。」(p.52)


    期待 その3:児童生徒の発達を支援する
     今回の答申では、各学校で策定する資質・能力の育成においては、「子供一人一人の興味や関心、発達や学習の課題等を踏まえ、それぞれの個性に応じた学びを引き出し、一人一人の資質・能力を高めていくことが重要となる」という立場を明確に示しています(p.53)。答申において、「第8章 子供一人一人の発達をどのように支援するか」という独立した章を設け(pp.53-60)、次のような構成としていることは注目すべきだと思います。

    1.学習活動や学校生活の基盤となる学級経営の充実
    2.学習指導と生徒指導
    3.キャリア教育(進路指導を含む)
    4.個に応じた指導
    5.教育課程全体を通じたインクルーシブ教育システムの構築を目指す特別支援教育
    6.子供の日本語の能力に応じた支援の充実

     当該「3.キャリア教育(進路指導を含む)」は、全文引用したいくらいですが、とりあえずここではその冒頭のみを引用するにとどめておきますね。

    ○ 第3章2.(3)においても指摘したように、子供たちに将来、社会や職業で必要となる資質・能力を育むためには、学校で学ぶことと社会との接続を意識し、一人一人の社会的・職業的自立に向けて必要な基盤となる資質・能力を育み、キャリア発達を促すキャリア教育の視点も重要である。(p.55)


    【キャリア教育の実践の在り方】
     さて最後に、答申が示すキャリア教育実践の在り方の基本方針について整理しておきましょう。

     キャリア教育は学校の教育活動全体を通じて実践されるというこれまでの方針に変更はありませんが、小中学校においては学級活動が「中核」として位置づけられ、高等学校においては、特別活動(ホームルーム活動)に加えて、公民科に新設される新科目「公共」が「中核」としての役割を担うものとされています。また、一人一人の児童生徒が自らの学習状況やキャリア形成を見通したり、振り返ったりしつつ、自らの成長や変容を自己評価できるようにするための「キャリア・パスポート(仮称)」の導入が提唱されていることも特筆に値します。以下、ポイントとなる部分を抄出していきます。

    実践の基本 その1:中核としての学級活動・ホームルーム活動(小・中・高)

    ○ (前略)キャリア教育を効果的に展開していくためには、教育課程全体を通じて必要な資質・能力の育成を図っていく取組が重要になる小・中学校では、特別活動の学級活動を中核としながら、総合的な学習の時間や学校行事、特別の教科 道徳や各教科における学習、個別指導としての進路相談等の機会を生かしつつ、学校の教育活動全体を通じて行うことが求められる。高等学校においても、小・中学校におけるキャリア教育の成果を受け継ぎながら、特別活動のホームルーム活動を中核とし、総合的な探究の時間や学校行事、公民科に新設される科目「公共」をはじめ各教科・科目等における学習、個別指導としての進路相談等の機会を生かしつつ、学校の教育活動全体を通じて行うことが求められる。(p.56)

    キャリア教育は、小学校から高等学校まで教育活動全体の中で「基礎的・汎用的能力」を育むものであるが、狭義の「進路指導」との混同により、中学校・高等学校においては、入学試験や就職活動があることから本来の趣旨を矮小化した取組になっていたり、職業に関する理解を目的とした活動だけに目が行きがちになったり、小学校では特別活動において進路に関する内容が存在しないため体系的に行われてこなかったりしている実態がある。キャリア教育本来の役割を改めて明確にするためにも、小学校段階から特別活動の中にキャリア教育の視点を入れていくことが重要である。(p.233)


     よって、答申は、「小学校の学級活動の内容に(3)を設け、キャリア教育の視点からの小・中・高等学校のつながりが明確になるよう整理すること」を求め、小・中・高の学級活動・ホームルーム活動について、共通した(1)(2)(3)の構成とすべきであるとしているのです。(p.232)
     (1) 学級・ホームルームや学校における集団生活の創造、参画
     (2) 一人一人の適応や成長及び健康安全な生活の実現
     (3) 一人一人のキャリア形成と実現

     この点に関連して、答申が「特別活動に関する指導力は、免許状がないこと等から専門性という点で軽く見られがちであるが、本来、小・中・高等学校の全ての教員に求められる最も基本的な専門性の一つである」(p.235)と指摘している点は、是非心に留めておきたいですね。

    実践の基本 その2:もうひとつの「中核」としての新教科「公共」(高校)

    ○ 加えて、高等学校においては、「公共」において、教科目標の実現を図るとともに、キャリア教育の観点からは、特別活動のホームルーム活動などと連携し、インターンシップの事前・事後の学習との関連を図ることなどを通して、社会に参画する力を育む中核的機能を担うことが期待されている
     また、高等学校の就業体験(インターンシップ)については、これまで主に高等学校卒業後に就職を希望する生徒が多い普通科や専門学科での実習を中心に行われてきたが、今後は、大学進学希望者が多い普通科の高等学校においても、例えば研究者や大学等の卒業が前提となる資格を要する職業も含めた就業体験(いわゆる「アカデミック・インターンシップ」)を充実するなど、それぞれの高等学校や生徒の特性を踏まえた多様な展開が期待される。(pp.56-57)

     新科目「公共」については、「18歳選挙権も念頭に主権者として学ぶなどの必修科目『公共』も新しく設け、現代社会はなくす」(朝日新聞2016年12月22日朝刊・第2社会面)や、「公民には主権者意識を育む必修科目『公共』を新設」(日本経済新聞2016年12月22日朝刊・第2面)など、選挙権との関連に焦点を当てた報道が多くなされていますが、キャリア教育の観点からも「中核的機能」を担う科目として位置づけられることを看過すべきではありません。

    実践の基本 その3:学びのプロセスを振り返り、将来につなぐ「キャリア・パスポート」

    子供一人一人が、自らの学習状況やキャリア形成を見通したり、振り返ったりできるようにすることが重要である。そのため、子供たちが自己評価を行うことを、教科等の特質に応じて学習活動の一つとして位置付けることが適当である。例えば、特別活動(学級活動・ホームルーム活動)を中核としつつ、「キャリア・パスポート(仮称)」などを活用して、子供たちが自己評価を行うことを位置付けることなどが考えられる。その際、教員が対話的に関わることで、自己評価に関する学習活動を深めていくことが重要である。(p.63)

    教育課程全体で行うキャリア教育の中で、特別活動が中核的に果たす役割を明確にするため、小学校から高等学校までの特別活動をはじめとしたキャリア教育に関わる活動について、学びのプロセスを記述し振り返ることができるポートフォリオ的な教材(「キャリア・パスポート(仮称)」)を作成することが求められる。特別活動を中心としつつ各教科等と往還しながら、主体的な学びに向かう力を育て、自己のキャリア形成に生かすために活用できるものとなることが期待される。将来的には個人情報保護に留意しつつ電子化して活用することも含め検討することが必要である。(pp.234-235)

     例えば、小学校4年生の「2分の1成人式」の際に書いた「20歳になった僕(私)へ」という手紙、5年生の工場見学で作成した見学記録、小学校の卒業文集に掲載した「将来の夢」、中学校1年生の時に書いた「将来就きたい職業」と「それに向けて努力したいこと」、中学校2年生でまとめた「職場体験活動を振り返って」……こういった貴重な記録は、多くの場合、誰の手元にも残っていません。これらの作文や記録を中心としながら、学年や学校を超えて継続的にファイリングし、自らの成長を振り返りつつ、将来を見通すためのポートフォリオが「キャリア・パスポート(仮称)」です。無論、ファイリングして保管するだけでは、ただの「場所ふさぎ」になってしまいます。そこで、「教員が対話的に関わることで、自己評価に関する学習活動を深めていくことが重要である」と指摘されているわけですね。

     今回は、文字通りザッと「中教審答申がキャリア教育に期待するもの」のポイント整理を試みました。本文だけで242ページもある答申なので、網羅的な整理にはほど遠いのですが、何らかのお役に立てば幸いです。無論、
     新科目「公共」のイメージが全く湧かない! 
     「アカデミック・インターンシップ」って何だよ? 
     「キャリア・パスポート」について、こんな中途半端に説明されたら、ますます分からなくなったぞ!
    …等々のご感想をお持ちの方も少なくないと推察します。

     これらについては、日を改めて「よもやま話」での話題にしたいと思います。どうか今しばらくお待ち下さい。


     本年は、スタートしたばかりの「キャリア教育 よもやま話」におつきあいいただきまして、ありがとうございました。4月に本サイトを開設して以来、3800回近いアクセスをしていただき、光栄に存じます。今後も不定期の更新とはなりますが「よもやま話」を続けて参ります。また、本年度末の3月には、研究紀要『筑波大学 キャリア教育学研究』第2号も掲載する予定です。皆様方からの忌憚のないご意見・ご指導を賜りますようお願い申し上げます。

     2017年が、皆様にとって素晴らしい年となりますようお祈り致します。 


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藤田晃之

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