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キャリア教育 よもやま話Just Mumbling...

第15話 小学校におけるキャリア教育の豊かな可能性(2017年2月12日)

  •  今回のお題は「小学校におけるキャリア教育の豊かな可能性」です。

     前回(第14回)では、1999(平成11)年に、いわゆる「ニート・フリーター問題」への緊急対応策の一環として提唱されたキャリア教育が、この18年間で大きく変容を遂げて今日に至っていることについてまとめました。草創期のキャリア教育に対しては、「うちの学校では必要ない」という否定的な見解も少なくなかったわけですが、現在、そのような捉え方はもはや時代錯誤的であるとさえ言えるでしょう。

     「子供たちに必要な資質・能力を育んでいくためには、各教科等での学びが、一人一人のキャリア形成やよりよい社会づくりにどのようにつながっているのかを見据えながら、各教科等をなぜ学ぶのか、それを通じてどういった力が身に付くのかという、教科等を学ぶ本質的な意義を明確にすることが必要になる」*と指摘される今日、それぞれの学校におけるキャリア教育実践の拡充は喫緊の課題なのではないでしょうか。
    *中央教育審議会「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について(答申)」2016年12月21日、p.37

     そこで今回は、キャリア教育の提唱当初、最も「腰が引けていた」小学校段階に焦点を絞り、キャリア教育実践がもつ豊かな可能性について考えてみたいと思います。

     もちろん、僕があーでもない、こーでもないと書き連ねたところで、「現場も知らないくせに…」と皆様方から一笑に付されることは目に見えていますので、僕自身が何らかの形で関わらせていただいた小学校での取組の中から、最近実施された研究発表会・学習発表会の例をいくつか挙げることにします。ここでそれらの全容をお示しすることは到底無理な話ですが、小学校でのキャリア教育が急速に充実してきている事実の一端はお伝えできるかもしれません。

     はじめにご紹介するのは、東京都世田谷区立尾山台小学校です。僕は昨年度末から数回学校にお邪魔し、「尾山台小ならでは」のキャリア教育の在り方を、先生方と文字通り膝をつき合わせながら一緒に考えてきました。同校では、先月20日、全学年・全クラスでの実践を公開する形で「研究発表会」が行われ、370名を超える参加者の方々から高く評価していただいたそうです。(「…いただいたそうです」などと他人行儀な書き方ですが、僕個人は所用のため、きわめて残念ながら研究発表会に参加できなかったのです。)

     尾山台小学校では、この2年間「自分も他者も大切にし、自信をもって挑戦する子どもの育成:全教科等におけるキャリア教育の実践を通して」をテーマに、キャリア教育に取り組んできました。先月の研究発表会では、道徳、生活、国語、図画工作、音楽、算数、総合的な学習の時間の単元や題材を通したキャリア教育の取組が公開され、特別支援学級でも生活単元での実践がなされました。敢えて学級活動を公開授業の対象としなかったのは、「全教科等におけるキャリア教育の実践」を目指してきた尾山台小学校の先生方の気概の現れかもしれません。

     僕個人が、尾山台小学校の取組の特質としてとりわけ注目しているのは、

    1)これまでになされてきたアンケート結果等も集約しながら、「目の前の子どもたち」の実態に即して目標を定めている点
    2)身につけさせたい力を「自分のよさに気づく力」「人を大切にする力」「思いを伝える力」「チャレンジする力」に区分けし、低学年・中学年・高学年・特別支援学級それぞれに対して、「○○することができる」という表現を用いながら具体的な「めあて」として定め、それを児童と共有している点(各クラスに当該学年の「めあて」を掲示し、先生方と子どもたちの“合い言葉”にしている点)
    3)それぞれの学年の「めあて」に即して、キャリア教育を意図的に実践する単元や題材を絞り込み、教科等の枠を超えてそれらの関係性・系統性が分かりやすく年間指導計画に示され、教職員間で十分に共有されている点

    です。もちろん、「チーム尾山台」をキーワードとした教職員相互の緊密な信頼関係や、家庭や地域社会からとの連携・協力体制の構築など、他にも素敵なところはたくさんあるのですが、ここに全部はとても書き切れません。

     以下、ご参考までに、研究発表会の告知用に作成されたチラシと、研究発表会の後に発行された学校通信のURLを挙げておきます。
    チラシ表:http://school.setagaya.ed.jp/weblog/files/oi/doc/48239/613722.pdf
    チラシ裏:http://school.setagaya.ed.jp/weblog/files/oi/doc/48240/613724.pdf
    学校通信(2017年2月号):http://school.setagaya.ed.jp/weblog/files/oi/doc/49107/627104.pdf

     次にご紹介するのは、神奈川県川崎市立小田小学校です。小田小学校では「自分から動き出し、学び続ける子:みんなでつなぐ、学びをつなぐ 小田小学校のキャリア在り方生き方教育」をテーマに、今年度、全校体制でキャリア教育に取り組み、その成果の一端を今月9日の「研究報告会」として公開しました。小雪の混じる天候でしたが、市内の先生方を中心に100名以上の参加者が集い、充実した会となりました。(ちなみに、「キャリア在り方生き方教育」というのは、川崎市における「キャリア教育」の名称です。)

     当日は、各学年から1クラスが公開授業を行い、道徳(1年生)、国語(2年生)、総合的な学習の時間(3年生)、学級活動(4年生)、図画工作(5年生)、算数(6年生)、生活単元学習(特別支援学級)の実践が展開されたのですが、いずれも、日頃のきめ細やかな学級経営が垣間見える素晴らしいものでした。(子どもたちと先生の息がぴったりと合った瞬間に子どもたちのパッと輝くような表情が多く見られ、歳のせいか、何度も涙腺が緩みそうになって困りました。)

     小田小学校においても、上に紹介した尾山台小学校と同様に、目の前の子どもたちの実態に即した具体的な目標を定めながら、系統的なキャリア教育の実践がなされているわけですが、僕がとりわけ重要な特質だと思うのは、

    1)「自分から動き出し、学び続ける子」を育成するためには、「自分から動き出し、学び続ける授業」の在り方の模索と、教師自らが「自分から動き出し、学び続ける教師」であることが重要であるという理解が全校で共有されている点
    2)「学びと生活をつなぐ」「今と将来をつなぐ」ことを両輪としながら、「みんなで(教職員のみならず、家庭や地域との連携の中で)」教育実践に当たっている点、
    3)子ども自身が「学ぶ意味」を感じる手立てとして、「学習問題(=「何を学ぶのか」を明確にしつつ子どもの問題意識を引き出す)」「めあて(=学級全体や児童一人一人が立てる「めあて」の質を高める)」「見通し(=「学習問題」から「めあて」に至る道すじと、その後の発展への展望を意識させる)」の3点をベースとして、すべての実践の指導が組み立てられている点

    です。今回の研究報告会については、今後、「学校だより」「校長室だより」等において言及されるかもしれませんので、それらの公開URLを以下に挙げておきます。
    学校だより・校長室だより:http://www.keins.city.kawasaki.jp/2/ke201201/gakkodayori/gakkodayori.html

     なお、川崎市内では、木月小学校でも校内研究テーマに「自分をつくる子ども:地域の人々とかかわり合うことを通して」を掲げ、積極的にキャリア教育に取り組んでいます。僕個人も、年に複数回お邪魔しながら、先生方とともに授業づくりをしているところです。来年度も継続してお邪魔する機会を与えていただくことができそうですので、木月小学校の実践については機会を改めてお知らせしますね。

     今回最後に紹介するのは、神奈川県横浜市において、教育委員会が主軸となって推進している「はまっ子未来カンパニープロジェクト」です。この取組は、横浜市におけるキャリア教育「自分づくり教育」の一環として、学校と外部機関等が連携して社会課題を解決するための多様な力を育成することを目指すものです。*なお、本プロジェクトは、文部科学省による「小・中学校等における起業体験推進事業」の委託を受けてなされています。当該文部科学省事業の詳細については、以下のURLをご参照ください。
    http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/career/detail/1374260.htm


     今年度、この「はまっ子未来カンパニープロジェクト」に自ら参加を表明した学校は全27校ですが、そのうち22校が小学校です。僕は外部委員として、キックオフのための拡大推進委員会(8月末)と、昨日(11日)に開催された「学習発表会」に参加しただけなのですが、「大人の本気」は「子供の本気」に火を付け、それが子供の力をグッと伸ばすのだなぁと実感しました。

     以下、「学習発表会」での発表から、3校の事例をご紹介します。(もちろん、この他の発表校の取組も、それぞれ特徴があって素晴らしいものでした。今回、全部紹介できないのが残念です。)

     いずみ野小学校の6年生たちは、学年目標である「団結」をより高めるための手段としてオリジナルTシャツづくりを発案し、株式会社AOKIホールディングスとの連携によりその製作と販売に取り組みました。Tシャツの色やデザインの決定、販売予測に基づく作成枚数や販売価格の決定などにおいても、課題対応能力、発想力、コミュニケーション能力の発揮と向上の機会は十分あったのですが、なにしろ最大の課題は、予測を遥かに超えた売れ残りをどうするか、でした。そして、6年生が途方に暮れていた矢先、AOKIホールディングスさんから送られてきたのは約56万円の請求書。これを前にして、6年生は「誰が、どういうときにモノを買うのか」という根本に立ち返って、販売戦略を立て、行動に移さざるを得ませんでした。地元の方々の優しさとモノを買ってもらうことの厳しさの両方に触れて、いずみ野小学校の6年生はたくさんのことを学んだようでした。

     大岡小学校の6年2組では、「自分たちの町の魅力を地域の人に再拝見してもらいたい」との願いをもとに、地元の弘明寺(ぐみょうじ)近辺のイラストマップ作成に取り組みました。けれども、一旦完成させた試作マップは、既存の弘明寺パンフレットに掲載されているものに類似しており、このままでは新たにマップを作成する意味がないという事実が突きつけられたのです。そこで、手書き地図推進委員会の運営母体である株式会社ロケッコのスタッフの方から、「その人や店ならではの事実を踏まえたストーリー」を伝えることこそが大切であることを学び、弘明寺付近の店舗での徹底取材を始めます。お店の人たちの似顔絵とエピソードが添えられたオリジナルのイラストマップはこうして完成しました。現在、6年2組では、このイラストマップをもとに、ジオラマの作成に取り組んでいます。縮尺を正確にするためには当然ながら算数の応用が不可欠ですし、みんなで協力しないとジオラマは完成しません。子どもたちは、卒業に向けて一段と成長する機会を得たようでした。

     笠間小学校の6年2組では、「笠間小学校のみんなを楽しませたい」という想いから、普段あまり活用されていない学校の中庭を使った巨大ピタゴラ装置の開発を計画しました。古びてしまったベンチの修繕や塗り替えだけでも、協力してくださった株式会社石井造園の皆さんの技術と自分たちの能力との差を実感した子どもたちですが、中庭の整備の過程で、技術員(学校用務員)さんが手塩にかけて育てていた植物を事前の相談もなく抜いてしまうというハプニングも経験しました。いつもお世話になっている技術員さんを悲しませてしまった現実から、いわゆる「ホウレンソウ」の重要性を子どもたちが身をもって学んだことは言うまでもありません。装置はまだ完璧ではありませんが、精緻に物事を進めないと期待した結果は得られないという厳然とした事実からも多くを学びつつ、ユニークな発想満載の巨大ピタゴラ装置の精度を高めるための子どもたちの努力は現在も継続中です。

     今回の学習発表会は、「はまっ子未来カンパニープロジェクト」に参加した子どもたち、その保護者、連携協力企業等を対象とした、いわば「内部での発表会」でしたが、3月29日には広く市民を対象とした「横浜子どもアントレ博」が「アニヴェルセルみなとみらい横浜」を会場として行われます。お近くの方は脚を運んでみてはいかがでしょうか。

     今回ご紹介した尾山台小学校と小田小学校における実践は、日常の教育活動を通したキャリア教育の事例です。一方「はまっ子未来カンパニープロジェクト」は、キャリア教育としてのねらいを前面に出したイベント型の事例であり、教育課程上は総合的な学習の時間に位置づけられるものです。このような違いはあるにせよ、「ニート・フリーター問題への緊急対応策」という「草創期のキャリア教育」の残像に囚われている間は、これらの実践を生む発想は出てこないのではないかなぁと思います。

     ちなみに、今回はご紹介しませんでしたが、茨城県つくば市立豊里学園(施設分離型の小中一貫校[沼崎小学校・今鹿島小学校・上郷小学校・豊里中学校])や、兵庫県姫路市立四郷小学校・四郷中学校でも、充実したキャリア教育の実践が継続されており、僕自身も関わらせていただいています。また、群馬県では、県教育委員会の指定を受けて、渋川市立渋川南小学校・豊秋小学校・渋川中学校、富岡市立小野小学校・北中学校、みなかみ町立新治小学校・新治中学校、明和町立明和東小学校・明和西小学校・明和中学校において、9年間を見通したキャリア教育の実践が積み重ねられています。これらの学校での取組については、日を改めて、小中一貫教育の視点から紹介させていただきますね。

     最後に蛇足気味ですが、尾山台小学校、小田小学校はもちろん、今回はご紹介を割愛した木月小学校、豊里学園、四郷小学校・中学校、群馬県教委による指定地域の各小中学校、そして、すでに単行本*として実践を取りまとめている宮城県仙台市立寺岡小学校、大阪府高槻市立ゆめみらい学園(赤大路小学校、富田小学校、第四中学校)など、優れたキャリア教育実践をしている学校に共通するのは、校長先生の明確な学校経営理念とリーダーシップ、そして、教員間の円滑な協力体制だなと改めて実感したことを書き添えます。
    *仙台市立寺岡小学校著(藤田晃之監修)(2015)『キャリア教育の底力:「東日本大震災」を経た再生の記録』光文書院
    *高槻市立赤大路小学校・富田小学校・第四中学校編著(藤田晃之監修)(2015)『ゼロからはじめる小中一貫キャリア教育:大阪府高槻市立第四中学校区「ゆめみらい学園」の軌跡』実業之日本社


     校長先生が、「うちの子たちをなんとかしたい」と強く願い、その願いを実現するための明確なビジョンを掲げ、先生方にそれを伝える。そして、先生方がそのビジョンに共鳴し、納得した上でみんなで協力し合いながら教育実践にあたる。これが、僕自身がこれまで関わらせていただいた学校に共通する「キャリア教育実践の土台」であるようです。

     校長先生ご自身が、「草創期のキャリア教育」の残像に囚われ、「こんなモノはうちには必要ない」と思っている間は、文部科学省や教育委員会がどれだけ“外圧”をかけても、意味のあるキャリア教育実践は生まれないのかもしれません。  


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