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キャリア教育 よもやま話Just Mumbling...

第16話 小学校・中学校の次期学習指導要領案を読む(2017年2月26日)

  •  今回のお題は「小学校・中学校の次期学習指導要領案を読む」です。

     多くの方が既にご存じの通り、今月14日に、小学校と中学校の次期学習指導要領案が発表され、それらに対する意見公募手続(パブリックコメントの受付)が開始されました。3月15日が受付最終日に設定されています。
    http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=185000878&Mode=0

     このまま推移すれば、おそらく、予定通り3月末には小学校と中学校の次期学習指導要領が告示されるでしょう。今回の改訂にあたっては、僕自身も中教審の末端の委員会やワーキンググループに加わらせていただいたわけですが、これまでの諸改訂とは一線を画する質的な変容を各学校の教育課程にもたらす学習指導要領になりそうだなぁという予感がします。教壇に立つ先生方お一人お一人にとっても、教員としての自らの信念に改めて正対しつつ授業を展開することが求められそうです。

     もちろん、こんなスケールの大きな議論を全面展開しようとすれば、この「よもやま話」を何回使っても足りませんし、仮に挑戦したところで、僕の能力ではおそろしくお堅い書きぶりになってしまいます。作家の井上ひさし氏は、「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをおもしろく…」という言葉を残していらっしゃいますが、そのレベルに到達するまでの道のりは遥かに遠く、今の僕は白旗を揚げる以外にありません。

     なので、今回は、キャリア教育の推進に関連の深い規定を2月14日現在の次期学習指導要領案からピックアップしながら、ちょこちょこと感想めいた駄文を書き加えるだけにとどめておきます。次期学習指導要領の方向性と、それに基づくキャリア教育の在り方についてお汲み取りいただけましたら幸甚です。

     では早速、小学校学習指導要領案から参ります。

     まず注目したいのは「前文」です。学習指導要領に法的拘束力が与えられるようになった1958(昭和33)年版以降、学習指導要領に「前文」が加わったのは今回の改訂が初めてだと思います。(それ以前、「試案」として提示されていた頃の学習指導要領には「序論」「はしがき」などがあったのですが、「総則」という表現が用いられるようになってからは、ほぼ60年もの間、学習指導要領はいきなり「総則」から書き起こされることが“常識”となっていました。)

     その「前文」の中で、僕がとりわけご紹介したいのは以下の部分です。(今回は引用部分を文字色を変えて示します。また、下線はいずれも引用者(=藤田)によるものです。)

     これからの学校には,こうした(教育基本法が定める[引用者注])教育の目的及び目標の達成を目指しつつ,一人一人の児童が,自分のよさや可能性を認識するとともに,あらゆる他者を価値のある存在として尊重し,多様な人々と協働しながら様々な社会的変化を乗り越え,豊かな人生を切り拓き,持続可能な社会の創り手となることができるようにすることが求められる。このために必要な教育の在り方を具体化するのが,各学校において教育の内容等を組織的かつ計画的に組み立てた教育課程である。(中略)

     児童が学ぶことの意義を実感できる環境を整え,一人一人の資質・能力を伸ばせるようにしていくことは,教職員をはじめとする学校関係者はもとより,家庭や地域の人々も含め,様々な立場から児童や学校に関わる全ての大人に期待される役割である。幼児期の教育の基礎の上に,中学校以降の教育や生涯にわたる学習とのつながりを見通しながら,児童の学習の在り方を展望していくために広く活用されるものとなることを期待して,ここに小学校学習指導要領を定める。


     これからの学校は、子供たちを「豊かな人生を切り拓き、持続可能な社会の創り手となることができるようにすることが求められる」……もう、ずばりキャリア教育ですね!と言ってしまうと若干言い過ぎな感じもしますが、「どのように社会・世界と関わり、よりよい人生を送るか」という視点を踏まえつつ、「学びに向かう力、人間性等を涵養すること」を育成すべき資質・能力の基軸に据えた今回の学習指導要領らしさが前面に押し出されている部分であることは確かです。また、「学ぶことの意義を実感できる環境」の整備と、現在の学びと生涯にわたる学習とのつながりを見通すことの重要性が一つの段落の中で示されていることは、後述する「キャリア・パスポート」との関連からも極めて意義深いことだと思います。

     次に「第1章 総則」から、大注目すべき部分を抄出しましょう。

    第3 教育課程の実施と学習評価
    1 主体的・対話的で深い学びの実現に向けた授業改善
    各教科等の指導に当たっては,次の事項に配慮するものとする。
    (4) 児童が学習の見通しを立てたり学習したことを振り返ったりする活動を,計画的に取り入れるように工夫すること

    第4 児童の発達の支援
    1 児童の発達を支える指導の充実
    教育課程の編成及び実施に当たっては,次の事項に配慮するものとする。
    (1) 学習や生活の基盤として,教師と児童との信頼関係及び児童相互のよりよい人間関係を育てるため,日頃から学級経営の充実を図ること。また,主に集団の場面で必要な指導や援助を行うガイダンスと,個々の児童の多様な実態を踏まえ,一人一人が抱える課題に個別に対応した指導を行うカウンセリングの双方により,児童の発達を支援すること。あわせて,小学校の低学年,中学年,高学年の学年の時期の特長を生かした指導の工夫を行うこと。
    (3) 児童が,学ぶことと自己の将来とのつながりを見通しながら,社会的・職業的自立に向けて必要な基盤となる資質・能力を身に付けていくことができるよう,特別活動を要としつつ各教科等の特質に応じて,キャリア教育の充実を図ること。


     「総則」の「第3 教育課程の実施と学習評価」においては、既にご紹介した「前文」に引き続き、「児童が学習の見通しを立てたり学習したことを振り返ったりする活動」の重要性を指摘しています。更に、「第4 児童の発達の支援」では、これまでの学習指導要領では直接的に用いられることのなかった「カウンセリング」という用語を初めて使い、ガイダンスとカウンセリングの双方の重要性を改めて示していることが重要な点です。そして、何と言っても最大のポイントは、小学校の総則事項として「キャリア教育の充実を図ること」を明示的に求め、小学校からのキャリア教育の実践を義務づけたことでしょう。ここで見落としてはならないのは、a)「学ぶことと自己の将来とのつながりを見通」すことがキャリア教育にとって必須事項とされ、b)「社会的・職業的自立に向けて必要な基盤となる資質・能力、すなわち「基礎的・汎用的能力」を身につけさせることがキャリア教育にとっての基盤であることが再確認され、c)キャリア教育の実践は「特別活動を要としつつ」、「各教科等の特質に応じて」、つまり、全ての教育活動を通してなされるべきことが明示された点です。

     そして、キャリア教育の「要」としてその重要性を一層増した「第6章 特別活動」では、「学級活動」の内容に「(3) 一人一人のキャリア形成と自己実現」が新たに加えられ、次のように示されました。

    第2 各活動・学校行事の目標及び内容
    〔学級活動〕
    2 内容
    (3) 一人一人のキャリア形成と自己実現
    ア 現在や将来に希望や目標をもって生きる意欲や態度の形成
     学級や学校での生活づくりに主体的に関わり,自己を生かそうとするとともに,希望や目標をもち,その実現に向けて日常の生活をよりよくしようとすること
    イ 社会参画意識の醸成や働くことの意義の理解
     清掃などの当番活動や係活動等の自己の役割を自覚して協働することの意義を理解し,社会の一員として役割を果たすために必要となることについて主体的に考えて行動すること
    ウ 主体的な学習態度の形成と学校図書館等の活用
     学ぶことの意義や現在及び将来の学習と自己実現とのつながりを考えたり,自主的に学習する場としての学校図書館等を活用したりしながら,学習の見通しを立て,振り返ること

    3 内容の取扱い
    (2) 2の(3)の指導に当たっては,学校,家庭及び地域における学習と生活の見通しを立て,学んだことを振り返りながら,新たな学習や生活への意欲につなげたり,将来の生き方を考えたりする活動を行うこと。その際,児童が活動を記録し蓄積する教材等を活用すること


     もちろん、小学校におけるキャリア教育は、上に引用した学級活動の(3)のみで実施されるべきものではありません。例えば、学級活動の「(1) 学級や学校における生活づくりへの参画」や、「(2) 日常の生活や学習への適応と自己の成長及び健康安全」もキャリア教育と密接に関連していることは改めて言うまでもないでしょう。けれども、こうして「(3) 一人一人のキャリア形成と自己実現」が明示的に設けられ、その指導において「学校,家庭及び地域における学習と生活の見通しを立て,学んだことを振り返りながら,新たな学習や生活への意欲につなげたり,将来の生き方を考えたりする活動を行うこと。その際,児童が活動を記録し蓄積する教材等を活用すること」とされた点は、キャリア教育の推進にとって画期的であると思います。

     「前文」「総則」においても、その重要性が繰り返し指摘されてきた「児童が学習の見通しを立てたり学習したことを振り返ったりする活動」ですが、その中核となるのが「児童が活動を記録し蓄積する教材」、すなわち、昨年12月21日に取りまとめられた中教審答申において提示された「キャリア・パスポート」です。またここでは、「活用することが望ましい」や「活用するよう努めるものとする」といった表現ではなく、「活用すること」とされていることを再確認しておきたいですね。つまり、次期学習指導要領は、小学校からの「キャリア・パスポート」の作成と活用を例外なく求めるわけです。今回示された学習指導要領案を見る限り、全国すべての学校に共通するキャリア教育推進のためのツールとして「キャリア・パスポート」を導入することがほぼ確定したと言えるのではないでしょうか。

     続いて、中学校学習指導要領案を見ていきます。小学校と重なる部分が多いので、僕の感想などをいちいち挟まずに、キャリア教育の推進・充実に関連して注目すべき箇所をまずは全部引用してしまいますね。

    前文
     これからの学校には,こうした(教育基本法が定める)教育の目的及び目標の達成を目指しつつ,一人一人の生徒が,自分のよさや可能性を認識するとともに,あらゆる他者を価値のある存在として尊重し,多様な人々と協働しながら様々な社会的変化を乗り越え,豊かな人生を切り拓き,持続可能な社会の創り手となることができるようにすることが求められる。このために必要な教育の在り方を具体化するのが,各学校において教育の内容等を組織的かつ計画的に組み立てた教育課程である。(中略)

     生徒が学ぶことの意義を実感できる環境を整え,一人一人の資質・能力を伸ばせるようにしていくことは,教職員をはじめとする学校関係者はもとより,家庭や地域の人々も含め,様々な立場から生徒や学校に関わる全ての大人に期待される役割である。幼児期の教育及び小学校教育の基礎の上に,高等学校以降の教育や生涯にわたる学習とのつながりを見通しながら,生徒の学習の在り方を展望していくために広く活用されるものとなることを期待して,ここに中学校学習指導要領を定める。

    第1章 総則
    第3 教育課程の実施と学習評価
    1 主体的・対話的で深い学びの実現に向けた授業改善
    各教科等の指導に当たっては,次の事項に配慮するものとする。
    (4) 生徒が学習の見通しを立てたり学習したことを振り返ったりする活動を,計画的に取り入れるように工夫すること

    第4 生徒の発達の支援
    1 生徒の発達を支える指導の充実
    教育課程の編成及び実施に当たっては,次の事項に配慮するものとする。
    (1) 学習や生活の基盤として,教師と生徒との信頼関係及び生徒相互のよりよい人間関係を育てるため,日頃から学級経営の充実を図ること。また,主に集団の場面で必要な指導や援助を行うガイダンスと,個々の生徒の多様な実態を踏まえ,一人一人が抱える課題に個別に対応した指導を行うカウンセリングの双方により,生徒の発達を支援すること。

    (3) 生徒が,学ぶことと自己の将来とのつながりを見通しながら,社会的・職業的自立に向けて必要な基盤となる資質・能力を身に付けていくことができるよう,特別活動を要としつつ各教科等の特質に応じて,キャリア教育の充実を図ること。その中で,生徒が自らの生き方を考え主体的に進路を選択することができるよう,学校の教育活動全体を通じ,組織的かつ計画的な進路指導を行うこと

    第6章 特別活動
    第2 各活動・学校行事の目標及び内容
    〔学級活動〕
    2 内容
    (3) 一人一人のキャリア形成と自己実現
    ア 社会生活,職業生活との接続を踏まえた主体的な学習態度の形成と学校図書館等の活用
     現在及び将来の学習と自己実現とのつながりを考えたり,自主的に学習する場としての学校図書館等を活用したりしながら,学ぶことと働くことの意義を意識して学習の見通しを立て,振り返ること
    イ 社会参画意識の醸成や勤労観・職業観の形成
     社会の一員としての自覚や責任を持ち,社会生活を営む上で必要なマナーやルール,働くことや社会に貢献することについて考えて行動すること
    ウ 主体的な進路の選択と将来設計
     目標をもって,生き方や進路に関する適切な情報を収集・整理し,自己の個性や興味・関心と照らして考えること

    3 内容の取扱い
    (2) 2の(3)の指導に当たっては,学校,家庭及び地域における学習と生活の見通しを立て,学んだことを振り返りながら,新たな学習や生活への意欲につなげたり,将来の生き方を考えたりする活動を行うこと。その際,生徒が活動を記録し蓄積する教材等を活用すること


     一瞥してお分かりのように、小学校の学習指導要領案と全く同じ文言による規定が多いことが最大の特徴です。つまり、小学校・中学校を貫く指導が求められているわけですね。(当然ながら、来年度末に告示が予測される高等学校指導要領においても、この一貫性・系統性は貫かれることとなります。)

     その一方で、「第1章 総則」のうち「第4 生徒の発達の支援」「1(3)」が、学校の教育活動全体を通じた進路指導をキャリア教育の一環として位置づけたことは、小学校にはない規定として重要です。「よもやま話」第8話でお話ししたとおり、「キャリア教育と進路指導の目指すものは同じ」なので、この機会にキャリア教育に一本化してしまえばスッキリするのですが、「進路指導」は現行法令上“現役”の用語ですから、そう簡単に大鉈(おおなた)を振るうわけにはいきません。進路指導という用語を残しつつ、進路指導はキャリア教育に内包されると明示したことが今回の中学校学習指導要領案の特徴と言えるでしょう。

     また、「第6章 特別活動」における「学級活動」の「(3) 一人一人のキャリア形成と自己実現」の「ア」「イ」「ウ」の内容も、小学校とは大きく異なっています。これらの差異は、小学生と中学生のキャリア発達課題の違いや、義務教育最終段階としての中学校の役割等を前提としつつ、意図的に設定されたものとして理解することが大切です。この点については、後日「よもやま話」で再び詳しく扱いたいと思います。

     今回の学習指導要領改訂では、児童生徒が「学習の見通しを立てたり学習したことを振り返ったりする活動」を重要視し、小・中ともに、学級活動において「学校,家庭及び地域における学習と生活の見通しを立て,学んだことを振り返りながら,新たな学習や生活への意欲につなげたり,将来の生き方を考えたりする活動を行うこと。その際,生徒が活動を記録し蓄積する教材(=キャリア・パスポート[引用者注])等を活用すること」が求められています。

     このようなキャリア教育の前提となるのは、先生方お一人お一人が、「今の自分の授業は、何をできるようにさせることをねらっているのか?」「それができるようになることは、目の前のこの子たちにとって、どんな意味があるのか?」「その力は、この子たちの将来にどう生きるのか?」等々の自問を経た上で形成した信念を基に実践する個々の教育活動です。

     教える側に漠然とした意識しかなければ、教わる側である子供たちが「各教科等での学びが、一人一人のキャリア形成やよりよい社会づくりにどのようにつながっているのか」などを見通せるはずもないでしょう。次期学習指導要領に基づくキャリア教育を実践する過程においては、「俺は何のために教員をやっているのか?」という根源的な問いに対峙せざるを得ないのかもしれません。  


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