今回のお題は「就学前~小学校低学年の子どもへのアプローチ」です。
「第14話 キャリア教育の18年の歩みを振り返る」において詳しくお話ししたとおり、日本では、いわゆるニートやフリーターの増加を中心とした若年雇用問題への“対策”の一環として「キャリア教育」が登場した経緯があります。そのため、近年に至るまで、小学校での取組が活性化しにくい傾向が続いてきました。今日では急速な改善が図られつつありますが、「草創期のキャリア教育」の残像に囚われている先生方は未だに少なくありません。まして、幼稚園や保育所、認定こども園などでは、「本格的な取組はこれから」というケースが多いのが実状でしょう。
もちろん、「草創期のキャリア教育」のイメージから脱して、今日のキャリア教育の姿を正しく捉えていただければ、小学校はもちろん、幼稚園、保育所、認定こども園での教育実践の中にも、キャリア教育の「宝」がたくさんあることにすぐに気づいていただけるはずです。
例えば、2月14日に示された次期「幼稚園教育要領案」では、「幼児期の終わりまでに育ってほしい姿」として以下の10項目を挙げています。
(1) 健康な心と体
(2) 自立心
(3) 協同性
(4) 道徳性・規範意識の芽生え
(5) 社会生活との関わり
(6) 思考力の芽生え
(7) 自然との関わり・生命尊重
(8) 数量や図形、標識や文字などへの関心・感覚
(9) 言葉による伝え合い
(10) 豊かな感性と表現
このうち、(2) 自立心(身近な環境に主体的に関わり様々な活動を楽しむ中で、しなければならないことを自覚し、自分の力で行うために考えたり、工夫したりしながら、諦めずにやり遂げることで達成感を味わい、自信をもって行動するようになる。)、(3)
協同性(友達と関わる中で、互いの思いや考えなどを共有し、共通の目的の実現に向けて、考えたり、工夫したり、協力したりし、充実感をもってやり遂げるようになる。)、(5)
社会生活との関わり(家族を大切にしようとする気持ちをもつとともに、地域の身近な人と触れ合う中で、人との様々な関わり方に気付き、相手の気持ちを考えて関わり、自分が役に立つ喜びを感じ、地域に親しみをもつようになる。また、幼稚園内外の様々な環境に関わる中で、遊びや生活に必要な情報を取り入れ、情報に基づき判断したり、情報を伝え合ったり、活用したりするなど、情報を役立てながら活動するようになるとともに、公共の施設を大切に利用するなどして、社会とのつながりなどを意識するようになる。)などは、キャリア教育ととりわけ密接な関係がある項目と言えるでしょう。
就学前教育機関及び小学校におけるキャリア教育は、就きたい職業の具体化を迫り、そのための準備を促すものでは全くないのです。(これらは、早くとも中学校後半、主には高等学校におけるキャリア教育の課題です。)
◇
もちろん、就学前段階及び小学校では職業について全く触れないのか、と言えばそうではありません。私たちの暮らしが数え切れないほどの「職業人」によって支えられている現実や、職に就くことが社会参画の重要な方途の一つであることなどに気づかせ、大きくなったらどんな仕事に就こうかなと、自らの成長をワクワクしながら待ち望む気持ちを育むことはこの段階のキャリア教育にとって重要な課題です。
では、具体的にどうするのか…。
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実は今週、韓国に調査に行ってきたのですが、その過程ですてきなプロジェクトに出会いました。韓国の国立研究所の一つ、KRIVET(Korea Research Institute for Vocational Education and Training;한국직업능력개발원)による「障害のある子どもたちを指導する教員支援のためのプロジェクト」がそれです。当該プロジェクトを通して、障害があることを前提とした職業紹介冊子と、その冊子と連動した一連の子供向けポスターが作成されたのですが、とりわけポスターが秀逸でした。
「クリスマスパーティーを開こう」「ピクニックに行こう」「ウェディングパーティーに招待されたよ」等々のトピックごとにポスターが作成され、それぞれのイベントを実施する際に不可欠な様々な職業がイラストとともに示されています。そこには、イベント当日の表舞台には姿を見せない裏方さんたちも多く含まれ、障害のある職業人もごく普通に働いている様子が描かれています。
一つのイベントは様々な職業人によって支えられ、それぞれの職業人が誇りを持って自らの役割を果たしているからこそ楽しいイベントになる。しかも、当然のことながら、職業人には障害のある人も、そうでない人もいる。…一連のポスターは、このようなメッセージを子供たちにうまく伝えています。
もちろん、予定調和のお話にしか過ぎない、という批判をしようと思えば、それは容易に可能でしょう。また、日本でも、類似の発想に基づく実践は以前からなされています。けれども、職業の果たす社会的な役割と私たちの社会のあるべき姿を1枚のポスターで描き出し、それを説教じみた言説で表出せずにまとめ上げる構想力とデザインの力が素敵だなぁと思いました。
KRIVETでは、障害のある子どもを中核対象としてこれらのポスターを作成したわけですが、僕個人はむしろ、障害の有無にかかわらず、就学前~小学校低学年のすべての子供たちを対象としたキャリア教育の実践の一方策として参考にしたいと感じた次第です。
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