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キャリア教育 よもやま話Just Mumbling...

第18話 子供たちの変容・成長をどう評価するか(2017年3月26日)

  •  今回のお題は「子供たちの成長・変容をどう評価するか」です。

     「第3話 キャリア教育とPDCAサイクル」では、キャリア教育を通した子供たちの成長や評価についての評価が十分になされていない現状を踏まえ、その背景を以下の3点に絞ってアレコレ書きました。

     ①「そもそも、キャリア教育の成果を在学中に見取る事は無理」という誤解
     ②「入試や入社試験の結果こそがキャリア教育の成果である」という誤解
     ③キャリア教育を通して「身につけさせたい力」が事実上具体的には設定されていない(ので、当然評価もできない)という実態

     とは言え、上の3点が解消されたとしても、評価そのものが自動的にあるいは一気に容易になるわけではありません。

     例えば、2014(平成26)年6月に取りまとめられた中央教育審議会の「初等中等教育分科会高等学校教育部会審議まとめ~高校教育の質の確保・向上に向けて~」は、全ての生徒が共通に身に付けるべき資質・能力を「コア」として提示し、次のように述べています(p.15)。

    社会で自立し、社会に参画・貢献していく人材の育成を推進していく観点からは、「確かな学力」を構成する「学力の三要素」とともに、特に、次の力を、「コア」を構成する資質・能力の重要な柱として重視していくべきと考える。
    ・ 社会・職業への円滑な移行に必要な力
    ・ 市民性(市民社会に関する知識理解、社会の一員として参画し貢献する意識など)


     ここで示される「社会・職業への円滑な移行に必要な力」が、「基礎的・汎用的能力」とほぼ同様の力を指していることは言うまでもありませんよね。その上で、当該「審議のまとめ」は、次のように指摘しているのです(p.17)。

    「コア」を構成する資質・能力の中には、例えば知識の量や実習で身に付ける基本的な職業技術の状況等のように、筆記試験や技能試験等の手段により客観的な把握を比較的容易に行えるものと、そうでないものとがある。評価の取組を進めるに当たっては、こうした様々な資質・能力について、それぞれの性質に応じた適切な方法による把握を行い、評価の充実を図っていく必要がある。(太字は引用者)


     つまり、「社会・職業への円滑な移行に必要な力(≒基礎的・汎用的能力)」は、「筆記試験や技能試験等の手段により客観的な把握を比較的容易に行えるものではないので、それぞれの性質に応じた適切な方法による把握を行い、評価の充実を図っていって下さいね」と言っているわけです。当該「審議のまとめ」は、「適切な方法」の在り方までは明示していませんから、今後、国や自治体の教育行政機関はもちろん、各学校の先生方も含めて、みんなで知恵を出し合いながら、評価の方策を考えていかなくてはなりません。「第3話」でお示しした3点の克服は、そのための大前提であるわけです。

     また、次期学習指導要領が求める「キャリア・パスポート」を通した児童生徒の自己評価は、その具体的諸方策の有力候補の一つとして注目されているところですが、キャリア・パスポート自体の姿が文科省において検討が進められている段階ですから、具体的な自己評価の指針が提示されるまでにはまだ時間が必要でしょう。一人一人の子供が、どれほど基礎的・汎用的能力を身につけたかという評価の在り方をめぐる議論は、その本格化に向けて緒についたところであると言っても良さそうです。

     あくまでも個人的な感覚論に過ぎませんが、今後、基礎的・汎用的能力の評価をめぐる議論が積み重ねられたとしても、教科・科目の成績評定のような、数値による評価が導入される可能性は低いと予測しています。例えば、昨年12月21日に取りまとめられた中央教育審議会答申「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について」は、「『学びに向かう力・人間性等』に示された資質・能力には、感性や思いやりなど幅広いものが含まれるが、これらは観点別学習状況の評価になじむものではないことから、評価の観点としては学校教育法に示された『主体的に学習に取り組む態度』として設定し、感性や思いやり等については観点別学習状況の評価の対象外とする必要がある。(p.61)」と指摘しています。人間性に評定を下すなんて、ちょっと考えにくいですよね。

     ところが…。

     先週、キャリア教育とは直接関係のない研究(教育学の分野における専門職学位[M.Ed.及びEd.D.]に関する調査研究)の一環として、マレーシアで調査をしていたところ、マレーシア高等教育省で、我が目と耳を一瞬疑うような事実に遭遇しました。マレーシア政府が、2015年から大学生を対象として本格的導入に踏み切ったiCGPA(Integrated Cumulative Grade Point Average:マレー語(マレーシア語)ではPurata Nilai Gred Kumulatif Bersepadu)がそれです。直訳すれば「統合的累積的成績評価値」。そこでは、細かく見ていくと「倫理性・道徳律(ethics)」とか「マレーシア人としての誇り」等まで含めて、5段階(0点~4点)の評価がなされているのです!

     本来の調査目的とはズレる話題でしたので、深くツッコんだ質問は全くできなかったのですが、当日のインタビュー調査と、その後のネット上での資料検索の結果をもとに、以下「速報」します。(来年度には、ちゃんと文献調査をした上で実態調査ができたらいいなぁと思っていますが、今回はその前段階でのご報告となります。報告している僕自身、よくわかっていない部分が多いので、曖昧な箇所については事情ご賢察の上ご寛恕下さい。)

     2011年、マレーシア政府は、義務教育段階終了時から高等教育、継続教育、職業技能訓練等を貫いて育成すべき資質能力の8領域を確定し、「全国資格枠組(MQF:Malaysian Qualification Framework)」の中に明示しました。もちろん、以下の日本語訳は全くの仮訳です。
    1)知識(knowledge)
    2)実際の職場等で活用できる専門的な力(practical skills)
    3)社会適応に必要な力[ソーシャルスキル]及び責任感(social skills and responsibilities)
    4)価値観、態度、及び、プロ意識(values, attitudes and professionalism)
    5)コミュニケーション能力、リーダーシップ、及び、チームの一員として役割を果たす力(communication, leadership and team skills)
    6)問題解決能力、及び、科学的根拠に基づいて判断する力(problem solving and scientific skills)
    7)情報処理能力、及び、生涯にわたって学び続けるために必要な力(information management and lifelong learning skills)
    8)管理・運営的な力、及び、新たなことに挑戦し既存の考え方や慣習などを変革しようとする力(managerial and entrepreneurial skills)

     このような「全国資格枠組」自体は、国際的にみて珍しいものではありません。とりわけ、イギリス、ニュージーランド、オーストラリアを含めたイギリス連邦構成国では、ほとんどの国で類似の「全国資格枠組」を設定しています。

     マレーシアのケースで注目しなくてはならないのは、“従来の大学における成績評価は、実際の社会においてなされる評価とズレている”との認識の下で、知識や情報処理能力に対する従来型の評定と同じ評価をソーシャルスキルや価値観までにも適用した点です。つまり、上記8領域の全ての資質・能力について、一人一人の大学生の成績表に0点~4点の評定が下され、それが就職の際の重要参考資料となるわけです。

     このような大学での評価を行うために、マレーシアの高等教育省は、各大学に対して次のような変革を求めています。
    1)アウトカム評価を前提としたカリキュラム改革
    2)各科目の評価計画の明確化
    3)適切な評価方法・規準の明示
    4)アウトカム評価の実施
    5)各科目における評価の蓄積・統合
    6)レーダーチャート(spider web)の作成と提示

     左図は、マラ工科大学(Universiti Teknologi MARA)のサイトに掲載されていたレーダーチャートの例です。
    https://fke.uitm.edu.my/v5x/index.php/2015-05-19-08-30-12/icgpa

     これをご覧になると一目瞭然ですが、知識も価値観も全く次元は同じになっています。でも…。ソーシャルスキルや責任感、あるいは、価値観・態度・プロ意識などは、どうやって点数化するのでしょうか? 評価者は授業を担当する大学教員ということになっているのですが、その研修などの実態はどうなのでしょう。また、いくら公正に評価しようとしても評価者本人の主観や価値観が入り込む余地がありそうですが、その点はどのようにクリアされているのかも気になります。さらに、多民族国家マレーシアであるがゆえに、iCGPAに対する批判もかなりありそうに推察しますが、実際のところはどうなのでしょう。

     こうして今回の調査を振り返ってみるだけで、知りたいことが次々に出てきます。来年度はなんとしてもマレーシアでiCGPAの調査をしたいなぁと改めて思いました。


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藤田晃之

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