2017(平成29)年度がスタートしましたね! 年度当初の「やるべきこと」が雪崩のように押し寄せる中で、この「よもやま話」の更新をどうするかは大きな課題ですが、「ええカッコしい」の癖を自戒しつつ、今年度も感じたことを感じたままに小声でつぶやいて参ります。おつきあいいただけましたら幸いです。
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今回のお題は「アントレプレナーシップって何だ?」です。
アントレプレナーシップ……ちょっと舌をかみそうな言葉ですが、原語は英語で「entrepreneurship」。デジタル大辞泉によれば「企業家精神。新しい事業の創造意欲に燃え、高いリスクに果敢に挑む姿勢。」と説明されています。何だか分かったような、分からないような感じですね。
でも、文部科学省では、2014(平成26)年度から大学を対象とした「グローバルアントレプレナー育成促進事業」も継続実施していますし、昨年度からは「キャリア教育の一環として、『起業家精神(チャレンジ精神、創造性、探究心等)』や『起業家的資質・能力(情報収集・分析力、判断力、実行力、リーダーシップ、コミュニケーション力等)』を有する人材を育成するため、小中学校等において起業体験活動を実施するモデルを構築し、全国への普及を図る」ことを狙った「小・中学校等における起業体験推進事業」をスタートさせています。
アントレプレナーシップ……何だ、それ? なんて言っている間に、結構身近なところで使われ始めていることは確かなようです。でも、“企業家”精神なのか、“起業家”精神なのか、はっきりしませんし、実際に新たなビジネスを立ち上げることに直結する概念なのか、そういった新たなことにチャレンジするような行動のベースとなる意欲やスキルに焦点を絞る概念なのかも判然としない印象が残ります。
「うーん。多義語であるとすれば、それなりにちゃんと説明しないと、学校教育を支える先生方の間での意思疎通にも支障が出るよなぁ。」このところ、僕個人としては、こんなことを薄ぼんやりと考えていました。
そして暦が4月に替わったとたん、日本(人)のアントレプレナーシップをめぐって、相互に矛盾するような調査結果が相次いで報道されたのです。ある調査では「日本人のアントレプレナーシップは世界最低レベル」という結果が導かれ、別の調査では「日本のアントレプレナーシップは世界第2位の好評価」という結果が示されています。
一体全体どうなっちゃってるの?と言いたくなりますよね。
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まず、「日本人の『起業家精神』45か国中最低」などとネットメディアを中心に報じられた調査結果、「アムウェイ・グローバル起業家精神調査レポート(Amway
Global Entrepreneurship Report)」を見ていきましょう。
この調査はアムウェイ本社が世界45か国の14歳以上の男女約5万人を対象に実施(調査期間:2016年4月~6月)したもので、日本語版報告書は日本アムウェイが4月4日に発表しています。
http://www.amway.co.jp/ja/ResourceCenterDocuments/Visitor/ager2016_report.pdf
本調査では、「起業家精神指標(ENTREPRENEURIAL SPIRIT INDEX)」として、以下の3つの質問に対する肯定的回答率を用いており、日本人回答者が「45か国中最低」となったのは、まさにこの項目でした。
・起業はキャリア形成にとって望ましい機会になる(I consider starting a business as a desirable career opportunity for myself)
→全回答者肯定的回答率=56% 日本人回答者肯定的回答率=42%
・自分には起業に必要なスキルやリソースがある(I possess the necessary skills and resources for starting a business)
→全回答者肯定的回答率=46% 日本人回答者肯定的回答率=13%
・起業を思いとどまることはない(My family or friends could never dissuade me from starting a business)
→全回答者肯定的回答率=49% 日本人回答者肯定的回答率=24%
日本人の場合、3指標とも全て世界平均を下回っているのですが、特に「自分には起業に必要なスキルやリソースがある」と思っている人の割合、「(家族や友人に反対されても)起業を思いとどまることはない」と思っている人の割合がとりわけ低いことが特徴的です。
ここで注目しなくてはならないのは、本調査で用いられる「起業家精神」が、実際に起業すること(starting a business)に対する願望・実行可能性・反対意見にも動じない気持ちの度合いを指している点ですね。新規ビジネスを立ち上げることをめぐる外的要因(法制度や社会的慣行など)も広く視野に収めないと、この結果の意味するものを解釈することは容易ではなさそうです。
ちなみに、アムウェイでは、日本を含む4カ国の大学生を対象とする追加調査も実施しているのですが、日本以外の国のサンプルサイズが100と小さい上に、対象のうちの1カ国では回答者の94%が男性であるなど、調査設計の段階で「ちょっとなぁ」という感じでしたので、今回は、追加調査の結果に言及することは控えておきますね。
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次に、日本のアントレプレナーシップを世界第2位に評価した調査に注目しましょう。
この調査は、アメリカのニュースメディア「U.S.ニューズ&ワールド・レポート」が、ペンシルベニア大学ウォートンスクールなどとともに、36か国における約2万人を対象としたアンケート結果を集計したもので、今年3月に「ベスト・カントリー・ランキング(BEST
COUNTRIES: Defining Success and Leadership in The Twenty-First Century)」として発表されました。
https://www.usnews.com/static/documents/best-countries/Best-Countries.pdf
なお日本では、クーリエジャポンが、4月6日に当該報告書の概要を掲載しています。
・本荘修二「日本“第5位”躍進のワケは? 揺れる『世界で最高の国ランキング』」クーリエジャポン2017年4月6日
この調査では、世界各国の状況について65の質問項目が作成され、その結果が市民性[シティズンシップ](Citizenship)、アントレプレナーシップ(Entrepreneurship)、生活の質(Quality
of Life)、文化的影響力(Cultural Influence)、ビジネスのしやすさ(Open for Business)、冒険的な観光資源(Adventure)、国際的影響力(Power)、伝統(Heritage)の9つのサブカテゴリーにまとめられています。
もちろん、ここで注目するのは「アントレプレナーシップ」です。上に紹介したアムウェイによる調査では世界最低だったのに、なぜこの調査では世界第2位なのか、気になりますよね。
結論から言えば、この調査で用いられる「アントレプレナーシップ」と上掲の調査で用いられる「アントレプレナーシップ」は全く別物だからなのです。クーリエジャポンにおける記事でも、筆者の本荘氏が「(当該項目は、)独立系のベンチャー企業のことでなく、“国全体のイノベーション”と言い換えたほうがいいだろう。」と指摘しています。ま、この調査は「国」のランキングですし、上掲調査は「人」の意識を問うものですから、用語の定義が違うのは当たり前なのですが、それにしても違いすぎ!です。以下、本調査における「アントレプレナーシップ」を構成する質問項目を具体的に挙げます。
・専門的なスキルを有する労働者の割合(Skilled labor force)
・ビジネス慣行の透明性(Transparent business practices)
・インフラの整備の度合い(Well developed infrastructure)
・世界各国との連携のしやすさ(Connected to the rest of the world)
・国民の教育水準(Educated population)
・新しいものへの親和性(Entrepreneurial)
・イノベーション[革新的な取組]の度合い(Innovative)
・資金調達のしやすさ(Provides easy access to capital)
・技術水準の度合い(Technological expertise)
・法令の整備の度合い(Well developed legal framework)
日本はこれらの10項目のうち、「専門的なスキルを有する労働者の割合」「インフラの整備の度合い」「国民の教育水準」「イノベーションの度合い」「技術水準の度合い」で最高点(10点)をたたき出し、ドイツに次ぐ第2位の評価を得たわけです。
ちなみに、国としての総合ランクも、日本は第5位と健闘しています。世界の人々からの日本への評価はかなり高いと言えそうですね。
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上の二つの調査結果をご覧になって、皆様はどのようにお感じなったでしょうか。
僕個人は、現状の縦横無尽の多義語のまま「アントレプレナーシップ」や「起業家(企業家)精神」などの用語が横行するに任せてしまうと困ったことになるなぁと思いました。文部科学省なり、関連する研究者団体(学術研究団体)なりが、“交通整理”役を買って出ないと、「アントレだか何だか分からんが、横文字はもうたくさん!」と、耳を閉ざし、思考をストップさせてしまう人が増えてしまうように感じます。「横文字仲間」であるキャリア教育にとっても、こんな状況は良くありません。
例えば、「アントレプレナー教育」は実際に新たな事業(ビジネス)をスタートさせることに直結する教育だが、「アントレプレナーシップ教育」は、抽象名詞を表す「シップ」が付いていることからも分かるように「アントレプレナー教育」とは一線を画すものだ、と説明されることもありますが、これを聞いて「なるほどね」と腹に落ちる人はどれほどいるのでしょうか。第一、ネット上では、「アントレプレナー教育」も「アントレプレナーシップ教育」も同義語として扱っているケースは少なくないのです。しかも、今回ご紹介したとおり、英語としての「Entrepreneurship」自体、極めて多義的です。(屁理屈をこね回せば、抽象名詞を示す「シップ」は、どういう方向性で抽象度を高めるかまでは限定しませんから、使用者や使用目的によって意味する範囲は違ってきて当然かもしれません。)
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うーん。今回は、僕自身の貧弱な頭では答の片鱗も出せないお題を掲げてしまったようです。
少なくとも、「アントレプレナーシップ」という言葉は、「本論文では(本稿では)、アントレプレナーシップを○○を表す概念として用いる」などと、明示的に概念規定してからでないと使えないなぁということを学びました。……言葉というのは本当に難しいですね。
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