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キャリア教育 よもやま話Just Mumbling...

第20話 キャリア教育の「要」としての特別活動(2017年4月23日)

  •  今回のお題は「キャリア教育の『要』としての特別活動」です。

     すでに「第2話」や「第16話」でもお話ししたとおり、キャリア教育は「教育活動全体」を通して、「各教科等の特質に応じ」ながら実践されるものです。この位置づけは、新しいものでは全くなく、昭和40年代の中学校・高等学校における進路指導の頃から堅持されてきた伝統ある方針であることをはじめに再確認しておきましょう。

     今日の方針の端緒は、1969(昭和44)年告示の中学校学習指導要領・総則において「適切な進路の指導を行なうようにすること」とされ、翌年に告示された高等学校学習指導要領・総則でも「進路指導を適切に行なうこと」と示されたことにさかのぼることができます。当時の文部省は、中・高ともに進路指導を総則において扱うこととし、「適切」に行われるべきものとしたのは、教育活動全体を通した進路指導を求めたからであると説明をしています。さらに、1977(昭和52)年に告示された中学校学習指導要領では、「学校の教育活動全体を通じて…(中略)…計画的、組織的に進路指導を行うようにすること」と明確に示され、「教育活動全体」を通した進路指導は揺るぎないものとされました。これが今日まで引き継がれ、キャリア教育にも生かされているのです。

     …とはいえ、このような方針と実態との間には大きな齟齬がありました。昭和40年代・50年代において、進学率がどんどんと向上し、多くの生徒を巻き込んだ「受験戦争」が激化することに伴い、進路指導と呼ばれた実践は「少しでも良い高校へ」「良い大学へ」という親心に基づいた受験指導・出口指導に著しく偏りました。大多数の先生方が、背に腹は代えられない現実の中で、「良い高校→良い大学→良い企業→一生安泰」の王道を生徒たちに歩ませようと必死だった時期が長く続き、多くの保護者や子供たち自身も、できる限りその王道から逸れないように懸命だったと言ってよいでしょう。高度経済成長を基盤とした終身雇用制度が、そのような苦労に実質的に応え、報いてきたことも、学習指導要領が定めた方策とはまったく異なる実態を助長させてきました。学習指導要領の定めは「御説ごもっとも」と敬遠されている間に、その存在すらも希薄化してしまっていたのかもしれません。

     無論、これらの実践を底から支えていた高度経済成長はすっかり過去のお話です。子ども時代にがむしゃらに学歴エリートを目指し、その後の人生は会社に預けていれば安心というストーリー自体が破綻してしまった今日、グローバル化や第四次産業革命などの「荒波」の中でレールの敷かれていない未来を切り拓き、みんなで新たな社会を創って行かなくてはなりません。3月31日に告示された小学校・中学校の次期学習指導要領前文が、「一人一人の児童・生徒が、自分のよさや可能性を認識するとともに、あらゆる他者を価値のある存在として尊重し、多様な人々と協働しながら様々な社会的変化を乗り越え、豊かな人生を切り拓き、持続可能な社会の創り手となることができるようにすることが求められる」と述べているのは、きれい事や理想論の羅列ではなく、切迫した社会的な課題を認識した結果であるように思います。だからこそ、「教育活動全体」を通したキャリア教育が必要なのですね。

    …で、ここからが今回のお題のポイントです。

     次期学習指導要領は、昭和40年代から続く進路指導・キャリア教育の教育課程における位置づけを明確に引き継ぎつつ、全ての学校における教育課程に実質的に根づかせようという意図から、本年3月31日の告示文には「児童・生徒が、学ぶことと自己の将来とのつながりを見通しながら、社会的・職業的自立に向けて必要な基盤となる資質・能力を身に付けていくことができるよう、特別活動を要としつつ各教科等の特質に応じて、キャリア教育の充実を図ること」と示されています(小・中ともに「総則 第4 1(3)」)。この中で、今回は「特別活動を要としつつ各教科等の特質に応じて、キャリア教育の充実を図ること」の部分に注目したいと思います。

     「えーっ。うちの学校では、これまで『総合的な学習の時間』をキャリア教育の軸にしてきたのに、それを取りやめにしなくちゃならないの??」と思われた先生方もいらっしゃるかもしれませんね。

     ご安心下さい。心配ご無用です。

     以下、「急がば回れ」の知恵に従って、戦後の学習指導要領の改訂動向を振り返りつつ説明します。

     戦後初の中学校学習指導要領(1947年)において、今日で言うキャリア教育・進路指導は「職業指導」と呼ばれていました。また、この学習指導要領では、戦後の男女平等原則を体現する教科の一つとして、男女共修の「職業科」が新設されたことも特徴的です。「職業科」は、今日の技術・家庭科のルーツとなった教科なのですが、当初は「農業・工業・商業・水産・家庭」の各領域によって構成され、学校の裁量によっていずれかの領域に特化して授業を行うことも可能でした。この「職業科」と「職業指導」とは、密接に関連を持たせることが求められていたのですが、職業指導を教育課程の中でどう位置づけ、「職業科」との関連性をどのように確保すれば良いのか、という点についての明快な指針は示されていませんでした。

     このような課題を克服するため、「職業科」は、その他の教科とは別に、度重なる改訂を経ることとなります。改訂時期を具体的に示せば、1949年5月、同年12月、1955年10月、1956年5月です。文字通り、急展開ですね。戦前には全くなかったアイディアに基づく新教科ゆえの宿命だったのかもしれません。

     で、様々な議論の結実とも言える教科の構造を示したのが、1956(昭和31)年の『中学校学習指導要領 職業・家庭科編改訂版』によって生まれた「職業・家庭科(=「職業科」の後身)」でした。「農業・工業・商業・水産・家庭」の各領域に「第1群(=農業)、第2群(工業)……第5群(家庭)」という名称を与え、「第4群(=水産)」を除く各領域を男女とも必修としつつ、「第6群」を「職業指導」に充て全員必修として位置づけたのです。今日の用語で言えば、学級単位のガイダンスとしてのキャリア教育が、教科の一部とされたわけです。

     一方、個々の生徒に対する指導については、「カウンセリングとしての職業指導は、この教科外におき、その重要性にかんがみ別途考慮する」とされました。実は、次の改訂で具体的な方針を示すことが想定されていたのです。(この点を含む昭和30年代の動向を詳しく述べると、とんでもなく長くなりますので、ここでは思い切って簡略に示します。興味のある方は、既に絶版ですが、拙著『キャリア開発教育制度研究序説:戦後日本における中学校教育の分析』教育開発研究所1997を図書館等でご参照下さい。教育学部のある大学の図書館などには所蔵されているかもしれません。)

     ところが、翌々年、事態は急転し、これまでの議論とはまったく異なる方針が示されることとなりました。1958(昭和33)年に全面改訂された中学校学習指導要領が、「職業・家庭科」を廃止し、男子向けの「技術」・女子向けの「家庭」を柱とした「技術・家庭科」を新設したのです。この新教科において、男女ともに幅広い職業的な学習経験を経させ、多様な視点から自らの将来を展望させようとした「職業・家庭科」の理念を見出すことは困難です。とりわけ「第6群」を全廃したことは大きな方向転換でした。語弊を恐れずに端的に表現すれば、科学技術の強化による高度経済成長政策の一環として教育課程改革が断行されたと言えます。

     では、ガイダンスとしてのキャリア教育(当時の職業指導)はどこに行ったのでしょうか。将来的な課題として残されていたカウンセリングとしてのキャリア教育はどうなったのでしょう。

     1958年版の中学校学習指導要領は、「職業指導」をめぐって、大きく2側面で転換を図っています。第一に、これまで使われてきた「職業指導」という用語を、就職希望者のみを対象とした指導であるとの誤解を助長するという理由から、「進路指導」に変更しました。第二に、ガイダンスとしての進路指導は学級活動において実施するものという方針を示したのです。一方、カウンセリングとしての進路指導については、「個々の生徒に対する進路指導を徹底するためには、適当な機会をとらえて、面接相談などによる指導を行うことが望ましい」とされるにとどまりました。

     その後、今回の「よもやま話」の冒頭でお示ししたとおり、1969(昭和44)年の中学校学習指導要領以降、教育活動全体を通した進路指導が求められてきたわけです。ただし、1958年の大転換の基本方針は消えることなく受け継がれ、文部省時代に数多く公刊されてきた各種の『進路指導の手引』において、進路指導の「中核場面」は学級活動・ホームルーム活動であると説明されてきたことは重要です。昭和40年代から今日まで、進路指導は学級活動・ホームルーム活動を中核としつつ、教育活動全体を通して実践されるべきものとされてきたのです。現行学習指導要領においても、中学校の学級活動、高等学校のホームルーム活動ともに「(3)学業と進路」が柱のひとつとなっていますよね。1956年の「職業・家庭科」における「第6群」は、このような形で今日に引き継がれています。今回の改訂において、「特別活動を要としつつ」と前置きした上で、教育活動全体を通したキャリア教育の実践を求めたことも、歴史的に見れば極めて自然なことであると言えそうです。

     「じゃ、やっぱり、『総合的な学習の時間』を軸にしてきたうちの学校の実践はダメってこと?」 ……いいえ。そんなことはありません。

     今回示された「特別活動を要としつつ」という文言の意味は、以下の四つの側面を視野に収めながら理解する必要があります。

    【ポイント1】小・中・高を一貫した継続性・体系性の確保
     上に概略をまとめたとおり、中学校・高等学校では、これまで長い間、進路指導は学級活動・ホームルーム活動を中核としつつ、教育活動全体を通して実践されるべきものとされてきました。次期学習指導要領に基づく学校教育では、中・高に限定した進路指導ではなく、小学校からの継続的・体系的なキャリア教育の実践が求められます。その際、これまでの方針を生かしながら(=小学校にも、中・高で培ってきた枠組みを導入して)、小学校から高校までの一貫したキャリア教育の実現を目指そうとしているわけです。小・中の次期学習指導要領において、特別活動のうち、学級活動に「(3)一人一人のキャリア形成と自己実現」が位置づけられた理由の一つがここにあります。

    【ポイント2】キャリア・パスポートの導入
     そして、次期学習指導要領における学級活動「(3)一人一人のキャリア形成と自己実現」の指導にあたっては、「学校、家庭及び地域における学習と生活の見通しを立て、学んだことを振り返りながら、新たな学習や生活への意欲につなげたり、将来の生き方を考えたりする活動を行うこと。その際,児童・生徒が活動を記録し蓄積する教材等を活用すること」が求められます(学級活動 3.内容の取扱い(2))。もちろん、ここで指摘される「児童・生徒が活動を記録し蓄積する教材」が、キャリア・パスポートを意味していることは多くの皆さんがご推察の通りです。

     今回の学習指導要領の改訂において、キャリア・パスポートに大きな期待が向けられていることを改めて確認しておきましょう。

     次期小学校学習指導要領・前文では「幼児期の教育の基礎の上に、中学校以降の教育や生涯にわたる学習とのつながりを見通しながら、児童の学習の在り方を展望していくために広く活用されるものとなることを期待して、ここに小学校学習指導要領を定める。」とされ、同じく中学校学習指導要領の前文では「幼児期の教育及び小学校教育の基礎の上に、高等学校以降の教育や生涯にわたる学習とのつながりを見通しながら、生徒の学習の在り方を展望していくために広く活用されるものとなることを期待して、ここに中学校学習指導要領を定める。」と述べられています(下線は引用者、以下同じ)。“今”と“将来”との学びのつながりを見通すことへの期待が極めて高いことが読み取れますね。

     また、小・中ともに総則において「児童・生徒が学習の見通しを立てたり学習したことを振り返ったりする活動を、計画的に取り入れるように工夫すること」が求められています(第3 1(4))。次期学習指導要領では、前文に加えて総則でも「学習の見通し」の重要性が強調され、そのための「学習の振り返り」の必要性が指摘されているわけです。

     これほど重要な活動ですから、仮に「教育課程上、当該活動の実践の場がどこにも明示的に位置づけられていない」という事態が生じるとしたら、とんでもなくマズいことは自明です。そこで、「学校、家庭及び地域における学習と生活の見通しを立て、学んだことを振り返りながら、新たな学習や生活への意欲につなげたり、将来の生き方を考えたりする活動を行う」のは学級活動ですよ、そのために様々な学習活動を記録し蓄積する教材(=キャリア・パスポート)を活用するんですよ、と指摘しているわけですね。

     キャリア教育の実践において特別活動が「要」とされる大きな理由の一つは、様々な教科等での学びの中から、特にキャリア形成にとって重要なものを選び、それらを記録し、振り返り、このような活動を通して今後の学びを展望するキャリア・パスポートを使った実践が、学級活動においてなされるからと言えそうです。(もちろん、キャリア・パスポートの記録等を学級活動以外で行ってはならないなどという指針は、新学習指導要領のどこにも記されていません。国として、自らが定める教育課程編成の基準において、極めて重要なキャリア・パスポートに記録を残し、それを振り返る場を全ての学校に確実に保障する(=学級活動・ホームルーム活動に新たな「(3)一人一人のキャリア形成と自己実現」を設ける)ことは不可欠ですが、同時に、学校の創意工夫は否定されるべきものでは全くないのです。)

    【ポイント3】各教科等を通したキャリア教育の実践があってこその「要」
     そもそも「要」というのは、「扇の骨を留めるのに用いる釘。また、扇の骨を留める場所。」(大辞林)、「扇の骨をとじ合わせるために、その末端に近い部分に穴をあけてはめ込む釘。」(デジタル大辞泉)を意味する言葉でもあります。「要」がないと扇は機能しません。「要」が物事の最も重要な部分を意味することも、当然と言えますね。

     でも、「要」だけの扇は存在し得ないということも自明の理。学校内外での様々な機会を通した豊かなキャリア教育の実践があってこそ、それらを記録したり、振り返ったりしながら、今後の学びの在り方や自らの生き方を展望することができるのです。

     例えば、これまで「総合的な学習の時間」を軸にしてキャリア教育を実践されてきた学校を想定してみましょう。あくまでも推察の域を出ませんが、そこで実践されてきたのは職場体験活動及びその事前・事後の学習だったかもしれません。仮にそうであるとしたら、これまでの実践を縮小したり、取りやめたりすることのほうがむしろマズい。いや、そんなことはあってはならないと言っても過言ではないでしょう。次期学習指導要領が大きな期待を寄せるキャリア・パスポートの記録は、これまでの総合的な学習の時間における職場体験活動の事後学習などとも緊密に関連させながら行うことが期待されているわけです。

    【ポイント4】「なすことによって学ぶ」特別活動の特質の活用
     特別活動の特質は、これまでも集団活動や体験的な活動を通して行う実践活動にあることが指摘されてきました。例えば、時期小学校学習指導要領における学級活動「(3)一人一人のキャリア形成と自己実現」では、「学級や学校での生活づくりに主体的に関わり、自己を生かそうとするとともに、希望や目標をもち、その実現に向けて日常の生活をよりよくしようとすること」や「清掃などの当番活動や係活動等の自己の役割を自覚して協働することの意義を理解し、社会の一員として役割を果たすために必要となることについて主体的に考えて行動すること」が、具体的な内容として挙げられています。これらが示すように、特別活動における子供たちの活動それ自体(=学級や学校での生活づくりに主体的に関わることや、清掃などの当番活動や係活動等の自己の役割を自覚して協働することなど)が、今後のキャリアを形成していくための豊かな経験となるのです。

     学級や学校での生活づくりはまさに人間関係形成・社会形成能力を培う機会となりますし、当番活動や係活動などは働くことの実践であり、社会の中での役割分担という職業の社会的機能を体験的に学ぶ場としても貴重です。もちろん、児童会活動・生徒会活動、各種の学校行事における役割の遂行なども、体験的なキャリア教育の機会として活用し得るでしょう。

     キャリア教育を通して育てることが期待される「基礎的・汎用的能力」は、「実際の行動として表れるという観点」を重要なポイントとして提唱されたものです。様々な教科等を通したキャリア教育によって高めた「基礎的・汎用的能力」を、特別活動における実践に生かし、それを通して自らの成長を実感したり、改善・克服すべき側面を自覚したりすることは、子供たちにとって重要であると考えます。「なすことによって学ぶ」を旨とする特別活動をキャリア教育の視点から捉え直してみると、キャリア教育にとって欠くことのできない重要な教育実践であることが鮮明に浮かび上がると言えるのではないでしょうか。

     今回は、3月31日に告示された小学校及び中学校の次期学習指導要領・総則 第4 1(3)、とりわけ、「特別活動を要としつつ各教科等の特質に応じて、キャリア教育の充実を図ること」の部分に注目して、アレコレと書き連ねました。冗長になってしまったことをお詫びします。

     以下、蛇足です。

     今回、戦後の教育課程改革をざっと振り返ってみて改めて気づいたのですが、1956年に「この教科外におき、その重要性にかんがみ別途考慮する」と今後の課題とされてきたカウンセリングとしてのキャリア教育は、未だに課題のままだなぁと思いました。無論、キャリア・カウンセリングは、いわゆる二者面談などの場面に限定されるものではなく、それゆえ、日常的な生徒との会話が重要になることは、これまで指摘されてきた通りです。でも、そうは言っても、二者面談などを典型とする「意図的・計画的に実践するキャリア・カウンセリング」の機会の設定が、学校や先生方に丸投げされている現実については、今後、改善の余地がありますね。

     また、同じく1956年の「職業・家庭科」における「第6群」が示したガイダンスとしてのキャリア教育の体系的な内容(今回は、その中身について割愛してしまいましたが…)に相当する国の基準が現時点においてないことも気になります。

     今回の「よもやま話」を書きながら、キャリア教育の充実に向けて残された課題が多いことを再認識しました。研究者の一人である自分にできることとは何かを考え、ちゃんとした研究をしようと改めて思った次第です。 


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藤田晃之

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