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キャリア教育 よもやま話Just Mumbling...

第22話 遅ればせながら…「基礎的・汎用的能力」って何?(2017年6月17日)

  •  前回、第21話のタイトルは「『基礎的・汎用的能力消滅論(!?)』を検証する」でした。それを書いているときには全く気づかなかったのですが、「基礎的・汎用的能力消滅論」についてアレコレ言う前に、「基礎的・汎用的能力」が何かを説明しておくのが筋ってもんですよね。肝心のことが抜けたまま、マニアックな話を長々としてしまいましたことをお許し下さい。

     そこで今回は、反省の意味も込めて、「基礎的・汎用的能力」とは何かについて整理します。結果的に、「第8話 キャリア教育と進路指導」「第14話 キャリア教育の18年の歩みを振り返る」に続く、基礎的事項の速習おさらいシリーズ第3弾となります。おつきあい下さいますようお願いいたします。

     と言いつつ、のっけから話の腰を自ら折るようで恐縮ですが、今回まとめる内容は、国立教育政策研究所(2011)『キャリア発達にかかわる諸能力の育成に関する調査研究報告書』に詳述されています。でも、いきなり「お堅い報告書」を読むのはちょっと腰が引けますよね。今回の「速習おさらい」よもやま話が、そんな皆さんのお役に少しでもたつのであれば光栄です。

     今から20年以上も前となりますが、中学校や普通科高校(特に進学校と見なされる高校)での進路指導は、民間の業者による模擬テスト等の結果に基づいた「進学先の振り分け」とも言える実践が主軸でした。当時も、そのような実践には「偏差値輪切り」との強い批判が向けられていた訳ですが、いわゆる学歴社会・学校歴社会が厳然と存在する中で、我が子の将来の安泰を願う保護者の皆さんの願いと、「少しでもいい高校へ」「少しでもいい大学へ」という先生方の親心とが強固に結びつき、「偏差値輪切り」型の実践は簡単には変容しませんでした。

     しかも、このような状況を打破するための最終手段として1993(平成5)年に断行された「中学校からの『業者テスト』追放施策」も決定打にはならず、その後、当時の文部省が展開した「将来の夢と希望を大切にしよう」キャンペーンも、そのスローガンだけが空虚に響き渡ったというのが現実だったように思います。

     そうこうしている間に、世の関心はニートやフリーター問題に移り、若年雇用問題への対応策として初期のキャリア教育の登場に至ります。その後の施策の展開については、「第14話 キャリア教育の18年の歩みを振り返る」で整理したとおりです。

     以上が、この四半世紀における進路指導・キャリア教育の展開の概略なのですが、このような「外形的に見取ることができる実践の展開」に並行して、それらを底から支える基盤とも言うべき部分をめぐって、文部省とその後身の文部科学省、及び、同省の研究組織である国立教育政策研究所が研究開発を続けていたことは重要です。

     その端緒となったのは、1996(平成8)年にスタートした文部省の委託研究「職業教育及び進路指導に関する基礎的研究」でした。この研究において欧米諸国の調査がなされた結果、社会的・職業的自立に向けて、初等・中等教育段階で漸次に身につけるべき能力や態度を段階的・構造的に示すことが必要であるとの結論が得られたのです。小学校・中学校・高等学校・大学教員および企業の代表者によって構成された委託研究委員は、海外のモデル等を参考にしながら、自立的に社会の中で生きていくために発達的に育てなければならない能力・態度とは何かについて議論を重ね、日本社会の特質や学校での教育実践に即した「4領域12能力」を抽出し、「4つの能力領域を発達させる進路指導活動モデル」を策定しました(1998年)。1990年代初頭頃から世界的潮流となりつつあった「competency-based education」の影響を色濃く受けながらも、日本の社会的文脈を踏まえた能力論を構築したといえるでしょう。

     この「4領域12能力論」は、その後のキャリア教育の提唱と推進施策の展開を受け、国立教育政策研究所によって2002(平成14)年に発表された「職業的(進路)発達にかかわる諸能力」、いわゆる「4領域8能力」論へと改訂されました。これが「爆発的ヒット」とも言えるほど各学校に受容され、キャリア教育といえば「4領域8能力論」とすぐに連想されるまでになったのです。このあたりのことは「第5話 金太郎飴」でまとめておきましたので、是非ご高覧下さい。

     この「4領域8能力」論、及び、その「爆発的ヒット」が内在させていた問題を整理すれば以下のようになります。

     第一の問題は、「第5話 金太郎飴」でも指摘したとおり、各学校において「4領域8能力」の一覧表が金科玉条なみの基本資料として扱われ、それぞれの学校における指導計画作成時に「コピー・ペースト元」として利用されたことです。これにより、少数の例外を除き、全国津々浦々の学校でキャリア教育を通して身につけさせたい力は全く同じ、という現象が発生しました。さらに、1)「目の前の児童生徒の実態」に即するという指導計画策定の基本中の基本が抜け落ちてしまい、かつ、2)「国の機関」が策定したものに依拠している(多くの学校の実態は「依拠」ではなく「引き写し」でしたが…)という安心感によって、年度ごとの指導計画の再検討という基本プロセスまで省略されてしまうという困った実態も付随させたのです。「4領域8能力」の公表を機に、キャリア教育の指導計画を策定する学校が一気に増えた反面、その後、当該計画が形骸化してしまうケースも多く発生したことは言うまでもありません。

     第二の問題は、「4領域8能力」が高等学校段階までの提示にとどまっていたという点です。就学前段階から高等教育に至るまで体系的な取組が求められるキャリア教育を支える能力論として機能するには、課題を残していたわけです。このような中で、主に大学生を対象とした類似の能力論も提唱されるようになり、初等・中等教育と高等教育との間での一貫性・系統性が十分に保持されにくい状況が生じたのです。例えば、「事務系・営業系職種において、半数以上の企業が採用に当たって重視し、基礎的なものとして比較的短期間の訓練により向上可能な能力」として厚生労働省が提示した「就職基礎能力」(2004年)、「職場や地域社会の中で多くの人々と接触しながら仕事をしていくために必要な能力」として経済産業省が提示した「社会人基礎力」(2006年)などが提示され、これらの能力論をベースとしたキャリア形成支援プログラムを実践に移す大学等も徐々に増えていきました。

     第三の問題は、「4領域8能力」において用いられていた「○○能力」という「ラベル」の語感・印象が、必ずしもその内容を適切に伝えるものとなっていなかったという点です。例えば、「4領域8能力」における「情報活用能力」は、一見すると、様々な情報を活用するという今日の社会で広く求められる力を意味しているような印象ですが、実際は「学ぶこと・働くことの意義や役割及びその多様性を理解し、幅広く情報を活用して、自己の進路や生き方の選択に生かす」能力として構想されたものでした。最終的には「幅広い情報を自己の進路や生き方の選択に生かす」ことに焦点が絞られていたのです。こういった「ラベル」と「内容」とのズレは、結果として、「4領域8能力」の本質的理解の妨げともなったと言えるでしょう。

     そして、2011(平成23)年1月、「4領域8能力」が内在させていたこれらの問題の克服を目指して登場したのが「基礎的・汎用的能力」というわけです。

     もう少し丁寧に言えば、2011年1月31日に中央教育審議会がとりまとめた「今後の学校におけるキャリア教育・職業教育の在り方について(答申)」が、どんな仕事に就いたとしても、自立して生きていくために必要な力として構想したのが「人間関係形成・社会形成能力」「自己理解・自己管理能力」「課題対応能力」「キャリアプランニング能力」の4つの能力によって構成される「基礎的・汎用的能力」です。

     「基礎的・汎用的能力」の本質を理解する上では、当該答申が、仕事をすることの意義や、仕事に就くこと自体を次のように捉えていたことを視野に収めておくことは極めて重要でしょう(p.21) 。

    ○ 日本国憲法では、すべて国民は勤労の権利を有し、義務を負うとされている。仕事をすることの意義は、例えば、やりがい、収入を得ること、社会での帰属感、自己の成長、社会貢献等様々なものが考えられ、個人によってどの部分を強調して考えるかは異なる。そこで重要なことは、個人と社会のバランスの上に成り立つものであるということである。

    ○ 仕事に就く場面を考える上では、どんなに計画を立てても必ずしもそのとおりに進むものでもないと考えることが必要である。また、仕事を選ぶ際、社会にある職業のすべてを知って選択することは不可能であるから、身近な仕事との出会いも重要になる。そのため、自らが行動して仕事と出会う機会を得ること、行動して思うように進まないときに修正・改善できることが重要である。このような行動を支えるため、生涯にわたり自ら進んで学ぶことも極めて大切である。

    ○ 勤労観・職業観は、仕事をする上で様々な意思決定をする選択基準となるものである。この基準を持つことが重要であるが、それは固定化された価値観ではなく、自己の役割や生活空間、年齢等によって変化するものである。そのため、社会・職業に移行する前に、その価値観を形成する過程を経た上で、自ら進路を選択する経験をしておくことが望ましい。特に現在、仕事をすることは一つの企業等の中で単線的に進むものだけではなくなりつつあり、社会に出た後、生涯の中で必ず訪れる幾つかの転機に対処するためにも、また自ら積極的に選択して進むべき道を変更するためにも、このような価値観を形成する過程を経験しておくことが必要である。


     「基礎的・汎用的能力」は、「首尾良く就職する」ためだけに必要な能力を列挙したものではありません。また、雇用する側に都合のいい労働力の提供者を育成することを企図している訳でもありません。バブル経済の崩壊後、いわゆる「日本型雇用慣行」が大きく揺らいでいることを前提としつつ、価値感の多様化を伴いながら急速に変容する社会の中で自立して生きていくために必要な基盤となる能力を示したのが「基礎的・汎用的能力」です。

     この基礎的・汎用的能力の開発の経緯について、答申は、「各界から提示されている様々な力を参考としつつ、特に国立教育政策研究所による『キャリア発達にかかわる諸能力(例)』を基に、『仕事に就くこと』に焦点をあて整理を行ったものである」と述べています(p.25脚注)。ここで言う「キャリア発達にかかわる諸能力(例)」とは「4領域8能力」のことです。つまり、「基礎的・汎用的能力」は、「4領域8能力」を全て包含した上で、1)「社会人基礎力」等において重視されていながら「4領域8能力」において明示的には言及されてこなかった「忍耐力」「ストレスマネジメント」などの「自己管理能力」の側面を加え、2)「仕事をする上での様々な課題を発見・分析し、適切な計画を立ててその課題を処理し、解決することができる力」を幅広く包含した「課題対応能力」に関する要素を強化したものと捉えることが妥当であると思います。

     また、「就職基礎能力」や「社会人基礎力」においては等閑視されていた「キャリアプランニング能力」を構成要素の一つとしていることは、職業人としての生活が「一つの企業等の中で単線的に進むものだけではなくなりつつ」ある状況において、「社会に出た後、生涯の中で必ず訪れる幾つかの転機に対処」し、「自ら積極的に選択して進むべき道を変更する」必要があるという中教審答申の社会認識を明示するものと言えるでしょう。

     さらに、同答申が「これらの能力をどのようなまとまりで、どの程度身に付けさせるかは、学校や地域の特色、専攻分野の特性や子ども・若者の発達の段階によって異なると考えられる。各学校においては、この4つの能力を参考にしつつ、それぞれの課題を踏まえて具体の能力を設定し、工夫された教育を通じて達成することが望まれる(p.25)」と指摘していることも極めて重要です。「4能力8領域」がその意図に反して結果的にもたらした「金太郎飴」状態の克服が、「基礎的・汎用的能力」の重要な使命であることがここに示されています。

     ちなみに、次期学習指導要領の方向性を示した中央教育審議会答申「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について」(2016(平成28)年12月21日)は、「資質・能力の育成に向けては、学習指導要領等に基づき、目の前の子供たちの現状を踏まえた具体的な目標の設定や指導の在り方について、学校や教員の裁量に基づく多様な創意工夫が前提とされているものであり、特定の目標や方法に画一化されるものではない。(p.22)」と述べています。「基礎的・汎用的能力」と次期学習指導要領が依拠する「資質・能力」とが、「目の前の子供たちの現状を踏まえる」という基本方針を共有していることは偶然の一致ではないと考えます。

     例えば、戦後初めて策定された学習指導要領(1947(昭和22)年)は、その「序論」において次のように述べています。

     もちろん教育に一定の目標があることは事実である。また一つの骨組みに従って行くことを要求されていることも事実である。しかしそういう目標に達するためには、、その骨組みに従いながらも、その地域の社会の特性や、学校の施設の実情やさらに児童の特性に応じて、それぞれの現場でそれらの事情にぴったりした内容を考え、その方法を工夫してこそよく行くのであって、ただあてがわれた型のとおりにやるのでは、かえって目的を達するに遠くなるのである。またそういう工夫があってこそ、生きた教師の働きが求められるのであって、型のとおりにやるのなら教師は機械にすぎない。

     国が示す「基礎的・汎用的能力」にせよ、次期学習指導要領における「資質・能力」にせよ、それは「骨組み」にしか過ぎず、個々の学校をがんじがらめに縛り付けるものではありません。専門職としての教師の力量を信じ、地域や学校の独自性を尊重しようとした終戦直後の学習指導要領の理念と、今日のキャリア教育や次期学習指導要領が目指す方向性が軌を一にしているのは、それが教育の在り方の普遍性を示すものであるからなのかもしれませんね。

     さて、やっと「お堅い報告書」―国立教育政策研究所(2011)『キャリア発達にかかわる諸能力の育成に関する調査研究報告書』―をお読みいただく下準備ができました。「基礎的・汎用的能力」の詳細については、同報告書第3章の第1節・第2節(pp.23-34)を是非ご参照ください。

     「…えーっ、結局は報告書を読まないとダメなんかい!」とおっしゃる方には、“特別大サービス・A4判見開き2ページで分かる基礎的・汎用的能力解説”とも呼べる資料があります。少なくとも、僕のグダグダ解説よりはわかりやすいと思います。
    国立教育政策研究所(2011)『キャリア教育の更なる充実のために―期待される教育委員会の役割―』pp.4-5

     でも、本当は、「基礎的・汎用的能力」を提示した中教審答申「今後の学校におけるキャリア教育・職業教育の在り方について」(2011年)をお読みいただくことが一番いいんですけどね。もちろん多忙を極めていらっしゃる先生方は別ですが、学生・院生の皆さんには答申本文を読まれることを強くお薦めします。…え?忙しい?…何をおっしゃっているのかよく聞こえませんでした。歳のせいで耳が遠くなっているのかもしれません。お許し下さい。


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