6月18日から21日まで、韓国・ソウルで開催されたICCDPP(International Centre for Career Development
and Public Policy)の第8回国際シンポジウムに参加してきました。今回は、22の国と地域、複数の国際機関から、キャリア教育の推進施策担当者や研究者ら約100名が集まりました。
ICCDPP自体や国際シンポジウムの詳細についてここで詳しく説明することは割愛し、それらは公式ウェブサイトに掲載される情報に譲ることにします。
・ICCDPP公式サイト:http://iccdpp.org/
・第8回国際シンポジウム公式サイト:http://iccdpp2017.org/
細かいことを全部端折ってしまえば、それぞれの国や地域でキャリア教育推進上どんな工夫をしているのか、直面している課題は何かについて情報交換をしてきたわけです。
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会期中、複数回設定されたグループディスカッションでは、参加者全員がランダムに各テーブルに割り振られ、予め配置されたファシリテーター役の参加者の司会に基づきながら、意見交換をしました。事前に参加国・地域からは「カントリーペーパー」が出されており、テーマごとに国際比較結果も報告された上でのグループディスカッションなので、毎回、論点を絞った意見交換がなされました。
キャリア教育の中核となる担当者が学校に配置されている国からは教員との連携が取りにくいという悩みが出されましたし、企業等からの支援や参画が得にくいというのはほとんどの国の参加者が指摘していたことでした。「日本の中学生はほとんど職場体験活動に参加してるよ」と発言したところ、「うちも、そうだよ」とデンマークからの参加者が続き、それを受け韓国の参加者から「受け入れ企業への謝礼はいくら払ってるの?」と質問がありました。「払ってないけど…」と我々が答えると、「えーっ、信じられない」と言っていたことは印象的でした。職場体験ひとつをとっても、国によって事情は様々なのですね。
また、日本や韓国のように少子・高齢化と共に進行する人口減少社会の中でキャリア教育をどうすすめるかということが喫緊の課題になっている国もあれば、急増する若年層の雇用をどう確保するかが最大の課題であるという国も多くありました。東南アジアやアフリカなどの国々では人口急増時代をどう乗り越えるかは焦眉の課題です。
さらに、いわゆる先進国では、急速に進展する科学技術とりわけ人工知能への対応を視野に収めたキャリア教育の必要性が共通に認識されていましたが、開発途上国からは「それは議論すべき論点の一つに過ぎない」と言った声も出されました。
最終日には、取り組むべき重要課題について国・地域別の議論をしたのですが、全体として「社会(demand side)からの要請に応えるキャリア教育」の必要性が指摘されたことは特徴的でした。確かに、急速に変容する社会からの要請に応えることは重要です。けれども、「社会の変化に乗り遅れるな、社会の荒波に飲み込まれるな」という「emergency call」に並行して(あるいはそれ以上に)、変化におびえずそれに対応していこうとする気持ちを持つ上で不可欠な肯定的な自己理解や自己効力感などを育成していくことが必要だよね、というのが日本チーム内での意見でした。「各国での議論の成果を1分スピーチで報告して」という全体司会からの要請に応え、この点を強調しながら発言したのですが、どれほど伝わったのかについては分かりません。ただ、解散後、「いいこと言うね」という声を何人かの方からかけていただいたのは、ちょっと嬉しいできごとでした。(ま、社交辞令の範囲だとは思いますが…。)
また、キャリア教育の成果をどのように評価するのか、という点が各国共通の課題として浮上したことも今回の特徴だと言えるでしょう。キャリア教育実践やその推進施策のPDCAサイクルをどう確立するかは、グローバルな課題なのですね。この点についても、日本チーム内で「全部が全部、指標化できるわけではないよね。うーん、難しい。」という認識を新たにしたところですが、「指標化できるところを指標化して、国際比較をすれば?」なーんて言う国もあって、文化的・社会的背景の違いを視野に収めない国際比較はマズいんじゃないの、と思った次第です。時間切れのため、発言の機会はありませんでしたが…。
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…と、いろいろと考え、多くの刺激を受けたICCDPP国際シンポジウムでしたが、「これをやれば必ずうまくいく」という万能薬のような方策は世界中探してもないんだなぁ、と改めて思いました。どの国でも、それぞれが知恵を絞って直面する問題に取り組んでいますが、課題の完全解決に至っている国などどこにもありません。幸せの「青い鳥」を探し求めても、結局は、そんな都合のいいものはどこにもいないわけです。自分たちの手で、自分たちにふさわしいものを、手元にあるリソースによって創るしかない、ということを再認識した次第です。そして同時に、他の国や地域での仕組みや発想から刺激を受け、それを日本の社会的文脈に即した施策形成のヒントにする構想力がものを言うのだなぁと実感しました。もちろん、若者たちのキャリア形成を支援しようと懸命にがんばっている人たちが世界中にいるということを体感できただけで、元気になれたことは言うまでもありません。
ちなみに、メーテルリンクの『青い鳥』を日本語に訳した楠山正雄は、その訳序「はじめに」において次のように言っていました(1942年、主婦の友社刊)。
ほんたうの高い、ふかい幸福は、實はつい手近な自分の身のまはりにあることがわかるだらう、身はまづしく、いやしくとも、人をうらやまずねたまず、つつましい正直な心で世のなかを送る者の家にこそまことの幸福はあるのだ、といふのが作者の考へです。そこで、「青い鳥」といふのは、さういふ心の智慧だけが感じるごくありふれた毎日の生活の幸福を形にあらはして見せたものだといへます。(中略)
メーテルリンク氏は、西暦で1862年8月の生れですから、今年(引用者注:「はじめに」が執筆された1941年)はもう80歳の老人です。ベルギー帝國では第一の國民詩人とたふとばれて、侯爵の位までもらつた人ですが、こんどの大戰で、國をのがれて、外國へ浪々の旅をつづけてゐます。でも、そんな老年になつてさういふ目にあふのは氣の毒だ、といつて同情する人があつたとしても、この老詩人は、にこにこ笑つていふでせう、「なあに、青い鳥はどこへ行つても窓の下でうたつてゐますよ。」と。
まさに、その通りですね。チルチルとミチルが、自分たちが飼っていた鳥が実は「青い鳥」だったと気づいたのは、「長い長い旅」を経てからでした。身近な宝物の価値に気づくには「長い長い旅」が必要だったのかもしれません。
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以下は、全くの蛇足です。
今回、ICCDPPの国際シンポに参加して再認識したのは、「なんだかんだ言っても、やっぱり英語は国際公用語なんだなぁ」ということでした。グループディスカッションではもちろん英語でのコミュニケーションが前提でしたし、懇親会も英語なしには文字通り話になりません。(…なんてエラそうなことを書いていますが、「はい、1分スピーチね」と言われて、思わず手に汗を握ってしまったことも告白しなくてはなりません。「ああ、こんなことじゃいかん!」と心から思いました。)また、会期中、開催国である韓国から何人かのゲストスピーカーが登壇し、韓国語でスピーチをしました。極めて優秀な同時通訳者が本当に見事なスキルで英語にしてくれたので、特段不便はなかったのですが、話の迫力は伝わりませんでした。ウィットに富むエピソードも数秒遅れて通訳されるので、笑いのタイミングもズレてしまい、残念でした。「英語帝国主義」には背骨の反射として違和感を覚えますが、現実は現実として認識する必要があるようです。学生の皆さん、英語はちゃんと身に付けましょうね!
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