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キャリア教育 よもやま話Just Mumbling...

第26話 「キャリア・パスポート」がやってくる!?(2017年9月10日)

  •  今回のお題は「『キャリア・パスポート』がやってくる!?」です。

     次期学習指導要領の改訂の方向性を示した中央教育審議会答申(「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について」2016(平成28)年12月21日)が、次のように「キャリア・パスポート(仮称)(以下、本文において「(仮称)」を割愛します)」の導入と活動を求めたことを受け、先生方の一部からは「また、何だか訳の分からないものをやらされるようになるらしい」といった声が出されているようです。

    ○ 子供一人一人が、自らの学習状況やキャリア形成を見通したり、振り返ったりできるようにすることが重要である。そのため、子供たちが自己評価を行うことを、教科等の特質に応じて学習活動の一つとして位置付けることが適当である。例えば、特別活動(学級活動・ホームルーム活動)を中核としつつ、「キャリア・パスポート(仮称)」などを活用して、子供たちが自己評価を行うことを位置付けることなどが考えられる。その際、教員が対話的に関わることで、自己評価に関する学習活動を深めていくことが重要である。(p.63)

    ○ 教育課程全体で行うキャリア教育の中で、特別活動が中核的に果たす役割を明確にするため、小学校から高等学校までの特別活動をはじめとしたキャリア教育に関わる活動について、学びのプロセスを記述し振り返ることができるポートフォリオ的な教材(「キャリア・パスポート(仮称)」)を作成することが求められる。特別活動を中心としつつ各教科等と往還しながら、主体的な学びに向かう力を育て、自己のキャリア形成に生かすために活用できるものとなることが期待される。将来的には個人情報保護に留意しつつ電子化して活用することも含め検討することが必要である。(pp.234-235)

     確かに、ここに引用した答申の指摘から「キャリア・パスポート」の具体像を明確につかむことは容易ではなく、「何だか訳が分からない」といった印象を受ける先生方がいらっしゃってもやむを得ないかもしれません。人は誰でも「得体の知れないモノ」 には手を出しにくいので、現時点において「キャリア・パスポート」に対して後ろ向きになってしまう一部の先生方を批判するのは的外れであるとも言えます。

     ではここで、上掲の答申の文言におけるキーワードやキーフレーズを拾いながら、目指される「キャリア・パスポート」の姿をちょっとだけ浮き彫りにしてみましょう。

    子供一人一人が、自らの学習状況やキャリア形成を見通したり、振り返ったりできるようにすることが重要である。そのため、子供たちが自己評価を行うことを、教科等の特質に応じて学習活動の一つとして位置付けることが適当である。例えば、特別活動(学級活動・ホームルーム活動)を中核としつつ、「キャリア・パスポート(仮称)」などを活用して、子供たちが自己評価を行うことを位置付けることなどが考えられる。その際、教員が対話的に関わることで、自己評価に関する学習活動を深めていくことが重要である。(p.63)

    ○ 教育課程全体で行うキャリア教育の中で、特別活動が中核的に果たす役割を明確にするため、小学校から高等学校までの特別活動をはじめとしたキャリア教育に関わる活動について、学びのプロセスを記述し振り返ることができるポートフォリオ的な教材(「キャリア・パスポート(仮称)」)を作成することが求められる。特別活動を中心としつつ各教科等と往還しながら、主体的な学びに向かう力を育て、自己のキャリア形成に生かすために活用できるものとなることが期待される。将来的には個人情報保護に留意しつつ電子化して活用することも含め検討することが必要である。(pp.234-235)

     答申の文言を見る限り、「キャリア・パスポート」は、次の4つの基本的な特徴を備えた「ポートフォリオ的な教材」であると言えます。

    (1)児童生徒が学びのプロセスを振り返ることができるようにする[文字色:ピンク
    (2)「上記(1)」を通して、児童生徒が自己評価を行う[文字色:
    (3)「上記(1)」の振り返りの対象となるのは、各教科等での学びである[文字色:
    (4)「上記(1)・(2)」を行う中心的な場は、学級活動・ホームルーム活動である[文字色:

     つまり一人一人の児童生徒が、各教科等(教科・科目、総合的な学習の時間、特別活動等を広く含みます)において経験してきたそれぞれのキャリア形成にとって重要な学習活動を振り返り、それらの学び通した自らの成長や変容を自己評価できるようなポートフォリオのような教材。これがキャリア・パスポートと言えそうです。ちなみに、「ポートフォリオ」というのは、元々は「紙ばさみ」を意味する単語で、「携帯用書類入れ」などとも訳されてきました。日常用語で言えば、「バインダー」や「ファイル」が一番近いですね。

     そして「キャリア・パスポート」と呼ばれることになるファイル教材の作成や、振り返りの中心的な場・機会は、小・中学校では学級活動、高校ではホームルーム活動ですよ、というわけです。

     で、その最終的なねらいは、「主体的な学びに向かう力を育て、自己のキャリア形成に生かすために活用」することにある、というのが、答申が示した「キャリア・パスポート」の姿です。

     次に、このような答申に基づいて策定された学習指導要領本文に眼を向けましょう。現時点においては、小学校・中学校の学習指導要領しか告示されていませんので、この二つを対象とします。

     まず注目しなくてはならないのは、「第1章 総則」が「各教科等の指導に当たっては、次の事項に配慮するものとする」として列挙した規定の中で、「児童(小)/生徒(中)が学習の見通しを立てたり学習したことを振り返ったりする活動を、計画的に取り入れるように工夫すること。」と明示した点です(小学校・中学校ともに、第3の1の(4))。「キャリア・パスポート」への期待の高さが示されていることは明白ですね。

     また、総則は「児童(小)/生徒(中)が、学ぶことと自己の将来とのつながりを見通しながら、社会的・職業的自立に向けて必要な基盤となる資質・能力を身に付けていくことができるよう、特別活動を要としつつ各教科等の特質に応じて、キャリア教育の充実を図ること。」と示しています(第4の1の(3))。これを受け、小・中学校ともに、特別活動のうち学級活動において、「(3) 一人一人のキャリア形成と自己実現」が設けられました。キャリア教育の「要」を担うのは、まさにこの「(3) 一人一人のキャリア形成と自己実現」です。

     そして、この学級活動「(3)」の指導に当たっては、「学校、家庭及び地域における学習と生活の見通しを立て、学んだことを振り返りながら、新たな学習や生活への意欲につなげたり、将来の生き方を考えたりする活動を行うこと。その際、児童(小)/生徒(中)が活動を記録し蓄積する教材等を活用すること。」とされたのです(「第6章 特別活動」第2の3の(2))。ここで示された児童生徒が「活動を記録し蓄積する教材」が、「キャリア・パスポート」を指していることは言うまでもありません。

     このような「キャリア・パスポート」とその指導に関して、『中学校学習指導要領解説・特別活動編』は次のように述べています(pp.69-70)。とても長い引用となりますが、お許し下さい。

     小・中・高等学校を通してキャリア教育に系統的、発展的に取り組んでいくことを明確にするため、小学校も高等学校も学級活動及びホームルーム活動において「(3)一人一人のキャリア形成と自己実現」が新たに設けられた。本項の規定は、学級活動(3)の指導において、学校での教育活動全体や、家庭、地域での生活や様々な活動を含め、学習や生活の見通しを立て、学んだことを振り返りながら、新たな学習への意欲につなげたり、将来の生き方を考えたりする活動を行うことが必要である旨を示している。

     「生徒が活動を記録し蓄積する教材等を活用する」とは、こうした活動を行うに当たっては、振り返って気付いたことや考えたことなどを、生徒が記述して蓄積する、いわゆるポートフォリオ的な教材のようなものを活用することを示している。特別活動や各教科等における学習の過程に関することはもとより、学校や家庭における日々の生活や、地域における様々な活動なども含めて、教師の適切な指導の下、生徒自らが記録と蓄積を行っていく教材である。

     こうした教材を活用した活動を行うことには、例えば次のような三つの意義があると考えられる。

     一つ目は、中学校の教育活動全体で行うキャリア教育の要としての特別活動の意義が明確になることである。例えば、各教科等における学習や特別活動において学んだこと、体験したことを振り返り、気付いたことや考えたことなどを適時蓄積し、それらを学級活動においてまとめたり、つなぎ合わせたりする活動を行うことにより、目標をもって自律的に生活できるようになったり、各教科等を学ぶ意義についての自覚を深めたり、学ぶ意欲が高まったりするなど、各教科等の学びと特別活動における学びが往還し、教科等の枠を超えて、それぞれの学習が自己のキャリア形成につながっていくことが期待される。

     二つ目は、小学校から中学校、高等学校へと系統的なキャリア教育を進めることに資するということである。ポートフォリオ的な教材等を活用して、小学校、中学校、高等学校の各段階における学習や生活を振り返って蓄積していくことにより、発達の段階に応じた系統的なキャリア教育を充実させることになると考えられる。例えば都道府県市区町村あるいは中学校区内において、連続した取組が可能となるよう教材等の工夫や活用方法を共有したりすることは大変有効である。

     三つ目は、生徒にとっては自己理解を深めるためのものなり、教師にとっては生徒理解を深めるためのものとなることである。学習や生活の見通しを持ち、振り返ることを積み重ねることにより、生徒は、年間を通して、あるいは入学してから現在に至るまで、どのように成長してきたかを把握することができる。特に、気付いたことや考えたことを書き留めるだけでなく、それを基に、教師との対話をしたり、生徒同士の話合いを行ったりすることを通して、自分自身のよさ、興味関心など、多面的・多角的に自己理解を深めることになる。また、教師にとっては、一人一人の生徒の様々な面に気付き、生徒理解を深めていくことになる。

     こうした教材については、小学校から高等学校まで、その後の進路も含め、学校段階を越えて活用できるようなものとなるよう、各地域の実情や各学校や学級における創意工夫を生かした形での活用が期待される。国や都道府県教育委員会等が提供する各種資料等を活用しつつ、各地域・各学校における実態に応じ、学校間で連携しながら、柔軟な工夫を行うことが期待される。

     指導に当たっては、キャリア教育の趣旨や学級活動全体の目標に照らし、書いたり蓄積したりする活動に偏重した内容の取扱いにならないように配慮が求められる。なお、プライバシーや個人情報保護に関しても適切な配慮を行うことも求められる。

     とても丁寧に解説されているので、僕の下手な説明を加える余地はありません。けれども、蛇足であるとのお叱りを覚悟しつつ、次の3つの留意点を付言して今回の「よもやま話」を終えたいと思います。

    【留意点1】分厚い「思い出アルバム」にならないようにする。
     「よもやま話 第12話」では、「キャリア・パスポート」について、次のように書きました。

     例えば、小学校4年生の「2分の1成人式」の際に書いた「20歳になった僕(私)へ」という手紙、5年生の工場見学で作成した見学記録、小学校の卒業文集に掲載した「将来の夢」、中学校1年生の時に書いた「将来就きたい職業」と「それに向けて努力したいこと」、中学校2年生でまとめた「職場体験活動を振り返って」……こういった貴重な記録は、多くの場合、誰の手元にも残っていません。これらの作文や記録を中心としながら、学年や学校を超えて継続的にファイリングし、自らの成長を振り返りつつ、将来を見通すためのポートフォリオが「キャリア・パスポート」です。

     …確かにその通りで、現時点で修正する必要性は感じていないのですが、ちょっと言葉足らずだったことは否めません。上に例示した記録から発想を豊かにしていけば、夏休みに頑張って作った作品(例えば「アイディア満載貯金箱」とか「ヒマワリの成長観察記録」等々)も写真にとってファイリングしよう、体育祭のクラス対抗リレーもみんなで協力した結果だから表彰状のコピーを収めておこう、合唱祭だって一生懸命練習した成果だから練習風景と当日の舞台写真を……と「キャリア・パスポート」への収録記録はどんどん増えていき、その厚みは増すばかりです。

     ここで重要なことは、「キャリア・パスポート」は小・中・高等学校の12年間継続的に活用されるものであることを再認識することです。小・中学校、とりわけ小学校では、1年間の学習記録を丁寧にファイリングして子供たちの成長を振り返る活動を既に行っている学校も多いと思いますが、そのファイルをそのまま「学年持ち上がり方式」にしてしまうと、遅くとも小学校高学年くらいで「収録記録が多く、雑多で、振り返ることができない」という状況に直面するでしょう。ましてや、それを引き継いだ中学校・高等学校では扱いに困ることが容易に予測されます。そうなると、単なる「場所ふさぎ」のお荷物になってしまいます。

     12年間の活用を想定した上で収録する学習の記録を厳選し、1年間の学習を振り返ることができるコンパクトなシートなどを用いることは極めて重要なポイントとなりそうです。

     この点については、すでに「キャリア・ノート」等の名称で、小・中・高等学校の12年間の活用を想定したポートフォリオの実践を進めている自治体の例を参考にすることも一つの有効な方策となりそうです。ここでは、先進自治体の例として、兵庫県と青森県の取組を挙げておきますね。

    [兵庫県]
    ・小学生・中学生用=http://www.hyogo-c.ed.jp/~gimu-bo/career/career.htm
    ・高校生用=http://www.hyogo-c.ed.jp/~koko-bo/career/thema.html
    [青森県]
    ・全学校段階=http://www.pref.aomori.lg.jp/bunka/education/kyaria_noto.html

     また、文部科学省では、今年度から「キャリア・パスポート」の策定・活用方法等について調査研究事業を実施していますので、今後、取りまとめられる中間報告等も重要参考資料となるでしょう。当然のことながら、当該事業終了後には、その成果と課題を踏まえた資料あるいは指針等が文部科学省から出されることになります。これらの参考資料等を活用して修正を図りつつ、今後数年かけて、それぞれの地域で「キャリア・パスポート」のモデルが確立されていくのではないかなぁと予測しています。

    【留意点2】教員による「対話的な関わり」の重要性を常に念頭におく。
     冒頭に挙げた中教審答申が、「キャリア・パスポート」の活用にあたっては「教員が対話的に関わることで、自己評価に関する学習活動を深めていくことが重要である」と指摘している通り、児童生徒が記録したことに対して教員が記載するコメントや、振り返り場面における教員の言葉掛けは極めて重要な役割を担っています。

     児童生徒が自覚するまでに至っていない成長や変容に気づかせたり、そのような成長を遂げた自己を肯定的に認識できるようにするためには、教師による対話的な関わりが不可欠です。

     とりわけ思春期の時期には、それまでの安定した自己像が大きく揺らぎ、自分の存在に価値を見いだせず、目標を見失いがちな生徒も多くなります。同時に、自己開示に慎重になったり、大人の視点からは些細なことのように思える出来事をきっかけに自己嫌悪に陥ったりすることもごく一般的に見られます。このような時期に「キャリア・パスポート」に記録を残したり、それを振り返ったりすることを避けようとする場面が生じることもあるでしょう。そのような時こそ、教員による対話的な関わりの真価が問われると言えます。そのような思春期の「しんどさ」に直面していること自体が成長の証であることをまずは伝えたいですし、短い書き殴りや厳しい自己批判等の行間にある生徒の姿を捉え、肯定的な自己理解の契機となるようなコメントや言葉掛けを是非していただきたいと思います。

     また、高校の中盤を過ぎ、そのような不安定な時期を脱しつつある生徒にとっては、疾風怒濤の思春期において記した記録を振り返ること自体が辛いことも十分想定されます。このような場面においても、教師の関わりがその生徒の自己理解の在り方を左右すると言えるでしょう。自我の揺らぎを経験してきたからこそ今のあなたがいるのだという事実を、先生方からの関わりによって、丸ごと肯定的に受け止められるようにしていただけることを強く願っています。

    【留意点3】「キャリア・パスポート」の本質を歪めることを慎重に避ける。
     すでに繰り返し述べてきたとおり、「キャリア・パスポート」は、児童生徒が学びのプロセスを振り返ることを通して自らの成長や変容を自己評価し、肯定的な自己理解を深め、主体的な学びに向かう力を育て、自己のキャリア形成に生かすために活用するものです。

     その活用に当たって、この本質を歪めるようなことがあってはなりません。例えば、推薦入試やAO入試等の際にキャリア・パスポートをそのまま提出させ、入学者選抜の資料とするなどは、その典型と言えるでしょう。

     万一、仮に、そのようなことが起きれば、「キャリア・パスポート」は子供たちにとっての害悪にしかなりません。入試での評価を気にするあまり、事実よりも「受かりやすいエピソード」を創作して記すようになるでしょうし、自らの率直な気持ちを隠して「受かりやすいコメント」を記すようになります。もしかすると、「有名高校・有名大学合格に直結するキャリア・パスポート・ガイドブック」等のおぞましい出版物やネット上のサイトが出現するかもしれません。あるいは、ボランティア等の社会体験を斡旋する業者が「この体験をこのように記すと合格が近づく」といった指導をする、塾や予備校が「キャリア・パスポートの特定シート記入対策講座」のような講習を開催するなどの事態も想定されます。

     このような状況が、どれほど学校教育を歪め、どれほど子供たちのキャリア形成をゆがめることになるか、ここに改めて記すまでもないでしょう。

     「キャリア・パスポート」の導入にあたり、「キャリア・パスポート(という厄介なものが)やってくるぞ!」と身構える必要は全くありません。これまで多くの学校で行ってきた学びの振り返りを、全国的に推進し、それを小学校から高等学校までつないで行こうとするものです。それを通して、児童生徒が肯定的に自己の成長を受け止め、次のステップに向けて頑張ろうと思えるようになることが最も重要なことです。

     また「キャリア・パスポート」は、それを受け取る中学校・高等学校の先生方にとって、この上ない生徒理解の資料ともなります。一人一人の生徒がこれまでどのような学習活動を経てきたのか、折々にどのようなことを考えてきたのかが、一冊のファイルになって手元に届くのですから、まさに「願ったり、叶ったり」という表現が適切かもしれません。

     「キャリア・パスポート」という名称自体になじみがないので、「また新しい仕事が降ってきた」という印象が生じがちですが、食わず嫌いを一旦やめて、是非取り組んでいただきたいと心から思います。 


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