今回のお題は「世界的潮流としての『教科を通したキャリア教育』の実践」です。
昨年度から科研費(科学研究費補助金)を受けた2件の研究プロジェクトの代表をしている関係で、年に数回の海外調査の機会を得ています。今年度前半は、7月にマレーシア、9月にデンマークでの調査をしてきたのですが、「教科を通したキャリア教育」というのは世界的な潮流になりつつあるんだなぁと実感しました。第23話でご報告したICCDPPの国際シンポジウム(6月・ソウル)においても、各国のレポートなどからこの潮流が世界規模で起きていることは読み取れたのですが、実際にその土地を訪れ、実践の当事者の皆さんの生の声を聴くと、まさに「肌で感じる」レベルで実感する、より正確には、実感せざるを得ないわけです。「百聞は一見にしかず」と言いますが、本当にそのとおりですね。
ここで詳しいご報告をすると、それこそお堅い情報の羅列になってしまい、いつものグダグダ話が「小難しい上に長い」という救い難い状況に陥りますので、思い切って話を端折ります。
マレーシアについては、第18話でちらっとご紹介した通り、大学のそれぞれの授業のシラバスにおいて「本授業で育成したい基礎的・汎用的能力(…もちろん、マレーシアで「基礎的・汎用的能力」という用語は使われていませんが)」、及び、達成すべき水準を明示するという方針が確定し、2019年度の入学生から全面実施することが決定しています。それぞれの授業の特性に応じたキャリア教育の実践と、学生の成長・変容をめぐる評価は、大学教員の義務として位置付けられたと言える状況を迎えています。
大学教員としての経験が長い教授陣からは相当の不評を買っているようですが、「国がやると言ったら確実に実行する」というのがマレーシアのお国柄ですから、きっと実現するでしょう。
一方、デンマークでは、昨年末に「高等学校教育法(Lov om de gymnasiale uddannelser)」が改正され、今年8月の入学生から全面適用されています。これを機に多様な側面での改革が一気に進められており、高等学校現場は大慌て、というのが実際のところなのですが、ここでは、同法における、これまでの授業の在り方そのものの転換を迫る条項に注目します。僕のへたくそな翻訳だけだと誤解が生じるかもしれませんので、原文もお示ししますね。
§ 29. Stk. 2.
Undervisningen skal, hvor det er relevant, indeholde forløb og faglige aktiviteter, der styrker elevernes evne til at håndtere valg og overgange i uddannelsessystemet. Eleverne skal gennem undervisningen opnå viden om og erfaringer med fagenes anvendelse, der modner deres evne til at reflektere over egne muligheder og at træffe valg om egen fremtid i et studie-/karriereperspektiv og et personligt perspektiv.
[仮訳]第29条第2項
(高等学校の)授業は、その特質に応じて、高等教育への移行やそれに伴う各種の選択を適切になし得るための生徒の能力の向上に資する教科内容や学習活動を包含しなくてはならない。このような授業を通して、生徒は各教科の活用をめぐる知識と経験を獲得し、それらは、生徒が自らの可能性を省察する能力を高め、かつ、その後の学習とキャリアの展望及びパーソナルな側面の展望に基づく諸選択をなし得る能力の成熟に寄与するものとする。
つまり、どの授業においても、その教科が生徒の将来にどのように生きるのか、どのように役立つのかという内容を含みなさい、と明言されているわけです。デンマークにおける「高校」は大学進学を前提とする教育機関なので高等教育への移行が前面に出されていますが、それぞれの学問体系だけに関心を向けた授業ではだめですよという方針は極めてクリアです。
これまでデンマークの高校では、進学を軸としたキャリア形成支援は、学校外に設けられた専門機関(地域ガイダンスセンター(Studievalg))から派遣される専門職員が一手に引き受けてきたこともあり、個々の授業において生徒の将来との関連性について言及することは求められてきませんでした。先生方にとって、今回の法改正は一大方針転換といってもよいでしょう。
だとすると、デンマークでは、国に対して「具体例を示せ」「ガイドブックを出せ」「教員に丸投げするな」等々の声が渦巻いていそうな感じもしますが、実はそうでもないのです。もともと、デンマークでは、教科書は「あってなきがごとし」で、教員個々の自由が尊重されてきました。生徒が到達すべき水準に達しさえすれば、教える方法や重点の置き方はそれぞれの教員次第。国からあれこれ細かく指示されることは、教員の専門性の冒涜であるというのがデンマークの先生方の信念ですので、常にアウトカム・コントロールが教育行政の中心を占めてきました。
であれば、「高等学校教育法」第29条が求める「生徒が自らの可能性を省察する能力」や「その後の学習とキャリアの展望及びパーソナルな側面の展望に基づく諸選択をなし得る能力」の評価規準などが示されていて当然……と期待して調査を進めたのですが、これは「当面の重要課題」だそうです。
あぁ、デンマークらしいなぁと思いました。人口が550万人程度しかいない小さな国であることもけっして無縁ではないと思いますが、デンマークでは、よく言えば「走りながら考える」、悪く言えば「とりあえず始めてみる」という教育施策が珍しくありません。それでもどうにかなっちゃうのは、みんなであれこれ情報交換しながら、創意工夫を重ねることを常とする教員文化が底支えしているからかなぁと推察しているところです。
◇
マレーシア、デンマーク、そして、日本。
お互いに直接的な影響力を発揮したわけでもないのに、「通常の授業」と生徒・学生の将来との関係性に強い関心が向けられているという点において、共通性の高い教育改革がまさに進展中です。もちろん、これは偶然の産物ではありません。(少なくとも、僕個人は、偶然ではあり得ないと確信しています。)
…じゃぁ、偶然じゃなきゃ何なんだよ?
これについては、次回のよもやま話でお話しします。いや、もったいぶってるわけじゃないんです。毎回、大量の駄文を書き連ね、皆様のお目を汚しているので、「1回分の分量はできるだけ短く」を心がけることを自らの課題にしてみました。
星新一さんだったかどうかはっきりしないのですが、「今日は時間がないのでショート・ショートは書けない」というセリフを登場人物に言わせていた作品があったように記憶しています。僕の場合、機知に富む短い文章を練り上げて書く力はありませんが、せめて、冗長な拙文の垂れ流しをできるだけ控えようと思った次第です。
朝晩の気温が下がってきたようです。皆様、お風邪など召しませんように。
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